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120 孤児院にて

 蛇頭騎士団は衛兵と騎士にしょっ引かれていった。

 落ち着いてから花売りの少女にはなしかけた。少女は名前をきけばアンバーだという。


「さて、アンバー」

「は、はい」

「この花はどこで手に入れたのかな?」


 スティーブの質問にアンバーの顔がこわばった。


「盗んだものじゃありません」


 その返答を聞いたときに、スティーブは聞き方がまずかったなと反省した。

 そして、笑顔を作ってもう一度質問する。


「別にアンバーを疑っているわけじゃないんだ。僕はこの花がもっと欲しい。もちろんお金を払おうと思っている。この花をもっと売ってくれるかな?」

「わかった」


 少女は頷く。


「あっ、でもメアリー先生に訊いてみないと」

「先生?」

「私たちの孤児院の先生なの。お花は孤児院に咲いているから、メアリー先生がいいよって言ってくれたら全部売れるかな」


 アンバーは孤児であり、現在は孤児院で生活しているのだという。花を売っているのは孤児院の運営費を稼ぐためだとか。

 ベラがスティーブの袖を引っ張った。


「身分がばれているのに、いきなり行ったら相手が驚くでしょ」

「そういえばそうか」


 スティーブはベラに言われて少し考えた。


「アンバー、明日孤児院に行くからって先生に伝えておいてくれるかな」

「わかった」

「じゃあ、今日は場所だけ教えてくれるかな?」

「いいよ」


 スティーブはアンバーに孤児院の場所だけ聞いて別れた。

 エリーはスティーブが手に持っている花がどんな商品になるのかと質問する。


「社長、その花を売るつもりですか?どんな商品としてです?」

「この花をそのまま売るつもりはないよ。重要なのはこの花に含まれた成分だ」

「成分……ですか」

「そう。この花は害虫を殺す成分が含まれているんだ。それを抽出して蚊やハエを駆除する薬を作ろうと思ってね。その成分を線香に加えて燃やすことで、立派な殺虫剤になるんだよ」


 蚊取り線香は煙にその成分を乗せて拡散する。そして、カスケード王国でも線香は使われていた。宗教的な儀式というよりも、香りを楽しむために使われているのだが、製法は確立されている。そして、その一般的な形状は線香であった。

 なので、この説明でもエリーには通じる。


「社長は随分と物知りなんですね。前からそう思っていましたが、あの花にそうした成分が含まれているなんて思ってもみなかったです」

「まあ、僕も本で読んだ知識だけどね」


 と誤魔化す。


「この花を栽培して、もっと量を増やせば売れると思うんだ」

「でも、それって簡単に真似されちゃいますよね」

「まあね。製法は線香と同じだから。でも、僕はこれを大量生産してコストを下げるつもりだ。機械化すれば価格勝負では負けないと思うよ」


 スティーブはすでに頭の中で蚊取り線香の量産ラインを考えていた。他者が真似できないレベルのラインをどうすれば出来るかを。

 そんなスティーブの思考を止めるように、エリーが再び質問をした。


「線香を作るのはわかりましたが、起きている時はいいですけど、寝ている時のあの蚊の飛ぶ音も何とかしたいです」

「もちろんそのつもりだよ」

「でも、線香が燃え尽きる時間って短いですよね。一晩中何度も起きて線香に火をつけるのは大変ですよ」

「それを解決する方法があるんだよ」

「それってどんな方法ですか?」

「それを考えるのを宿題にしようか。製品デザイナーとしてレベルアップするためにね。量産の準備をするのにはまだまだ時間がかかるから、その時までに答えを出してくれたらいいよ」

「はい。頑張ります!」


 エリーは元気よくこたえた。

 その後も、別のアイデアを見つけるために、三人は散策しようと思ったが、スティーブの正体がばれてしまい、町の人々が恐縮してしまうので、その日は切り上げることにした。

 スティーブは時間が出来たので、蛇頭騎士団と衛兵を取り調べている騎士団に顔を出す。


「やあ、取り調べはどうかな?」

「閣下、人数が多いので時間がかかっておりますが、蛇頭騎士団のリーダーはオーガスト・ブレナンといってブレナン子爵の次男であることがわかりました。子爵から釈放の要請もあり、死罪は無理でしょうな」


