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時空(とき)を受け継ぐ者達

「さ、後は史君と哲也君よ。」

いつもの楓の表情に戻って二人に声を掛ける。

哲也の身体を整える。打撲で歪んだ背骨を矯正して肩を叩く。

「ほい。流石に若いわね。もう大丈夫よ。」

振り向いた楓は史隆を見る。これ以上ない悪戯顔を見せて口を開く。

「さ~てと。史君。ズボン下ろしなさい。お尻出して。お灸据えるからね~」

言われた史隆は顔を引きつり逃げ出そうとする。

楓が史隆の脚に軽く触れるとそのまま前に倒れて動けなくなった。

「冗談よ。一人で何でも背負わないの。あなたは誰よりも頑張っているわ。でもちゃんとメンテナンスしとかないと本当に歩けなくなるわよ。もう歳なんだからさ~」

楓は史隆の背中を触って行く。腰から脚に動き踵に達すると親指と中指を踝の下に入れ暫く止まる。

「はい。お終いよ。」

言うと史隆の腰に手を置く。動けなかった史隆は身体に力が入ると楓に向いて胡坐をかいて話し始める。

「あの・・・楓さん。それで今後、翔の処遇についてですが。流石にあれほどの能力を野放しにする訳にはいきません。とはいえ、あんな術使いは楓さん以外では見たこともない。翔の指導教官になって頂けませんか?」

狒狒三十体を一瞬で消滅させ、苦戦を強いられていた猖獗もあっさり全滅。鬼に至っては被害が及ばないように幽世を生み出し本物の落雷を落とす事までこなしていた。最後の炎は楓がいなかったらどうなっていたかも分からない程の凄まじいものだった。

もはや神の所業と言える術を使いこなし、さらに最強の守護精霊を従えている。


「それは翔君を神崎総本家の統領として育てるって事?」



もともと神崎総本家の統領は兄の隆一が適任者だった。

身体能力が優れ、術の範囲は当時の統領であった父親の隆則ですら到達出来なかった所まで手中にしていた。

本家を離れY.PACに就職すると神奈川県警内の特殊事例対策本部の協力者としての活躍は勿論、国の内外でその実力をかわれ、困難な問題を解決していた。

一族や従者達からの信望もあり誰もが次期統領であると確信していたのだった。

翔が生まれた年。

普段は乗らない飛行機で両親が事故に遭い他界すると、隆一は楓を伴って本家に帰って来た。

統領についての話しとは思っていたが、隆一は史隆に統領を譲ると唐突に言ってきた。

一緒にいた楓が見た事も無いほど真剣な表情だった事もあり条件付きで承諾した。

条件は史隆自身が統領として認められるよう修行をつける事と、哲也に素質があるのであればその育成を手伝い、将来、翔の能力の方が高くなった時は統領を譲る事だった。

史隆は生まれた時から隆一と修行していたので特に問題なく進み歴代の統領のレベルには達したが、問題は哲也だった。


哲也が生まれた時、他の術者家同様に楓に目通しをお願いしたが、楓は哲也を一目見てその素質を見出していた。

「多分。史君よりも上よ。隆一君に似ているね。十分に本家跡継ぎとしての潜在能力を持っているよ。」

兄の隆一がY.PACへの就職が決まった時点で実家が運営する会社は史隆が引き継ぐ事になるのは概ね決まっていたが、母親の史代の一押しで従業員の娘の美里との婚約が成立した事が決定打となり農園をはじめ飲食店の経営や別荘地の管理運営といった先祖代々の資産は史隆が受け継ぐ事を隆一も含め皆は納得していた。そして、それは将来史隆が総本家頭首になる事を意味する。そうして生まれて来たのが哲也であり、楓の言葉は重く受け止められた。

当時、隆一は独身であり、まだ赤子の哲也を将来の統領候補としても術者としても有力な人材として育てる事となっていた。

その後、隆一は弥生と結婚し、雫が生まれ、同じ年に史隆にも長女の美幸が生まれた。

当時の統領であった神崎隆則は家業を継ぐ者と裏の統領は別でも構わないと考えていて史隆には総本家の財産を譲るが統領は隆一にしてもいいかと言われ、史隆は快諾していたが、その矢先、両親を失い隆一が統領辞退と立て続けに起こり史隆は勿論、哲也にも重圧がかかる事になって行った。

