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100 出征準備

 オーロラの命令が出て、アーチボルト家も戦争の準備をすることになった。アーチボルト家は当主がブライアンであり、ブライアンはソーウェル辺境伯の下になる。スティーブは立場上はソーウェル辺境伯よりも上になるが、当主ではないためアーチボルト家としては命令に従うことになる。

 ブライアンはコーディに指示を出して従士を集めてその説明をした。

 ブライアンの横にスティーブが立ち、従士たちと対面する形となっている。


「今回イエロー帝国内で皇帝が変わり、対外政策が強硬的なものとなった。フォレスト王国が現在帝国の圧力にさらされており、そのため我が国に庇護を求めてきた。陛下はこれを承認し、帝国と戦うことを決断された。さらに、皇帝により国を追われた帝国の皇子にも兵を貸す約束をし、クーデターにより帝位を簒奪した現在の皇帝を討つ決断をされた。それで、我が家も西部貴族としての務めを果たすために、出陣することになった」


 その説明を聞いてコーディが質問する。


「若様も出るんですか?」

「そうだね。僕も参加するんだけど、みんなとは別行動になるよ」

「どちらに?」

「僕は近衛騎士団と一緒に行動する」


 それを聞いてコーディをはじめ、従士の顔が曇る。


「若様の支援なしですか」

「まあそうなるんだけど、戦闘になる前に決着をつけようかと思う。それに、常に僕がいるわけじゃないからね。そのための訓練でしょ」

「そりゃそうなんですが、あの支援魔法に慣れたら何もない状態の戦闘なんて怖くて出来ないですが。っていうことですよ」


 従士たちは普段の警戒業務や、害獣の駆除にスティーブの支援魔法を使ってもらっている。だから、それがあるのが普通になっているのだ。それが無い状態での任務は考えられなくなっていた。ましてやそれが戦争ともなると、不安の方が大きい。

 その様子を見たブライアンがコーディをしかる。


「コーディ、いつからそんな弱気になったんだ」

「そうですがね、若様の至れり尽くせりの支援に馴染んでしまったもんで。それに、俺は今更惜しむ命でもないが、若い連中はそうでもないです。ましてや、徴兵して連れていく領民にも死なれたら困りますからね」


 コーディの話にスティーブは悩む。支援魔法の効果時間を考えれば、毎日自分の領軍に支援魔法をかけなければならない。しかし、その場所までの転移となると戦闘中では難しくなるし、魔力をどれだけ使うのかもわからない。

 悩んだ挙句出した答えは


「僕が魔法で使役する鳥を連れていって貰おうか」


 というものだった。

 鳥の目を通じて領軍の状況を把握し、危険が差し迫ったら救援に行くというものである。

 ブライアンもその案を承認した。


「コーディ、それでいいか。スティーブは近衛騎士団とともに行動することになるから、転移の魔法でつかう魔力も馬鹿にならない。常時支援は難しいんだ。なに、戦闘になったら俺が一番前に出るから心配するな」

