表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

136/185

136 フォーシーズンズ

いつも誤字報告ありがとうございます。

 メイザック王国のカール王太子によるシェリー軟禁事件は解決した。メイザック王国の西側をカスケード王国とメルダ王国に割譲し、賠償金の支払いに加え、四季折々の品を季節ごとにシェリーに献上することになったのである。

 何故四季折々なのかといえば、それぞれの季節の収穫を祝って神にささげるためである。女神であるシェリーに対しての神饌、御贄であるのだ。南国であり、そんなにはっきりとした四季のないメイザック王国ではあるが、それでもその季節特有の農作物があり、土着の地母神信仰はフライス聖教会の勢力拡大後も各地に残っており、豊穣を祝って神にお供え物する風習があった。

 この和解案に対して皆納得していた。シェリーを除いてはであるが。

 メイザック王国より和解案が提示されて、それを精査するメルダ王国の会議の場において、シェリーは弟の耳を引っ張っていた。


「痛いよ姉さん」

「どうして耳を引っ張られることになったのか、自分の胸に手を当てて考えてみなさい」


 シェリーの不機嫌は爆発していた。全員が無事に帰国できたのは間違いなくスティーブのおかげなのだが、余計な事までしてくれたのが納得いかなかったのである。自分の悪い予感は当たっていたのだ。


「メイザック王国には二度とこちらに手を出さないように、痛い目にあってもらう必要があったんだよ」

「それは別に私の格好で暴れる必要はなかったわよね」


 これについては完全にスティーブのやりすぎであった。

 どうしてシェリーの格好で暴れたのかと訊かれたら、その方が面白いと思ったからと答えた時、シェリーの顔は地獄の閻魔様と同じくらい怖かったとは、スティーブの感想である。

 スティーブにしてみれば、シェリーの格好で暴れれば、メイザック王国の兵士たちはシェリーに恐れをなすだろうという気持ちはあった。しかし、別にそれはシェリーの格好をしなくとも、自分の姿でシェリーに手を出すなと言っても結果は同じだっただろう。

 面白いからというのが理由の大半だったのである。

 最初に報告を受けてから、シェリーの怒りが収まることはなく、今もこうしてスティーブに対して怒りをぶつけているというわけである。

 そして、自業自得であるがゆえに、助けてもらった外交団のメンバーも、スティーブに対して助け舟を出そうとはしなかった。感謝はしているが、シェリーの怒りを見たら関わるべきではないと思えたのである。

 そして、そんな姉弟を苦笑しながら見ているのが、カスケード王国の全権大使であるアレックスであった。アレックスは外交団お目付け役からの流れで、メイザック王国との和解交渉のカスケード王国側全権大使に任命されたのである。

 本来であればメルダ王国は南部地域の派閥の領袖であるレミントン辺境伯の仕事であるが、今回はアレックスが外交団に同行していた経緯から、レミントン辺境伯はアレックスに譲った形となった。まあ、レミントン辺境伯としても、既に十分領地は広がっており、この交渉で失敗して責められるくらいならば、他の誰かの手柄になっても良いとは思っていた。

 アレックスからしてみれば、願ってもないことであった。軟禁されるという経験もしたが、それが手柄につながるのであれば、その苦労も報われるというものである。そして、今この場にいるのだ。

 姉弟喧嘩というか、一方的なシェリーの攻撃にエイベル国王も苦笑しながら、今回の和解案についての賛否を問う。


「さて、今回の和解案について賛成の者?」


 しかし、誰も挙手しなかった。

 それもそのはずで、荒れるシェリーを見ては、神饌が入った条件に賛成など出来なかったのである。

 そんな雰囲気を察知したシェリーは大きなため息をついた。


「条件としては申し分ありません。それに、私がメイザック王国で女神だと思われていた方が都合がいいんでしょ。諦めるわよ」


 その一言で和解案の受け入れが決定した。

 そうなると、次はカスケード王国とメルダ王国での条件交渉となる。

 今回割譲されるメイザック王国の西部地域には大きな港が含まれていた。メルダ王国としては、カスケード王国に港を献上してしまったために、大きな港を得るのは悲願である。

 アレックスもそれは理解しているが、ここでメルダ王国に港を渡してさらに国力をつけられた場合、後々カスケード王国にとって脅威となる可能性がある。そうなった場合、後の歴史家は自分のことを暗愚であると書くだろうと思っていた。

