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117 新教会

いつも誤字報告ありがとうございます。

 時はスティーブが帰国する少し前に遡る。アレックスはカッター伯爵と面会していた。カッター伯爵は王都近辺に領地を持つ貴族である。彼はアレックス派の中心人物であった。国の中央付近に領地があるため、これ以上の領地拡大を目指すとなると、他の貴族の失敗をきっかけとするくらいしかなかった。なので、アレックスを推す派閥を形成したのである。これでアレックスが王位につけば、カーターを推す貴族を何らかの理由をつけて排除し、彼らの持っている土地を手に入れようと画策していたのだ。


「マシューズ卿が病死されたようです」


 カッター伯爵の報告にアレックスは大して驚きもせず返事をした。


「そうか。惜しい人物を無くしたな」

「はい。次の会合で彼の活動結果の報告を聞けなくて残念でございます」

「聞かなくて良かったの間違いであろう。国と教会が対立するような企てを私のためになどと言われては、父上に何を言われるか。それで、卿が処理したのか?」

「はて、なんのことやら。マシューズ卿は病死でございます。それに、マシューズ卿が殺されるにしても、宰相あたりの差し金ではないかと思っておりました。我らの派閥は少数ゆえ、仲間同士で殺しあっていられるような状況ではございません」


 カッター伯爵はマシューズ卿殺しを否定した。結局この件については国も調査に本腰を入れるようなことはしなかった。スティーブがマシューズ子爵に嵌められたとわかったとしても、その時は本人も死亡しており、誰が殺したかという証拠は時間が経てば探しにくくなる。犯人がわからない方がよいことだってあるのだ。

 アレックスもカッター伯爵も犯人捜しをしていないし、国王にしても犯人を捜さないのはそのため。陰謀を企てたマシューズ子爵は陰謀により殺され、その犯人を本気で探そうなどという者はいなかった。


「しかし、これで玉座が遠のいたな。兄が教会との対立を失点なく乗り越えた。アーチボルトの活躍があったとはいえ、中立派の連中もこれを功績だと評価するかもしれん。それに対して俺の方はなんの手柄もない。マシューズ卿も余計な事をしてくれたな」

「だから誰も賛同しなかったのでしょう。彼は自分を過信しすぎる男でしたから。頭の中ではうまくいく計画だったはずですが、随分と雑な計画を立てたものです」

「カッター卿が止めてやってもよかったのではないか?」

「そういう者に限って、止められると成功したはずだと恨むようになるのです。痛い目に遭わないとわからんのですよ」

「死んでしまっては後悔もないがな」

「残念でございますな」


 残念そうに見えないカッター伯爵を見て、アレックスはやはりカッター伯爵がマシューズ子爵を殺したのではないかと思っていた。

 ただ、それを絶対に口にはしないだろうがとも。


「それで、マシューズ卿の件を報告しに来ただけか?」

「ええ。それで次の会合の日程に調整が必要かと思いまして」

「それなら、全員に案が浮かんだら俺の所に来いと伝えよ。発言もしないものが集まったところで時間の無駄だ」

「承知いたしました」


 そう言って頭を下げるカッター伯爵は、


(やれやれ、どれだけの者がこの方を王座につけるための策を持ってくることやら。親から受け継いだ地位があるから貴族というだけで、自分では何も考えられず、行動も出来ない者たちばかりですからね)


