119 新商品のアイデア
スティーブはベラとエリーの三人で快晴の王都を歩いていた。三人は平民の格好をして、平民地区をブラついているのである。
何故そのような事をしているかといえば、新商品の開発のためである。
ここ最近、アーチボルト領では新商品を開発出来ていなかった。知育玩具は少し改良されたものを出してはいるが、まったく新しい物は出来ていない。
これに危機感を持ったスティーブは庶民にも買って貰えそうな物はないかという閃きを見つけに、王都に来ているのだ。
最初はエリーと二人だけで来る予定だったが、間違いを起こさないようにとクリスティーナがベラを同行させるように指示をしたのである。
なお、スティーブがベラの同行を拒否した場合は、鍵付きの鉄のパンツを履くことを強制されることになっていた。スティーブは妻以外とは肉体関係を持った事はないのであるが、随分と信頼されたものであった。
信頼といえば、ベラはクリスティーナとナンシーからの信頼は厚かった。今でもスティーブのためにいつでも動けるようにと考え、子供を作るつもりがまったく無かったのである。その考えを二人が知っているため、ベラを監視役に選んだのだ。
これがベラでなければ、ミイラ取りがミイラになるおそれもある。
さて、そんな三人は午前中歩き続けたので、太陽が南中すると空腹に襲われた。
「そろそろ昼にしようか」
と、スティーブが訊ねると、二人は賛成した。そして、最初に目にはいった食堂に入る。
店内は昼飯時ということで混雑していた。幸い待つことなく席に案内されたので、直ぐに注文をする事が出来た。
注文を待ってる間、三人は耳障りな羽音に顔をしかめる。
スティーブは羽音目掛けて手をたたく。
「ハエもうるさいが、蚊もいるみたいだね」
「この時期は仕方ない」
ベラも話しながら蚊をとっていく。二人の身体能力で周囲の蚊はあっという間に駆逐された。
「虫を寄せ付けない魔法とかないのでしょうか?」
エリーの疑問にスティーブはアイデアがひらめく。殺虫剤なら売れるだろうと。ただ、殺虫剤を作れるのかはわからないが。
スティーブの魔法であれば可能だが、それでは工場で作ることは出来ない。魔法無しで作る方法を考えなければならないのだが、大規模な化学プラントなどは無理だ。
いつかは出来るかもしれないが、今すぐでは無いなと、アイデアを頭の片隅に追いやった。
その後、運ばれて来た料理を食べて、午後の散策に出掛けた。
大通りを歩いていると、町のあちこちで洗濯物が干されているのが見えた。
エリーは洗濯ばさみが使われているのを見つけて、スティーブの方を見る。
「社長の作った洗濯ばさみもすっかり一般に普及しましたね」
「そうだね。最近だと戦争も無くなって鉄が余ってきたから、洗濯ばさみ用の鋼線も生産する余裕が出来たみたいで、僕の作った物以外にも売られているみたいだけど」
洗濯ばさみも普及してきたので、以前ほどの需要は無い。農村ではまだまだ普及していないが、貨幣経済が浸透していないので、農村の住民は購入する事が出来ない。
そして、都市部では新商品が他の工房から出されていた。これを工場で作ったとしても、黒字化するとは思えず、洗濯ばさみは無いなとスティーブは考えた。
このように、新商品のアイデアはなかなか出てこない。
しばらく歩いていると、少女が路上で花を売っていた。白い菊のような花である。
スティーブは少女の前で立ち止まり、花を見た。
少女はスティーブが買ってくれそうだとみて、必死に売り込む。
「お兄さん、このお花綺麗でしょ。買ってくれませんか?」
「とても綺麗な花だね。ちょっと見せて貰ってもいいかな?」
「はい」
スティーブは少女から花を受け取る。この花に見覚えがあり、それがどこでだったのかと記憶を手繰り寄せる。
少なくとも今世ではない。前世の何処かで見た物だった。
スティーブの後ろでは、エリーが手をパチンと叩いた。
「また蚊です」
「蚊か」
スティーブは蚊で思い出した。白い菊は蚊取り線香の容器に印刷された花柄だったのである。
花を測定してみると、ピレトリンの成分が見つかった。
「ベラ、エリー、新商品が見つかった。この花を全部買うよ。それと、何処に生えていたのかを教えてほしい」
「えっと、私計算が出来ないから、五本で銅貨一枚なの。それでいいかな?」