史隆は生まれた時から兄、隆一の背中を見て育ち、兄が統領を継ぎ自分がサポートしようと考えていたので、ある程度の覚悟はあったが、翔が生まれた事で息子の哲也までが本格的な統領候補となるとは考えてもいなかった。

他家も中では同じとは考えていたが、神崎総本家統領の重圧はやはり特別であると感じていた。

救いは幼いながらも哲也本人が術の鍛錬に嫌な顔一つせずに付いて来ていた事であり、他家の子供達とも仲が良く能力も決して劣る事が無いと知らされった事だった。


隆一が楓を連れて統領辞退を告げた日に再び哲也を見た楓は「順調に成長してるね。美幸ちゃんも能力伸びてるし術者に成るかどうかは別としても二人共いい子ね。」と言い、史隆を見てから「ただね。翔君は想像を絶するほどの才能があるわ。雫ちゃんも。同じ世代に生まれたのは何かしらの(えにし)があるのかもしれないけど、別の世代だったら間違いなくそれぞれが名統領となっていた逸材よ。」と続いた。

それでも隆一は史隆に統領を譲る以上、当然哲也が跡を継ぐ事を称賛していた。

それから空席だった神崎総本家統領を正式に史隆とする会合が九鬼、龍崎家の統領も含めて行われたのだった。



「はい。実力者が統領となる。それなら現在では神崎一門のトップは間違いなく翔になります。いや・・・国内、世界を見ても最強の逸材だと思います。」

楓は少し間をおいて口を開く。

「まあ、史君が元気なうちは候補者が複数いるのはいい事じゃないの?それに能力の高さは人を取り(まと)めるための一つの指標にしかならないと思うけど。」

「その通りだよ史さん。哲也君は十分に人を束ねる統領の資質がある。特に神崎総本家の統領は我々の中でも特別な意味を持つ。一声掛けるだけで人が集まる人材でなければならないからね。翔君はまだまだこれからの人間。本人も今回初めて我々の存在を知ったみたいだし、早計に彼の人生を決める必要はないと思うよ。最強の術者と最高の統領は別なんじゃないかな。隆一さんは本当に惜しまれた方だったけど、史さんも哲也君も十分に我々が認める統領だよ。」

龍崎實明が言った。自身の後継者についても同じ事が言え、今回の件で決心をしたところだった。

「そうね・・・でもまあ、翔君を放っといたら思い付きで街とか消滅させかねないから雫ちゃんのカウンセリングも含めて私が面倒見るわ。その方が忍ちゃんも喜ぶしね~」

楓が忍を見て微笑んだ。

忍は目線を落とし後ろを向いてしまう。

東の空が白けて来た。

小屋も木々も無くなり広場となった岩屋の前に白い霧が立ち込めて来る。

長い夜が明け始めていた。



朝霧の中、村井が佐藤と片岡を連れて小屋があった場所へ歩く。

母屋は吹き飛び基礎と竈が残っていた。

到着すると土間にある遺体収容バックがある事を確認した。

土間には発電機と灯油タンクが並んでいる。

辺りを見て三人共無言で立ちすくんでいた。

涼子が歩いて来る。

「村井係長。本部の取り纏めありがとうございました。所轄に殉職者が出なかったのは良かったです。佐藤主任も片岡巡査も巻き込んでしまって申し訳ありません。」

涼子が所轄警官達に労いの声を掛けた。

「とんでもありません。至らない事ばかりで・・・あの、監理官は何時もこんな現場を見て来たんでしょうか・・・現実なのかも未だに信じられない。」

村井が言い。佐藤達も涼子を見る。

「まさか。今回は特別です。こんな戦争まがいの現場はもうこりごりです。この事件についての報告書はこちらで作成します。申し訳ありませんが御同意お願い致します。」

「あ、はい。助かります。終結するまで見る事が出来ましたが、どう報告するか考えていたところです。真実のまま書いたら精神を疑われかねませんから。」

村井は言い佐藤達に振り返って言う。

「お前達もいいな。秘密にしろとは言わないが報告書の内容に疑義を出すなよ。」

「勿論です。」

佐藤と片岡は同意して敬礼した。

深山と浅井も近寄って来る。

「涼子さん。部下の方は残念でした。それにしても今回の件、楓さんを捜索本部まで白バイで誘導させたり、県警本部長に先回りして村井さんに指示したり、更には本部の応援を待機させて救急車まで手配していたなんて凄い手腕ですね。お陰様で皆助かりました。感服です。ありがとうございました。」

