103 帝城へ
スティーブの活躍により、フォレスト王国国境付近で圧力をかけてきていた帝国軍は一掃された。追加の派兵の動きがあるかどうかはまだわからないが、今のところは追加で送られてくる兵士はいなかった。これにより作戦は次の段階に入る。
カスケード王国の国軍と西部貴族連合による帝国への侵攻であった。ただし、ルイスを担いでの侵攻であるため、略奪行為は厳しく禁じられていた。
それとは別で、スティーブとセシリーによる帝都攻撃が計画されていた。セシリーが王都に行けないため、国王と宰相がソーウェルラントにやってきて、そこでの会議となる。会議の場には国王と宰相、ルイス、オーロラ、スティーブ、セシリーに加えてダフニーもいた。
皆が円卓に座り、その中心には国王がいた。
国王は全員を見回して言う。
「通常の侵攻とは別に、帝都の奇襲についての会議を行う。狙うは皇帝を僭称する者の首。今までの戦争のように、アーチボルト卿による単独での帝城への奇襲攻撃で、敵の首魁を一気に倒す」
「恐れながら陛下、それほど簡単にいくことでしょうか?」
オーロラは国王を見た。あまりにも大雑把な計画のため、正気を疑ったのである。
「帝城の座標については、そちらのエース・オブ・チャリスが知っておるので、一緒に転移すれば問題ない。それに、敵の主力であるスートナイツは既に半分が失われておる。その原因がアーチボルト卿であることを考えれば、十分に可能と判断するが」
国王の言うように、スートナイツは半減していた。そして、セシリー以外はすべてスティーブの手によるものであった。この状況であれば、このような作戦であっても成功すると考えても不思議はない。
しかし、オーロラは国王はこんなに短慮であったかとその思考を疑っていた。
国王からしてみれば、スートナイツが半減した今、スティーブがもう少し数を減らしてくれさえすれば、通常戦力でも勝てるという読みがあった。適当な理由をつけてスティーブが敵と相打ちになってくれるのが最良のシナリオであり、負けてもよいとまで思っていた。一番困るのは無傷の勝利である。
というところまでは、オーロラもたどり着いていたが、そこで反対するのを困難にしたのはルイスの存在だった。
「陛下、困難な作戦のご決断ありがとうございます」
「なに、父の仇を討ちたいという気持ちは痛いほどわかる」
というように、国王に感謝を述べた。ルイスの願いであればセシリーも反対は出来ない。結局作戦に異を唱えることが出来るような雰囲気ではなくなってしまった。
国王はルイスと打ち合わせをしていたわけではなかったが、タイミングのよいフォローに内心ほくそえんでいた。
当のスティーブにしても、領地の兵士たちのことが心配で、出来ることなら早く決着をつけたいと思っており、帝城への奇襲攻撃もありだなと思っていたのである。
ただし、今までの敵国に比べて帝城の守りは厳重である。スートナイツのワンド騎士団がその守りにあたっていた。なお、スートナイツ最後のペンタクル騎士団はレナードの命令で、逃げた皇族狩りを行っているとの情報を得ていた。
スティーブがルイスに帝城の守りについて訊ねる。
「帝城には侵入した敵を撃退するための様々な仕掛けがあると思いますが、知っているのを教えてください」
「申し訳ございません。それは皇帝のみが知ることですので、私にもわからないのです。帝位に就いたときに秘密の脱出口だったり、敵から隠れるための部屋を教えてもらえるとは聞いております」
情報が流出しないように、帝城の秘密については専門の役人が、皇帝にだけ教えるようになっていた。その役人も普段は他の仕事をしており、帝城の秘密を知っているとは悟られないようにしてあった。なので、皇族であるルイスであっても、それは知らなかったのである。もちろん父親の皇太子も。だからこそ逃げられなかったのであった。
「ただ、わかっているのは叔父であるレナードも魔法を使い、スートナイツに匹敵する実力を持っているということです。どんな魔法かは聞いておりませんが」
「それは厄介だなあ。捕まえて殿下の前に引きずり出すのは無理かな」
「その場で殺していただいて結構です。自ら手を下したいところですが、私の実力ではそれも無理でしょうから」
「わかりました。それと、通常の守備の兵士はどれくらいでしょうか?」
「二千人はいないかと思いますが、千ということはないでしょう。しかし、レナードのクーデターで帝国軍どうしでの戦闘となり、数は減っているかと思います」
