NEXT ADVENTURE
8月17日 木曜日 午前8時11分 JR根岸線『青嵐学院大学』
ホームには神崎翔と仲村聡史の二人が立っている。
二人はボストンバッグを肩から掛け、下りの電車を待っていた。
「翔、何が入ってるんだよそのバッグ。俺の倍はあるぞ。夜の宴用にドレスでも入れて来たのか?」
白地に紺のボーダーが入っているTシャツに七分袖の黒いカジュアルシャツを着て踝が出る丈の黒いイージーパンツで黒いデッキシューズを履いた聡史が言った。
翔は白いTシャツに長袖を捲った麻のカジュアルシャツを着て、紺のスキニーパンツと白いローカットのバスケットシューズを履いている。
「着替えと水着だけど、ねーちゃんに掃除用具を詰め込まれた。基本雑巾とか・・・あとは、ねーちゃんの着替えやら水着やら・・・だから倍の量入っているんだよ。」
「ん、雫さんの着替え?水着・・・翔君!ちょっとオジサンに見してご覧なさい。」
言うと聡史は翔のバッグを掴もうとする。
アナウンスが流れ『大船』行の電車が入って来た。
「大人しくしろよ。どうせ明日着た姿拝めるだろ。お前の大好きな三女神揃い踏みだしな。あと、本家の美幸さんも明後日来るから今回も女子率高いな。」
下り方面とはいえ、通勤の大人達が乗り合わせ、座席は埋まっていた。
二人は乗車側と対面のドア前に向かい合って立つ。
ドアが閉まると冷房の風が汗ばんだ肌を癒した。
槍穂岳から帰った日の夜、22時半頃に羽田に着いた森澤麗香から雫に連絡が入り、無事の報告と簡単な経緯を話してから、日付を跨ぐ頃に彼氏の森村功一に送られて麗香がやって来たのだった。
麗香は、ほぼ三日寝ていない翔に登山開始からの説明を強要し、朧と霽月、しゃもじの紹介をさせた。
三体の精霊を目の当たりにした麗香は不思議なほど素直に受け入れ、三人の再開を祝して夜を明かして喋り合っていた。
元気な姉達を他所に、翔と美鈴はソファーに寄り添って眠ってしまっていた。
夜が明け、母親の弥生が出勤すると解散となり翔の長い冒険がやっと終わったのだった。
寛美と麗香達が帰る間際に雫から東伊豆の別荘の話しが出て麗香も参加する事となり、仲良くなった忍も誘って予定よりも大人数の合宿となって行ったのだった。
「それで、今回は寛美さん達の彼しーずは本当に来ないんだな。」
聡史が前のめりになり小声で聞く。
「ああ、森村先輩は麗香さんが夏休み中帰って来ないと思っていて、昨日から家族でハワイに、旗柳先輩はお兄さんから頼まれて北海道に行っているから来れないらしいよ。GoPro壊したの会って謝りたかったんだけど、寛美さんが言っておくから大丈夫って言ってくれたんで、学校始まってから改めて謝ろうと思っているんだ。」
「うん、うん礼儀はちゃんと尽くしておけよ。進学後の事もあるしな。」
聡史は含み笑いをしながら話していたが、表情を硬くして続ける。
「まだ例え話になるんだけど、巳葺小屋の跡地は国の管轄になるみたいだぜ。槍穂岳登山口から哲也さん達が切り拓いた道をY.PACの資金で一般登山道に整備する話が出ているらしいんだ。親父からの情報だけどな。」
翔も周りに目を配らせてから一歩前に出て更に小さな声で言う。
「うん。深山さんから聞いたんだけど、小屋の維持反対派に手を出させない為に岩屋を中心に巳葺山自体を国の自然林として林野庁が所管する方向に水面下で話を進めているんだって。涼子さんが無理くり説明した隕石の件で小屋の跡には小型の天体観測所みたいなもの建てて牟田さんや脊山さん達が管理出来るように深山さんの上の方の人達が手を回しているらしい。楓さんのお陰で周りの木も無くなったしな。」
