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116 審判

 地下から地上に戻ると、麻薬工場の制圧が終わっていた。麻薬工場から先へは行けないように、スティーブが階段に魔法で鋼の塊を作って塞いである。後でヒトクイグサの実を回収するための扉をつくる予定だが、今は教会の秘密を外に漏らさないため、誰も入れないようにしてある。

 カーター殿下はスティーブの姿をみて護衛と共にやってきた。


「アーチボルト卿、無事だったか」

「はい。残念ながら、教皇と司祭は自ら命を絶ってしまったので、捕まえることは出来ませんでしたが」


 スティーブはしれっと嘘をついた。カーター殿下はスティーブほどの者が自殺を許すかと思ったが、追及することは利益にならないだろうと判断し、そういう結果ということにしておいた。


「しかし、大事だな。教会のトップである教皇が麻薬の密造密売に関わっていたとは。我々も口封じに殺されるのではないかな?」

「教会もそこまで強硬的には出ないでしょう。口外しないでほしいというお願いくらいではないですかね」

「いずれにせよ、簡単には帰国出来なそうだな」

「後始末が終わるまでは帰してくれないでしょうね」


 教会の麻薬密造密売の秘密を知ったスティーブとカーター殿下は簡単には帰国させてもらえない。これはユリアの指示である。

 教皇不在のため、聖女であるユリアが教会の代表となった。ただし、これは暫定の処置である。

 この後、大陸中の教区から司教が集まり、教皇を投票で決めることになっている。この投票は正式な教皇選定の手続きであるが、ユリアはこれを利用して、麻薬の密売に関わっていた司教を一網打尽にするつもりなのだ。

 今はその裏取り作業をしている。

 教皇の死因は病死ということで公式には発表されており、聖国にいなかった司教たちは今回の騒動を知らない。そして、聖国にいる教皇派はユリアにより出国も出来ないし、国外への手紙を出すことも禁じられている。

 つまり、司教は罠であると知らずに聖国にやってくることになるのだ。

 こうした計画があるので、スティーブとカーター殿下も簡単には帰国出来なくなったのだ。ただ、司教が集まるまで出国させない訳ではなく、事件から十日後に帰国を許された。

 スティーブならばいつでも転移で出国出来るが、スティーブもわかるようにそんなことはしない。そもそも、ユリアにそう指示を出すように教唆したのがスティーブ本人である。

 カーター殿下が情報を持ち帰って報告するのは想定済みで、バールケ司教を呼び出せればそれでよいので、入れ違いになるようにその日数だけ帰国を止めていたのである。

 カーター殿下は暇であったが、スティーブは忙しかった。ユリアとカミラと一緒に、新たな聖典をつくっていたからである。

 ユリアは神の言葉をどう伝えるべきか悩み、チラリと同じテーブルで作業しているスティーブを見た。


「スティーブ様を使徒に認定して、そのご活躍をそのまま伝えられたら楽なのですが」

「ユリア様、スティーブ様を名前で呼ぶようになられたのですね」


 カミラがチクりと刺す。ユリアはそんな針には痛みも感じぬ様子で


「スティーブ様の許可は得ていますよ」


 と笑ってカミラを見た。

 カミラはその真偽を確かめるべく、スティーブに視線を送る。

 スティーブもその視線に気づいて頷いた。


「本当だよ。カミラだけに認めているのも良くないかなって思って。ほら、この部屋で作業しているのに、呼ばれ方が違うのも変じゃない」

「そういうことよ」


 ユリアはカミラの肩をポンと叩いた。しかし、カミラは勝ち誇ったように言う。


「私は奥様たちの許可も得てますから。ユリア様とは違うんです」

「私も直ぐにスティーブ様の奥様たちに挨拶に行きますから。変な意味ではなく、アーチボルト領に建立する教会のために、私も現地に足を運ぶので、そのときにご挨拶をするだけですけど」


 ユリアが悔しがってそう言うと、スティーブはクリスティーナとナンシーに何を言われることかと考えて頭がいたくなった。

 スティーブは教会上層部では使徒に認定されている。しかし、その実績を公表するわけには行かないので、公には使徒とはされていない。

 それでも、使徒様のお膝元には教会が必要だろうということで、アーチボルトラントに教会を建てることになったのだ。

 そして、やっとスティーブが帰国する日になる。見送りは特にない。スティーブの仕事が残っているので、帰国後も聖国に毎日来ることになっているのだ。帰りは転移で一瞬であった。一応出国を見せつけるために、町中を馬車で移動する姿を見せて、人目がなくなったところでの転移である。