浅井の報告を聞いて今回の涼子の手回しの速さを褒めたたえる。

言われた涼子はキョトンとしている。

「え・・・っと。はい?私ではないですけど・・・白バイ?本部長・・・応援・・・楓さんかな。」

「楓さんとは本部で別れるまでご一緒していました。警察庁や各県警、警視庁に山岳通路の封鎖を指示していましたけど、それ以外は何も言っていませんでした。」

史隆達を診終わった楓が小屋に歩いて来る。

翔や聡史、雫と忍も一緒に来た。

「涼子ちゃん。須藤君は宗麟の和尚さんに弔って貰ってもいい?」

「ありがとうございます。須藤も少しでも見知った方に弔っていただければ救われると思います。」

暗がりから宗麟と風丘も歩いて来ているのを見て涼子は宗麟に頭を下げる。

楓が様子を見て続ける。

「物事が起こった時、初動が早かったのは流石だけど、事態の全容を把握するまでは後ろに引いて信頼出来る部下を先行させて情報を収集する事も必要よ。当然その部下の安全も確保しての事になるけどね。さっきの続きになっちゃうけど、あなた達は人間相手であれば一定のアドバンテージはある。対物怪となると私達が出ないと収集が付かないのは知っての通りよ。物怪相手に完全なアドバンテージを持てる人間は存在しない。せめて犠牲を最小にする為に策を練るしかない。その一つの例えをあなたの先輩が示してくれたのよ・・・そうでしょ?」

楓はそう言い坂の上、通常の進入路の藪を見る。

朝陽が静かに照らし黒いスーツを着た二人の男を浮かび上がらせる。

一人は深山と同じくらいの背の高さ、もう一人は聡史くらい背の高い男性だった。

翔は一人の男に見覚えがあった。

寄入口のバス停で降りて行ったスーツ姿の男性・・・

「あっ・・・新井さん?」

深山が叫ぶ。

深山にはもう一人の男にも気付く・・・映像で見た男だった。

二人は楓を向いて頭を下げると登山道へ帰って行った。

「あの・・・新井さんと工藤さんですよね。楓さん。」

深山が言い宗麟にも確認を取る。宗麟も同意した。

翔は駆け出すが、楓に止められる。それでも翔は会いたいと思って二人が立っていた所まで駆け上る。登山道はまだ暗く木々の陰に隠れ、既に二人は見えなくなっていた。

暫く登山道を見詰め、聡史が迎えに来ると二人で楓の下に戻って来る。

「父が兄の様に慕ったっていう工藤さんと、父さんの死の真相を追っていてくれた新井さん・・・出来れば会って話を聞きたかったです。」

翔が言うと楓が応える。

「翔君。彼等が味方になるかどうかはまだ分からないのよ。隆一君の最後の戦いの記憶で見えたでしょ。佐竹という裏組織の男。彼は翔君が将来この国にとって危険となる事を危惧して骸と取引したのよ。まあ、危惧した危険性はさっき見た通りだけどね。君が今後力をコントロール出来るようになって、必ず人間の味方であり続けると確信出来るまで特事対本部の上層部からはマークされるから覚悟してね。」

「楓さんは全部知っていて放置したんですか?」

楓が静かに言うのを翔が返した。

「まさか。君の記憶が戻ったからそれを覗いただけよ。どうやったかは雫ちゃんや忍ちゃんも分かったわよね。」

雫と忍は頷く。今回の件で急速に二人の絆が結ばれ、(さなが)ら姉妹の様に映る。



聡史は二人を見て複雑な表情を向ける。

翔が気になって声を掛けた。

「いやな、翔。大丈夫だ。俺は大丈夫。お前が心配するような事は何もない。大丈夫なんだ・・・今までも、これからも、俺はお前を友達として、いや・・・実の兄弟の様に思っている。俺の雫さん一筋に何等変更はない。ただな・・・忍さんも捨て難い。そこでだ。忍さんとは血の繋がらない年上の妹になるという壮大な夢というか計画をだな・・・」

