106 フレイヤの嫁入り
長編で考えていたけど没になったネタの救済です
シェリーが妊娠してしばらくたったころのお話。
フレイヤ・パーカーは隣で寝ているパーカー準男爵を見て、苛ついていた。
フレイヤは結婚当初はお金のない実家で、金持ちの貴族か商人の愛人くらいにしかなれないだろうと思っていたのが、騎士爵とはいえ貴族の正妻となれたことに喜んでいた。
西部地域でのつながりを作るための政略結婚ではありながら、顔も良く優しい夫と巡り会えたことを神に感謝していた。
しかし、その夫は株式相場で巨額の損失をつくり、弟のスティーブの活躍で損失が消えたと思ったら、また別の相場に手を出して大損した。
一度目は恥を忍んで実家に頭を下げて、領地経営のための資金を借りてきたが、二度目は流石にない。夫から実権を取り上げて自分で領地経営をするようになり、なんとかやりくりをしている。
そこに飛び込んできたのが妹の結婚であった。
怠惰という文字が具現化したようなシェリーが、メルダ王国の国王と結婚したのである。フレイヤはシェリーは結婚できないだろうと思っていたのに、まさしく青天の霹靂であった。
自分が結婚して家を出てから、父親のブライアンは男爵に昇爵し、妹のシェリーは王妃に、弟のスティーブは竜頭勲章を受勲。もし、自分も結婚をもう少し遅らせていれば、違う未来があったのかもしれないと考えると、不甲斐ない夫には怒りしかわいてこなかったのである。
フレイヤの中では自分はシェリーよりも能力があると思っていたのである。今こうして領地経営を取り仕切っているという事実が、そう考えさせていたのだ。
どうして今そうしたことを考えているかというと、明日はメルダ王国にシェリーの様子を見に行くことになっているからである。
スティーブが迎えに来て、ブライアンやアビゲイルと一緒にシェリーのところに行くことになっているのだ。そのことから、どうしても今の自分と実家の家族のことを比較してしまうのである。
翌日、スティーブの魔法で一瞬でメルダ王国の王城に到着する。スティーブは王城で有名人であり、顔パスとなっていた。それに、フレイヤとアビゲイルもシェリーに似ており、親子姉妹であるという説明は不要なくらいであった。
アビゲイルは姉妹じゃないという説明が必要と言い張っているのを苦笑いしたブライアンがビンタされたりしたのは伝説となっていたりするが。
国王となったエイベルとシェリーがスティーブたち一行を出迎えてくれる。
「ようこそおいでくださいました。義父殿、義母殿。それに、義姉殿夫妻、義弟殿も」
本来国王は一番上の存在であり、義父であってもへりくだる立場なのだが、メルダ王国の事情からするとカスケード王国の貴族と国王の立場は変わらない。そこに義父や義母という関係が加われば、如何に国王といえどもエイベルの方が下手に出ることになる。
それと、家族ということで役職よりも年齢優先の呼びかけであった。本日は非公式であるためこうなっている。
シェリーはお腹が大きくなって動くのが大変なので、座ったままの挨拶となった。
フレイヤはシェリーに話しかける。
「随分と大きくなってきたわね。動くのも大変でしょう」
「本当よ。視察の仕事はもう無理ね」
「何の視察?」
「教育現場と、河川の工事。それと駅周辺の開発とかね」
それを聞いてフレイヤはシェリーをまじまじと見た。
「何か?」
「いや、あのシェリーが人が変わったようだから、本当に同じ妹なのかと思ってね」
「そういうのはエイベルの前で言わないでよ」
シェリーが頬を膨らますと笑いが起こった。エイベルからしてみたら、怠惰なシェリーなどというものは想像できないのだが、アーチボルト家の面々からしてみたら、今のシェリーが猫をかぶっていて、いつそのメッキがはがれるのかと思っていたのである。
ただ、ブライアンもアビゲイルもスティーブも、敢えてエイベルに言うようなことは無かったが。
フレイヤがそれを口にしたのは妹への嫉妬からだった。
豪華な宮殿に住み、身の回りの世話は全て使用人がやってくれる生活が羨ましかったのである。実情は国庫が火の車であり、身重のシェリーが仕事をしなければならないほど追い込まれていたのである。
実に隣の芝生は青く見えていたのである。