 帰国するとカーター殿下は直ぐに国王に報告に行く。スティーブは家族を迎えに行くからと、王城には行かずに消えた。

 カーター殿下は父である国王に、聖国であったことを報告する。この場には国王と殿下、それに宰相の三人だけである。

 国王は息子の顔を見ると真っ先に


「アーチボルトはどうしているか?」


 と訊ねた。


「家族を迎えに行くからと言っておりました」

「そうか」


 息子からの期待外れの返答に、国王はため息をついた。国王としては、スティーブ本人から真犯人がわかりましたと言って欲しかったのである。

 そして、宰相を疲れた目で見る。


「家族の居場所も結局わからんかったな」

「こちらで保護したという実績がつくりたかったのですが、無理に探しているのを悪意と捉えられる可能性もあり、大規模には捜索しておりませんから」

「そうだな。まあ、アーチボルトが迎えに行くからと言ったのなら無事なのであろう。まずは一安心だな。家族に何かあったら、疑われた者は全て消されそうだ」

「マシューズ卿が消された今となっては、その背景は想像でしかありませんからな」


 宰相の発言にカーター殿下は眉間にシワを寄せた。


「マシューズ卿が消された?」

「はい。バールケ司教が聖国に召還される事になると、直ぐに何者かによって。公式には病死となっておりますが。我々がマシューズ卿がバールケ司教と組んで、アーチボルト閣下を罠にはめたのではないかというところにたどり着いた矢先の出来事でした」


 マシューズ子爵は自宅で何者かに毒を飲まされて死んでいた。ただし、その毒を飲ませた者は見つかっていない。


「弟の派閥の者ではないのか?」

「可能性の一つとしてはありますが、教会の可能性もありますし、麻薬の利権を巡るトラブルの可能性もあります」

「マシューズ卿が麻薬をか。まあ、教会と関係が深かったならば当然か。アーチボルト卿の関係者ということはないか?」

「それなら毒殺などという手段は取らないでしょうな。閣下なら裏にいる組織の壊滅をさせているでしょう」


 宰相の考えるスティーブは、そういう存在だった。そして、それは間違っていない。魔法で自白させることが出来るので、背景も全て把握できるのだ。


「それもそうか。あれは関わるべきではない存在だ。敵対はもちろんのこと、自分の味方に取り込もうとすることさえ危険を伴う」

「そうでございましょう。私も今回の事のように閣下と教会をぶつけることは考えましたが、リスクが大きすぎて実行までは」

「考えたのか」


 宰相の話にカーター殿下は呆れた。スティーブがこれまで国にもたらした恩恵を考えて、その功績からしたら排除しようというのは恩知らず、恩を仇で返すものであり、侮蔑すべき対応であった。それに、怒らせた時のリスクもある。

 そんな殿下の胸のうちを察して、宰相は理由を説明する。


「国が制御できない力など、抱えていたくはないでしょう。四方が安定した今となっては無用の長物。獲物の無くなった猟犬と同じなのです」

「カーター、お前も玉座に座ってみればわかる」


 と、父である国王も宰相の意見に同調する。カーター殿下は改めて玉座というものを考えさせられることとなった。自分は王位を継いだときに、果たしてどのような決断をするのであろうか。スティーブを陥れてでも王家を守る覚悟はあるのかと自問自答する。

 結局答えは直ぐに出るようなものではなく、ずっと考えていくことになるが。


「なんにせよ、我々としては何かと目障りだったフライス聖教会の力が弱まり、アーチボルトがいる限りは、こちらの味方になるのなら結果として良かったということだな」


 国王の言葉に殿下は頷いて、報告を終えた。


 帰国から数日後、スティーブはオーロラの元を訪ねていた。いつものようにオーロラの執務室で、ハリー抜きの二人きりで会っている。


「ソーウェル卿、これが今回の謝礼です」


 そう言って書類を手渡す。オーロラは中身に目を通した。


「名簿ね」

「ええ。国内で教会から麻薬を買っていた者のリストです。貴族と商人が載ってますのでご自由に。ただ、北部については妻の実家に世話になったので、別のリストで渡しております」