話しの途中で翔が聡史の首根っこをひっ捕まえて坂に向かう。

「何が捨て難いだよ。お前失礼にもほどがあるぞ。良くそういう事がこの状況で口から出るな。お前の心配ってそこか?そこなのか・・・もっとあるだろ。俺達死にそうになるほどの事件に巻き込まれたんだぞ。俺だって気が付いたらなんか火出したり雷落としたりしてだな・・・」

翔がけたたましく言うのを『珍しいな』くらいの顔で聞いていた聡史は言い返す。

「まあ待て。確かにこの60時間は俺にとって常識を覆す程の、今まで考えられない程に至福と興奮の連続だった。でもな、取り敢えず終わったんだ。しかもお前がラスボス倒して終わったんだよ。このゲームはクリアしたんだ・・・思い返せば出発前夜。雫さんや寛美さんと・・・まあ美鈴も。一つ屋根の下で過ごし、山に入ってからも真心の籠った愛情弁当を堪能したし、神社で綺麗な巫女さんと戯れ、疲れた体にピッタリの味付けを変えた愛情弁当を頂き、奥宮ではバスに同乗していたおねーさん達とも楽しく話した・・・嵐に遭ってここに来てからも窮地に立つと忍さんが現れて急速に仲良くなって、更に楓さんまで迎えに来てくれた・・・気が付けば暗闇で涼子さんに抱き着かれたりもした。そんで(しま)いには雫さんと忍さんがあんなに仲良しになって・・・聞けばあの大狒狒も悪い奴な訳ではなかった。全部終わったんだ。過ぎた事なんだよ。」

取り敢えず静かに聞いていた翔が口を開く。

「・・・あのな・・・聡史。お前が今言った回想の中には本来の目的であった登山の内容や命に係わる事項が全く聞こえてこないんだが・・・漫画に出てくるような妖怪。あんな物怪が現れたり、映画みたいな術を使う人達がいて、それで、楓さんも凄く強くって。あんな事出来る俺の事変だとか気持ち悪いとか思わないのか?・・・と言うかお前の頭には女性の記憶しか残らないのか?」

「はあ?お前何聞いてたんだよ。だから『大丈夫だ!』って言っただろ。俺は現実主義なんだよ。目の前で起こった事、体験した事を素直に受け入れて時系列通りきちんと体系立てて話しただろ。間違ってたか?」

「いや。言っている事柄・・・事実については間違ってはいないけど・・・脊山さんや、須藤さんが俺達を守って亡くなられた事もあるし・・・」

翔は今まで言わないようにしてきた事を口にした。

「当然俺達を守って亡くなられた人達には感謝しても仕切れないけど、そのお陰で俺達は生かされて次の冒険が待っている。俺達ってまだ十七歳なんだ。救われた命を大切にして、責任を持って助けてくれた人達への感謝を忘れずに今を持って一秒後の世界を追いかけて生きて行く。分かるか?」

聡史の表情は真剣だった。翔はその眼差しに納得した。

「・・・そうだな。」

翔は呟くが、一つの疑念が心に浮かぶ。

「あのさ・・・聡史。一応聞いとくけど、お前ってさ、学校で皆と占いとかよく読んでいるよな。女子達と・・・信じているのか?」

「おう。占いって俺の良い事しか書いてなかったりするのが胡散臭いとは思うけど、調子に乗らないようにはしてるぜ。女の子達とのコミュニケーションツールとしても優れているしな。」

『・・・良い事しか・・・あ、うん。こいつは間違いなく正常な聡史だ。』疑念は払拭される。

「ああ、それからよ。雷落とすのは歳とって子供が出来てからやるもんだぞ。十年早え。」

聡史はそう言って坂を下り、手を振って雫達の所へ戻って行った。

「そうだな。」

翔も呟いて坂を下りる。

東の空に浮かび始めた太陽が木々の無くなった巳葺小屋の跡地を照らす。松明の煙が渋い臭いを残していた。森の奥からは鳥の囀りが聞こえて来る。山には生命の鼓動が蘇って来ていた。



