137 シェリー以外大団円
カスケード王国に帰国したアレックスは、国王への報告が終わるとカッター伯爵と会っていた。
カッター伯爵はアレックスの帰国を祝うかと問う。
「無事のご帰還おめでとうございます。色々とご苦労があったと聞いておりますが、派閥で無事の帰還を祝うためのパーティーを開こうかと思いますが」
アレックスはカッター伯爵の提案について少し考え、その案に肉付けをした。
「パーティーを使って派閥の中から領地を与える者を選びたい。陛下より新規の領土は俺の権限で扱えるようにしてもらえた。まあ、港は国の管轄になるが、それでも統治は俺が任されることになる。そして、他の領土をどの貴族に与えるかも俺の一存だ」
「レミントン辺境伯がよく納得しましたな」
「まあ、今回はレミントン卿はなにもしていないからな。それで権利を主張するような恥知らずな行動には出なかったということだ」
「となりますと、どのような選定基準になりますかな?」
「パーティーの時にどれくらい領地を使って俺のために仕事が出来るのかを提案させる。その提案を守れなければ、当然取り上げるようなことも選択肢にあると言うがな。なにせ、ここからは遠い土地。目が行き届かなくなるだろう。そんなところで自分の利益だけ追及して、俺を国王に推すつもりがないやつなんかは切り捨てる」
「なるほど。向こうに行ってからも必死になりますな」
アレックスは国王陛下から領土を自由にできる権利をもらった。これは国王からしたらお目付け役で苦労を掛けたことへの見返りである。アレックスが広大な土地を得て、後々にそこで大公として余生を過ごせればと思っていたのだが、当のアレックスは国王になる夢を諦めていなかった。
ここで得た領土を派閥の貴族に領地として与え、自分の派閥の力を伸ばすことを考えていたのである。
ただ、そこまでしてもカーター殿下との差は埋まらないが。
「しかし、今回は禍を転じて福と為しましたな。殿下が軟禁されたと聞いたときには肝を冷やしました」
カッター伯爵の言葉を聞いて、アレックスは心の中で
(どうせ俺が死んだらカーターに取り入ることを考えただろうに)
と呟いた。カッター伯爵との関係も利害が一致するからというだけのもの。カッター伯爵が自分に利益を見いだせ無くなれば、即座に次の相手にすり寄っていくと考えていた。
自分もカッター伯爵が使えないと判断すれば、すぐにでも切るつもりだったので、そこはお互い様であり、怒るような事でもないとアレックスは思っていた。なので、そうした感情は決して表に出さない。
「運が良かっただけだ。たまたま狙われたのがシェリー王妃で、アーチボルト卿が動いてくれたからな。これが他の者であった場合には、どうなっていたかはわからんぞ」
「期せずしてアーチボルト閣下を利用する形になったわけですな」
「あれは人がどうこう出来るようなものではないな。今回のことで分かった。陛下が避けるのも納得だ」
アレックスはスティーブが助けに来た時のことを思い出してそう言った。
その現場を見ていないカッター伯爵には、その気持ちが理解できなかった。
「それほどのものですか」
「間違いなくな。予備知識が無ければ神だと思うのも無理はない。体が液体になって剣で斬ろうが槍で突こうが一切傷がつかない。それに、傷をつけたとしても一瞬で治癒する魔法だ。致命傷の敵兵がたちまちのうちに回復して歩き始めるのだぞ。逃げるのをとがめられて仲間に斬られて倒れた敵兵が、アーチボルト卿の治癒魔法で回復したことで、その場で拝み始めたのだ」
「そんなことが。では、アーチボルト閣下がその気になれば、大陸全土を征服することも可能なのではないでしょうか」
「だろうな。我々はアーチボルト卿の気分次第で生かされている」
それが、スティーブの力を間近で見たアレックスの感想だった。しかし、だからこそ国王の座を得るという目的のためには必要なカードであった。
形勢不利を覆すための奇策である。現在順調にいけば王位を継承できるカーターは、決して採ろうとはしない策であった。
