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13 価格操作

 スティーブはエマニュエルから銅の商売で嫌がらせを受けているという話をされた。


「最近、ソーウェルラントで銅を扱っていると、本物なのかと難癖を付けてくるやからがいましてね。産出した鉱山がどこかはっきりしないのは、偽物だからだろうと店で大声を出されるんですよ」

「だとしたら、銅の売り上げは落ちてるの?」

「いや、それが難癖を付けてくるわりには、最終的に全部購入していくのです。他の客は寄り付きませんが。それに、銅の価格が値上がりしていて、売り上げは増えているんですよ」

「ふうん。なにか変だよね。まあ、これ以上嫌がらせが続くようなら当家としても対処しなければならないかもしれないから、その時は父上にもう一度相談してほしい」

「わかりました」


 そんな話があってからまもなく、ソーウェル辺境伯からの呼び出しで、スティーブはソーウェルラントに来ていた。場所は辺境伯の家のサロン。スティーブとオーロラとハリーの三人しかいない。

 出されたお茶を飲むと、スティーブは用件を訊ねた。


「先物相場のことで相談があるとのことですが、どのようなことでしょうか?」

「実は銅の価格が人為的に操作されているのよね。カーシュ子爵が犯人なのだけど」


 オーロラの話では西部の貴族であるカーシュ子爵が銅価格を不正につり上げているのだという。その背景には国内有数の銅鉱山を持つことと、ソーウェル辺境伯領と王都を繋ぐ街道が二本あるが、どちらもカーシュ子爵の領地を通っていることがあった。カスケード王国での銅の産出はカーシュ子爵の領地以東であり、銅の先物取引をしているソーウェル辺境伯の領地には陸路であればカーシュ子爵の領地を必ず通らねばならない。

 それに目を付けたカーシュ子爵は、自領を通過する銅の荷物に対して、検査の名のもとに拘束をした。そして、自領以西の銅を買い占める。こうすることで銅は品薄となって値上がりする。

 これで困るのは、先物の取引利益狙いの投機家と、銅を扱う商人だ。現物価格が値上がりすると、当然先物価格も値上がりする。空売りしている投機家は値上がりにより踏まされるのは当然として、銅を扱っていて先物を売っている商人も、引き渡し期日までに銅の現物を入手出来なくて、空売り状態になってしまうため、先物を高値で買い戻しさせられている。

 彼らの損失がそのままカーシュ子爵の懐に入るというわけだ。

 銅は鉄よりも加工が容易なため、素材としての需要は高い。その価格が上昇するとなると、庶民の生活にも影響が出てくる。最悪は治安が悪化して犯罪が増えることになるので、放置しておくわけにもいかない。


「自分のところの銅の売り惜しみだけならまだしも、街道を封鎖まがいで荷を止めるとは随分と思いきったことをしますね。僕を呼ばずとも、閣下が自ら制裁を加えればよろしいのではないでしょうか」


 とスティーブはオーロラに提案した。仕手の本尊とその手口がわかっているのであれば、権力者なら仕手潰しは容易である。そう考えたのだ。

 だが、オーロラにも事情があった。


「カーシュ子爵は当家にとってかわり、西部閥の領袖になろうという野心があるの。自分は誰よりも優秀だと信じて、他人を見下しているのよ。ここで圧力をかけたところで、後でどんな仕返しをしてくるかわかったものじゃないわ。先物取引の仕組みを考えた貴方なら、こういう事態も想定していたでしょ。相場で仕掛けられたなら、相場でやり返して生意気な鼻っ柱を折ってやりたいのよ」

「承知いたしました。相手とやりあうのなら、まずは情報が知りたいです。カーシュ子爵の銅山の産出量、溜め込んだ銅の量、子爵の財産を教えてください。あ、それと子爵の息のかかった貴族と仲買人もですね」

「わかったわ。すぐに調べて連絡するわ」

「お願いします。僕のほうは銅価格の値動きを調べてみます」


 スティーブはオーロラと別れて、エマニュエルの商会へと向かった。エマニュエルは仲買人であり、値動きの記録は取ってあるはずだ。なので、それを見せてもらおうというわけである。

