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112 娑婆に残った者たち

 バールケ司教は焦っていた。本国の教皇からの指令があり、スティーブの家族も始末するように言われた。そこで万全を期して、カスケード王国の教会に所属する暗部の中で上位三人をアーチボルト家に送り込んだが、誰一人帰ってこなかったのである。

 教会の者に様子を見に行かせたところ、タウンハウスは既にカスケード王国の衛兵による調査が行われており、中に入ることは出来なかったのだ。ただ、野次馬の話でアーチボルト家の者たちはマッキントッシュ侯爵家に移動したという情報を得た。

 なので、司教は裏取りをしたのだが、これが本当の情報であることがわかる。今度は失敗できないので、教会の暗部全てをマッキントッシュ侯爵家に送り込むことにしたのだった。

 ただし、明るいうちに襲撃したのでは成功する確率も低いだろうということで、夜間の襲撃を指示した。

 そして深夜。月明りの中を総勢16名の暗殺者が黒い衣装に身を包み、マッキントッシュ侯爵家に向かった。

 四方に四人ずつ別れて四班で別々に行動し、塀を越えて庭に入り、建物を目指す。

 北から侵入した班の先頭をいく暗殺者が


「ぐっ」


 という声をあげてその場で倒れた。他の三人が驚いて先頭だった者をみると、仰向けに倒れたその喉に矢のようなものが刺さっていた。

 不意に静かだった庭に、ガチャンという金属音がした。

 次の瞬間、また一人の首に矢が刺さる。


「うっ」


 と短く発音して、地面に倒れた。

 ガチャンとまた音が聞こえ、残った二人はとっさに横に飛んだ。しかし、右に飛んだ暗殺者が今度は目に矢が刺さって倒れた。

 残った一人は矢が飛んできた場所を特定した。20メートルほど先の一階の窓から飛んできており、ガチャンというのは弩のようなものに矢をつがえる音だと判断し、次の矢をつがえる前にそこを攻撃しようと走り出した。

 音のする前に窓にたどり着いた暗殺者は、室内に転がり込み、そこで射手を見た。それは若い女性であった。すでに弓矢の類は持っておらず、ナイフを構えている。

 ただ、奇妙なのはナイフの持ち方が普通とは違ったのだ。五本の指で強く握っているのではなく、親指が立っていたのである。

 些細な事、と暗殺者は思ったが、彼の思考はそこで止まった。ナイフの刃の部分が飛んできて、喉に深々と刺さったのである。

 暗殺者を葬ったのはベラであった。

 倒れた暗殺者を睥睨したベラは、喉に刺さった刃を抜くと、もう一度柄の部分にセットする。手に持っていたのはスティーブが作ったばねを使って刃が飛んでいくナイフであった。


「こっちはもういないか」


 とベラは窓の外を見てつぶやく。彼女の目は月明り程度でも十分に周囲を見渡すことが出来た。だからこその狙撃であった。最初に三人を倒したのはいつも狩りで使っている銃だ。それを背中に担ぐと、東の方向の防衛のために屋敷の廊下を走った。

 一方、南を守るナンシーは、窓を割って侵入してきた四人をあっという間に倒した。そして西へと走る。

 すでに西側も暗殺者が侵入しており、マッキントッシュ侯爵家の兵士と戦っていた。敵味方は黒ずくめの衣装かどうかで見分けがつく。

 ナンシーは黒ずくめの暗殺者を全て斬った。

 そして、大声でベラに呼びかける。


「ベラ、一人残せ!」


 一人残せというのは、襲撃の指示を出した人間を自白させるためである。今回も魅了の魔法を使うつもりであった。ただし、それは出来ればという程度のものであった。最優先すべきは家族の安全。だからこそ、南側と西側の敵は殺してしまったのだ。残った東側で一人捕まえられればよいくらいの考えである。

 ベラにはナンシーのその指示が聞こえていたが、東側も暗殺者と兵士が入り乱れて戦っており、飛び道具を使うベラは手を出せずに見ていた。

 ベラの剣術もそれなりの腕前であったが、ナンシーやダフニーと比べると体が小さく、成人している男性と戦うには正面を避けるようにとスティーブから言われていた。その教えを忠実に守り、接近戦をしないのである。

 見ている間にナンシーが駆けつけて、残っていた暗殺者を片付ける。やはり一人だけ、武器を持つ腕を斬り落として魅了の魔法をかけて、指示を出した人間を自白させた。

 当然バールケ司教の名を出す。

 安全が確保できたところでクリスティーナとセオドアがやってきた。

 ナンシーが命令を出したのがバールケ司教だと告げる。


「やはり今回も教会の指示だったようだな。バールケ司教だそうだ」

「昼の襲撃で諦めず、夜も暗殺者を送り込んでくるとは、余程私たちを生かしておきたくないようですね」

「となると、麻薬の件かな」


 ナンシーが麻薬と言ったことで、セオドアは驚いて妹の顔を見た。


「麻薬?」

「ええ、お兄様。スティーブ様は聖女から教会が麻薬を密造密売していると言われました。そして、私たち家族もそのことをスティーブ様から聞いております。教団としては知られたくないことでしょうし、それを言いふらされても困るのでしょう。知っている者は皆殺ししなければというところではございませんか」