花売りの少女は計算が出来ないので、五本の花を揃えたら銅貨一枚を渡す作業を繰り返した。かなり時間がかかるので、往来の人々の目に止まる。
もう少しでそれも終わろうかという時、スティーブたちの後ろから声が聞こえた。
「誰に断ってここで商売してやがる」
その声にスティーブが振り向くと、いかにもなチンピラ三人組がこちらを見ていた。
少女とエリーはチンピラを恐がり震える。
スティーブとベラは少女とエリーを守るように、チンピラの前に出た。
「天下の往来で商売するのに誰の許可が必要なのかな?」
スティーブが訊ねると、チンピラたちは笑った。
「こいつはお上りさんかな?王都の通りは俺たち蛇頭騎士団の許可が必要なんだぜ」
蛇頭騎士団という聞き慣れない言葉にスティーブは首を捻る。
「なにそれ?ベラ、知ってる?」
「知らない」
王都の騎士団なら全て把握していると思ったが、まったく知らない名前だったので、ベラにも訊いてみたが、ベラも知らなかった。
代わりにチンピラが説明してくれる。
「蛇頭騎士団ってのはここいらへんを管理してる組織だ。ここは俺たちのシマだから、商売するにも俺たちの許可が必要なんだよ」
「あー、つまりはマフィアか愚連隊か」
「ま、そんなところだ。それで、そいつは金も払わずにここで商売してやがるから、料金を徴収にきたってわけよ」
スティーブは暴力団のみかじめ料みたいなものかと理解した。
「で、その許可にはいくら必要なんだ?」
「1か月で銀貨一枚。違反したらその十倍だな」
「随分と高いな」
「みんな納得して払ってくれてるぜ」
チンピラたちは周囲を見回して笑う。露店の商人たちは目をそらした。どうも、納得して払っている様子はない。
スティーブは大きなため息をついた。
「はぁ~、見逃してやるから帰れ」
そう言われて、チンピラたちの目尻がピクリと動いた。
「兄ちゃん、良く聞こえなかったんだけどよ」
「帰れと言った。そして、明日からは商人から金をとるな」
「女の前だからって、いいかっこしてると痛い目に遭うぜ」
チンピラたちはナイフを取り出そうとした。が、それを構えることは出来なかった。真ん中と左のチンピラのみぞおちにスティーブの拳がめり込み、右のチンピラはベラによってナイフを持った腕を折られた。
三人のナイフを取り上げると、スティーブは
「これで懲りたろ」
と言うと、三人は怒りに満ちた目でスティーブを睨んだ。
「ここでまってやがれ。逃げたらそのガキを殺すからな」
そう言って何処かへ消えた。
チンピラの後ろ姿を見ながら、ベラがスティーブに訊く。
「逃がしていいの?」
「仲間を連れてくるつもりだろ。いい機会だからゴミ掃除をしておく」
そんな会話をしていると、遠巻きに見ていた一人が寄ってきた。
「あんたら、悪いことは言わないから逃げた方がいい」
「これはご親切にどうも。しかし、どうして?」
「あいつらは衛兵も手出しできないんだ。貴族の子供たちが作った組織だからね」
「貴族の子供が」
スティーブが話を聞くと、蛇頭騎士団とは貴族の次男や三男などの家を継げない者たちが集まった組織なのだという。だから、衛兵も迂闊に手出しは出来ないし、むしろ癒着してその恩恵にあずかっているとも。
また、教えてくれた人も知らないが、蛇頭騎士団の結成にはスティーブの影響があった。
今までは家を継げない者たちも、親のコネで役人という就職先があった。しかし、今では採用試験が実施されて平民でも役人になれる。その実力で評価する仕組みは、元々はスティーブが作ったものだった。
貴族の子供たちはその待遇に胡座をかいて、努力をしてこなかった者たちであり、採用試験では合格することは出来なかったのだ。
彼らも親が領地持ちであれば、領土が拡大した恩恵もあっただろうが、王都の領地を持たぬ貴族のため、就職先がどこにも無かったのである。そして、王都にいる同じ境遇の者たちで徒党を組んで悪事に手を染めたというわけだ。
「教えてくれてありがとう。でも、そうと聞いたら余計に放置は出来なくなったね」
「そうかい。俺はここまでだ。死なないようにな」
と、男は巻き込まれないようにと去っていった。
そして、チンピラが仲間を十人くらいと、衛兵五人を連れてきた。チンピラのひとりがスティーブたちを指さして衛兵に大声で言う。
「こいつらが街中で刃物を振り回していたんです」
