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128 教会での実演

 メルクールとユピターはカスケード王国の王都に到着した。駅に降り立つとユピターは蒸気機関車を睨む。


「これでやっとアーチボルトの開発した乗り物に乗らなくてすむ」


 蒸気機関車はスティーブの開発ではなく、蒸気機関車の仕組みを王立研究所に伝え、それを元に国内の天才たちが動く形にしたのである。スティーブはその天才たちの功績だと言っているのだが、一般にはスティーブの開発として話が伝わっている。

 なので、ユピターもメルクールもスティーブの開発したものなのだと思っていた。

 メルクールはユピターの発言を聞いて苦笑した。


「ユピターは考えが固いんだよ。便利で神の教えに反していないなら受け入れるべきだと思うわ。馬車よりも早くて揺れが少ない乗り物で、こうして移動できたんだからいいじゃない」

「その便利さが信仰を失わせるかもしれないがな」


 ユピターはスティーブの功績を認めたくないのでそう言ったが、蒸気機関車には信仰を失わせるような効果は無い。

 メルクールはユピターをなだめて駅から出た。

 向かう先はイートンがいる教会である。二人は宿は取らずに、カスケード王国では教会で寝泊まりする予定であった。彼女たちの表向きの身分は聖国の研究者であり、水銀から金を作ったという功績の確認ということになっている。神学と科学の理論的な融和が目的というのが今回の入国の理由だった。

 身内ですら騙すのはお手の物であり、イートンも彼女たちが本当に研究者であるという連絡を受け取り、それが本当だと思っていた。何も疑わずに二人を受け入れたのである。そして、多額の寄付を王立研究所に対して行い、スティーブを教会に呼んで水銀から金を作るというのを見せてもらうことを約束したのである。

 教会でという条件は、極秘で確認したい事があるためで、王立研究所で誰かに聞かれては困るからという理由であった。

 高額の寄付があったため、本来は出張するようなことが無い王立研究所も、すぐ近くの教会でもあるしということで、そうすることにしたのである。

 最初に教会からの依頼の話をシリルから聞いたスティーブは、ベラと二人きりの時にいよいよかという話をした。


「ユリアの天啓の話があって、今回のタイミングということは、この話が罠の可能性が高いよねえ。わざわざ教会で確認したいって条件をつけてくるくらいだし」

「同行者が多ければ守りきれないわね」

「行くのは僕とベラだけだよ。水銀から金を作る理論については、研究者も小さな世界の観察が出来ていないから、説明を出来るほど理解をしているわけじゃない」


 行くのはスティーブとベラだけであった。これは水銀から金を作る理論を説明するにあたり、陽子と中性子に、原子崩壊というのを研究者が理解しておらず、まだだれかに対して教える段階まで行ってないからである。それでも王立研究所での見学で簡単な説明はしているが、出張してまでとなると今のところは考えていない。

 他国からも講演の依頼などはあるが、すべて断っている。

 スティーブにしても、前世の学校で学んだ程度の知識であり、それ以上について訊ねられると答えるのが難しいが。

 そんなスティーブの顔をベラが見つめる。


「何かついてる?」

「そうじゃない。どうしてスティーブはそんな見えない小さな世界のことをわかったのか不思議だった」

「不思議と頭に入ってくるっていう理由じゃダメかな」

「そうね。そういうことにしておく。だって今までと変わらないもの」


 ベラはスティーブが陽子と中性子をどうやって知ったのか不思議であったが、それを教えてもらえなかったとしても関係が変わるものではないと思っていた。なにせ、どうやってスティーブが知ったのかなんて、今までのものもそうなのだから。

 そして、追及することで今の関係が崩れるのであれば、そうはしないで現状を維持できる方がよかった。

 ただ、こうしたスティーブがどうして知っているのかは、王立研究所でも話題になっていた。特に、今回は観測が難しい極小の世界のことである。

 魔法の属性が産業だからということになっており、スティーブの他にそんな属性の魔法使いがいないため、その検証をすることが出来なかったので、いまのところはそういうことになっているが、研究者としてはそこを研究したいと思っていた。

