表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

131/185

131 三人の精霊

 聖国に転移したスティーブはまずは教皇のところに向かった。使徒に認定されているスティーブとの面会は、教皇の中では最優先事項である。そこで、異端調査部門が襲撃してきたことを伝え、教皇が知っているゾンネの情報を貰う。それが終わると、メルクールとユピターに聞いていた異端調査部門の本部がある建屋に向かった。

 建物は外から見ると、大きな宿と同じくらいであり、三階建てであった。身体強化の魔法を使って中に入る準備をする。

 入口にいる立番の兵士には幻覚を見せてスティーブの姿を認識させず、問題なく室内に入ることが出来た。

 他の教会施設であれば、法衣を着ていれば問題なく入ることが出来るのだが、独立して機密情報を沢山握っている異端調査部門は、教会関係者であっても部外者が簡単に入れるようなものではなかった。

 しかし、それは入り口での身元確認の厳しさだけであり、一度中に入ってしまえば、その厳しいチェックで問題が無かった者だという認識になる。

 普通に歩いているスティーブを不審に思う者は誰もいなかった。

 ただし、メルクールによれば、それは一階のみの話。二階から上となると普通の職員が上がるようなことは無いので、その日誰がそこにいるべきかという認識があるのだった。つまりは、いるべきではない者がいれば、すぐにつまみ出されてしまう。息をしない状態でだ。

 スティーブはいつものように虫を使って屋内を偵察し、二階と三階にいる人物を把握した。総勢18名であり、誰が誰だかわからないが、大柄で白髪交じりのブラウンヘアーの中年男性が、一人で部長室と書いてある部屋にいたので、それがゾンネであることがすぐにわかった。


「あっ」


 ゾンネの姿を確認した瞬間に、虫と共有していた視界が真っ暗になった。真っ暗になる直前にゾンネが投げたナイフが見えていたので、殺されたとわかっている。


「魔力にきづかれたかな?」


 使い魔を使役しているわずかな魔力を感知されたか、それとも虫が嫌いだったのかわからないが、スティーブの直感は前者であると伝えていた。

 ばれているなら早い方がいいということで、ゾンネのところに転移する。


「ふんっ!」


 出現と同時にゾンネの斬撃が襲ってくる。その実力はエース・オブ・ソードのジョーと同等であった。

 なので、世間的には脅威であるが、スティーブは軽くそれを躱した。何せジョーと同じ動きが出来るスティーブが、さらに身体強化をしているのである。同じ実力のゾンネの攻撃が当たるはずもなかった。

 自慢の一撃を躱されたゾンネは驚くが、全く隙を見せずにスティーブを睨んだ。


「誰だ?」

「使徒って言えばわかるかな。本当はピーターパンさって言いたかったんだけどね」


 そう言われてゾンネは目の前の人物がスティーブであると認識した。あの日、宗教裁判で見たスティーブであったのだ。


「っ!!!」


 目の前にスティーブが現れたことで、メルクールとユピターが任務に失敗したことを悟り、自分で始末してやろうと思ったゾンネだったが、スティーブが作り出した鉄の鎖がその体を拘束する。