「お前もボコスコと大穴開けてたぞ。そのお陰で隕石の説得力増したって涼子さん話してたじゃんか。」
登山口の捜索本部から現地に戻った涼子達工作班が現場に到着すると、小屋は大破し、広範囲に渡る三か所の高温被害によるクレーターが露見された。
青嵐学院大学の青山教授は工作の必要無しとして現場状況写真を細かく撮影し、放射線の測定をすると微量の放射線元素を確認出来た。
人体に影響する程では無いが放射線が確認出来た事実を持って隕石が原因とする事で、三日後の8月9日、大学の航空宇宙工学部講堂で記者会見が行われ実物の隕石の欠片も登場したため不審に思う人も無く、光と振動を感じた住民との整合もあり騒ぐ人はいなくなっていた。
記者会見に涼子の姿は無く、翔達は少しがっかりしながらそれぞれの家で動画を見て感想を言い合っていたのだった。
その翌日、須藤の葬儀が丹沢の黎明寺でひっそりと行われ、翔達も参列し涼子と会見の話をした時に、涼子から「改めて見た時は戦争の跡ってこうなんだろうなって思ったわ。」と言われるほどの惨状が広がっていたという。
縁者の無い須藤の遺骨は黎明寺の無縁仏合同墓に埋葬される事となったが、宗麟の配慮で本堂内に土地縁の勇士が祀られる棚に位牌を置く事が檀信徒会を通じて許された。
結局、県庁の藤盛は遺体の状況から先に荼毘に付されたのだが、実家に残る姉夫婦が引き取りに来るまで県警本部で保管された。藤盛が生前に行っていた不正や恫喝めいた行動が暴露され県庁内でも懲戒解雇の準備をしていた所という事は後に周知された。
翔達を乗せた列車が『大船』に着くと、東海道本線に乗り換える。
車窓には所々左側に海の景色が見える。
水平線まで青空が広がり波も穏やかだった。
『熱海』で伊東線に乗り換え『伊東』に着き、目的の伊豆急行『伊那美濱』に到着したのは正午を少し回っていた。
駅舎は赤い屋根と白い壁で南国リゾート風の建物で、一つだけの東出口を出ると広いバスロータリーがあり、正面には中央の花壇越しに地元商店街のアーケードが見える。
南の観光地らしく、街路樹の小高いヤシの木が快晴の空に海からの心地よい風を受けて揺れている。
歩道には様々な色のハイビスカスが咲き、バスロータリーの中央にある築山には白い石垣で囲まれた花壇にノウゼンカズラのオレンジ色の花が咲き、ショッキングピンクのブーゲンビリアの花が並んでいる。中央にはアメリカデイゴの赤い花が快晴の青空に鮮やかに輝いていた。
ロータリーの右回りには観光案内所と並びにバスの営業案内所があり、その先には最近のSNSで人気になっているジェラートを求めて女子高生が長い列を作っていた。
ジェラートを手にした娘はヤシの木やブーゲンビリアの花壇を背景にして写真を撮っていた。
左には快晴の海が広がり、歩道のハイビスカスが青い空に輝いている。
最終目的地『須佐之原海岸』行のバス停はそのハイビスカスの歩道の先、海側の奥にあった。
運航表ではバスが出たばかりで次までは20分後のようだった。
その後も20分程度の刻みで運行されているらしいので翔達は昼食をとる事にした。
スマホの天気予報も最終予定日の21日月曜日までは『晴れ』が並んでいる。
目の前の海にも遠くにある積乱雲があるだけで上空には雲一つない高気圧に覆われた夏の空が広がっている。
聡史が翔の肩を叩き商店街へ向かった。
「地元の魚いただこうぜ!」
潮の香が心地良い。聡史の後を追い微風を受けて歩き出した。