「私が西部だけではないのは?」

「もちろん、借りの大きさの違いですよ。あいつらの世話もしてもらってますしね」


 あいつらとは、カミラを弄んだ連中である。スティーブは教皇派の取り調べに同席し、取り調べられる者がカミラを弄んだかどうかを確認した。

 弄んだ連中はユリアの許可を得て、ソーウェルラントに連れて牢に繋いである。そこで、女体化して男たちに弄ばれる幻覚を見せているのだ。夜には幻覚が消えるようにして。

 聖国でやらなかったのは、カミラの耳に入れたくなかったから。そして、そうした事が出来るところがオーロラのところだったのである。

スティーブがお願いしたら、オーロラは二つ返事で承知した。


「あの連中はみんな精神が崩壊して廃人よ。食事もろくにとれないから、長くはないでしょうね」

「情けない話ですね。本当に被害にあった聖騎士は精神が崩壊してないというのに」

「その聖騎士を随分とお気に入りのようね。こんなことまでして」


 オーロラの視線は、また新しい女が出来たの?というものだった。スティーブはそれを否定する。


「彼女は神への信仰で心を保っています。僕は教会上層部からは使徒認定されてますから、すがるべき者が近くにあるということで、より強い信仰心で神の与えた試練を乗り越えようとしているのですよ。僕がもっとうまくやっていれば、事件は早く解決して、彼女もあんな目にあうことはなかったということで、これは僕の罪滅ぼしですね。今回の事は言えないけど、他にも可能な限り彼女の願いは聞き入れていますよ」

「貴方に罪はないと思うけど」

「自分の中の後悔が消えないんですよね」

「そうした態度は相手を勘違いさせるかもしれないから、慎重にするべきね」

「同じ事を妻にもいわれましたよ」


 スティーブは苦笑する。今のところカミラからの直接的なアプローチはない。しかし、今後どうなるかはわからない。事情が事情だけに、クリスティーナとナンシーもカミラを連れてくるなとはいいづらかった。


「さて、連中の後始末はお願いしますね。本当は二週間くらいで解放して、教会とは関係ないところで生きていってもらう予定でしたが、この分ではその先の事は考えなくて良さそうです」

「一思いに殺せばよいものを」

「人を裁くのはいつだって神の仕事でしょう。これは裁きではなく、単に同じ経験をしてもらっただけ。それなのに連中はカミラと違って、神の与えた試練だと考えて乗り切るような事が出来なかっただけのこと。あ、カミラっていうのは聖騎士の名前です」

「宗教家としては似非だったということね。まあ、女を辱しめるくらいだから、似非だとわかっていたのでしょう?」

「宗教関係者はろくなもんじゃないと思ってますよ」


 スティーブは肩をすくめてみせた。

 オーロラはフッと笑って、手に持った名簿を手で叩く。


「それはそうと、この麻薬の取り引きリストは他国も欲しいでしょうね。いくらの値がつくことやら」

「メルダ王国とイエロー帝国には無償で渡してありますよ」

「随分と家族思いね」

「まあ、今回は家族にも迷惑をかけましたから」


 実はイエロー帝国には名簿の他に、スティーブの作ったタイプライターを渡してある。兵器として使えず、珍しい物をと考えて、タイプライターが思い付いたからだ。

 どうしてそうしたかといえば、家族の避難先に帝国を選んだからである。

 カスケード王国内では教会の手が回っていると考えて、帝国の帝城の一室を借りたのだ。もちろん、セシリーを通じて皇帝の許可は得ていた。

 そこは、セシリーのための部屋であり、出入りする者は限られていた。そして、出入りする者たちの口は固かった。

 そのため、オーロラですらクリスティーナとナンシーの居場所は掴めなかったのである。


「なんにせよ、この名簿の価値分くらいは手伝うわよ。牢の連中の後始末は任せておいて」

「お手数おかけします」

「いいのよ、私と貴方の仲じゃない」


 そこまで会話してスティーブは帰った。

 スティーブが去った後で、ハリーが部屋に入ってくる。


「随分と早かったですが、よろしかったのですか?もう少し無事を祝うような時間があっても」

「そんな暇はないわ。これ、坊やからもらった麻薬購入者の名簿なんだけど、念のため裏取りをして報告しなさい。西部を優先してね。潰すか取り込むかも考えなくてはならないし、時間がいくらあっても足りないわ」

「随分なお土産ですな。承知しました。直ぐに取りかかります」


 ハリーは名簿を預かると、再び部屋から出ていった。

 一人部屋に残ったオーロラは、窓から外を見る。頭の中はこれからのはかりごとの事でいっぱいであり、その遣り甲斐に震えていた。

いつも誤字報告ありがとうございます。

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