 ブレナン子爵は王都にいる領地をもたない子爵であった。その子爵に息子の逮捕の連絡が行き、騎士団に対して即時釈放を要求してきたのである。

 騎士団としてはスティーブの要求もあって、取り調べを継続するつもりであったが、ブレナン子爵からの圧力もあって困っていたというわけだ。


「まあ仕方ないか。別に殺さなくてもいいけど、三年くらい軍隊で根性を鍛えなおしてもらいたいね。それでも文句があるなら、子爵には僕のところに文句を言ってこいって言っていいよ」

「閣下に文句を言えるような貴族は、このカスケード王国国内にはおりませんよ」


 そう言って騎士は笑った。そして続ける。


「みかじめ料はまだいいとして、どうにも薬物売買や無許可の娼館の運営などもやっていたようですから、下っ端はそれなりの罪になるでしょうがね」

「薬物か」

「まあ、それも最近は仕入れが出来なくなったとかで、過去の話ですが。新しく自分たちで作ろうとしていたけどうまくいかなかったようです。この後やつらのアジトを捜索しますから、証拠が出るかもしれませんね」


 教会からの仕入れが止まったことで、薬物の販売が出来なくなっていたのだ。ただ、捕まった連中がそれを自白したことで発覚した。

 それでもやはり、貴族の子供たちは無罪となる可能性が高い。下っ端の取り巻きだけが罰せられるのだ。

 だからこそ、スティーブも軍隊で根性を鍛えなおすという罰で我慢している。


「それじゃあよろしくね」

「かしこまりました」


 スティーブは騎士団を去る。

 そして、その日のうちに貴族の子供たちは釈放となった。ただし、二日後からは軍隊に強制入隊となる。これは正式な罰であり、逆らえば今度こそ重い罰が待っていた。


 翌日、スティーブはアンバーとの約束通り孤児院を訪れた。メンバーは昨日と同じく三人である。

 院長のメアリーが迎えてくれる。メアリーの年齢は42歳。外見もその通りであり、ブラウンの髪に少し白髪が混ざっていた。


「閣下、この度はようこそおいでくださいました。閣下をお迎えするようなきれいなところではございませんが」

「いや、気にすることはない。今日は白い花を買いに来ただけだから」

「はい。アンバーから伺っております。本当に全部お買い上げいただけるのでしょうか」

「勿論。どこに咲いているのかな?」

「こちらでございます」


 メアリーはスティーブたちを中庭に案内した。そこには花壇があって、一面に除虫菊が咲いていた。花壇の面積は小学校のプールくらいの広さである。


「おお」


 スティーブは感動の声をあげた。


「閣下、本当にこの花で良いのですか?」

「そうだよ」


 スティーブの答えにメアリーは戸惑う。


「それは同情からでしょうか?」

「別にそういうわけではない。この花が僕にとって必要だからだ。それに、同情するような事情も知らないし」

「アンバーから聞いてはおりませんか?」

「いや、まったく」


 どうにもメアリーはスティーブが同情から、この花を全て買うと申し出たと勘違いしていた。なので、会話がずれていたのである。


「それで、同情するような事情があるというのかな?」

「はい」


 メアリーはスティーブに孤児院の置かれている状況を説明した。

 王都の孤児院は最低限の資金が国から支給されているだけである。それでどうやって運営しているかというと、魔法の才能があった孤児を育てていた孤児院に対して国から報奨金が支給されるというものだった。

 一人の魔法使いが輩出された場合、五年間程度の運営資金が得られる。どの孤児院もそれで運営されていた。エミリーの孤児院はもう何年も魔法使いが出ていないので、資金難に陥っていたのである。