 もし次に産業の属性の魔法使いが発見された時、同じような発明や考えを提示してくれるのかどうか。さらには人工的に魔法の才能を作れるとなった時、スティーブと同じ才能を再現できるのかどうか。

 火属性の魔法追加は皆同じように魔法で火の球や矢を作ることが出来る。水属性にしても同様である。となれば、産業属性であっても、それは同じになるのではないかという予測は出来た。

 サンプル数が一個なので検証は出来ないが。

 そういうわけで、転生という事象が認識されておらず、スティーブが異世界の知識を持っているとは誰も考えていなかった。


「それで、どうするの。殺す?」

「前にも話したけど、まずは話し合いだよ」

「随分と優しいのね。相手は若い女性かしら?」

「まさか。教会も基本的には男尊女卑。ユリアは聖女だから特別扱いだけど、教皇も司教も男ばかりなのを見れば、研究者も男なんじゃないかな。神のもとに男女は平等ではないんだよ」

「それなら男女の区別なく、実力で役職を決めているスティーブのほうがよっぽど神様らしい」

「まあ、実際には神の言葉ではなく、教会の組織運営で男が要職につきたいっていうのをずっと続けてきた結果だね。それを許している神も同罪だけど」


 そんな会話をしていたが、スティーブは実際にメルクールとユピターに会って、若い女性であることに驚くことになるのだった。だが、この時スティーブはそのことを予想も出来なかった。

 実演約束の当日、スティーブは教会にいくとイートンが出迎えてくれた。


「ようこそおいでくださいました。本来であればお迎えにあがるところですが」

「いや、この距離だからいいよ。ところで研究者の人は?」


 スティーブはイートンがひとりであることに疑問を持った。


「庭で待っております。持参した水銀を使って欲しいということですが、中毒を考えて風通しの良いところでというので。今準備をしております。使徒様をお迎えしないなど不敬にもほどがあるのですが。まあ、それは一般的に広まっていないので仕方ありませんが」

「ふーん」


 スティーブはその言葉で研究者が自分をよく思っていない可能性を考えた。立場としてはスティーブが客であるのに出迎えないとなると、自分たちは金を払っている客の立場だと考えているか、出迎えるような価値は無いと思っているかだ。

 相手が刺客でなかったとしても、面倒になりそうな予感がしたのである。


「ご案内いたします」


 そう言ってイートンが中庭に案内してくれた。

 そこには若い女性が二人。メルクールとユピターである。

 二人を見た瞬間にベラが眉をひそめた。


「若い女なんだけど」

「そうだねえ」


 中庭でスティーブを待っていたのは可愛らしいメルクールと、男役のような美しさを持つユピターであった。この場に妻たちがいれば間違いなくあらぬ疑いをかけられるところであろう。

 彼我の距離は10メートル程度。イートンは自分が案内してきたのが本日の実演をするスティーブであることを二人に伝える。


「本日のお客様であるアーチボルト閣下をお連れいたしました」


 それを聞いた瞬間にユピターから殺気が溢れる。イートンはそれを察知できなかったが、スティーブとベラは察知して身構えた。

 ユピターは殺気を隠すつもりもなく、スティーブをにらみつけた。


「民衆を誑かす悪魔め!」


 魔力がユピターの周りに集まり、雷光が走りはじめる。


「焼け!」


 ユピターの命令に従って、雷がスティーブに向かって走る。


ドン!


 という音とともに火柱が上がる。眩い光と火柱にユピターはスティーブが見えなくなる。しかし、手ごたえでは殺したと思っていた。

 ユピターの視界が元に戻り期待に満ちた目でスティーブのいた場所を見るが、そこに黒焦げになったスティーブの姿は無かった。雷が直撃する前と同じ姿で立っていたのである。ちょっと違うのは、少し不鮮明にその姿が見えていたのである。


「これが雷か」


 スティーブはにこにこしながら自分に向けられた雷が消えたのを確認していた。ノーダメージだったのである。魔法を放ったユピターと、ユピターの実力を知っているメルクールはそのことに驚愕する。