「火の魔法は使わない方がいい。燃えても逃げ出せないからね」

「この悪魔め!」


 ゾンネは身動きがとれないので、視線だけは殺すような勢いで睨んだ。

 スティーブがおどけてみせる。


「どうして僕が悪魔だと思うのかな?」

「教義から外れる者は異端、信じない者は異教、そして改変しようとする者は悪魔だからだ」

「だから殺す?」

「そうだ」

「話し合えば考え方を変えるかもしれないのに?」

「神の教えがとどかぬ者たちと会話が成り立つ訳がないだろう。特に悪魔はな!」


 これは会話するのは難しそうだ、とスティーブは内心で苦笑した。


「さて、僕が悪魔かどうか、これから味わってもらおうじゃないか」

「俺を殺すつもりか?」

「まさか。僕は慈悲深い神の使徒。信徒の命を取るわけないじゃないか。お前にはこれから三人の精霊に会ってもらう。そして、過去・現在・未来を見てもらう」

「そんなことが出来るわけがない」


 ゾンネが怒鳴ると、スティーブは非常に残念だと言わんばかりの、憐憫に満ちた目でゾンネを見た。


「神の奇跡を否定する愚か者だね。さあ、奇跡を存分に味わうがいい」


 スティーブがそういうと、ゾンネは魔法が使われるのを感じた。反射的に痛みが来ると思って目をつぶるが、いつまで経っても何のダメージも無かった。そして目を開けると、目の前に大きなろうそくが立っていた。

 そのろうそくには人間の顔がついており、目はまっすぐにゾンネを見ている。そして、その口が開いた。


「僕は過去の精霊。君の過去を見せてあげよう」


 そう言うと、ゾンネの目の前に子供のころの自分が映し出された。ゾンネは孤児であり、親の顔を知らなかった。彼は教会に拾われて育った。その時は神がどうだとかは考えずに、食事と寝る場所を提供してくれた教会に感謝をしていたのである。それからゾンネは成長し、神の教えがなんであるかを学ぶようになっていった。同じ孤児として拾われた子供たちは、神の教えについて学ぶことが好きではなく、ゾンネはそんな子供たちを不敬であると思っていた。

 しかし、自分は将来司祭となって、そんな子供たちに神の素晴らしさを教えようと考えていたのである。なので、同年代の子供たちとは遊ばずに、司祭の話を聞いたり教典を読んだりして過ごしていた。


「どう?君の過去だったでしょ」

「間違いなく俺だ。しかし、どうして俺の過去を知っている?」


 ゾンネの問いに精霊は答えることは無かった。そして、漆黒の闇が生まれてゾンネの視界を奪う。

 次にゾンネの視界が戻った時、目の前には松明を持った男がいた。その後ろには小さな男の子が二人いる。


「俺は現在の精霊。これがお前の現在だ」


 そこにはゾンネのやってきた虐殺が映し出された。異端とされたものの暗殺。異教徒のせん滅。幼い子供を抱えた母親が命乞いをするが、ゾンネは異教徒であるとの理由から、躊躇なく母子の首をはねた。部下たちも無抵抗の異教徒を殺していく。

 その光景を見せられたゾンネに動揺はない。


「これを見て罪の意識を持てとでもいうのか?」

「そんなことは言わんよ。ところで、俺の後ろの子供たちは、異端者の子供と異教徒の子供だ。二人とも親を殺されて孤児となったのだが、教会は面倒を見てくれるのかね?」

「異端と異教の子供を何故教会が面倒を見なければならんのだ」

「だって、異端の子であるお前がこうして教会の孤児院で育ったのだぞ。なのに、自分以外の子供たちは認めないというのはおかしいではないか」

「俺が異端の子?」


 ゾンネは自分の知らなかった、そして知りたくもなかった事実に驚愕した。そして必死に否定する材料を探す。何も出てはこないのだが。


「知らないのも無理はない。何せ親の顔を知らんのだからな」

「嘘だと言え!お前も、お前も悪魔なのだろう!俺を誑かすための嘘だ!!」


 ゾンネが叫ぶと再び漆黒の闇が彼の視界を奪った。

 そして、その闇が小さくなり、人型となったことで再び視界が開ける。

 目の前の人型の闇は何も言わない。

 だが、今までと同じように異端調査部門の建物の中ではない場所の光景が見えた。見慣れた聖国の大聖堂である。ただ、それが燃え盛っているが。そして、その大聖堂の前には無数の死体が転がっていた。その死体を取り囲む人々が多数おり、皆表情は明るい。

