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132 金箔づくり

 プレス機の前でスティーブとニックが紙を手に持ち、その手触りを確認している。人差し指の腹で紙をこするニック。紙はエマニュエル商会に入手してもらったものだ。


「若様、ツルツルですね」

「これが出来に影響するからね」


 スティーブも同じように指の腹を使って感触を確認していた。まあ、スティーブの場合は粗さの測定も出来るので、Ryの規格でも見ているのだが。Ryとは過去にあった粗さの規格であり、現在はJIS規格からは削除されているのだが、古い図面にはまだ過去の表記が残っており、スティーブの前世の記憶ではRyが一般的であったため、Ryで測定しているのだった。2024年現在のJIS規格に照らせばRzとなる。

 ただ、今回はRaという規格で測定してもよさそうなものだが。

 今回はこの紙とプレス機を使う。

 何をするかといえば、金箔を作ってみようというわけだ。スティーブの前世の記憶でなんとなく覚えている金箔作りは、金をツルツルの紙で挟んで、プレス機で叩くというもの。

 今までは金とプレス機が無かったのだが、スティーブが本気を出せば金は鉄よりも世の中にあふれることになる。そこまですると影響が大きいので問題になるが、少量の金の使い道を考えていたら、金箔を思い出したのである。

 金は金属の中で一番細く伸びる「延性」と薄くなる「展性」が一番高い。だから薄く出来るのだ。

 日本にある金箔の種類は下記の通りであり、食用となるのは銅の含有量が少ない四号色からである。銅を入れたほうが色が良くなるのだが、今回は食用の金箔を作ろうとしていた。



五毛色98.91 0.49 0.59

一号色97.66 1.35 0.97

二号色96.72 2.60 0.67

三号色95.79 3.53 0.67

四号色94.43 4.90 0.66

三歩色75.53 24.46 0

(数値は左から金・銀・銅の含有量比率)


 スティーブはそんな数値は覚えていない。なんとなくふんわりとした比率の記憶から、ニックと一緒に色を確認しながら合金を作っていく予定なのだ。金を溶かすのに必要な温度は魔法で作れるし、材料費はほとんどかからないのだ。

 早速金合金を作っていく。まずは銅を入れずに作ってみるが、輝きが前世の記憶と違うので、スティーブは却下した。

 なんとなくこれくらいというものが出来上がったのは金94.5%、銀5%、銅0.5%であった。次にこれを叩いて伸ばす。

 本来ならローラーで圧延するところだが、圧延用の機械が間に合わなかったため、ここから叩き始めるのだ。

 そのためのプレス機が目の前にある。


「両手押しじゃないんだよなあ」


 スティーブは目の前のプレス機に不満があった。安全のために両手押しスイッチがあるプレス機しか使ったことが無いスティーブとしては、目の前の安全装置が付いていないプレス機が怖かったのである。

 何故両手押しなのかというと、片手押しの場合はスイッチを押さない方の手が、機械の中に入った状態で加工を始める可能性があるからだ。

 ここをきちんとしておかないと、役所からの改善命令が出る事がある。

 ニックはそんなことお構いなしに、金の塊をプレス機に置いて足元のスイッチペダルを踏んだ。

 金は上下の金型に挟まれて薄く伸びた。その厚み実に0.03mmである。

 それを金型から取り出すと、紙に挟んでさらに皮でつつむ。別のプレス機――金箔をつくる機械なので澄打機なのかもしれないが、澄打機というと魔法で作れないため、プレス機という名前の機械を作ったのだ――でトントン叩いていく。これで「澄」という前工程は終わりだ。

 続いてツルツルの紙に挟んで箔打機で打つ。まあ、ここもプレス機ではあるが。ここで上澄みを叩いて0.0001mmまで延ばせば作業完了である。

 出来上がった金箔を見て、スティーブとニックはやはりエマニュエル商会に入手してもらっていた、カスケード王国の技術で作った金箔と比べる。

 カスケード王国の金箔は金の含有量が多くなっており、色がちょっと違う。見た目にはカスケード王国の金箔の方が輝きがあるのだ。


「若様、いいんですか。こっちのほうが見た目が良いんですが」

「まあ、食用だしあんまり金の含有量を増やさなくてもいいかな。それに、あんまり綺麗に似せて作ると、金箔ギルドから苦情がくるだろうしね」

「いつものやつですね」


 ニックがいつものというのは、既存の工業ギルドからの苦情のことである。スティーブはなるべく客層や需要を取り合わないように考えているのだが、相手からはそうは見えないのだ。

