133 販路探し
金箔の生産が始まるとやはり苦情が来た。
金箔押職人が安いアーチボルト領製の金箔を使ってみようと思って仕入れたところ、色味が多少悪くても安ければいいという需要があったのだ。
それが既存の金箔職人の仕事を奪ってしまったというわけである。スティーブは食用として出していたのに、想定していない使われ方をして、それなりの需要があったのだ。
金箔はほぼすべてが王都で生産されており、これでやはり王都の金箔職人たちは王都の工業ギルドに対して、工業ギルドで交渉してこいという要求をしたのである。工業ギルドのギルド長は困った。
スティーブは一代限りとはいえ、竜頭勲章といえば国内貴族の最高峰である。そんなスティーブに対して意見を言ったところで聞いてもらえるのか。そして有効な解決策はあるのか。
ギルド長は木工ギルドが以前家具の件でやはりスティーブに交渉したが、自分たちの物は職人が作るような良いものではない。そんなものと競争するつもりかと言われてしまったと聞いていた。シモンチーニがスティーブと交渉したときの話である。
今回の金箔にしても、ギルド長の目から見ても出来が違い、高級品であれば王都で生産している金箔を選ぶだろう。ただ、そこまで高級品でなくてもよいという需要もあった。今まではそれが顕在化してこなかったが、今回安い金箔が出てきたことで顕在化したのだ。
困ったギルド長は付き合いのある貴族たちに相談をしてみる。その答えはまちまちであった。
「王家はアーチボルト閣下にかかわりたくないから、どこの王族にも話は持って行かない方がいい」
「西部地域の領袖であるソーウェル閣下に相談をしてみたらよいのではないか」
「妻の実家であるマッキントッシュ閣下に相談をしてみたらよいのではないか」
「教会はやめておけ」
等々のアドバイスがあり、その中からソーウェル辺境伯にまずは相談してみることを決定した。
オーロラは王都の工業ギルド長の話を聞くと、スティーブに口利きすることを約束した。
「結果までは保証できないけど、アーチボルト閣下には私の方から言っておくわ」
「ありがとうございます。このお礼は必ずやいたしますので」
「いいのよ。困った時はお互い様だもの。お礼としての金品など送ってこなくてもよくてよ。その程度で終わるような関係にはしたくはないの」
そう言って動くオーロラの真っ赤な唇が、ギルド長には蛇の口のように見えた。
貴族は利益にならないことに対して動くことは無い。それくらいは王都の工業ギルドの長であればわかっている。そして、その相談内容によって謝礼金を決めているのだ。しかし、オーロラは違った。建前として一度断っておきながら、それでもどうぞとギルド長に言わせたいと思っている様子はなく、金よりももっと価値のあることをさせようとしているのだ。そして、それはいつになるかわからないし、どんなことかもわからない。よっぽど金銭で片が付いた方が気が楽であった。
工業ギルド長との話が終わり、オーロラはハリーと二人きりになる。
「坊やは食用の金箔だからって言っていたけど、やっぱりこうなったわね」
「どうされるおつもりですか?」
「王都の工業ギルドに貸しが出来るのなら、お互いの顔が立つような和解案を持っていくわよ。王都の製品が西部に入ってくるのを減らしたり、逆にこちらの輸出を増やすときに協力してもらえるなら、目の前の少々の金品なんて無価値に等しいものね」
オーロラは西部地域の産業保護のため、王都の工業ギルドと対立することもあった。その動きを封じ込めるためにも、今回の話は好都合だったのである。
「さて、そうと決まれば閣下に連絡を取ってちょうだい。こちらから出向くようにするわ」
「同行者を選ぶのが大変なんですが」
「部下の教育がなってないわよ」
「申し訳ございません」
ハリーはオーロラに謝罪した。スティーブのところは人工の温泉がある。オーロラのところの兵士や使用人も、オーロラに同行してアーチボルトラントに行けば、任務の間に温泉に入ることが出来るのだ。平民なので訪問先の貴族の屋敷でも水浴びというのが一般的な世界で、水浴びする必要がないアーチボルトラントの屋敷では、水浴びできる場所を作っていなかったのである。
同行者も温泉に入れる。
この条件が知れ渡ったので、同行希望者が殺到するのである。そして、アーチボルトラントに行くときのオーロラは機嫌が良いので、同行するのも苦にならないというわけである。