 口々に喜びの言葉を発する。


「信仰の自由を取り戻した」

「これで、間違った神の言葉を強要されることはない」

「間違いを認めなかった異端調査部門が一番の異端だったんだ」


 ゾンネはそう発言する者たちが見つめる死体の中の一つが自分であることに気づいた。


「どうして俺が死んで、教会が燃えているんだ?」


 そう訊いたが、闇は答えない。

 代わりにスティーブが答えた。


「このまま行けば、教義の見直しに反対する異端調査部門が教会の実権を握る。そして、自分たちに好ましくない者を粛正していき、自由のない宗教へと変わっていく。自由を求める信者を黙らせるために粛正はどんどんエスカレートして、最後は信者の怒りが爆発して逆襲されたっていうわけだよ。自分の名前で間違ったことをする教会に対し、神は呆れてもうお言葉を伝えようとは思わなくなり、天から地上を見るだけで、なんら干渉しようとはしなくなるんだ。教会を燃やした者たちに神罰を与えないほどにね。そして、死後、神の国に招かれる人はいなくなり、人々の魂は永遠に地上をさまようことになる。この闇は未来の精霊。彼が見せる未来はそういう世界だ」

「そんなことあるはずがない」

「信じるも信じないも自由だけど、異端者の子供である自分が教会のトップになって、他の異端者の子供を殺すっていうのが教義であるというのなら、神は自分の名前を使うのを許さないとおっしゃっている。過去・現在・未来の精霊たちを遣わしたのもそういうことだよ。僕がどうこうできるようなことではなくなったんだ」


 ゾンネは目の前で見た光景を信じたくはなかった。どうにかしてそれが違っているという証拠を見つけたかったのだ。


「そ、そうだ。神は教義を見直すことをお認めなのか?」

「勿論。むしろ、間違って伝わっているものをなんとかしたいんだってさ」


 スティーブにそんなことを訊いたところで、見直すというにきまっているが、それを判断できないくらいゾンネは焦っていた。スティーブが知るはずのない、自分が孤児だったという情報を見せられたからである。

 ゾンネはそこから何も言わなくなった。

 何も言わずに考えているのである。

 スティーブもゾンネの考えがまとまるのを待った。

 そして、ついにゾンネは答えを出す。


「今からでも、俺は考えを改めれば神は赦してくださるだろうか?」

「神の愛は誰にでも平等。間違った行動をしていたとしても、信者は常に愛されており、赦しを得る機会があります」

「良かった…………」


 ゾンネはスティーブの言葉を聞いて涙を流し、神に感謝した。

 この後、ゾンネの改心により異端調査部門の方針が変わり、教義の見直しを許容することとなった。もちろんスティーブの暗殺指令も解除である。

 使徒を攻撃して返り討ちにあい、死んだと思っていたメルクールとユピターも聖女の元で勉強中ということも伝えられ、異端調査部門の職員たちも神の深い愛に感謝をしたのだった。約二名は神ではなくスティーブに対してだったが。


 全てが丸く収まった後で、スティーブは屋敷の温泉に入りながら妻たちに聖国であったことのあらましを報告することにしたのだが。

 家族で混浴というわけではなく、オーロラとイヴリンとスカーレットとダフニーが一緒に温泉に入っている。スカーレットは裸は恥ずかしいと言って、布を体に巻いて裸体を隠している。マナー違反ではあるが、スティーブの屋敷の風呂であり、お湯も魔法で作り出して、入れ替えも簡単だということで許可が出ていた。なお、入らないという選択肢はないとスカーレットが主張するので、こうした特別許可となったのである。

 どうしてこうなったとスティーブは雰囲気の悪さに頭を抱えた。

 元々、オーロラがスティーブの作る炭酸温泉がいいといってやって来たのだが、同じタイミングでアーチボルトラントにイヴリンが温泉客としてやってきていた。オーロラだけが特別な温泉に入るのは納得いかないと言われて、イヴリンも一緒に招くことになったのである。ダフニーはたまたま休暇がこの日であり、ナンシーとの訓練の後の汗を流すのに、特別な温泉を是非ともということでアーチボルトラントにいた。

