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12 収穫祭

 王都から帰ってきたブライアンとスティーブは、国王陛下に手打ちそばを献上することになったエマニュエルに結果を伝えた。エマニュエルは驚愕して腰を抜かす。


「まさか、あれを陛下に献上することになるとは」

「おかげでいい売り先が見つかったよ。是非とも王都まで売りに行ってきてね。その時また陛下に蕎麦を打てと命じられるかもしれないけど」


 スティーブがニコニコと笑顔をエマニュエルに向けた。エマニュエルは首をブルブルと振って、


「王都には別の者を派遣します」


 とこたえた。商人としてはどうかと思うが、その気持ちはわからんでもないと思うスティーブであった。

 そんなエマニュエルが落ち着いたところで、ブライアンが宿の話を持ち掛ける。


「実は、今度王都から技官が派遣されて来る事になった。長期での滞在となるので、宿を作ろうかと思うのだが、エマニュエルの商隊も最近は大きくなってきたし、宿があったほうがよいのではないか?」

「それは確かにありますね。しかし、失礼ですがこの領地ですと赤字となるのが目に見えております」

「やはりそうか」


 ブライアンは予期していたが、やはりエマニュエルにそう言われると肩を落とす。そこですかさずスティーブが宿の稼働率を上げる案を出した。


「本村で祭りを開催しましょう。それで、新村の領民を宿に泊まらせればよいのではないでしょうか。酒を飲んでしまえば、夜歩いて帰るのが難しい距離ですから、宿に泊まることになるでしょう。幸いにして、彼らも最近は貨幣を持っていますから支払いも可能です。それに、ソフィアの店も本村にしかなくて、新村の人達は現金を使う場所がありません。それに、祭り以外でも本村に来た時に宿泊できるようにしておけば、夜中に歩いて帰るようなことをしなくても済みます」

「あ、それは面白いかもしれませんね」


 エマニュエルがスティーブの案に対して頭の中でそろばんをはじく。


「でもスティーブ様、宿の建築となるとそうそう直ぐには出来ませんよ」

「まずは簡易宿泊所みたいな感じで屋根と、寝られる場所を作ってみて、どれくらい売り上げが出るかを見てみましょうか」

「はい」


 というわけで、急遽収穫祭を本村で行うことになった。アーチボルト領始まって以来のことである。お金にも余裕が出来たことで、料理に関しては領主持ちで無料。ただし、酒は別。

 急ごしらえの宿の責任者はソフィアとなった。新村の領民はおよそ100人。事前に宿泊希望者を確認したところ20人ほどが宿泊を希望した。

 いや、本当はもっと希望者は多かったのだが、酒を飲んで帰れなくなるという亭主の予定を許してくれない妻がそれなりにいたのである。

 そして、スティーブは祭りで振る舞う料理の材料を確保すべく、アベルとベラと一緒に獲物を捕まえるため狩りにきていた。

 獲物となる鳥がやってくるのを待ちながら、アベルがスティーブにたずねる。


「なあ、スティーブ。祭りってどんなんだ?」

「美味しいごちそうを食べて、踊って、騒いでみたいな感じ」

「よくわかんねえや。とうちゃんなんか酒が飲めるとか喜んじゃってよ。あんまりにもはしゃぎるぎるもんだから、かあちゃんに金を隠されて酒が飲めないって焦っていたぜ」


 その会話にベラも加わってくる。


「お酒なんて大人しか楽しめないじゃない。子供はなにかないの?」

「屋台を考えているよ」

「屋台?」

「臨時のお店かな。今準備しているのは射的。狩りで使うのよりももっと威力を弱くしたやつで、的を撃って倒したら商品がもらえるってやつをね」

「なんだそれ、楽しそうだな」


 スティーブは威力を弱くするのに加えて、芯もずれたものを用意するつもりであった。真っすぐ弾が飛んだのでは、ゲームとしては簡単すぎる。実際の屋台よろしく、真っすぐは飛ばない銃を用意すれば、景品が直ぐに枯渇することもないだろうというせこい考えである。

 その日は結局獲物は捕まえられず、食材はスティーブが王都で仕入れてくることとなった。

 そして収穫祭当日。料理は女性の仕事であると思われているこの世界で、男たちも料理をしていた。領主のブライアンと従士のコーディにニック。そしてエマニュエルとその商会の人々。スティーブが魔法で作り出した金網を火の上に置き、網の上で肉や野菜を焼く。いわゆるバーベキューである。