 と考えていた。


 そのころ、スティーブはクリスティーナたちを迎えに行っていた。帝城の一室に転移すると、そこには家族が待っていた。


「やっと決着がついて、帰国できそうだよ。刺客が送り込まれることもなくなったしね」


 スティーブの報告にクリスティーナがニコリと笑う。


「それはようございました。すると、教皇はその座を降りたのでしょうか?」

「それが、教皇は魔法の才能を調べるための材料になった」

「まあ。それはどういうことでしょうか」


 クリスティーナの質問に、スティーブは聖国であったことを話した。全てを聞いたクリスティーナとナンシーの眉間には深い皺が出来た。


「教皇はヒトクイグサの餌食となって、本当の黒幕は死霊魔法の使い手である教主であったと」

「旦那様、その教主というのは何者だったのですか?」

「三千年前の亡霊だね」

「三千年も嘘をつき続けると真になるということですか」

「宗教なんてそんなもんだよ。神の奇跡なんてものが千年前にあったなんて言われたって確かめようもない。人の弱った心につけ込むひどい奴等さ」

「あまり表で言わない方がよいと思いますが」

「それが、僕は教会から使徒として認定されているから、すくなくとも司教クラス以上は僕に対して手出しは出来ないんだ」

「竜頭勲章、帝国公爵ときて、今度は使徒ですか」


 クリスティーナは驚きのあまり大きな声を出して、子供を泣かせてしまった。


「アーサーごめんなさいね。怒っているわけじゃないのよ」


 慌てて子供をあやす。

 それとは対照的に、ナンシーは自分の夫であれば当然といった様子であった。


「旦那様に対して教会が手を出せないという事は、聖女も聖騎士もなにもしてこないという事でしょうか。特に、男女の仲を迫ってくるなどということは」

「ないと思うよ。というか、狂信的なのは増えるかもしれないね。それは男女ではなく、神に対する無償の愛みたいな感じかな」

「なおのことたちが悪い気がしますね」

「男女関係なく僕に祈りをささげるかと思うとちょっとね。神っていうのは余程神経が図太いんだろう。僕なら一日で嫌になって投げ出すよ。というか、逃げたい」


 スティーブはイートンとしていたような宗教の話を他の司祭達からも求められた。それは議論ではなく、使徒様のお言葉を聴き漏らしてはならないという信仰からのもので、スティーブとしてはその視線が怖かった。相手が善意なだけに蹴散らすわけにもいかないので、非常に困っているのである。


「まあ、帰国したらしばらくは領地にいる予定だから、フライス聖教会との関わりも減るだろうけどね」

「そうでございますか」

「みんなを一足先に帰して、僕はもう少ししたらカーター殿下と帰国するよ。皇帝陛下とセシリーには謝礼の品を準備しないとね」


 こうして家族は領地に帰り、後日スティーブは麻薬取引にかかわった者の名簿とタイプライターを皇帝に献上した。

 スティーブは帰国後、直ぐにニックの所に行く。

 溜まっている仕事を終わらせるためだ。

 ニックが書類に囲まれたスティーブを見ながら笑う。


「しかし、ブライアン様だけではなく、フレイヤ様もシェリー様も逃げずに仕事をするとは、アーチボルト家は似た者親子ですね」

「まったく。頑固なんだから」

「領民からしたらありがたい話ですけどね。他の貴族なら仕事をほっぽりだして逃げてるでしょうぜ」


 結局、スティーブの血縁に対しての攻撃は無かった。しかし、教皇の指示でいつでも動けるように、調べはついていたのだ。

 カスケード王国内の暗殺者は、ナンシーとベラにより全滅させられていたので、実行のためには聖国から送り込む必要があった。

 教皇が命令を出す前に死んだので、何もなかったのだが、命令されていればどうなっていたかはわからない。

 そして、その準備をしていた司祭も麻薬の密造の罪で処刑されている。なので、暗殺者を動かす権限はユリアが持つことになり、そのためスティーブの血縁に対しての暗殺の命令は出なくなった。


