邂逅(わくらば)の古道
登山道からかけ離れた緑深い古道を若い女性が二人、まるで街に出て散歩でもするような姿で歩いている。
陽が西に傾き始め蜻蛉が飛び交う。
南西から吹き下ろす風が気圧の変化を語り掛けていた。
二人は汗もかかず、同じ速さで足場の悪い道を歩き続けている。
一人は170センチメートルくらいの、スラリとした二十代中頃で整った顔立ちにセミロングの黒髪が輝いている。
もう一人は妹と思われる、15センチメートルは背の低い高校生くらいの美しい少女で、潤った黒髪が腰まであった。
軽登山用のザックこそ肩に掛けていたが二人とも色違いのブラウスに白いパンツを履き、パンプスを履いて軽やかに歩く。
「いましたよ。流石ですね。」
敬語を発したのは背の高い方の女性だった。
「うん。勘はいいのよ。今日あたりに会えそうって思ったのよね。」
二人が歩く古道は両側を背の高い笹が生い茂り視界を塞ぐ為、方向感覚を失わせる。
時折広い辻が現れるがよほど山に詳しい者でもない限り立ち入ったら遭難の憂き目に遭わされるであろう。
二人の目的は現在歩いている道を次の辻で左に折れた先にいる。
辻の東南に小さな祠があり、比較的新しい野菊が供えられ清掃がされていた。
二人は祠に笑顔で挨拶すると目的の者の前に歩み寄る。
笹薮の陰から覗き込んでいた「それ」は小学校低学年くらいの背丈で手足が異様に大きく、全身を釣りで使用するテグスのような半透明の毛で覆われ、露出している部分は浅黒い皮膚で、両の目と鼻孔、口だけが顔面を覆う毛の隙間から覗いていた。
「はじめまして。あなたを見かけたっていう人達から聞いて二人で会いに来たのよ。」
少女が声を掛け、二人は肩のザックを下ろして包みを取り出す。
「それ」は二人を眺めると少しずつ近付いて来た。
あと2メートルというところで二人を見上げて笑った。
「お腹空いてる?ごはんにするけど、あなたも食べる?」
言われるとトコトコと歩み寄り口を横に開いて笑う。
「はい。」と言って少女は玄米のおにぎりを渡した。
「それ」は左手で受け取るとしゃがみこんでムシャムシャと美味しそうに頬張る。
「おいしい・・・これおいしいな」
「それ」が満足そうにおにぎりを平らげたのでもう一つ差し出す。
今度は両手で受け取って食べた。
「まだあるわよ。私のも食べて。」
背の高い女性が白飯のおにぎりを渡すと、「それ」は女性を見て笑い受け取った。
「・・・このおにぎり・・・かたい・・・かたいけど・・・おいしい」
「か、硬いの?白米なのに玄米よりも・・・楓さん、何か仕組んでます?」
言われた少女は首を傾げ言う。
「琴乃ちゃんが愛情込めすぎてギュウギュウ握ったんじゃないの~?」
「それ」は二人の掛け合いをキョロキョロ見ている。
「それ」は異獣と言われる物怪の一種。それの幼獣だった。
「よし。君はこれで私達と縁を結んだのよ。私は楓。彼女は琴乃。これからは何か困ったら他の物怪や山の神にお願いして私達に知らせるのよ。」
楓が異獣に言う。
琴乃のおにぎりを平らげると満面の笑みで二人を見上げた。
「じゃ、名前付けないとね。君は~いっちゃ」
「楓さん。」
「・・・ん・・・にごう?・・・ぶいすりい・・・とか?」
「あの・・・はい。『いっちゃん』でいいです。」
「よし。君の名は『いっちゃん』ね。私達はお友達よ。これからは、山で迷った人間を助けてあげてね。もう一つ食べる?」
楓が残りの玄米おにぎりを渡すと「いっちゃん」は喜んで食べる。
「かえで・・・ことの・・・おれ・・・い、いちやん・・・おれ・・・かえでと・・・ことののともだち・・・」
二人は顔を合わせると笑い出した。
いっちゃんも一緒に笑う。
西の稜線に太陽が隠れ始める。
まだ明るい古道にも木々が影を伸ばし始めた。
辻の白樫の枝が風にそよいでいる。