 しかし同時に、ここでスティーブの不興を買うのも得策ではないと思っていた。今回のことはスティーブが姉を助けようとした結果であり、そのついでに出た利益を何もしなかった自分が取ってもよいのだろうかと考えていたのである。

 アレックスにしてみれば、やっと掴んだ実績を積むチャンスなのだが、そうした理由から心の中でものすごい葛藤があったのである。なお、いつも相談していたカッター伯爵はこの場におらず、相談できる腹心はだれもいなかった。

 いまだ考えのまとまらないアレックスの目の前に、メイザック王国から献上された地図が広げられた。国土を割譲するにしても、メルダ王国にもカスケード王国にもメイザック王国の正確な地図がないため、それを献上させていたのである。

 エイベル国王は悩むアレックスの心の内を見透かすように、真っ先に最大港を含む地域を丸で囲んだ。

 それを見てアレックスはどうするべきかと焦る。

 しかし、次に出てきた言葉でさらに悩みは深まった。


「こちらをカスケード王国の取り分とし、残りを我が国でというのはいかがでしょうか?」


 本来であれば喉から手が出るほど欲しい港を、いともあっさりと手放した。

 アレックスはちらりとエイベル国王の顔を見るが、その意図を見抜くことは出来なかった。

 エイベル国王が駄目ならばと、シェリーや他の家臣たちの顔を見回すが、誰もがみなエイベル国王が言うのであればという顔で、意表を突かれて驚く様を見せることは無かった。

 アレックスは相手の顔色を窺っても仕方がないとあきらめ、もう一度相手の立場になって考えてみることにした。

 メルダ王国が最大港を諦めるのは、メイザック王国の報復が怖いのか?否、それならば和解案無しに和解をしている筈である。となると、メイザック王国は関係ない。ならば、宗主国であるカスケード王国が怖いのか。それだなと、アレックスは考えた。

 メルダ王国は今はシェリーを王妃に迎え、スティーブというカードを手に入れた。しかし、シェリーがいつまでも生きている訳ではない。それに、何らかの都合でカスケード王国に帰ることになった場合、スティーブというカードは使えなくなる。

 その時、カスケード王国に目をつけられていれば、潰されることになる。メルダ王国は恭順する姿勢を見せていなければならないのである。

 いずれ、カスケード王国と戦えるほどの力をつけるかも知れないが、そうなるまでには極力カスケード王国を刺激したくないのだろうと結論付けた。

 それは、エイベル国王の胸中とまさしく同じだったのである。エイベル国王はいまはまだ望むべき利益をそのまま言うべきではないと考えていた。

 港を得て、経済力をつけることで睨まれるくらいなら、港は諦めてもよいと思っていた。むしろ、率先してカスケード王国に譲る姿勢を見せることで、敵意がないと思ってもらいたかったのである。

 その胸のうちを知らないが、アレックスはそうであるだろうという前提で、交渉を進めることにした。

 次は、こちらが譲る番であると考え、何を譲るかで悩む。

 そんな、人生の分岐点での選択を迫られるアレックスの横で、スティーブはシェリーに変身して、みんなを笑わせていた。

 シェリーの姿に、シェリーの声色。


「スティーブ、あなたって子は!」


 スティーブの物真似が、会議の場に響く。

 メルダ王国の重臣たちはそれを見て吹き出したが、顔を真っ赤にして怒るシェリーを見て、慌てて笑うのを止めた。

 シェリーも笑った重臣を咎めることはせず、スティーブだけを標的にする。


「お姉ちゃん、怒ったからね!」


 そう言ってスティーブの頬を強く叩くが、水銀化したスティーブの顔に手のひらが呑み込まれた。

 そうして更にシェリーの怒りは募る。

 それを見ていたアレックスは人の気も知らないでと呆れた。自分だけが真剣に考えていると思ったら、馬鹿らしくなったのである。

 不思議とそうやって考えることを止めると、何故かそれまで考え付かなかった事がわいてくる。


「エイベル国王、そうであればこの港からこう伸ばして、カスケード王国が貴国とメイザック王国の間に領地を持つようにいたしましょう。そうすれば、メイザック王国への備えはこちらの責任となります」