「それにしても、若様が使徒ですか」

「笑っちゃうよね。使徒がこうして書類に埋もれてるんだから」

「いっそのこと、使徒として生きていこうって思わなかったんですかい?」

「誰かに毎日拝まれて生きるなんて御免だよ。それに、工場の工程内不良ですら無くせないのに、何が出来るっていうのさ」

「救えるのは不良品の手直しだけですか」

「うまいこというね」


 二人して笑った後で、スティーブは真面目な顔になる。


「人は現世利益を求めるものだ。僕にはその期待に応えられるような力はないよ。失望されて恨まれるくらいなら、最初から信じてもらわない方がいい」

「貧困と飢餓のアーチボルト領がここまでになったんですから、現世利益は十分にあったんじゃないですかね」

「これを祈る人全てになんて無理だよ。神ですらそんなことしてないしね」

「世の中満ち足りたら誰も神に祈らなくなるでしょ。だから、わざと不幸な人を残しとくんですよ。死んだ婆さんが言ってました」

「随分と気が合いそうだ」

「でしょ。たぶん死後の世界で神様にも文句言ってると思いますよ」


 ニックは嬉しそうに笑った。ニックもフライス聖教会の信者ではあるが、真面目な信者ではない。

 なので、こうした神を畏れぬ発言を出来る。

 その後も二人が書類に目を通していると、作業者がニックを呼びに来る。


「工場長、新人が機械をぶっ壊しました。工務じゃ手に負えないんで来てもらえますか?」


 ニックは視線を書類からスティーブにうつす。


「ほら、神様のご利益なんて無いでしょ。毎日仕事の前に何も起こりませんようにって祈ってるんですぜ」

「すべて世はこともなしってわけにはいかないねえ」


 スティーブも手を止めてニックと共に、故障した機械を見に行くことになった。


 それから数日、まだ仮設ではあるものの、アーチボルトラントに教会が出来た。

 聖国から教会の管理者がやってきたのだが、それはユリアとカミラであった。二人はスティーブの屋敷に挨拶に来た。

 スティーブと妻たちに対してユリアとカミラが頭を下げる。


「フライス聖教会より、当地の教会責任者として派遣されてまいりました。自己紹介は不要かと思いますが、以後も変わらぬお付き合いをさせていただければと」

「同じく、私も聖女様の護衛として当地に赴任いたします」


 そんな二人を見て、クリスティーナはスティーブに説明を求める。背中には般若が浮かび上がりそうな雰囲気で。


「スティーブ様、これはどういう事でしょうか?」

「いや、僕も初耳で」


 たじたじのスティーブ。

 そんな二人を見て、ユリアはにっこりと笑う。


「新たな教皇も決まり、教会の運営も手から離れました。それで、権現なされた使徒様のところには、聖女である私が赴任し、お仕えするべきだと教会を説得したのです」


 新たな教皇は中立派から選出された。ただし、中立派といってもかつての教皇派への取り締まりは行う。麻薬以外にも未成年の信者との性行為などが発覚し、麻薬では処罰されていなかった者たちも、再び取り調べられている。

 なお、イートンはカスケード王国教区の司教となり、王都の教会のトップとなった。

 教皇が決まったことで、ユリアは教皇の業務から解放された。

 そして、教会の幹部たちに聖女は使徒様に無償の愛を捧げるべきだと説いた。

 幹部たちは皆、ユリアの天啓から教皇との対決、そしてその後の後始末までを見て、ユリアがスティーブの寵愛を受けていると思っていた。なので、反対はしなかった。

 そして、ユリアの護衛騎士であるカミラも当然同行することになる。

 こうして、二人はアーチボルトラントにやって来ることになったのだ。

 帰国後も何度か聖国を訪れて、ユリアと仕事をしていたスティーブだったが、この件については知らなかった。


「これで毎日スティーブ様に愛を捧げられます」


 ユリアは胸の前で手を合わせた。

 それを聞いてクリスティーナの左頬はピクピクと痙攣した。

 慌ててスティーブが言い訳をする。


「愛っていうのは神に捧げるもので、男女の恋愛じゃないからね」


 それをユリアが台無しにする。


「求められれば全てを捧げます。身も心も」

「と言ってますが」


 クリスティーナはハイライトの消えた目でスティーブを見た。スティーブは泣きそうな顔でナンシーに助けを求めるべく視線を送ると、今までは普通にしていたナンシーも、今の言葉で背中に般若が浮かんでいた。

 スティーブの背中に冷たいものがはしる。


「ほら、聖女様って恋愛は禁止だから」

「はい。私の愛は単に子孫を残すためだけの肉体関係を求めるような低俗なものではありません」


 自信満々にこぶしを握って力説するユリア。血管の切れそうになるクリスティーナとナンシー。もうこれ以上喋らないでと祈るスティーブ。

 しかし、スティーブの祈りも空しく、事態は悪化する。

 カミラがもじもじしながら左手を前に差し出した。


「私は聖女様ではないので、そうした恋愛も禁止されていません。スティーブ様からこうして誓いの指輪もいただきましたし」


 その左手の薬指には金色に光る指輪がはめられていた。金鍍金の指輪である。


「旦那様、どういうことでしょうか?」

「それは、カミラから何か僕の事を忘れないようなものが欲しいと言われたので……」

「どうして指輪なのでしょうか?」

「高価なものではなくていいって言われたから、安い鍍金の指輪にしたんだけど」


 スティーブはしどろもどろになる。

 カミラは自慢げに指輪を天に掲げた。


「我が教会では男性が女性に指輪を送るのは愛していることを意味します。とても嬉しかったです」


 それについてはスティーブは知らなかった。そもそも熱心な信者ではないので、そうした決まりなど知らなかったのである。嬉しそうなカミラを見て、いまさら違うとも言い出せずこんにちに至る。

 妻たちもカミラの過去を知っているだけに、スティーブに対して強くは言えなくなった。


「すべて世はこともなしっていうじゃない。平常運転だよ」

「いいえ、これからスティーブ様には試練が待ち受けておりますので、お覚悟を」


 この後夫婦だけでの話し合いとなり、スティーブは滅茶苦茶怒られて、一か月の外出禁止となった。







カミラは最初はユリアと一緒に監禁されている予定でしたが、それだとなんか教会も悪さが出ないなということであんなことに。まあ、作者が一番悩んだのは今はない国を日立精機にするか宮野にするかなんですが、日立精機はフォレスト王国出てるしいいかということで宮野にしました。1週間くらい悩んでました。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 女性に指輪送るって前世でも似たような意味じゃない⁉︎
[一言]  ふむ、スティーブへの”潜在的ハーレム”のメンバーがまた増えていくようで……(笑)  でもまぁ、権力等の”力”を持つ女性が後ろに付いていてくれるというのは、彼にとっても大きい助けになると思い…
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