 収穫祭は新村の領民が到着する昼から開始する予定だが、そこから焼いていたのでは間に合わないので、開始前から焼き始めている。

 肉を焼きながらブライアンがコーディに話しかけた。


「まさか、戦場以外で俺が料理をすることになるとはなあ」

「ましてや、領主が料理してそれを領民に振る舞うなんて、カスケード王国始まって以来の出来事でしょうぜ」

「この土地についてきてくれた領民だ。苦労を掛けっぱなしだし、これくらいは良いだろう」

「これも若様の魔法様々ですね。余所が痩せた土地でも育てている作物を買う金が出来たおかげですわな」

「まったくだ。スティーブに魔法の才能があるのがわかってから、全てが好転したようだ」

「この調子なら、若様の代で伯爵位にはなれるんじゃねーですか?」

「周りの状況次第だな。それに、一人だけ規格外の強さを持っていても、領地を経営するのは難しいだろ。所詮、一人で出来ることには限界がある」

「おっと、そこ焼け過ぎですよ。端に移動してください。この話をしながら焼き加減をみるのはちぃとばかし難しいようで」

「だな」


 そこでブライアンとコーディの会話は終わった。

 それとは対照的に終わらないのが女性の会話。アビゲイルが指揮を執り、クリスティーナやシェリー、それに本村の主婦たちはワイワイ話ながら料理をする。


「クリスちゃん芋の皮剥き上手になったわね」


 とアビゲイルが誉めると、クリスは嬉しそうに笑った。


「最初は上手く出来なくて、スティーブ様にピーラーを作ってもらいましたけど、諦めずに包丁で皮をむく練習をしてきて良かったです」


 伯爵令嬢であるクリスティーナは包丁など使ったことがなかった。しかし、アーチボルト家に来てからは、料理も自分でやらねばならず、皮剥きも初体験したのだ。上手く皮が剥けない婚約者のために、スティーブはピーラーを作ったが、クリスティーナは包丁で皮を剥けるようになりたいと、毎日包丁で皮を剥く練習をしていたのだ。

 ピーラーは結局エマニュエルに買い取ってもらうことになったが、それがまた新たな商品となった。

 その隣にはマッシャーを持ってプラプラと振っているシェリーがいた。


「クリスちゃんは努力家だからねぇ」

「シェリー、貴女も少しは見習いなさい。マッシャー持って遊んでいるだけじゃないの!」


 遊んでいるだけのシェリーをアビゲイルが嗜める。それをみた領民の女たちが笑う。


「奥様、うちの娘なんか今日はお祭りだってはしゃいで、朝ごはんの準備の手伝いもせずに、花飾りを作りに友達と出掛けちゃいましたよ」

「うちもです。シェリー様みたいに器量も良くないのに、家事も出来ないとなると、嫁の貰い手が無さそうで」


 花飾りと聞いて、シェリーがアビゲイルに自分もつくりたいとせがんだ。


「お母様、私も花飾りを作りたい!」

「駄目よ。まだ料理が作り終わって無いじゃない。煮豆の火加減を見て。下手な料理を出したら家が笑われることになるんだからね」

「はぁい」


 気のない返事をするシェリーにアビゲイルはため息をついた。そんな様子を遠くから見ていたスティーブも苦笑いをする。その隣にはエマニュエルが立っている。


「姉上にも困ったものですね」

「そろそろ婚約者を決めるようなご年齢ですからねえ。それはそうと、ピーラーに続いてグリル用の網もこちらに卸していただけるのですよね」

「もちろん」


 ここでは既に商談が始まっていた。ピーラーは既にエマニュエルによって売られており、よく切れる刃物が入手困難な庶民に大人気だ。次の入荷はいつなのかと問い合わせが凄い。アーチボルト領ではないが、鉄器自体が高価なものであり、庶民はいまだに石包丁を使っている者も多い。それに、売られている鉄の包丁ですら、押しつぶしながら切るようなもので、切れ味は最悪であった。それで安価なピーラーが大人気となるわけである。


「ただなあ、鍛冶師がニックしかいないし、他の産業も領民が農作業の合間に行っているから、数は増やせないんだよなあ」

「新規に領民を募集されてはいかがでしょうか?」

「他の領主との交渉がねえ。父上に頑張ってもらうしかないでしょうけど」


 領民というのは領主の所有物であり、勝手に転出転入できるようなものではない。よその領地の領民を勝手に勧誘したとなれば、それこそ戦争となってもおかしくはないのだ。


「ソーウェル閣下にご相談されては如何でしょうか。西部地域では閣下の許可さえあれば、他家と揉め事になるような事はないと思いますが」

「その代わり、見返りがねえ」

「それは確かに」


 貴族が動くとなれば、勿論それはただでというわけにはいかない。魚心あれば水心、何らかの対価は必要になることだろう。ただ、それは向こうからやってくることになるのだが、スティーブたちには今はそれはわからなかった。