「今回アーチボルト卿の力を借りられたことは僥倖であった。パーティーに参加するもので、領地が欲しいものは俺にその経営計画を報告するように伝えておくように」
「かしこまりました」
カッター伯爵はパーティーの日取りを決めると、アレックス殿下の指示に従い、派閥の貴族たちに領地が欲しければその経営計画をパーティーの場で殿下に報告するようにと伝えた。
これには領地を持たない貴族が多く応募してきた。
パーティーの当日、他人の意見を参考にできないように、個室で個別にアレックスは貴族たちの計画を聞いた。
すべてを聞き終わった後で、カッター伯爵に感想を伝える。
「やはり、領地を持たぬ者たちの計画はとても甘いな。あのような計画が実現できれば、どこの貴族も領地経営で苦労はしないだろう」
皆、領地が欲しいために、アレックスに対して耳触りの良いことしか言わなかった。そして、アレックスはそれを信じるほど愚かではなかった。
「お気に召すようなものはありませんでしたか」
「まあな。しかし、そうはいっても派閥の力を伸ばすためには、俺を支える者たちに力をつけてもらわねばならん。多少ましな連中に領地を与えて、力をつけておいてもらおうか。後でリストを作って渡すので、卿の意見も聞かせてほしい」
「承知いたしました」
アレックスはすり寄る貴族たちを見て、ついついスティーブと比較してしまった。農業に適さないやせた土地を与えられておきながら、領地は黒字経営である。
農業が駄目だと見切りをつけて、工業製品に特化した領地経営をしようという発想には感心していた。そういう発想が出来る者が、自派閥には皆無なのである。カッター伯爵にしても、親から引き継いだものを維持しているだけであり、アーチボルト領を与えられていたとしたら、どうなっていただろうと伯爵の顔を見て考えた。
「私に何か?」
「卿は領地が欲しくないのかと思ってな」
アレックスの視線に気づいたカッター伯爵が訊ねると、そうアレックスは誤魔化す。
「子供たちにはまだ早いかと。それに、家臣団をわけてしまえば、今の領地の経営に支障が出る可能性がございます。今までも四方に広がった領土を見れば、どこの領地も人手不足にあえいでおりますので」
「卿のところは平民を活用しないのか?」
「そうしたいところでございますが、こちらとしても今まで仕えてくれた者たちの縁故を無下にするわけにもゆきませんので」
カッター伯爵としても優秀な平民を登用したかったのだが、既存の家臣たちの縁故の者たちを登用しなければ、そちらの不満が爆発しそうなので、そこまでの思い切った方針転換は出来なかった。
パーティーの翌日、アレックスは領地分配計画を作成し、カッター伯爵に相談して最終決定とした。国王もその動きは把握していたが、敢えて止めるようなことはしなかった。カーターがアレックスに負けるようであれば、それはアレックスが国王として相応しいということであり、無理に長男であるカーターに王位を継がせなくても良いと考えていたのである。
だた、ちょっとだけアレックスのことが心配だった。無理に王位を狙うがために、スティーブにちょっかいを出して逆鱗にふれようものなら、その影響はアレックスだけに留まらず、カスケード王国にも波及するのではないかという心配があったのだ。
そして、領土の問題はメルダ王国も抱えていた。
新たに増えた領土の管理を任せるべき人材をどうするかである。カスケード王国との戦争で領地を失った貴族を復権させれば、折角の中央集権化が後退してしまう。かといって、今すぐに広大な領地にあてがう役人はいなかった。
エイベル国王はシェリーと一緒に頭を突き合わせて悩んでいた。
「久々に明るい話題だけど、実情は人材不足だと知ったら国民は失望するだろうね」
「あの子はやりすぎなのよ」
アレックス殿下の譲歩により、港の数も増えたし東部の国境の防衛もしなくて済むようになった。国民からしてみれば、戦争で領土を削られたが、再び戦争で領土を獲得した形になる。戦勝記念日として祝日にしようという意見まで出て盛り上がっているのだが、増えた領土の管理をどうしようかという問題は見えていなかった。