 ソーウェルラントにあるエマニュエル商会は、学校の体育館程度の大きさの建物であった。新築ではなく居抜きで買ったとスティーブは聞いていた。元々は荷車ひとつの商人であったが、スティーブから仕入れた商品を扱うのに、このでかい建物を購入したのだという。

 スティーブが中にはいると、そこには小麦粉や塩の他に二重ポット式冷蔵庫やリバーシなどが置いてあった。スティーブが店内にいるのをたまたま店にいたエマニュエルが気づく。


「これはこれはスティーブ様。ようこそおいでくださいました。ご連絡をいただければこちらからお迎えに伺いましたものを」

「いや、今日は辺境伯に呼ばれてね。その内容からエマニュエルに話があったんだ」


 エマニュエル以外の店員は、スティーブが子供だと侮っており、全く対応をしなかったのだが、会頭自らが丁寧な対応をしたことで驚いた。そして、スティーブが帰った後にお説教が待っているなと覚悟したのである。


「ここじゃあ耳が多いから、どこか別のところで話がしたいんだけど」


 スティーブの口ぶりに金の匂いを感じたエマニュエルは、重要な商談をするための部屋へと案内した。ここは壁が厚く、外に声が漏れにくいようになっているのだ。


「こちらなら」

「ありがとう。それじゃあ早速なんだけど、ここ最近の銅の現物と先物の値動きを記録したものを閲覧したい」

「理由をうかがってもよろしいでしょうか?」

「勿論だよ。実はカーシュ子爵が銅相場を操縦して利益をあげているようなんだ。それを辺境伯から何とかできないかと相談を受けてね。まずは彼らの手口を確認したいんだ。それと、今後二か月から半年で大きな勝負となると思う。僕はエマニュエルを仲買人として使うつもりだから、僕の注文は間違いなく受けるように使用人達に伝えておいてほしい」


 それを聞いたエマニュエルが少し考え込む。


「大きなとは具体的にはどの程度を指しておりますのでしょうか?」

「カーシュ子爵とその一派の全財産を奪う程度だね。辺境伯が本気だから、どちらかが倒れるまで金で殴り合う戦争になるよ」

「辺境伯が……」


 辺境伯と聞いてエマニュエルはオーロラの顔が浮かんだ。辺境伯といえばオーロラの父親であるが、病状は思わしくなく、実質的に政務を取り仕切っているのはオーロラだ。貴族や商人が辺境伯といえばそれはオーロラを指す。そして、男勝りな剛腕なやり方と、狡猾な思考は西部地域では畏れられていた。


「以前、エマニュエルから聞いた銅に難癖をつけてきた客というのも、おそらくはカーシュ子爵の一派だろうね。銅を買い占めて価格を吊り上げているんだろう。難癖をつけるのは他の客を遠ざけるためさ」

「それで合点がいきました。しかし、カーシュ子爵といえば、西部地域ではソーウェル辺境伯に次ぐ大貴族。勝てる見込みはあるのでしょうか」

「うちの主要な出荷物は銅だよ。このチャンスに稼がなくてどうするのさ」

「それはそうでした。それでは私も手張りで参加させていただきましょうか」


 手張りとは証券会社などが客の注文を受けるのではなく、自分の資産で相場をはる事である。


「これで一蓮托生だね。じゃあ、銅価格の値動きを見せてもらえるかな」

「承知いたしました」


 エマニュエルは店にある銅相場の値動きを記録した用紙をスティーブに見せた。スティーブはそれを見ながらローソク足を描いていく。そして、ローソク足の下には出来高を記録した。

 ローソク足とは最も基本的なチャートであり、始値、安値、高値、引値と陰線か陽線かを表す。相場の勢いを確認するためのものだ。それに出来高を加えて参加者の心理を読むわけだ。