ルイスのこの予想は正しかった。皇太子を守るために戦った兵士との同士討ちで、兵士の数は減っていたのである。補充しようにも、東部への派兵と皇族との戦いで、帝都に兵を補充することが出来ていなかったのである。
「厄介なのはスートナイツと皇帝くらいか」
「やれるか?」
国王から訊かれてスティーブは頷いた。
「期待に沿えるようにいたします」
「次代の子供たちが大人になるころは、平和な国になっていることであろうな」
国王はスティーブの心をくすぐるように言葉を選ぶ。親ばかといっていいほどのスティーブの様子を見れば、子供のためと言えば喜んで動くだろうという計算だ。
オーロラはその様子を見ながら、戦後についての考えを巡らせていた。
自分の利益とスティーブの扱いについてである。どうにも国王の態度からはスティーブを大切にするような様子はうかがえなかった。もとからそうしたところはあったが、以前にも増してというのがわかるからである。
セシリーとルイスの結婚については国王にはばれていないだろうが、その前にスティーブを亡き者にしようという意図がうっすらと見えていた。
オーロラが他の者たちの思考を読むために、円卓をぐるりと見まわすと、スティーブと一緒に帝城に乗り込むセシリーを見ると、こわばった顔をしておらず、それを不思議に思った。
「クロムウェル殿は帝城に直接乗り込むことが怖くないのかしら?」
「怖いとは思いますが、殿下のためならば」
そう返答をするセシリーの目が、一瞬泳いだのをオーロラは見逃さなかった。セシリーの目が泳いだ先にはスティーブが座っていた。
殿下のためならばというのは表向きの理由であり、スティーブと一緒であることに期待を抱いているのだと看破する。ただ、その期待が戦友としてなのか、はたまた別なのかはわからなかった。
しかし、オーロラの勘が恋であると伝えてくる。
すでに受けている報告では、セシリーはフォレスト王国の国境での戦いで常に一緒に行動していたということから、危険な戦場で生死を共にしたことによる恋愛感情の芽生えかと推測した。
「見上げた忠誠心ね。我が国にそれだけの覚悟を持った兵士がどれだけいることか。アーチボルト閣下が同行するとはいえ、危険に恐れをなす者ばかりでしょう」
そう言ってチラリとダフニーを見た。
ダフニーはオーロラの挑発に簡単に乗ってしまう。
「私も陛下襲撃事件の黒幕と思われる皇帝を捕らえる、または討伐するためならばアーチボルト閣下に同行し、帝城に乗り込むことも恐れません」
オーロラはダフニーの態度を見て口角を上げる。ダフニーが果たしてどちらの挑発に乗ったのだろうかと考えた。
オーロラの意図する視線は二つ。主への忠誠心とスティーブへの思いである。
おそらくダフニーもセシリーのスティーブに対する思いに気づいており、その動向を気にしているはずであるとみていた。
そして、それはその通りであり、ダフニーはセシリーだけがスティーブと一緒に危険な敵地に乗り込むことに我慢がならなかったのである。
フォレスト王国の国境では我慢をしていたが、このままではセシリーに差をつけられると考えていたのだ。
スティーブにはそんな考えは全くなかったが。
この時、国王と宰相はダフニーの申し出に困惑していた。
スチュアート公爵家との関係を考えれば、ダフニーを帝城に乗り込ませることは出来ない。しかし、どうにもダフニーの決意は変わらなそうだということを感じ取っていた。
スティーブを積極的に参戦させるための餌だったダフニーの扱いが、自分たちを困らせることになってしまったのである。
「流石は近衛騎士団長。見事な忠誠心ですこと。陛下もさぞかしお喜びのことでしょう」
「朕もいたく感動した。しかし、シールズ卿を欠いては近衛騎士団の動きも鈍くなる。ここはソーンダイクに行かせてはどうかな?」
「陛下、ソーンダイク副団長では敵のスートナイツに及びません。ですが、指揮を執るのであれば十分に私の代わりをつとめることでしょう」
ダフニーは国王の提案を拒否した。
オーロラは心の中で面白くなってきたわねと思って、その様子を眺めていた。
そして、ダフニーにライバル視されているセシリーはというと、同行を申し出たダフニーに好感をもっていた。
「殿下、私はシールズ団長が同行してくれたら心強いと思っております。カスケード王国が殿下の仇を討ちに手を貸してくださるのを考えれば、国王陛下襲撃事件の黒幕を討つのに、捜査責任者である近衛騎士団長が同行するのを拒否する理由はありません」