その後、ブライアンとスティーブは国王夫妻と仕事の話となり、アビゲイルは休憩、パーカー準男爵夫妻は観光となった。フレイヤとパーカー準男爵は案内役の兵士とともに王都に出た。兵士は敬愛する王妃の姉夫妻ということで、張り切って案内をする。
「こちらが王妃様が教鞭をとっておられる学び舎です」
「あの子が教鞭をねえ。姉の知らないうちに随分と立派になって。家にいるときは勉強を嫌って逃げ回っていたのよ」
「敗戦直後はみなどうなることかと思っていましたが、王妃様の献身的な仕事ぶりを見て、今ではみな王妃様を慕っております。とてもそのようなお姿は想像できませんが」
シェリーのことを慕っている兵士は、フレイヤから聞かされるシェリーの結婚前の様子に困惑した。悪口ではなく事実であるだけに、フレイヤからは悪意が感じられず、反論も弱めとなっていた。
その後も町の中を観光していると、フレイヤに手を合わせたり、頭を下げるものが目についた。
「どういうことかしら?」
フレイヤは兵士に訊ねた。
「夫人の外見が王妃様に似ているので、勘違いする者が多いのでしょう。私も事情を知って案内しているので間違うことはありませんが、最初にお目にかかった時はとても似ているという印象を受けました。遠目には王妃様と見えてしまうのも仕方ないかと」
「そういうことね」
フレイヤは勘違いとはいえ、住民が頭を下げるのに悪い気はしなかった。ただ、自分も同じ環境であれば同じように出来たのにとの思いがあった。そしてパーカー準男爵をちらりと見る。エイベル王子と比較してしまうのだった。
その直後である。突如民の中から一人の男がナイフを持ってフレイヤに襲い掛かってきた。
「毒婦め!」
そう叫びながらナイフを突き出してくるが、それがフレイヤに届くことはなかった。即座に反応したパーカー準男爵が自らの剣を抜いて、男の手首を斬り落としたのだった。
そして準男爵は案内役の兵士を見る。
「これは?」
「申し訳ございません。すぐに調査を致します。本日のご案内はここまでということで」
「そうだな」
パーカー準男爵は観光の打ち切りを承知して妻の方を見た。フレイヤが青い顔で震えているので、その体をそっと抱きしめる。
「もう大丈夫だ」
「ありがとうございます」
フレイヤは礼を言って夫の顔を見た。他にも襲撃犯が隠れていないか周囲を警戒する夫は、久々に頼もしく思えた。
すぐさま王城に帰って、国王夫妻やスティーブに襲撃事件のことを話す。するとスティーブが襲撃犯のところに行き、魔法で背景を自白させる。その結果わかったのは、襲撃は単独犯であるということだった。領地を失った貴族の息子で、職を求めて王都に流れてきたが、貴族の感覚が抜けずに仕事が長続きしなかった。浮浪しているところを国粋主義者にスカウトされ、城下に王妃が出てくるのを狙っていたのである。今までは警護が手厚で狙えなかったが、今日は護衛が少なかったので襲撃したということであった。
狙った相手がフレイヤだったので、どうやっても失敗にしかならなかったというのをスティーブが襲撃犯に伝えたところ、下唇から血が出るほど噛んで悔しがったのだった。
結局襲撃犯からはそれ以上の情報が引き出せず、死刑となって即日刑が執行された。襲撃を教唆した国粋主義者の捜査が行われることとなった。
メルダ王国からはフレイヤに迷惑料が支払われて、この件は終了となった。
一連の報告を受けたシェリーがフレイヤに謝罪する。
「姉さん、私のせいで危険なめにあってごめんなさい」
「いいのよ。シェリーが悪い訳じゃないんだから」
そういうフレイヤには、メルダ王国に来た時のようなシェリーへの嫉妬は消えていた。高い地位にあるということは、それだけ危険と隣り合わせだということに気づき、羨ましいという気持ちが消えていたのである。
今はただ、妹が無事に出産してくれたらいいなとだけ思っていたのである。
その後は予定を大幅に繰り上げて帰還することになった。
領地に帰還したフレイヤは、子供たちの顔をみるとホッとした。
「結局私にはこの領地の領主夫人くらいがちょうどいいわね」
そう言うと、翌日からも仕事に励んだのであった。
夫婦仲も結婚当初のころに戻り、一年後には新たな家族が増えることになったのだった。
いつも誤字報告ありがとうございます。