「そんなことをしたら、アビゲイル様に何をいわれるかわかりませんよ」


 そこで初めて笑いが起こる。

 ベラはスティーブに自分はどうなるかを訊く。


「私はスティーブと一緒?」

「ベラは領地に残ってクリスティーナと子供たちの護衛をお願いしたい。ナンシーだけだと複数同時攻撃をされたら手が回らないからね」


 今までであれば同行を無理にでも承知させるベラだったが、スティーブが子供のことを大切にしているのがわかっていたので、子供の護衛の仕事を引き受ける。


「わかった。ここはまかせて」

「よろしくね」


 従士たちへの説明は終わり、各村に分かれて徴兵に動く。ブライアンはエマニュエル商会に連絡を取って、食糧などの物資の調達を依頼した。

 一方スティーブは子供たちのところに行く。部屋ではクリスティーナとナンシーがそれぞれの子供が寝ているのを見守っていた。

 そこでスティーブは出征を伝える。


「陛下がフォレスト王国を庇護し、イエロー帝国と戦うことを決意された。僕も父上も出征することになったよ」


 それを聞いてクリスティーナはスティーブに訊ねた。


「お二人で帝都を攻撃されるのでしょうか?」

「いや、まずはフォレスト王国との国境にいる軍を排除することになるかな。まあ、この前の陛下への襲撃事件も帝国が仕組んでいたから、皇帝への攻撃はするんだろうけどね」


 それを聞いてナンシーは険しい表情となった。


「旦那様、ルイス殿下とセシリーはどうなりますでしょうか」


 ナンシーは妹のことが心配で、スティーブに訊ねた。


「殿下は陛下に兵を貸してほしいとお願いした。それを承認されて、僕と近衛騎士団と一緒にセシリーが同行することになるからね」

「旦那様と一緒なら安心ですね。殿下は?」

「殿下は王城で報告を待つことになるかな。実際問題戦場に来られても邪魔なだけだし」


 ルイスはカスケード王国の王城に残ることになった。万が一死なれたら、カスケード王国に帝国領土を統治するだけの力がないため、あの地域が大混乱となる。そうなれば大量の難民が押し寄せる可能性もあり、ルイスを失うわけにはいかないのだ。

 ただカスケード王国軍だけで帝国を倒したとなってはルイスの功績ではなく帝位を継ぐような実績がないので、従者であるセシリーがカスケード王国軍に同行して帝都の攻略に参加するという計画になっている。


「勝てる見込みはあるのでしょうか?」

「相手の戦力がわからないからねえ。ある程度は勝ち筋を考えているけど、相手があることは予定通りにいかないからね。結局はどう動くかを見て臨機応変に対応することになるかなあ」

「どうかご無事で」

「毎日子供の顔を見に帰ってくるけどね。そこで無事を確認してもらおうかな」


 スティーブは夜は家で寝るつもりだった。今までも夜間の襲撃を避けるためにそうしていたが、今回は子供の顔を見に帰ってくる目的の方が大きい。

 クリスティーナが今度はスティーブに訊ねる。


「何かこちらでやっておくことはありますか?」

「帰ってきたら子供たちの様子を教えてくれるだけでいいよ」

「わかりました」


 スティーブは夫婦の会話が終わると、今度は工場に転移する。そして、ニックと工場の稼働について話す。


「ニック、戦争に参加することになった。だからしばらくは工場の経営に参加できない」

「そりゃ大変ですね。今度はどこですか?」


 ニックはまたかと思っていた。スティーブが外国と戦争になるのは慣れた。またいつものように直ぐに勝利して帰ってくると思っていたのだが、次のスティーブの言葉で驚くことになる。


