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105 約束の行方

いつも誤字報告ありがとうございます。

 レナード討伐の翌々日、スティーブは帝都でジョセフとイノに会っていた。

 ルイスが帝都に入り皇帝になることを宣言。戴冠式については後日となるものの、既に敵対するものはなく、実質的に最高権力者としての歩みを始める。

 レナードの命令で皇族狩りをしていたペンタクル騎士団も、レナードの死亡によりその命令を遂行するのをやめた。大臣や主要な役所の責任者についての任命作業に追われるルイスの代わりに、スティーブは政商としての活動を再開したジョセフと会っていたのである。

 今回の火災による被害の再建にあたり、ジョセフの商会が使われることになって、その物資の取扱量が多額のものとなり、当然それに比例して巨額な利益をうむことになった。

 なお、イノはジョセフの秘書として雇われていた。

 ジョセフは笑顔でスティーブに挨拶をした。


「お久しぶりです閣下。またお会いできて嬉しいです」

「その笑顔は営業用か、それとも御用商人として指名されたことによる本心?」

「もちろん、閣下との再会の喜びからですよ」


 帝都の大商人たちは、皆レナードとの取引があったということで、ルイスに挨拶に行くのを躊躇っていた。その隙に、スティーブがルイスにジョセフを紹介したのである。

 大恩のあるスティーブの頼みとあって、ルイスは二つ返事でジョセフを使うことを決めた。

 もちろんこれは、オーロラがスティーブに頼んで出資先のジョセフの商会を使わせるようにしたのであった。アーチボルト家にとってはなんら利益がないが、スティーブ個人はジョセフとイノのその後が気になっていたので、仕事を紹介出来たことは嬉しかった。


「まあそういうことにしておこうか」

「本心ですって」


 とイノもフォローする。


「それで、ソーウェル辺境伯閣下もおみえということですが」

「今は新規のビジネスチャンスを探して、お城で挨拶しているよ」


 オーロラもスティーブと一緒に帝都に来ていたが、ジョセフとイノに会うよりも帝国貴族との面会を優先した。両国の関係が改善していくとなれば、そこに大きなビジネスチャンスが転がっているからという理由である。それは既に利益が見込めるジョセフとの面会よりも優先すべき事柄であった。


「まだ稼ぐつもりなんですか?」


 イノは呆れた。

 スティーブは苦笑交じりにオーロラをフォローする。


「派閥の領袖っていうのはお金がかかるんだって」

「今回のことも閣下の手柄じゃないですか。その閣下には何があるっていうんですか?」

「まだ具体的なことは決まってないけど、帝国と王国の両方からなんか貰えるみたい」

「あの美人の女騎士をもらったりするんですかねえ」

「それはないよ。セシリーは皇帝と結婚することが決まっているんだ。皇后には王国から嫁いでくるけど、第二皇后になるんだって。献身的に皇帝をささえたからね。それに、その結婚がなかったとしても、妻からもらっても返してこいって言われているからねえ」

「随分と酷い言い草ですね」

「実の姉だからね。内緒だけど」

「そういえばそうでしたね」


 イノもナンシーが生きているのは知っていた。なので、スティーブも隠すことはしない。

 そして、スティーブの言うように、ナンシーはきつくセシリーを貰ってくるなと言っていたのだった。だから、スティーブとしてはセシリーが皇帝と結婚するというのは好都合だったのである。


「ところで、イノ。ききたいことがあるんだけど」

「なんでしょう?」

「イノの目から見た帝国はどうかな?」

「すごい漠然としていますね。まあ、ここのところ色々あったけれど、新しい陛下は地域の平和優先っていうのなら、前より良くなるんじゃないですかね。俺らが工作員として活動していた資金も、内政にまわることでしょうし」


 カスケード王国によって皇帝の地位を与えられたルイスは、ウィリアムとの間で不戦の条約を結ぶことになっていた。それはカスケード王国に対してだけではなく、パインベイ王国やメルダ王国、フォレスト王国などのカスケード王国に関係する国々に対しても効力を発揮する。