こうしてオーロラによって、王都の工業ギルドの苦情がスティーブのもとに届けられたのだった。
オーロラはスティーブの屋敷で面会となる。屋敷のサロンにはスティーブとクリスティーナとナンシー、オーロラとハリーが向かい合って座っていた。
「派手にやりすぎよ」
「そんなつもりは無かったのですが、みんなが違う使い方をするから悪いんですよ。ほら、こうして食用としてつかうのしか想定していないのですから」
目の前のテーブルには金箔で彩られたフルーツやスイーツが並べられている。
「既存の金箔と比べれば輝きが見劣りするなんて貴族ならわかるけど、庶民ならそこまで気にはしないものよ。ところで、夜の食事も金箔がつくのかしら?」
「ご希望があればつけるつけないを選べますよ」
「出来れば全部に金箔をつけてもらいたいわ」
オーロラの要求にクリスティーナが質問した。
「何か狙いがあるようですが、教えていただけますでしょうか」
「今回の解決策のためね。私だって手ぶらでただ販売をやめてくれなんて言いに来ないわ。金箔料理を新たな観光の目玉にしたいのよ。メルダ王国のね」
オーロラの持ってきた解決策は金箔をメルダ王国に輸出するというものであった。メルダ王国の鉄道事業はオーロラのものである。そこに観光客が増えるのであれば、それは彼女の利益になる。そして、王妃であるシェリーにも経済波及効果でメリットがある。
金箔の生産能力が今のままであれば、メルダ王国の需要が増える分だけカスケード王国国内への供給が落ちる。オーロラにとっても、シェリーにとってもメリットがありながら、工業ギルドの要望も満たすという策であった。
シェリーにメリットがあるならば、当然スティーブも乗ってくる。
「メルダ王国には金箔を作る工房はないのは事前調査で把握しています。これがイエロー帝国だったならば、賛同しかねましたが」
金箔の販売先として周辺国を調査した。その結果メルダ王国には金箔を生産している工房が無かったのだ。だったら有望な売り込み先だなと思ってはいたが、今のところ国内需要だけで十分であり、メルダ王国には輸出していなかった。
それが国内販売の縮小ということになれば、有望な市場に変化する。
材料商社が材料と一緒に加工の仕事を持ってくるように、金箔の売り込みと一緒にあらたな名物の話を持っていけば、シェリーも飛びついてくることだろうとスティーブは考えていた。
そして、それはクリスティーナとナンシーも一緒であった。妻たちはアーチボルト領の台所事情を悪化させた原因のメルダ王国、その経済的な発展は自分たちの世代が来るまでに何とかしてもらっておきたい課題であった。出来れば肩代わりした賠償金を一括で返金してもらいたいくらいには。
まあ、シェリーとの仲は悪くないので、険悪な雰囲気になるようなものでもないのだが。
「スティーブ様」
「旦那様」
「「この話、是非とものりましょう」」
妻たちに言われるまでもなく、スティーブは乗り気だった。
早速この場の全員でメルダ王国に転移して、シェリーとエイベル国王に面会して、事業計画を伝える。金箔の輸入はメルダ王国が一括で行い、そこからオーロラの会社に卸す形で、多少なりとも今の段階から国に利益が出るような契約内容となった。
そして、スティーブは契約の詳細はシェリーとオーロラに任せて、自身は料理を作り始める。
それはメルダ王国でとれる素材で作った料理であり、家庭料理ではなく観光客相手に出すような豪華なものであった。それに金箔を加えることで豪華さを演出している。
そんな料理を作っては王宮の使用人たちに運ばせて、エイベルとシェリーに見せている。全てを作り終わったところで、スティーブも交渉の場に戻った。
戻るなり、シェリーはスティーブに空になったかき氷の器を差し出す。
「おかわり」
金箔をふんだんにまぶしたかき氷を気に入ったらしく、シェリーはおかわりを要求した。
スティーブははいはいと言って器をうけとり、それに魔法でかき氷を作って入れた。そして、シロップと金箔をその上にまぶしてシェリーに返す。
シェリーは笑顔でそれを受け取ると、かき氷を口に運んですぐにこめかみに手を当てた。
冷たいものを食べて頭痛がしたのである。
王宮を警備している兵士たちは笑いをこらえるのに必死だった。
「気に入っていただけましたか?」
スティーブは笑いながらシェリーに訊ねた。
「味に変わりがないのはわかったわ。見た目が良くなるから、ちょっと贅沢をしたい庶民向けに提供できるなら売れそうね。金箔はただでくれるの?」