 スティーブがソーウェルラントで銅相場を調べているのと同時刻。カーシュ子爵は自分の領地の居城で派閥に所属する貴族と御用商人を集めて会合を開いていた。カーシュ子爵は金髪に同じ色の口ひげ。30代半ばの一番脂の乗り切ったところ。先代の父親が急逝してから領地を引き継ぎ、自分なら更に発展させられるという自信が顔にも溢れていた。


「あの女狐が先物取引を開始してからというもの、こちらの財政は潤うばかり。銅の供給を絞る事で手持ちは高値で売れて、先物は売り方が高値で買い戻す。やはりここの違いだな」


 カーシュ子爵は自分のあたまを人差し指で軽くつついた。そこに御用商人がよいしょする。商人の名前はシャルル・バルリエ。50代後半の老獪な商人ではあるが、ソーウェル辺境伯に食い込めず、西部地域ではトップに立てない事をコンプレックスに持っている。


「閣下のご慧眼、敬服いたしました。閣下程相場というものを理解している方は国内を探してもおりませぬ」

「そうであろう。このまま財を増やして西部閥の領袖には俺がなるであろうな」

「その際は変わらぬごひいきを」

「わかっておる。それに、貴様も相当稼いでおるのであろう?」

「閣下程ではございません。それに本日お集りのお歴々にも及ぶかどうか」


 ここで集まっている貴族たちにも笑いが起きる。


「我ら一同、カーシュ閣下が西部地域を統べるところを見るまでは死ねませんな」

「なに、もう来年には閣下が西部閥の領袖となっているであろう」


 などと盛り上がる。ここで少しでもカーシュに気に入られたいと必死だ。

 そして、カーシュ子爵もまんざらでもない様子。


「女狐が銅価格高騰について対策をしようとしたら、それを阻止することで他の貴族もこちらにつくであろうな。領地内での積み荷の検査については国王陛下も認める貴族の自治権。やり込められたところを見せれば、奴の威信も傷がつくというもの」


 笑顔のカーシュ子爵にひとりの男爵が質問をした。


「しかし、兵を出されましたらまずいのでは?我らの兵を集めても辺境伯の軍には太刀打ちできないかと」

「ふっ、自治権の侵害ともなれば国軍もこちらに味方するであろう。これを放置すれば他の貴族も後を追うようになり、国内がバラバラになる。そんなことは陛下も見過ごさぬであろうな」

「おお、確かにその通りでございますな」


 再び会合が笑いに包まれる。シャルル・バルリエも笑顔を浮かべるが、心の中ではエマニュエルの商会の事が気になっていた。出処不明の銅を売る商人。いや、出処はアーチボルト家であることまではわかっている。しかし、アーチボルト領には銅鉱山が無い。秘密裏に鉱山開発を行っていたとしても、あそこの領地の人数ではまともな生産は出来ないのもわかっている。

 ならば、アーチボルト家はどこから銅を入手しているのだろうか。それがわからぬが故、得も言われぬ不安があったのだ。


「バルリエ、今までの利益をつっこみ、更に銅を買い占めていけ。当然先物も買いだ。売っている奴らは銅を入手できん。どんなに高値であろうとも買戻しをせねばならんのだから、遠慮なく買い占めろ」

「承知いたしました」


 シャルル・バルリエの不安を他所に、カーシュ子爵はさらなる買い占めを指示した。売り方にはソーウェル辺境伯の御用商人もいる。彼らを蹴落とす千載一遇のチャンスであるので、シャルル・バルリエは不安を心の奥底へと押し込めた。



 三日もするとスティーブにオーロラからの呼び出しがあった。内容はもちろんカーシュ子爵の資産などの調べがついた事。再びスティーブ、オーロラ、ハリーの三人が集まった。


「まったく、調べている間にも銅価格が上がって、遂には3倍よ。これでは銅貨を作るコストを考えても、鋳つぶしたものが出回るのも時間の問題ね。ほら、これが頼まれていた資料よ。持ち出しはNGだから、ここで目を通すだけにしてね」