 ただし、自衛のための戦争については条約対象外となっており、周辺国が攻めてきた場合にのみ反撃が許されていた。

 イノもその情報を聞いており、そこから出た感想だった。


 一方その頃、帝城ではオーロラとセシリーが休憩時間に二人だけで会話をしていた。


「乙女同士の会話も久しぶりね」

「そうですね。閣下との約束も守れてよかったと思います」

「ああ、あれね。今となっては不要になってしまったけれど」


 約束というのはセシリーとルイスの結婚である。それが不要になったというのは、先ほどオーロラが聞いた帝国からスティーブへの感謝の気持ちとして爵位を与えるというものが決まったからだった。

 スティーブには爵位と毎年貴族としての給金が帝国から支払われることになったのである。これが不戦の条約の例外項目に効いてくる。

 カスケード王国側がスティーブに対してよからぬ工作を仕掛けた場合、帝国はそれを帝国に対する攻撃と判断出来るのだ。なぜなら、スティーブは帝国貴族だから。これが国王に対する抑止力となるのである。

 これはルイスが考えた案であった。ほぼ一人で帝国軍を壊滅させたスティーブの存在は、為政者からしてみたら危険極まりない。そして、帝国という地域最大の勢力がカスケード王国と不戦条約を締結するとなれば、スティーブの存在はいらなくなるのはわかっていた。

 その時どう動くかわからなかったが、恩人に対してなにかできることは無いかと考えたルイスが出した結論だったのである。

 なお、領地については飛び地となるため、断られるのがわかっているから、スティーブに与える条件には入れていない。

 セシリーはフフッと笑った。


「陛下には好きな男のところに行っていいんだぞと言われました。それが私への褒美だそうです。まあ、ソーウェル辺境伯閣下の許可があればですから。最初のお約束ですしね」

「そう、じゃあ私が許可したら好きな男の元に行くのかしら?」

「それはしません。せっかく仲直り出来た姉とまた喧嘩になりますから。それに、私は陛下が心変わりしないように、お傍で監視しておりますから」

「両国の陛下が坊やの排除で利害が一致したら困るものねえ」

「ええ。それに、私を助けるためにアーチボルト閣下を呼んでくださったソーウェル辺境伯閣下を差し置いて、私が嫁ぐのも失礼でしょう」

「嫉妬で怒り狂っていたかもしれないわね」

「閣下がそんな感情に振り回されるとも思いませんが」

「あら、私だって全てにおいて恋が優先されるわよ。乙女ですもの」


 少しも乙女らしくないオーロラの口角が上がる。

 セシリーはスティーブとの結婚が出来る条件が整ったが、スティーブやナンシーのことを考えて身を引いた。


「私、姉がとってもうらやましいんですよ。スートナイツの地位を捨ててでも、好きな男と暮らしているのですもの」

「第二夫人とはいえ、皇帝の妻だって十分にうらやましがられると思うけど」

「いいえ、あの方を知ってしまったら、皇后の地位ですら捨てても惜しくはありません。結婚もしていないのに、ずっと一緒にいられる閣下がうらやましいです」


 セシリーはスティーブと共に戦った日々を思い出す。それは今まで生きてきた中で、一番密度の濃いひとときであった。

 ナンシーが全てを捨ててまで、スティーブといることを選んだのも理解できた。


「それほどでもないわ。私だって坊やの子供が欲しいと思っているのに、それは叶わないのだから。貴女と然程変わらないわ」

「望めば手に入らぬ物は無いと言われる閣下にも、手に入らないものがありましたか」


 セシリーはクスクスと笑った。そして、真顔になる。


「でも、本当に閣下がうらやましいです。今日だってこうして一緒に我が国にいらしているじゃないですか。私はもう望んでも一緒にどこかに行くことも出来ないのです。ともに戦場を駆け巡った思い出だけを抱えて生きてゆかねばならないのが、悲しくて」