 エミリーはてっきりそれにスティーブが同情してくれたのだと思っていた。

 だが、実際にはそんなことは無かった。

 スティーブは純粋に除虫菊が欲しかっただけである。


「事情はわかりました。しかし、戦争による戦災孤児は出なくなったはずですが、まだ孤児は出ているんですね」

「最近では娼婦が身籠った子供を置いていくのが多いですね」

「あー」


 避妊については技術が稚拙であり、おまじないに近い程度であった。なので、春鬻ぎの女が客の子供を身籠るというのはよくある話であった。客に身請けされればよいが、たいていは複数の客を相手にしており、客の方も自分の子供であるかわからないため、身請けなどはしなかった。

 中絶の技術もないので彼女たちは子供を産むことになるが、多くは商売を続けながらの子育てを諦めて、孤児院に子供を置いて立ち去っていたのだ。

 それゆえ、戦争が無くなっても孤児は無くならなかった。


「それではこうしましょう。全部買ってしまっては来年売るものがなくなる。来年の分としていくつかは種をとるためにこちらに残しておいてください。それ以外を買い取りましょう。収穫の手間賃と併せて金貨5枚でどうかな?」

「そんなにいただけるのですか」


 メアリーはスティーブが提示した金額に目を丸くした。五本で銅貨1枚の花である。それが金貨5枚とはかなり高値で買ってくれることになる。


「それだけこの花がお金を生むっていうことだよ」

「ありがとうございます」

「では、明日にまた収穫できた分だけ取りに来るから。お金はその時に支払うのでいいかな?」

「勿論でございます」


 こうして話はまとまった。

 話が終わると、スティーブは後ろを振り向く。ずっと視線を感じていたからだ。視線の主はアンバーである。

 スティーブはアンバーを呼んだ。


「アンバー、何か言いたいことがあるならこっちにおいで」


 スティーブの呼びかけにアンバーが走ってくる。


「お兄ちゃん、怒ってない?」


 アンバーの言葉遣いにメアリーが焦る。


「閣下、申し訳ございません。まだこの子は言葉遣いを教えておりませんので」


 頭を下げるメアリーにスティーブは笑って許す。


「いいよ別に。怒るようなことでもないし」

「しかし、他の貴族様では打ち首にされるようなことでございます」

「そっちの方が問題だよね」


 スティーブだからこそ笑って許したが、これが普通の貴族であれば言葉遣いに怒って、アンバーとメアリーを殺していても不思議はない。それだけ格差のある社会だということである。

 スティーブはアンバーの頭に手を置いた。


「お兄ちゃんは先生からこのお花を買う約束をしただけだよ。明日また取りにくるから、準備しておいてね」

「わかった。みんなでお花を摘んでおくね」


 アンバーも笑顔でこたえる。

 メアリーがアンバーを室内に送っていく後姿を見て、ベラがスティーブに話しかけた。


「相変わらず甘いね」

「自分でもそう思うよ」

「この孤児院を救ったところで問題が解決するわけじゃないわ。全ての孤児院を救うつもり?」

「まさか。そこまで出来るような能力はもっていないよ」

「どうだか」


 ベラの中ではスティーブは完璧であり、国中の孤児院を救う手段を考えられると思っていた。スティーブはそこまでのことは考えておらず、目に入った分だけを救済できればと考えていたのである。


「袖振り合うも他生の縁っていうしね」

「どういう意味?」

「巡り合わせは偶然ではないってことだよ。ひょっとしたらアンバーとは前世からの付き合いかもしれないから、大切にしておこうっていう話」

「スティーブは神様を信じないわりには、時々そういう宗教じみたことを言うよね」

「そうか。情けは人の為ならずの方がよかったね」


 スティーブはついつい前世の知識から仏教に由来する慣用表現を使ってしまう。理由をわからないベラからしたら、それはとても不思議なことであった。


「そっちはどういう意味?」

「他人に親切にするのは、自分のためにもなるっていうことだよ。僕が困った時にアンバーが助けてくれるかもしれないじゃない」

「それならわかる」


 明日の約束をしてスティーブたちは帰る。

 そして、その夜孤児院は燃えた。


いつも誤字報告ありがとうございます。

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