 クリスティーナはしれっと言った。自らの命も狙われているというのに、どこか客観的である。その様がオーロラのように思え、妹の顔を二度見した。


「私の顔に何か?」

「いや、ソーウェル卿に似てきたなと思って」

「大変光栄ですわね」


 クリスティーナは兄に微笑む。


「本物の閣下であれば、この状況をどうやって乗り切るのでしょうか?」


 クリスティーナは西部の方向を向いて、ここにはいないオーロラに問いかけた。

 バールケ司教は送り込んだ暗殺者が誰一人帰ってこないことから、暗殺の失敗を悟った。そして、打つ手がなくなったのである。


 クリスティーナに問いかけられたオーロラであるが、西部地域の自分の領地にいたこともあり、情報の入手が数日遅れた。スティーブとその家族とフライス聖教会の戦いということだが、これがカスケード王国とフライス聖教会の戦いに発展する可能性もあり、オーロラ自身は王都に駆け付けたかったが、領地に残ることを選んだ。代わりに人を派遣して、スティーブを嵌めた犯人捜しをすることにした。

 しかし、すぐに犯人が特定できるようなものでもなく、オーロラは苛立っていた。

 そんなオーロラにハリーが心配して声をかける。


「お嬢様、随分と焦っておられるようですが、それほど心配であればアーチボルト閣下を追いかけて、聖国に行かれてはどうでしょうか?」

「私が聖国に行ったところで、事態は何も変わらないわ。坊やに冤罪を着せて嵌めた犯人を捜さないとね」

「宗教裁判という話ですが、よろしいのですか」

「そんなものであの坊やが死ぬと思う?」


 と言ってみたものの、それはオーロラの願望であった。当然オーロラも宗教裁判のことはしっており、誰一人として無罪で生き残った者はいないことくらいわかっていた。

 帝国にすら一人で勝ったスティーブであっても、今回はだめかもしれないと危惧していたのである。それだけフライス聖教会の力は強く、組織は大陸中に張り巡らされているのだ。

 オーロラはその心配を忘れるかのように仕事に打ち込む。

 西部地域での教会側に取り込まれた人間の洗い出しだ。貴族は言うに及ばず、商人や平民まで丁寧に調べる。すると、いくつかの商会で麻薬の取り扱いの痕跡が見つかった。

 オーロラにもフライス聖教会が麻薬の密造密売を行っているという情報はきており、単純に麻薬の取り扱いで逮捕した場合は、教会との戦いに発展する可能性があるので、別件で逮捕して刑罰を科すというやり方でつぶしていった。

 この間、オーロラがスティーブに会うことは無かった。仕事をしながらもいつものようにスティーブが突然来訪するのではないかという気持ちから、報告に来る者があるたびにそれを期待しては、落胆するのを繰り返していた。

 仕事の合間の休憩時間に、オーロラはハリーと会話をする。


「思えば坊やとの付き合いも長いわね。最初は当時の近衛騎士団長に勝ったという噂の確認のため呼び出したのよね」

「ええ。目の前で転移されて護衛の脇腹に人差し指を当てた時は驚きました。もっとも、その後はずっと驚かされっぱなしですが」

「会う前からアーチボルト領の動きを監視していたけど、その情報を聞くだけで心が躍ったわ。リバーシ、冷蔵庫、蕎麦と色々と考え出していたじゃない。魔法使いなのに全然魔法を使わないのよ。それで会ってみたら商品先物取引の提案。それを聞いたとき運命の出会いだと思ったわ」


 オーロラはティーを飲んで、スティーブとの出会いを思い出す。わずか10歳の少年が近衛騎士団長に勝ったというのも驚きであったが、それは魔法というものがあれば納得も出来た。しかし、次々と考え出される商売については魔法を使っていないのである。

 冷蔵庫や風呂の熱交換の話などは、過去のどんな偉大な魔法使いですら実現してはこなかった。

 その後、スティーブの提案から先物取引だけではなく、銀行、証券、保険と金融事業を開始し、今ではソーウェル家の収入の柱にまで成長していた。

 そして領地はといえば、フォレスト王国を撃退して領地を広げ、パインベイ王国とは友好関係を築き、イエロー帝国は皇帝の即位を手助けしたことで平和条約締結となった。

 さらには、メルダ王国での鉄道利権まで手に入れることになった。

 今のソーウェル家の隆盛はスティーブなしにはあり得ないのである。

 そして、スティーブが動くたびにそれの起こす影響と、自分の利益の取り方を考える時間は、オーロラにとっては素敵な時間であった。

 これまでのことを思い出していると休息時間も終わりを迎える。

 ハリーがメイドにティーセットを片付けるように指示をし、オーロラが王都からの調査報告を読もうとしたとき、室内に突然人が出現した。

 スティーブである。


「ノックをすべきだったかな?」


 その姿を見てオーロラの口角が上がる。今にも駆け寄りたい気持ちを呑み込み、いつもの作り笑いをしてみせた。


「いいわ、私と貴方の仲よ」

「時間がないので手短に言うけど、両親を頼みます。領地の手勢だけでは教会とは戦えませんので」

「ご両親だけでいいの?」

「他は手を打ってありますので。協力への謝礼については後ほど」


 それだけ言うとスティーブは転移の魔法で消えた。

 ハリーはスティーブの手首に縄が結わえてあったのを見ていた。


「お嬢様、閣下の手首の縄は罪人としての扱いを受けているままのようでしたな」

「そうね。その状態で来てすぐに消えたとなると、まだ状況は芳しくないようね」

「それで、閣下のご要望はいかがいたしましょうか」

「聞くまでも無いわ。レオに指示を出して百人隊を二個アーチボルト領に向かわせなさい。解決するまで駐留させるように」

「承知いたしました」


 ハリーが急いで部屋を出ていくと、一人残ったオーロラは先ほどまでスティーブがいた場所を見てひとり呟く。


「謝礼なんていらないわ。私と貴方の仲じゃない」



いつも誤字報告ありがとうございます。

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― 新着の感想 ―
いつも対価を強請ってきたくせにー。
[良い点] オーロラは本当いいキャラしてるなあ
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