「姉の出産祝いで何度も顔を見に来ればいいじゃない」

「それはちょっと」


 幸せそうなスティーブとナンシーを見るのを想像して、セシリーの眉間にしわが寄った。

 そんなセシリーを見て、今度はオーロラが笑う。


「色々と方法はあると思うのよ。会うための口実なんていくらでも作れるわ。なにせ、坊やはこれから帝国貴族となって、あなたの夫の部下になるのだから」


 オーロラの話でセシリーの顔が明るくなった。


「そうですよね。言われてみればそうでした」

「ただ、その時は皇帝陛下も複雑な顔をするでしょうけど」

「皇族の結婚には愛はいらず、ただその職務としての意思だけだとおっしゃっていました」

「それはそうよ。妻が他の男を好きなのを知っての結婚でしょう。皇族としては結婚に愛はいらないと言っても、男としてはどうかしらね。それを誤魔化すための言い訳に思えるんだけど。これは乙女同士の秘密よ」

「ええ、もちろんです」


 そういうと、休憩を終えてルイスの待つ謁見の間へと戻った。


 帝国での用事が終わると、スティーブはニックのところに顔を出す。


「ただいま」

「終わったんですか?」


 ニックの声が弾む。


「なんとかね。後始末は僕の仕事じゃないから、任せて帰って来たよ」

「よくぞご無事で」


 ニックはおいおいと泣き出した。それを見てスティーブは困った。


「なにもそんなに泣かなくても」

「若様が悪いんですよ。今生の別れみたいに言うから」

「まあ、それは悪かったよ。帝国相手に戦うのに、無事に済むとは思ってもみなかったから」

「次の戦争は俺もお供しますからね」

「ベラみたいなことを言わないでよ。それに、僕とニックに万が一のことがあったら、工場が回らないじゃない」

「そんときゃあ誰かがやりますって」

「そんな無責任な」

「俺より先に死なないでくださいってことですよ」

「わかったよ」


 スティーブはニックをなだめて工場を後にした。

 そして、屋敷に戻るとベラを呼んだ。


「呼んだ?」


 ベラが部屋に入ってくる。


「お礼を言っておこうと思ってね」

「何についてのお礼かしら。私は何もしてない。それとも、聞き分けよくここで大人しくしていたこと?」

「それだよ」

「それならお礼は言う必要ない。任務でしょ」


 スティーブは危険なときこそ一緒にいたいというベラを、今回は屋敷に残したことに後ろ髪を引かれるところがあった。その事で、お礼というより謝罪をしておきたかったのだ。

 最初にお願いしたときも、いまもこうして任務だからと素直にきいてくれるベラの態度が、スティーブにとってはありがたかった。


「子供に何かあって悲しむスティーブは見たくないから」

「ありがとう。ところで、ベラは国は誰のものだと思う?」

「唐突ね」

「まあそうなんだけど、今回色々と考えさせられてね」

「私にとって国が誰のものでもいいわ。王様でも皇帝でもスティーブでも、誰のものだっていいけど、そこにスティーブがいるかいないかが重要だから」


 そう言われてスティーブは納得する。ベラだけではなく、多くの人にとっては国の所有権が誰のものなのかよりも、今そこに愛すべき家族や恋人がいるかの方が重要なのであろう。

 太平洋戦争で特攻を命じられた兵士たちの残した手紙でも、日本万歳や天皇陛下万歳というものよりも、親や家族を心配する内容が多かったことを見ても、命をかけて守るべきものは国ではないというのは明らかである。

 スティーブはベラによってそのことを気づかされた。


「そうだよね」

「そうよ」


 スティーブが笑うとベラも笑顔を返した。



使わなかった設定がもったいないのでまた書きますが、本来最後はナンシーとセシリーのお墓が並んでいて、スティーブと二人の妹の三女と一緒にそれを見ているというものでした。ナンシーもセシリーも死んでいないので、三女の登場はなくなりました。いないはずのナンシーに動かれても困るので、妊娠出産でお休みいただいております。

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