 スティーブはそのあとにでもあらましを話すつもりだったのだが、オーロラが長くなるから一緒に温泉に入ろうと誘ったのである。

 それを聞いたときに、クリスティーナの背中に般若が浮かんだが、オーロラが若さをアピールするには比較対象があった方がいいでしょと言ったら、コロッと手のひらを返してスティーブを誘うようになった。

 ちなみに、お肌の手入れにお金をかけているオーロラは、年齢で差のあるクリスティーナに負けるつもりは無かった。

 炭酸の泡で、全身がくっきりと見えるようなことは無いが、スティーブとしては目線を追ってくる、ナンシーとダフニーに気を遣う。温泉なのにリラックス出来ずにストレスを溜める状況だった。それでもあらましを話す。


「教皇からゾンネの過去を聞いて、説得しやすくなるような過去の幻を見せた。異端の子供であるという情報といっしょにね。そこから、現在・未来って続けてみせて、悲惨な未来がやってくるって思わせたんだよ。精霊っぽいのを三人考えるのが大変だったね」


 クリスティーナは疑問があり、それをスティーブに訊いた。


「ゾンネは本当に異端の子供だったのですか?」

「それは嘘だね。嘘というか本当かどうかわからないっていうのが正しいのか。でも、自分が今まで殺してきた異端の子供と自分も同じ境遇だと言われたらショックだよね」

「そうとうなショックを受けるでしょうね」

「そのショックから立ち直らないうちに、嘘の未来の光景を見せて本当だと思わせる。神に見捨てられる未来をね」


 スティーブのおこなったことに対して、女性たちは全員が


(こいつ、悪魔かよ)


 と思ったのであるが、それはスティーブに伝わらなかった。

 なので、作戦が成功したことを話すスティーブはにこにことしたままだったのである。もし、女性たちの胸の内が伝わっていれば、スティーブは大きなショックを受けて、笑顔が消えていたことだろう。

 そして、その笑顔のままに続ける。


「ほら、僕は別に女性だから殺さないっていうわけじゃないんだよ。今までたまたま殺さないで済む相手が女性だっただけなんだから」


 というところで、使用人がやってきた。


「閣下、聖女様、フランク様、メルクール様、ユピター様がお見えです。閣下にご招待されてきたということですが」

「あっ」


 スティーブは彼女たちを招待したのを忘れていた。

 そして、それを妻たちに伝えてもいなかったのである。


「今の『あっ』ってどういう意味でしょうか?」


 クリスティーナは静かな怒りを胸に秘めてスティーブを見た。

 スティーブは覚悟を決めて、報告を忘れていたことと、招待した経緯を話すことにした。


「実は、昨日異端調査部門の件が解決したのを報告しに、ユリアの教会に行ったときに、炭酸温泉を作る話もしたんだよね。よかったらくればって誘っておいたんだけど」


 温泉に誘った時に日を指定はしなかった。それをいつでもいいとユリアたちは勘違いしたのである。


「それで、この状況に彼女たちもお呼びになるつもりだったですか?」


 クリスティーナはスティーブが自分に好意を寄せている女性たちを一堂に集めた理由が気になった。とても気になったのである。


「彼女たちが嫌がるなら日を改めて貰うよ。それに、僕はそろそろ出ようかな」


 スティーブは逃げようとした。以前社交辞令でユリアたちに声をかけてしまった時に、次は事前に話して欲しいと言われていたのだ。一度呼んでしまったので、二度と来ないでとは言えなくなり、呼んだならその約束を教えると妻と約束していた。


「あとでお話ししたいことがありますので」


 クリスティーナは力強くスティーブの肩を掴んだ。

 スティーブは力なくうなずく。


「姉さん、事件です」


 メルダ王国の方を見て、ポツリと呟いた。

いつも誤字報告ありがとうございます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