それを聞いて衛兵たちは下品な笑顔を見せた。
「善良な民の報告に感謝する。出来れば捕縛を手伝ってもらいたい」
衛兵を見てスティーブはあきれた。
「本当に癒着してたのか」
「全部まとめて殺していいの?」
「ベラ、死なない程度にね」
「わかった」
多少人数が増えたところで、スティーブとベラの相手ではなかった。
しかし、十人を倒したところで残っていた衛兵とチンピラが走り去った。
「逃がしてよかったの?」
「まだ仲間を連れてくるんだろう。折角だから大掃除といこうか。人数が増えると危ないから身体強化はかけとく」
「ありがと」
スティーブはベラに身体強化の魔法をかけて、衛兵が持っていた棒を拾い上げて手渡す。
その様子をみていた花を売っていた少女はエリーに質問した。
「どうしてあの人たちは大勢の人を相手に、あんなに楽しそうにしているんですか?怖くないんですか?」
「まあ、普通はそう思うよね。あの人たちを倒したかったら国中の兵隊を集めないと無理なのよ。それで、戦ってくれる人がいなくなっちゃったから、久々に戦えるのがうれしいの」
周辺国ではスティーブに正面から戦いを挑もうという勢力は無くなっていた。こうしてお忍びだからこそ、何も知らずに戦いを吹っかけてきたわけである。
エリーもスティーブの正体を明かすわけにはいかないので、ぼかした言い方をしているため、少女にはいまいち伝わらない。
「お姉さんも強いの?」
「私は弱いわよ。だからこうして後ろにいるの」
そんな会話をしていると、衛兵とチンピラ総勢80人が集合した。
その人数が集まれば、野次馬も加わって大通りは通行止めとなった。
衛兵の隊長が前に出てきてスティーブに訊ねる。
「街中で暴れているという通報があって来てみれば、このありさまだ。何が目的だ?」
「町の人から不法に金を巻き上げている連中の指導だ。貴君もその仲間か?」
「不法に金を巻き上げている連中?」
隊長は転がっている連中を見た。元々が貴族の子供たちなので、生粋の裏稼業ほどは悪人面をしていない。人は顔での判断が七割以上を占めるというが、この隊長も顔で見る限りはそうは思えないと考えたのだった。
「なんなら、調べてみるといい」
スティーブがそういうと、チンピラのリーダーが隊長の後ろから出てきた。
「俺たちは貴族だ。町の衛兵に取り調べる権限はねえ。それに、お前がのした連中は貴族と衛兵。取り調べられるのはお前だよ」
スティーブに剣を向けてそう言い放つ。
貴族の子供も成人までは貴族扱いとなる。ただし、成人して爵位を継げなければ平民になってしまう。男が自分を貴族と言っているのは間違いであった。
スティーブは向けられた剣に臆することなく笑う。
「そうか。じゃあ、僕の父親も貴族だし取り調べを受けることは無いか」
スティーブの発言にリーダーは驚く。
「お前の父親が貴族だと?」
「そうだけど」
「爵位は?」
「男爵」
それを聞いてリーダーは馬鹿にしたような顔でスティーブを見た。
「俺の親は子爵だ。男爵ごときの家など潰してやるぜ」
そう言ったところで、騎士たちが到着した。天下の往来が通行止めになっているという通報が騎士団にも届いたのである。
「通せ」
騎士たちが野次馬をかき分けてやってきた。そして、スティーブの顔を見るなり呆けた顔になる。
「閣下、こんなところで何をしているのですか?」
その騎士はスティーブの訓練を受けた経験があり、当然その顔を知っていた。
衛兵の隊長とチンピラのリーダーは騎士に声をそろえて訊く。
「閣下?」
「そうだ。このお方はアーチボルト閣下だ。竜頭勲章のアーチボルト閣下だぞ。それで、何があったというのだ?」
騎士のこたえに二人は声が出なくなる。
代わりにスティーブが答えた。
「そこの人が家を潰すって脅すものだから、怖くて震えていたんです」
「閣下の家を潰すとは随分と命知らずですな」
「まったくだよ。それに、彼らは成人しているにもかかわらず、貴族だと主張していた。貴族の身分を詐称した場合は重罪だったよね」
「はい」
「それに、衛兵の一部はそんな連中と癒着していた。これは由々しき問題だ」
「まことでございますか!?」
「すぐに調べてほしい」
「承知いたしました」
スティーブが正体を明かすと、野次馬たちから歓声があがった。
いつも誤字報告ありがとうございます。