メイザック王国の役人を雇えれば楽なのだが、彼らはメイザック王国の別の場所に配置転換されることになっている。王都の一部がスティーブの魔法を見せつけられただけであり、地方の彼らからしてみれば、どうして国土を割譲するのかわかっていなかった。なので、メルダ王国の役人になるなどプライドが許さなかったのである。
なお、一部の魔法を見せつけられた兵士は、メルダ王国に移住を希望して受け入れられている。
「役人の緊急昇進試験を実施して、新たな州知事を選びましょうか」
とシェリーは提案した。
中央集権化が進むメルダ王国では行政の単位が州、郡、県、市町村となっている。これはスティーブの入れ知恵であったが、それなりに機能しているので助かっていた。
その広さについては、州は地方の辺境伯が管轄し、郡は伯爵、県が子爵で市以下は男爵などというイメージである。今回は二つの州が増える程度の領土拡大であった。つまりは辺境伯が二人増え、その寄り子も付随して増えるような感じである。
当然その首長を支える役人も必要になるので、ものすごく人が必要になるのであった。そうなると、懸念されるのは質の低下である。だから、州知事を選ぶ試験をして、優秀な人間に管理させようというわけだ。上に優秀な人間がいれば、多少下がずっこけていたとしても、組織は回っていくだろうという考えからだった。
シェリーの考える昇進試験は、ある程度の役職者が対象であり、既に役人としての実績がある者から選ぶものであった。だから、はずれを引く可能性は低い。
エイベル国王もそれを聞いて納得して賛成する。
「ひょっとして、シェリーの母国はいつもこんな感じだったのかな?」
「私は政治に関わらなかったけど、弟が出掛けるたびに領土が広がっていったから、きっとこんな感じだったのでしょうね。父の爵位が上がって、領地が増えた時も管理をどうしようって悩んでいたのを見たわ」
ブライアンも領地が広がって、その管理にてこずっていた。地方を管理する辺境伯にしても、国有地が広がった国王や宰相にしても、その領土の拡大速度で悩んでいたのである。
「まあ、新たな雇用は生まれるからよしとしようか。緊急昇進試験の他にも、役人の採用試験を実施していかないとね。それに、メイザック王国では平民向けの学校もなかったから、新たに学校を作って教員を送り込まないと」
「あーそれもあったわ。教員だってそんなに簡単には増やせないわよ」
「読み書きのできる人材を確保して、教材の使い方を説明してやれば、簡単な教育は出来るんじゃないかな」
「本当に暫定でしかないけどね。質が確保できるかはわからないわ」
「となると、年度計画を見直して、教員の採用数を少し増やして、どこの州から優先的に教員を配置するかを練り直さないとか」
「元々の国土ですら、教員が行き届いていないものね」
メルダ王国はカスケード王国を見て、教育の重要性を理解していた。何とか国民すべてに教育をしようとしてはいるが、教員の養成が簡単ではないので、いまだに全部の行政区に教員を配置出来てはいない。そこにきて、新たな行政区の誕生である。こちらも人手不足が深刻となった。
「それと、新たな鉄道の敷設だね。新たに増える領土もだけど、東のカスケード王国の領地までつなげたいね」
「それはカスケード王国にやってもらえないかしら。元々北部にはカスケード王国の鉄道網が敷かれているのだから、それを延長して東部まで延ばしてもらい、途中に駅を作ってもらえれば、うちの国は何もしなくていいじゃない」
「そこはソーウェル卿と相談だね」
そう、人手不足の他にも鉄道敷設の問題があった。メルダ王国はカスケード王国から蒸気機関車の輸出を認められていないため、鉄道についてはトロッコ列車を使用していた。ただし、人ではなくゴーレムを使ったハイパワーなものであるが。それが、ここにきて北部のカスケード王国の領地と、東部のカスケード王国の領地を結ぶ鉄道の可能性が出てきたのである。
新規の路線を敷設する資金について、カスケード王国が負担してくれ、なおかつ蒸気機関車の駅を国内に作ってくれるのであれば大助かりであった。
なお、この鉄道についてはアレックス殿下の頭の中にはなかったものだ。あまり王都から出ないアレックスにはそうした観点が欠けていたのである。