 オーロラはそう愚痴る。現在、銅1トンから作れる銅貨がおよそ200,000枚である。金貨にして200枚の価値だったものが、今までは材料費1/3程度であった。それが今は等価まで上昇している。通貨には素材と国力を足した価値がある。国力の無い国の通貨は素材と同額の価値しかないが、国力が強大ならばその分価値は増える。紙幣が価値を持っているというのを考えれば当然だが。

 そして、今銅貨は素材の価値と同程度であり先高感があるので、貨幣を鋳つぶすという犯罪を犯す覚悟があるならば、銅貨を集めて鋳つぶすことで利益が得られる。自分の管轄地域でそんな犯罪が起こったとなっては、辺境伯の面子も丸つぶれであるので、オーロラとしては何としても銅価格を下げたかった。

 資料に目を通しながらスティーブはオーロラの愚痴を聞く。


「長くて半年くらいかと思っていましたが、もっと短い期間で勝負をつけないとですかね」

「そうしてもらえると助かるわ。で、そう言うからには勝算があるのよね」

「銅価格を下げるだけならいかようにも。しかし、カーシュ子爵たちに大きな損害を与えるとなると少しばかり骨が折れますね。閣下のところの資産と仲買人を自由に使わせていただけますでしょうか」


 それを聞いたオーロラは渋い顔をする。


「資産を自由にというのは無理よ。どの程度を考えているのかわからないと」

「考えているのは、カーシュ子爵とその一派の資産の倍以上ですね。彼らに再起不能なほどのダメージを与えるとなると、こちらもそれなりに罠を仕掛ける必要があります」

「その罠には金がかかるということね」

「はい」


 ここでオーロラは少し考える。目の前の少年をどこまで信じてよいのか、その判断が直ぐには出来なかったのである。


「勝つための作戦を教えてもらえるかしら。それと、成功した時のそちらの報酬と、失敗した時の穴埋めね」


 オーロラの問いにスティーブが答える。


「まずは僕の魔法を見てください」


 そう言って、目の前に銅の塊を作り出した。


「なっ!?」


 オーロラは辛うじて驚きを抑える事が出来たが、ハリーはそれが出来ずに驚きの声をあげた。


「それが勝つための秘策というわけね」

「はい。銅鉱山がなくとも魔法で銅を作り出せます。魔力が必要なので無限にという訳にはいきませんが、相手が知らぬ銅の調達ルートが出来る訳です。これで相手を誘い込んで売り崩すという訳です」


 オーロラはスティーブの作戦に納得した。これならば、資金を自由に使わせるのも問題ないと思えたが、流石にそれは辺境伯家としてのプライドが許さなかった。


「それでも流石に資金を自由に使わせるわけにはいかないわね。ただし、売買のタイミングを指示してくれたらその通りにするわ」

「それで結構です。あとは成功報酬ですが、金額的にはこちらの取り分は儲けの1割で構いません。その代わり、国民の当家領地への移住を認めていただきたい」

「1割でいいとは随分と気前の良い話ね。何か裏がありそうで怖いわ」

「単純なことですが、相手が支払い能力の無くなるまで損失を膨らませるので、回収するにも能力が必要という訳です。だから、半額要求したところで当家ではそれを回収できないので、お金については閣下にお譲りする次第」


 スティーブとしては格上の貴族から借金を回収するのは無理だと考えていた。なので、金銭的な利益などは絵に描いた餅であり、実利として移住による領民獲得を望んだわけである。

 この説明でオーロラは満足し、失敗したときの穴埋めについては聞くのを止めた。

 スティーブが一度領地に帰るというので、話はそこまでとなる。

 部屋に残ったハリーがオーロラに訊ねた。


「お嬢様、失敗したときの話を聞かなくてよろしかったのですか?」


 その質問にオーロラは苦虫を噛み潰したような顔になる。


「聞くまでもないわ。銅を作り出す魔法があるのだもの、買い占めをしている連中を売りで負かすなんて簡単でしょうね。でも、それはあの坊やが銅の価格を自在に操れるということよ。坊やが敵に回ったらどうにもならないわね。これからはあれに気を遣わなきゃならないと思うと忌々しいわ」


 オーロラは改めてスティーブを危険な存在だと認識した。

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