「琴乃ちゃん。血色良くなってきたね~どれどれ。」

楓が輸血中の琴乃の所にやって来て具合を見る。

琴乃の頭から首筋へ指を這わせ肩から指先へ抜き、再び胸元から脚の爪先へ抜く。

「どう?」と聞いて琴乃を見た。

「あ、力入ります。」

琴乃が呟いて上体を起こし裕子に頭を下げる。

「もう少しで終わりますから針は抜かないでくださいね。」

裕子が言い、弥生と立ち上がって場を離れた。

「楓さん。いっちゃんの事・・・私に力が無かったばかりに・・・ごめんなさい。」

楓は首を振って微笑む。

「琴乃ちゃんも知っての通り、物怪は自分の行いに後悔や反省はしないのよ。自分がしたいからやる。行動は本能であり自身の欲望でもあるのよ。いっちゃんは山で琴乃ちゃんと(えにし)を結んだ。あの子にとってそれは心地の良い縁だったのよ。私に会いたかったとも言ってくれた。だからあの子は自分のやりたい事、やれる事をやった。きっとまた会えるわ。あの子は人が大好きだったから人間に生まれ変わるかも知れないけどね。」

朝陽に照らされた楓の笑顔に光るものが見える。

琴乃は楓に抱き着き、声を出して泣いた。


「おいおい。これから統領になる人間が人前で声出して泣くな。楓さん。いろいろ勉強になりました。自分達の力量も十分に計れたと思います。脊山さんは残念でしたが各家の者に死者は出ませんでした。ご指導ありがとうございます。」

龍崎實明が近付いて楓に頭を下げた。

「ん?私は何もやってないわよ。實明君。決心着いたみたいね。」

楓は實明の顔を見て龍崎家の跡継ぎについて問い質した。

「はい。今回の件、実力は勿論、一門のまとめ方と他家との連携。いずれも当家では琴乃を置いて統領候補を語れる者はいません。まあ、理知的な機転の利き方は九鬼の一志君には劣りますがね。」

楓は龍崎親子を見て微笑み・・・

「それじゃ~さ、實明君。孫の顔を早く見たいよね~お婿さん探さないとね~琴乃ちゃん。当てはあるの?」

楓の表情に琴乃はたちろぐ。先刻感動した自分に深く反省した瞬間だった。

「そこなんですよ。正直親馬鹿になりますが、琴乃は器量も良くこれでいて料理も出来、味覚も優れているのでうちの酒造部だけでなく新規事業として考えている食品加工も任せられると思っているんです。ただ、自身が男勝りと言いますか、フランクな性格で、従業員からは男女問わず慕われているんですが、大学時代も含めて今の今まで彼氏の一人も連れて来たことが無くて。時代に合わないかもしれませんが、楓さん。お見合い相手とか紹介して頂けませんか?」

實明と楓の目線は琴乃に向く。

輸血のパックはもう少しで空になるところだった。

「あ・・・あのね。私にだって言っていないだけで将来を考えている人の一人や二人はいる事はいたりする事も無くはなかったりあったりするのよ。ただ、今は会社の仕事も術者の修行も楽しいし、今回の件で実力はまだまだ足りない事も分かったから・・・あっ、そうだ。じゃあ。術者統領は別として、跡継ぎは(なり)にお嫁さんに来て貰って男系の直系になって貰えば問題なくない?来年大学出たら他の会社に就職するって言っているけど、外で彼女見つけて帰ってくればいいじゃない。あの子意外とモテるし、優しいからいいお嫁さん見つけて来るわよ。それで、孫見ればいいんじゃないの?その子に資質があれば問題なくない?私はワンポインットって事で・・・」