と、セシリーはダフニーの同行の許可を願い出た。
ルイスはその願いを受けて、国王に同行は問題ないと伝える。
「我が国はシールズ団長の同行については問題ないと思っている。その実力もクロムウェルと遜色ないのも確認していますし」
「しかし、公爵がなぁ…………」
国王は本音が出てしまった。
「義父も陛下襲撃事件には憤慨しており、私になんとしても事件を解決するようにと強くおっしゃられております」
「陛下、ご決断を」
宰相もこれは押し切られると思い、国王に諦めるようにと促した。
結局、国王はダフニーの同行を認めることにした。
「わかった。必ず朕を襲撃するように命じたという証拠をつかみ、その企みの代償を払わせるように」
「承知いたしました」
こうして帝城襲撃計画にダフニーが参加することになった。
その後会議は国軍と西部貴族連合軍の進軍についての話となり、帝都までの進軍ルートなどを話し合った。そして、ルイスを外してフォレスト王国を今後どのように扱うかを国王と宰相とオーロラの三人で話して会議は終了となった。
会議が終了し、国王と宰相とルイスは王都に戻る。ダフニーはスティーブと行動を共にするため残ることになった。
王城に戻った国王は宰相と二人きりで今日を振り返って話をする。
「アーチボルトが帝城で敵と相打ちになってくれることを望んで今回の作戦を提案したが、まさか近衛騎士団長が同行を申し出るとはな。ここで死なれては弟になんと言われるか」
「無事帰還していただくのを望むのは当然のことでございましょう」
「建前はいい。それにしても、帝国の女騎士までアーチボルトに好意を寄せるとはな」
国王もセシリーの気持ちに気づいていた。知らぬは本人ばかりなりというやつである。
「結婚でもされると厄介ですな。我らが勝利した暁にはルイス殿下が皇帝となります。それを助けた女騎士の夫ともなれば、帝国もその扱いは最上級のものとなることでしょう」
宰相はそう言うとため息をついた。国王も自らの額に手のひらをあてる。
「全くだ。戦後に帝国がどのような褒美をアーチボルトに渡すかはわからんが、こちらとしても同等くらいにはしておかぬと、民から何を言われるかわかったものではないな」
「して、何を与えましょうか?」
「国宝の剣だな」
「王位継承の証であれですか」
「いや、それではなく宝石をちりばめた見た目だけのやつだ」
国宝の剣はいくつかある。王位継承の象徴となっている剣は、初代国王が竜を倒したときに、その素材から作ったとされるものであった。当然その剣を下賜してしまえば、王位をスティーブに譲ったことになる。なので、それ以外の権威の象徴ではないが、それなりに価値のあるものを渡すことにしたのだ。
「それで、下賜する宝剣はわかりましたが、女騎士とアーチボルト閣下が結婚することになったらどうされるのですか?」
「どうもこうもないな。宰相が計画したあれは中止だ。いまでこそ貸しがあるが、帝国を怒らせればまた戦争だろう。皇子にはこちらの王族との結婚を約束させたが、それだけで止められるとも思えん。せっかくの関係を壊してまでやるようなことではない」
セシリーの気持ちがスティーブを救った形であった。
もっとも、セシリーがスティーブに恋心をいだく以外はオーロラの狙い通りだった。
「聖教会に個人崇拝の危険性を通知して、聖教会とアーチボルト閣下を戦わせる。二頭の虎が戦えばどちらかは倒れ、生き残った方も無傷ではないという良き案かと思いましたが」
「こちらの動きが察知されなければだな」
宰相が考えていたスティーブを排除する案は、国内にあるスティーブ個人への崇拝が、神への信仰を超えるのではないかという危惧をフライス聖教会に伝え、聖教会とスティーブを戦わせるというものであった。
この大陸では国家以上に権力のある宗教団体であるため、各国の王はその存在を忌々しく思っていたのである。
しかし、魔法の才能の発見という巨大な利権を握られており、敵対するわけにはいかなかった。そこで、国の代わりにスティーブをぶつけようというわけである。どちらが負けても国には利益、漁夫の利が得られるというものであった。
その案は国王も乗り気であったが、いまここに廃案となったのである。
そして、スティーブたちはセシリーの魔法で帝城に侵入する。
いつも誤字報告ありがとうございます。