 金箔にしても材料がほぼ無料で、手打ちと機械打ちという速度の違いがある。どうやっても価格勝負では勝てないのだ。

 スティーブは金箔の輝きが見劣りするから苦情はこないと思っていたが、ニックはそういう金箔でもいいという客層が一定数あって、その分の売り上げは確実に落ちるから苦情は来ると思っていた。

 ただし、ニックがそうした苦情に対応するようなことは無いし、そもそもスティーブに対して強気で喧嘩を売ってくる相手は国内にはいない。せいぜいが今以上に売り上げを落とさないように、スティーブにこれ以上の販売拡大をしないで欲しいというお願いくらいなものであろう。その中に恨み言がひとつふたつ入るくらいのものである。


「紙の調達を邪魔されるくらいはあると思って覚悟しておかないとね」

「若様、この国のどこに若様に対してそんな嫌がらせを出来る奴がいるっていうんですか?」

「いないと思う?」

「居ないでしょう。そんなことするくらいなら、何もしないか刺し違える覚悟で襲ってくるかですぜ。若様が怒って潰しに来たら勝てないんですから、そうなる前に襲うでしょう。勝てる可能性は金箔よりも薄いですが」

「うまいこと言うね」


 スティーブは本気で嫌がらせを心配していたが、それこそ杞憂というものである。そんなスティーブとは違い、ニックは別の心配をするべきだと思っていた。


「これ、工場でやるつもりですよね」

「当然」

「だったら、材料の金を盗む奴がいないかを監視する方法を考えないと」

「ああ、それもあったか」


 会社の資産を盗むやつはどこにでもいる。ただし、換金しにくいものや使いづらいものについては中々盗まれない。工場でも重たい鉄の塊を盗む奴は中々いないが、会社のパソコンやプリンターなら盗む者はいる。他にも刃具類を盗んで同業者に横流ししていたなんて事例は、スティーブは前世でよく聞いた。

 幸いにして自分の工場にはそんな不届き者はいなかったが。なので、ニックに言われるまで従業員を疑うことを考えなかったのである。

 ところが、今回扱う材料は金である。しかも、鍍金液の中に含有されるような、取り出しにくいものではなく、純金の塊なのである。


「どうしようか?」


 スティーブは困ってニックに訊ねた。


「そりゃあ、若様の魔法で盗むなって命令すればいいでしょう」

「でも、何もしていないのに疑われたって怒りださないかな?」

「心の中ではそう思うでしょうけど、怒って若様に殴りかかるようなやつはいないでしょうね」


 やはりスティーブの前世の記憶になるが、疑われると怒り出す職人がいた。不良が発生した場合は全てを疑って、可能性を一つ一つ潰していくのだが、それですら怒って協力してくれなかったのである。