「馬鹿な、雷撃は当たったはず」

「当たってはいないよ。あたったのはこの水だね」


 スティーブの姿が不鮮明になっているのは水のせいだった。透明な水がスティーブたちを覆っており、雷はそこにあたって地面に流れて消えたのである。

 水と聞いてユピターは激怒する。


「水だなどと誑かすつもりか」

「誑かすつもりなんてないけど」

「水が雷撃を止められるはずがない。水たまりに撃ち込めば、そこに足をつけた異教徒が倒れてきたのだぞ」

「それは雨水だからだよ。これは真水だから電気を通さないんだ」


 スティーブの作り出した水は純水である。純水は電気を通さないので、雷はそこで止まる。

 ユリアの天啓を聞いた時に、スティーブは雷の対策として水による絶縁を考えていたのだ。ユピターが雷をまとった時に、これが雷かとわかって水を作り出したのだった。

 種明かしをされてもユピターは納得できなかった。


「そんなことがあるか!」

「あるかも何も、目の前で起こったことが事実なんだけどね。ところで、水銀から金を作る実験を見せてほしいと言われてやって来たのに、いきなり雷の魔法を撃ち込まれるのはどういうことかな?」


 スティーブはそう言うと土の鎖でメルクールとユピターを拘束した。ユピターは拘束されてもなお雷撃を撃ってくるので、彼女たちを純水のドームで覆う。

 スティーブは肩をすくめた。


「どうせ、聖国から僕の暗殺指令でも出てやってきたのでしょうけど」


 スティーブの言葉にイートンは慌てた。


「決してそのような指示は受けておりません」

「まあ、イートンなら顔に出そうだものね。司教ですら知らないような動きがあるってことだと思うよ。本人に訊いてみようか」


 スティーブはそう言って命令強制の魔法で自白をさせようと思ったが、その魔法は効果を発揮しなかった。


「精神系の魔法は対策されているか。一山いくらの刺客ではないってことかな」

「そういうことだ。我らに精神系の魔法は通用せぬぞ」


 ユピターは勝ち誇ったように笑う。彼女たちには精神系の魔法を打ち消すマジックアイテムが渡されており、その影響でスティーブの魔法がきかなかったのだ。

 だが、勝ち誇ったユピターも、自分の魔法が水のドームから出ないので手詰まりである。

 そんなユピターに対してメルクールはため息をついた。


「まったく、ユピターは確認もせずに攻撃するんだから。まあ、こうなった以上は戦うしかないけどね」


 そう言うと、魔法を発動した。

 メルクールの体が銀色の液体となり、どろりと溶けて土の鎖の拘束から抜け出す。

 スティーブはこちらが水銀だとわかった。


「へえ。自分の体を別の物質に変える魔法か。面白いねえ」


 メルクールの魔法を見て作った作業標準書を読みながら、スティーブはその不思議な現象に興味がわいた。科学では証明できないような現象なのだ。これが解明できれば、水銀から金を作るだけではなく、土から金を作り出すことも可能になるだろう。そう考えたらワクワクが止まらないのである。

 そうしている間にも、メルクールは水銀のまま人の姿になって、水のドームを抜けて迫ってきた。

 スティーブはメルクールに向かって土の杭を打ち込んでみた。

 糠に釘ではないが、液体の水銀に土の杭を打ち込んだところで、ダメージを与えられなかった。


「無駄よ」


 メルクールの液体の顔がスティーブを馬鹿にして笑う。

 スティーブは笑われても気にした様子は無い。


「これならどうかな?」


 スティーブは魔法で無数の氷の弾丸を作り出して、それを次々とメルクールの首付近に撃ち込んだ。

 メルクールはそんなことでは止まらず近寄ってくる。氷の弾丸はメルクールに吸収されて、ダメージを与えられている様子はなかった。


「無駄無駄」


 そういってメルクールは距離を詰め、の手が届きそうなところまで近づいてきた。


「それが無駄でもないんだな」


 スティーブは笑うと、収納魔法で亜空間にしまっていた剣を取り出し、メルクールの首を斬った。

 斬られたメルクールの首は地面に転がり、驚きの表情でスティーブを見る。

 信じられないといったメルクールの首に向かって、スティーブはとびっきりの笑顔を振りまいた。


「ほらね。無駄ではなかったでしょう」


いつも誤字報告ありがとうございます。

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