 新村からの領民が到着し、いよいよ収穫祭が開会となる。開会の挨拶は勿論ブライアンだ。


「みんな、本当にありがとう。我が領地はついに黒字を達成した。それもこれも、みんなの頑張りのおかげである。今日は存分に楽しんでいってくれ」


 挨拶が終わると、領民が一斉に食べ物へと走っていく。


「この豆、凄く甘ぁい!」


 みんなが肉に向かっていく中、シェリーの前にある煮豆の所に女の子がやってきた。砂糖をふんだんに使った煮豆を食べた子供が、その甘さに感動した。


「美味しいでしょう。頑張って作ったのよまだまだたくさんあるからね」

「なんでシェリーが自分の手柄にしているのよ。貴方は火加減見ていただけで、味付けはしていないでしょ」

「お母様、火加減も重要なのよ」


 母子の会話に周囲から笑い声が起きる。

 食べ物が行き渡れば、次は他の娯楽となる。金を賭けたリバーシの大会や、スティーブの作った射的は盛り上がる。

 特に射的は回転が良い。景品は野菜や塩、人形となっていて、客は子供が中心だ。なので、みんな狙いは人形となる。男の子は騎士の人形、女の子はお姫様を狙ってお小遣いを差し出す。

 スティーブの幼なじみであるアベルとベラも射的に嵌まっていた。


「なんだよこれ、真っ直ぐ飛ばねぇじゃねえか」

「自分の奴使いたい」

「ダメダメ、お店のを使ってな。それに、真っ直ぐ飛ばないなら、それなりに狙いをつければいいんだよ」


 文句を言う二人に、屋台の主が注意をした。まんま、テキ屋とカモにされる子供である。そんな様子をスティーブは笑いながら見ていた。

 そこに汗だくのエマニュエルがやってくる。


「焼くのを手伝ってましたが、暑いですね」

「冷蔵庫で冷やした水と酒がありますけど、どちらにしますか?」

「水にしておきます。この後お金の勘定がありますから」


 そう言ってエマニュエルは二層式ポット冷蔵庫から冷えた水を汲んで、ゴクッと飲んだ。


「売り上げはどうですか?」

「酒と屋台で順調ですね。宿も宿泊料に加えて酒の売り上げもとなると、それなりの収入が見込めます」

「それは重畳。これなら本格的に宿を作っても儲けは出ますね。新村からの納品にきた領民が宿泊すれば、毎月それなりの売り上げになることでしょう」

「私にもスティーブ様ほどの商才があれば、この国屈指の商人になれたでしょうね。領民に支払った賃金を回収して、自分のところに戻ってくるようにするのですから」

「取り上げてるわけではなく、正当な取引だよ。別にうちの領地で使わなくても罰はないから」


 スティーブの頭には前世の大企業のことがあった。製造業ではあるが、社員食堂は子会社の運営。保険代理店の子会社もあった。支払った給料が会社に還元する仕組みである。が、食事も保険も社内で完結する便利さから、社員にも好評であり、不満のある社員は使わなければよいだけというわかりやすさ。

 余所から参入しても構わないが、参入するほどのメリットがないのは大企業もアーチボルト領も同じ。特にアーチボルト領では人口が少ないため、エマニュエルの商会に割って入ろうとも、利益が見込めないのだ。


「これなら宿に投資したぶんも、回収は早そうです。今後とも儲け話がありましたら一番にご相談ください」

「うちも宿泊税が入るし、外から人を呼び込むことを考えたいんだけどねえ」

「街道を整備しないことには、それは難しいでしょうな」

「街道ねえ」


 街道整備には多額の予算が必要となるため、国家の事業である。スティーブはさすがに難しいかと考えていたが、エマニュエルは目の前の次期領主であれば実現させてしまうだろうという予感があった。

 夕方になるとダンスが始まる。楽器の演奏はアーチボルト家の役割。アビゲイルが琴を奏で、クリスティーナが笛をふく。スティーブは太鼓だ。カスケード王国で庶民の間でよく踊られるダンス。

 既婚者はそれぞれのパートナーと踊るが、未婚の若い男女はここぞとばかりに相手を探す。それはダンスで終わらず、人生のパートナーとしての役割を求めてのもの。

 実際、この収穫祭で新しい夫婦が三組誕生し、領民からは毎月出会いの場を作って欲しいという要望が出た。これにヒントを得たスティーブは、エマニュエルに婚活パーティーの話を持ちかける。

 貴族と違って親が積極的に結婚相手を見つけない庶民には、出会いの場が欲しいという需要があった。残念ながら、アーチボルト領ではそこまでの需要はないが、都市では客を呼びたいレストランとエマニュエルがタイアップし、婚活パーティーの場所をレストランにして参加費で稼ぐという寸法だ。大金を稼げるわけではないが、イベントを定期的に開催することで、そこそこの収入となった。

 ただし、ピーラーやバーベキューセットと違って直ぐに真似をされてしまったが。結果、収入としては炭の需要を伸ばしてくれたバーベキューセットに負ける。炭の売り上げも加えるとその差は歴然。なお、炭については斧が大量に生産出来たことにより、昨年と比較して材料の入手が増えたこともあった。

 そして、収穫祭が終了して各々が家路につくが、宿では二次会が開催されていた。

 酒に加えてレンタルのリバーシ。翌日、帰宅して細君に散々絞られる未来などわからぬ男達は、軽くなった財布のひもをゴミ箱に捨てたかのように散財した。

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