「でもなあ、金箔の生産ラインで仕事をすることを命じていながら疑うくらいなら、最初から命じるなよって言われそうで」


 大貴族であり社長でもあるスティーブであるが、従業員に対しては弱気だった。どうしても前世で経営者よりも職人の方が強い環境にいたため、強く出るのが苦手なのである。


「まあ、そんなこと思っても口にするやつなんかいねえですって」


 あまりにも弱気な社長に困って、ニックは後頭部をがしがしと掻いた。それが良かったのか、一つのアイデアが浮かぶ。


「希望者を募ればいいでしょう。で、応募資格に魔法を使われても気にしない、文句を言わないって書いておけばいいんですよ」

「お、名案!」


 スティーブはニックの案に手を叩いて喜ぶ。金箔のラインに志願する前に説明しておけば、従業員が納得しての事となる。


「盗まれてなくなった分をニックの給料から引く事がなくてよかったよ」

「またまた、ご冗談を」

「部下の管理も給料のうちだよ」


 スティーブがどこまで本気かわからないので、ニックは案が出せてよかったと安堵した。本当に給料から引かれていたら、妻に何と言われるかわかったものではない。

 従業員の件が解決したので、ニックは話題を変えた。


「金なんて食ってどうするんですか?体が金ぴかになったり?」


 ニックはどうしてスティーブが食用の金箔を作るのかわからなかった。ひょっとしたら金にはとんでもない栄養が含まれているのかもと思った。


「そんなことにはならないよ。金も銀も体には吸収出来ないから、どんなに食べたところで栄養になんかならないって。金箔を食用にするのは見た目だけだよ」

「見た目、それだけなんですか」

「そうだよ。ためしに食べてみるかい」


 そう言うとスティーブは収納魔法で保管していたラーメンを二杯取り出した。どちらもとんこつラーメンである。その片方にいま作った金箔を乗せる。


「ほら、金箔を乗せた方が高級感があるでしょ」


 ニックに両方のとんこつラーメンを見せた。


「食ってもいいんですか?」

「勿論」


 ニックはスティーブの許可をもらってラーメンを食べる。最初は金箔の入った方だ。大きな金箔で麺を包んで口に運ぶ。それを丁寧に咀嚼する。美味しいとんこつラーメンなのだが、ニックは時折眉間にシワを寄せたり、首をかしげなが食べる。

 続いて、普通のとんこつラーメンを食べた。


「違いがわかったかな?」


 スティーブはニコニコしながらニックに訊いた。


「若様、これ味は同じですよね?」

「そうだよ。見た目が違うだけだよ。でも、金を使った料理なんてお金かかってそうだよね」

「そりゃまあ。てか、ラーメン自体が普通じゃ食べられませんけどね」


 ラーメンは各貴族が再現をしていた。パーティーで酒を飲んだ後に締めのラーメンを一度でも食べてしまえば、その魅力に捕らわれて逃れることは出来ない。

 最初はスティーブの作ったものだけだったが、国王やオーロラ、マッキントッシュ家がそれを再現したところから始まり、その味が徐々に他の貴族のところでも真似されるようになっていった。

 それでも、まだ庶民の口に入るところまではいってない。ニックの言うようにラーメンは普通では食べられないのである。


「ラーメン以外でも金箔を使えば見た目が豪華になると思うよ。かき氷とか」

「ちょっと前まで食うのにも苦労していた身としては、食い物は味と栄養があればそれでいいんですけどね」

「それが満たされれば次は見た目だよ。他の人にも試食してもらおうか」


 スティーブはニックに片付けをお願いして家族のところに転移した。

 そして、自ら腕を振るって料理を作り、その上に金箔をのせた。試食に参加するのはブライアンとアビゲイル、クリスティーナとナンシー、シリルとアイラであった。

 ブライアンはテーブルに並べられた黄金色に彩られた料理に圧倒される。


「王になった気分だな」

「原価は驚くほど安いですけどね」


 スティーブは自分の魔法で材料を作っていることを伝える。

 アイラは眉をひそめながらシリルに訊ねた。


「金って食べても平気なの?」

「金や銀は体に吸収されないから、悪影響はないよ。金箔くらい薄くなれば引っ掛かることもないから」

「銅は?」

「銅は影響があるね。まあ、これは人体に影響がない微量しか入ってないそうだから、安心していい」

「でも、他のところが作った金箔はわからないわよね」

「そうだね。それは国で規格を作って、食用の金箔で使用する銅の量は規制しないとだね」


 金属を食べることについては、みんながアイラのような疑問を持っていた。シリルにしてもスティーブから聞いていなければ食べるのに抵抗があっただろう。そして、他の国民も同じであり、販売には大きな課題となっていくはずだとスティーブは考えていた。


「ま、そういうわけで食べても大丈夫だからね」


 スティーブはそう言うと自分が最初に目の前の温かい蕎麦を食べてみせた。蕎麦の上に金箔をまぶしてあり、蕎麦と一緒に口に入れる。

 他のメンバーは恐る恐るといった感じで食べてみたが、味はいつもどおりであり、食感も変わりはなかった。徐々に慣れてくると、スティーブの作った美味しい料理だというので、どんどん食が進む。


「贅沢な気分になる以外はいつもと同じだな。歯ごたえが金属っぽくなるとおもっていたがそうでもなかった」


 ブライアンの感想にみんながうなずく。

 これならいけるかということで、スティーブは金箔の量産に踏み切った。



いつも誤字報告ありがとうございます。

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― 新着の感想 ―
[一言] ほら、金箔を乗せた方が高級感があるでしょ ↑ バブル末期で好景気かつ 金の価格が安かったときは 正月用のお酒に金箔いり おせちも金箔使ったのが流行りましたね ということは 貴族や豪商の間で…
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