猿神や猖獗戦では見せなかった汗を流しながらたどたどしい弁明をする。

「うんうん。それくらい話せればもう大丈夫ね。発汗してるから脱水症状も治まったしね。後は龍崎家内部の問題だから瑞恵さんや哉君も交えて親子で話し合ってね。」

楓は笑って裕子を呼び「もう大丈夫よ」と言って歩き出した。



哲也は三家の仕事の分担を指示するため、一志や玄司と撤収の相談をしていた。

楓が吹き飛ばした小屋と木々をまとめ残り火の消火を手配する。

脊山と藤盛の遺体を担架に乗せ、搬送者としての担ぎ手を志願した息子の稔幸(としゆき)の他、山住衆が担当する。

「佐々木さん。警察としては殺害現場の現場検証をしないといけないんでしょうけど、場所が場所だけにこちらで処理させてください。」

哲也が一志を連れて涼子に話す。

「ああ、お二人にはお気の毒でしたね。まさか隕石の直撃受けて、たまたま小屋にいたお陰でお亡くなりになるなんて。宝くじ当たるより確率低いのに・・・」

「それでいいんですか?物怪に襲われたって言うのと同じくらいあり得ない話ですよ。」

哲也が言い一志と笑った。涼子も笑顔で続ける。

「翔君のお陰でね。閃光が三回もあって、落雷で衝撃音が辺り一面、多分近くの町まで響いているわ。楓さんが小屋吹き飛ばした轟音や振動もね・・・これ以上の説得材料はないでしょ?あとは国立天文台辺りに話合わせて貰えば大丈夫じゃないかな。まあ、青嵐大の航空宇宙工学部に出て来て貰うのが手っ取り早いけど、前例もあるしね。」

近くで聞いていた翔は脊山が小屋で話してくれた隕石の話しを思い出していた。

「涼子さん。それって、脊山さんの子供の頃にあった隕石の話しですか?」

翔は小屋の夜に脊山から聞いた話を皆に伝える。

稔幸も聞きに来ていた。

「そうよ。昔の調書で読んだだけだけど同じパターンでまとめるわ。」

「涼子さんって脳筋の超体育会系だと思っていたんですけど、過去の調書とか頭に入っているんですね。」

聡史が余計な口を出す。

「う~ん。聡史君。一度きちんとお話ししましょうか?国家権力なめてると~」

「聡史君。佐々木監理官はね、青嵐大法学部主席卒業で司法試験も在学中に受かっている超エリートなんだよ。君達の先輩さ。警察庁に入ったのは本人の希望でなんだけど、Y.PACや国内有名企業、アメリカの企業からの誘いもあって、噂ではCIAからの勧誘もあったって聞くけどね。」

楓のお陰で打撲の影響が消えた深山がやって来て話す。

「ああ、それは本当ですよ。ただCIAだって言われなかったんで無視していたら後でそうだって人伝に聞いて・・・でも特事対に呼ばれて今は最高にやりがいがあります・・・こんな現場はもうこりごりですけどね。命が幾つあっても足りないし。今後、楓さんが張り切る時は警戒します。」

「私がなんだって?」

小屋の跡で何かを探していた楓が傘を持ってやって来た。

朝陽は森の木を越えて東の空に輝く。雲一つない青空だった。

「楓さん。何を探していたんですか?その傘は・・・アッ。」

楓は近くの岩に乗る。その表情を見て涼子が察知した。

見上げると青空は変わらないが大粒の雨が落ちたと思うと大雨に変わる。

轟音が起こり小屋跡の後ろにある森から『巳の神』が現れた。

楓が傘を差すのと同時に涼子が滑り込む。

朧と霽月もやって来た。

巳の神は楓達と目を合わせ、翔に向き暫く見詰めると再び山に帰って行った。

「・・・おい。今度は何て言ってたんだよ・・・あと、あの雨は何とかならないもんか?」

聡史が翔に聞く。皆ずぶ濡れになっていた。

「うん。取り敢えず、なんか褒められた。最後の方は前と同じ事言ってた・・・日本語だった。雨は・・・知らん。演歌歌手の演出みたいなもんじゃないのかな。」

「ふ~ん。前は何て言ってたんだよ。俺達は何も聞かされてないんだぜ。」

「・・・面倒くさい。ねーちゃんや忍さんも知ってるから聞いてみろよ。」

言われた瞬間、聡史は雫の下へ行ってしまった。


「何なのあの大きな蛇は・・・もう今更何も驚かないわ。それにしても、楓さん。分かっていたんなら避難勧告しておいてくださいよ。実害受けましたからね。」

ずぶ濡れの裕子が忍とやって来た。忍は笑っている。

「あら、裕子さんも雨に当たったの?皆もあの子から祝福受けたのよ。疲れ取れたでしょ?忍ちゃんは分かってたからよく浴びたみたいね。」

「あ、本当だ。楓さんのお陰でだいぶ楽になったけど今のですっかり元気になった。」

深山が言い身体を動かす。藤次や一志、一同も同様に身体を伸ばす。

皆の回復具合を見て、哲也は史隆の所に来て言う。

「父さん。準備出来たよ。そろそろ帰ろう。」

哲也の顔を見て史隆は満足そうに微笑むと周りを一度見回して声を出す。

「よし。撤収するぞ!」


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