商売になりそうだとわかったので、仕入れ価格を極力抑えたいシェリーは、かなり無茶な要求をしてきた。
「こちらも商売ですから、無料というわけにはいきませんが」
「まあ、仕方ないわね。でも、ターゲットは庶民よ。金持ちなんて数がしれているけど、庶民ならその数は一気に増える。彼らがお金を払ってくれるなら商売になりそうね。金箔を料理に付け加えたからといって、金の価値は重さにしたら殆どないのだから、そうそう高い金額をとれはしないもの。数で勝負よ」
シェリーの狙いは正しかった。金箔をのせて豪華さを演出したところで、原価からしたらそうそう高い金額は要求できない。なにせ、金箔という製品は世の中にいくらでもあるので付加価値が極端に高くなるというわけではないのだ。
だとしたら、ターゲットは金持ちではなくて庶民である。少数の金持ちを相手にする利益率の良い商売ではないので、数を売って利益を出そうというわけである。ただし、ここでしか食べられないような創意工夫は必要になるが、なんとか客を呼べそうな予感はしている。
シェリーは良いことを思い付いたとばかりに喜んでスティーブに話しかける。
「ねえ、スティーブ。私良いことを思い付いちゃった」
「僕の経験が悪い予感を告げていますが」
スティーブは身構える。シェリーの考えた良いことが、スティーブにとっては悪いことだった確率は高い。六面ダイスを振って一が出ない確率よりもはるかにだ。
「実家の味、ラーメンを毎日持ってきてくれないかしら」
「あれは実家の味ではないです。母上が作ったことなど一度もないでしょう。それに、味を再現するためということで、料理人たちにもふるまいましたが」
「ええ、王宮の料理人たちは見事に味を再現してくれました。しかし、彼らに観光客相手の料理をさせるわけにもいかないでしょう」
シェリーの考えたのは金箔ラーメンだった。メルダ王国でもラーメンは再現されているが、それは国王夫妻と彼らの客人のための料理である。まだ、一般には広まっていなかった。
王宮の料理人が使えないなら弟を使おうというのが、シェリーの出した答えであり、スティーブは当然ながら難色を示した。魔法で作るなら一日十杯が限界。スティーブが料理するなら数は増えるだろうが、スティーブもそこまで暇ではない。
「良い案だと思ったんだけどなあ」
「僕の手間を考えなければですね。まあ、折角だからラーメンに金箔を乗せてみましょうか。何ラーメンにしますか?」
「味噌とんこつで」
シェリーは遠慮なくスティーブに味噌とんこつラーメンを注文した。スティーブは亜空間のストックから注文のラーメンを取りだす。
他のメンバーにも希望を聞いて、それぞれの希望通りのラーメンを取り出して、その上に金箔を乗せた。海苔の代わりに金箔がでかでかと乗っている。見た目のインパクトは十分だった。
シェリーはラーメンを食べ終わるとスティーブの方を見た。
「毎日ラーメンを作りに来なくていいから、その代わり金箔を他所には売らないでね。まとめて買うから安くしなさい」
「全部買ってもらえるなら他所に売る必要ないけどね。元々カスケード王国国内で売っていたら、工業ギルドから苦情が入ったからここに売り込みに来たわけで、揉めるくらいなら国内で売りたくないんだ」
「じゃあ交渉成立ね」
「はい。僕らは戻りますね」
スティーブがそう言って妻たちの方を向くと、シェリーはスティーブの肩を強くつかんだ。
「実家の温泉が恋しくなってきたんだけど。あの懐かしい温泉に入りたいわ」
「姉上、僕の屋敷は姉上の実家ではありませんし、つい最近出来たばかりですから懐かしさもないはずですが」
「弟の物は姉の物、姉の物は姉の物。世の中の絶対的真理よ」
シェリーも温泉を気に入っており、どうせこの後帰ってから温泉に入るのだろうと思ったら羨ましくなって、連れて行くようにせがんだのである。
「どこにそんな真理があるのかは知りませんが、姉上のところの水属性の魔法使いにも温泉は教えましたよ」
「魔力がすぐに枯渇しちゃうから、気分よく入っていられる時間が短いのよ」
魔力量の問題で、メルダ王国では人工の温泉に長く入ることが出来なかった。そして、天然の温泉はまだ見つかっていない。
だからこそ、スティーブの作る温泉に入りたかったのである。
「わかりました。連れて行きますよ」
こうして帰りは一名増えて転移することになった。エイベルは流石に遠慮して、子供と一緒に留守番である。
いつも誤字報告ありがとうございます。