 アレックスはそう提案した。それは丁度数字の7のような形の領土であった。

 北部の海岸沿いにある最大港から東側で、南北に縦長に領土を得る。東西をメイザック王国とメルダ王国に挟まれる形だ。

 今のところ、メルダ王国はカスケード王国の属国であり、独立する機運もないので、実質的に東側のメイザック王国にだけ防衛の兵を置く形になる。

 こうすることで、メルダ王国は東部の備えは薄くすることが出来るのだ。そして、小さいながらもいくつかの港も手に入れられる。

 これなら、メルダ王国の顔もたつだろうと判断しての事だった。

 アレックスはチラリとスティーブの方をみる。問題があるなら今すぐに言ってくれと心の中で願った。

 そんなスティーブは真面目な顔で


「姉上、国益を左右する大切な会議の場です。冷静になってください」


 とシェリーを諭した。

 シェリーの姿で。


「あんたが一番不真面目でしょ!」


 シェリーの雷が落ちた。

 アレックスは頼むから真面目にやってくれと、口には出さないものの、スティーブをすがるように見つめた。

 当のスティーブは、シェリーを無事に救出出来たのでテンションが高かったのである。最悪の事態を想定してメイザック王国に乗り込んだが、結果として味方の死者はゼロ。

 これ以上ない最高の結果となり、やり遂げた感から浮かれていたのである。それに、スティーブにとっては、メイザック王国の和解案はどうでもよかったのである。

 だから、エイベル国王とアレックス殿下で話し合って、合意すればそれがどのような配分であっても構わないと思っていた。

 それを口に出していれば、アレックスがこんなにも悩むことは無かったであろう。


「よい案ですね」


 とエイベル国王が発言したことで、領土については配分が決定した。

 エイベル国王としても、満点の結果となったのである。そして、賠償金については人員で割ることにした。本来は王妃や殿下は他の役人よりも高くなるのであるが、シェリーとアレックスの賠償金の比重でそれぞれの国に納得しない者が出ることは予想できたので、身分に関係なく単純に頭割りとしたのである。

 当然ながら、メルダ王国の方が取り分が多くなった。

 これについては後々異論が出ることもなく、最良の選択であった。

 なお、スティーブの取り分については、シェリーが怒って無しという決定になった。これについては、アレックスもエイベルも非常に恐縮したが、スティーブも特に気にした様子が無かったのでそのままにした。

 スティーブからしてみたら、メイザック王国の賠償金がメルダ王国に入れば、肩代わりしていたアーチボルト家に返金されるので、それでよいと思っていた。

 そして、流石に実家に肩代わりしてもらった賠償金を踏み倒すようなことは、シェリーも考えていなかったのである。

 何とかメルダ王国との交渉をまとめたアレックスは、やり遂げた解放感を味わっていた。その横では、まだスティーブとシェリーがじゃれあっている。

 シェリーに耳をつねられているスティーブはエイベル国王を見た。


「義兄殿、姉上の帰還を祝ってパレードをしましょう。国民も姉上が軟禁されたと聞いて不安に思っていたはずです。是非とも無事な姿を披露すべきです」

「なるほど。確かにそうだな」


 エイベル国王はスティーブの提案に同意した。シェリーはそれに反対する。


「嫌よ。恥ずかしいじゃない。それに、国内にもスティーブのやらかしが伝わっているんでしょ。絶対にみんな勘違いしているわ。パレードの最中に拝まれるなんて恥ずかしいわよ」


 シェリーの格好をしたスティーブの活躍は、メルダ王国にも伝わっていた。メイザック王国の勘違いを悟られないように、王家もそれをシェリーではないと否定はしていない。その結果、メルダ王国の国民もシェリーが女神ではないかと思う者が出てきていた。

 元々国民人気の高いシェリーである。聖母のようだと思われていたところに、女神かもしれないというのが加わっても、すんなり受け入れられる土壌は出来ていた。


「姉上、それでは僕が代わりに姉上の格好でパレードに参加しましょう。国民にも姉上の慈愛に満ちた魔法を見せつけてやりますよ」

「あー、それなら私が出るわ」


 シェリーは額に手を当てる。スティーブにやらせるくらいなら、自分がパレードに参加すると諦めたのだった。


今回、前回、前々回とタイトルは作者の若いころに流行った曲から取りました。なので、四季折々の神饌というのは無理やりですが、気にしないでください。いや、若いころっていうのは噓ですが。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] まさかこんなところでサザエさんネタが(笑)
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