エイベルとシェリーはこの鉄道に関してはオーロラの意向も無視できないので、だったらむしろカスケード王国との交渉はオーロラに任せてしまおうという結論になったのだ。
そして、オーロラが交渉をした結果、蒸気機関車用の路線はカスケード王国が費用を負担することになったのだ。その代わり駅の周辺についての利権はカスケード王国のものとなる。それではオーロラになんのうまみがあるのかといえば、彼女はその蒸気機関車の駅に接続する路線の需要が見込めたのである。
この大規模な公共事業について、やはりスティーブが駆り出されることとなった。鉄道を敷設するための整地と、レールの作成。それと、あらたな蒸気機関車の部品の作成である。
さらに、シェリーからは自分の姿で暴れた罰として、追加のゴーレムトロッコ列車を要求された。なんだかんだと文句を言いながらも、スティーブはそれらすべてをやり切る。
港と都市を結ぶ鉄道は、アレックス殿下に大きな利益をもたらすことになる。それはもう少し先のお話。
鉄道事業の件でオーロラに呼ばれていたスティーブは、メルダ王国に一緒に行き、国王夫妻を交えて今後のことについて話し合う。今は四人がテーブルを囲んでいた。
「流石は閣下。カスケード王国の依頼分も終わったし、メルダ王国の依頼分も終わりね」
オーロラはそう言うと真っ赤な唇をアピールするかのように、目の前に出された冷えたワイングラスを煽る。
「相変わらず冷えていて美味しいわね。私も氷の魔法使いを雇いたいわ」
「僕が定期的にロックアイスを納品していますけど」
と言って、スティーブは目の前に小さな氷を作り出した。
「毎日来て欲しいのよ。閣下なら破格の待遇で雇うわ」
「妻に疑われるようなことはしたくないので」
スティーブはオーロラの誘いを断った。もっとも、オーロラもどこまで本気かわからないが。
スティーブの目の前にあるワイングラスには、ワインが注がれており、その上には金箔が浮いていた。
「さて、国内の鉄道網も随分と整ってきましたし、旅行客相手にこの新名物であるシェリー酒をガンガン売りましょうか」
「その名前に納得したわけじゃないわ」
ワインのボトルを掲げるスティーブに、シェリーは不快感を示した。
新名物として作った白ブドウのワインには、王妃の名前を冠してシェリー酒という名称が与えられた。金箔入りのワインである。
ワイン用の白ブドウをメイザック王国から取り寄せて、スティーブの魔法で何世代か交配させ品種改良をしている。わざわざシェリーの姿でそれをしたので、また要らぬ伝説が出来上がったこともあり、シェリーの表情は怖かった。
「このワイン、名前の是非はともかく味は良いから、売れると思うわ。新しい路線が出来たことで人の移動が増えるし、お酒は旅行客相手の商売としては最適ね」
怒るシェリーを気にせず、オーロラは二杯目を口にした。
「いくつかの路線はメルダ王国で運営してみたらいいと思うの。うちが独占していては、いつまで経ってもノウハウの蓄積が出来ないでしょう」
オーロラはそう提案した。メルダ王国の鉄道利権について独占している状態だったが、新規路線についてはそのいくつかを手放すつもりだった。敗戦につけこんで利権を色々と獲得したが、メルダ王国の国民に愛国的な動きが見られるようになったため、譲歩をした形になっている。
まあ、オーロラと国王夫妻の関係が良好なことは広く知られているので、即排斥というような動きにはならないが、オーロラとしては先手を打ってメルダ王国に譲歩する姿勢を見せたのだ。
そうした譲歩を伝えるために、オーロラはメルダ王国にやって来たのだ。
譲歩した理由にはアレックス殿下がオーロラに接近してきて、メルダ王国周辺の開発を一緒にしようと誘ってきたので、そうしたことには興味がないと示すためにも、新たな利権は求めなかったというのもあるのだが、それはオーロラ以外は知らぬことであった。
結局、今回のメイザック王国のカール王太子が起こした事件で、割を食ったのはシェリーだけという結果となった。
いつも誤字報告ありがとうございます。