「帝国」

「本気で?」

「陛下の命令だからね。僕が自発的に戦争するわけじゃないよ」

「そうでしょうが、長くなりますか?」

「相手次第だし帰ってこられないかもね」

「そりゃ、死ぬってことですか?」


 ニックの顔が険しくなった。スティーブはいたって真面目な顔をしている。

 これは冗談ではないだろうと直感した。


「帝国相手だからそうなることも覚悟の上だよ。この前だってナンシーがいなければ死んでいたし」

「若奥様たちは知っているんですか?」

「毎日子供の顔を見に帰ってくるよとだけ言ってある。帰ってこない日があったら、その後はずっと帰ってこないよ」


 スティーブが冗談を言っているわけではないとわかり、ニックの顔がますます険しくなった。


「本当に本当に本当なんですね」

「残念ながら。何か欲しいものがあれば今のうちに言ってほしい。魔法で作れるものは作っていくよ」


 そういわれてニックは考え込む。


「それならM40のボルトとナット用のステンレスの材料を作って下さい。一個ずつでいいです」

「珍しいものを要求するね。どうしてまた?」

「若様が帰ってきたら一緒に加工するからですよ。何年でも待ってますから。ステンレスなら錆びることも無いですし」


 スティーブはニックの心遣いに感謝した。そして言われた材料を魔法でつくり、ニックに手渡す。


「必ずこれを完成させないとね」

「そういうことです。工場の方は任せてください。若様が帰ってきたら経営不振で倒産してたなんてことにならないようにやっときますよ」

「バーニーにもよろしくね。今までありがとうって」

「それは帰ってきたら自分で労をねぎらってやってください。遺言を伝えるつもりは無いんでね」

「それもそうか。でもこれは渡しておくよ」


 そう言うと、スティーブは魔法でガラスのグラスを沢山作りだした。貴族たちに高額で販売している江戸切子もどきである。


「こいつは?」

「これは経営が苦しくなった時に売って、運転資金にするといい」

「それをしないようにしますって。それに、死ぬ前提はやめてください」


 ニックは怒りと悲しみが複雑に混ざった顔でスティーブを見た。

 それを見てスティーブは少し弱気になりすぎたかと反省する。


「ま、取り越し苦労になるといいよね。心配しすぎかな」

「そうでしょうね。気楽に戦争に行けるようなもんでもないですが、あんまり死ぬ前提で準備するのも問題ですぜ」


 その後、スティーブはニックに全権を委ねる旨の命令書を作りサインをした。ブライアンも出征するため、工場に関してはニックがトップになるのである。


「この村からも徴兵される住人が出るから、シフト管理は難しくなるかもね」

「稼働を落とすことになるでしょうね」

「まぁ鉄道も軍が優先的に使うことになるから物流も影響でるし、作ってもなかなか売るところまでいかないかもね」

「食料品を輸入しているうちとしちゃあ、そっちの方が大変じゃねえですか」

「そうなんだよねえ。今は何とか自給率が100%まで来たから餓死する人は出ないはずだけど、とりあえず食べるだけになるね。長引けば」


 そうした事情もあるため、スティーブとしてはなるべく早く戦争を終わらせたかった。

 ニックとの会話が終わると、今度はオーロラのところに転移する。目的はセシリーだ。

 オーロラと一緒にセシリーと話す。


「セシリーは僕と一緒に毎日家で寝泊まりしてもらう。ナンシーがいるけど、それはいいよね」

「それは構わないが、これから戦場に向かうというのにどういうことか」

「寝ている時に襲われたくないから。まあ、子供の顔を見に帰りたいっていうのが大きいかな。それで僕がいない時に襲撃を受けて、セシリーに何かあってはルイス殿下に申し訳ないからね。本当は同行する近衛騎士団を全員連れて帰りたいけど、魔力を温存しておきたいから。そのほかに近衛騎士団長も一緒だけど」


 スティーブの予定ではセシリーとダフニーは毎日連れて帰ってきて、自分の屋敷で寝泊まりしてもらうことになっていた。ダフニーについてはスチュアート公爵家からの強い要望である。ただ団長がそうした特別扱いというのは嫌だとダフニーが反対したが、毎日の状況を陛下に報告してその後スティーブの屋敷に移動するということで納得させた。

 セシリーについては王都へ足を踏み入れることが禁止されているので、先に屋敷に帰ってもらうことになる。

 セシリーは自分で転移の魔法が使えるので、一度屋敷に案内すればその後は一人で戻ることが出来るのだ。ただ、魔力が残っていない場合はスティーブが転移させることになる。

 この時、スティーブはオーロラからセシリーになにかあったらルイス殿下がひとりきりになってしまうので、必ずセシリーを守るようにと言われており、そういう計画にしたのだった。オーロラの本当の狙いは、戦後を見据えてセシリーには生き残ってもらわねば困るということであった。


「姉と私の確執を知ってなおその提案だというのか」

「ナンシーはセシリーのことを嫌ってないし、むしろ心配しているよ」

「でも、私は姉のしたことを許すつもりにはなれない。殿下の前では抑えたが、それと胸の内は別だ」


 セシリーとしては、やはりまだナンシーを許すつもりにはなれなかった。なので、同じ屋根の下というのに抵抗があったのである。


「気持ちはわかるけど、これは戦争のため。セシリーの気持ちを優先するのであれば、ルイス殿下にも説得に加わってもらうことになるけど」


 スティーブはセシリーの説得が難しいと考え、ルイスの名前をだした。

 そこでオーロラが間に入る。


「目的のためには我慢も必要よ。でも、思っていることをため込むのもよくないわ。夜に時間があるならナンシーとじっくり話してみるのもいいと思うの。別に今すぐ殺したいわけじゃないでしょう」

「ええ、まあ」

「あ、子育てが忙しいかもしれないから手加減はしてあげてね」


 オーロラがスティーブを見る。


「子供が優先ですからね」


 結局セシリーはオーロラに説得される形で、スティーブの案を受け入れた。


いつも誤字報告ありがとうございます。

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