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試練

楓は岩屋に近付くと周りを見て声を掛ける。

「は~い。死にそうな人から診て行くよ~」

哲也は猿哮が倒されて全てが終結したのを見ると力尽きて座り込む。

父親の史隆も同様に横で座り込んでいた。

楓の明るい声を聴き、父親の顔を見て話し出す。

「父さん。楓さんは何かを試すために翔を山に入れたって言ってたよね・・・あのさ・・・」

「言うな。」

哲也が言うのを史隆は遮った。

「本当に試されてたのはさあ・・・」

「だから言うなよ・・・悲しくなるから・・・」

言い続ける息子を肩を落として右手を突き出して史隆は抑えるが哲也は続く。

「翔じゃなくてさあ・・・」

「本当にそれ以上言うなよ・・・頼むからさ・・・」

史隆の抑止を構わず哲也は話し続ける。

「俺達だったんじゃないの・・・父さん何時から気付いてた?」

諦めた顔を上げ哲也を見詰めながら史隆は事態の進行を振り返る。

「・・・最初に怪しいと思ったのは、雫がさらわれた時だ。だけど今考えると翔が襲われて最初に連絡があった時、既に楓さんはこのゲームを企んでいた気がする・・・物怪を相手にする時、ノリノリで俺に指示するような人じゃないんだ。先回りして龍崎や九鬼の統領にも協力するように指示していたし。翔が襲われる事や雫がさらわれる事まで企んでいた訳ではないと思うけど・・・それも今となってはどうなんだか・・・稔さんが犠牲になる事は予想外だったとは思うけどな。それに一般人に被害が出ない様に俺達に籠詰めを命じて・・・結果としてここに全員が終結するようにしていた。しかも、翔が襲われてその救護に楓さん自身が率先してこの現場に来て実際彼等を守っていたし、雫や弥生さんが捜索本部に来る事は十分予想出来た筈だ。更には俺も知らなかった守護精霊が雫の守りについていた。若しくは誰かが死なないように本部周辺にいた。翔には大本命の精霊がいる事は俺も知っていたけど・・・保険に楓さんは弟子の忍さんを付けていた。兄貴を()った、あの鬼が裏で操っていた事も含めて全て楓さんが考えたシナリオ通りにいったんじゃないかな。」

「俺達は楓さんに遊ばれていたって事?」

「それは違う。楓さんは人の生き死にに関心がないって言っただろ。それは人の命を軽んじているっていう事ではないんだ。今言った通り、最も危険な場所には楓さん自身が陣取って、犠牲を最小限にしていた。あいつら物怪達も流石に楓さんに対峙出来ない事は本能として分かっている筈だ。最後の狒狒とは何かしらの因縁があった様だし、雫が何故それに係わっているのかはこれから聞いてみないと分からないけど、またはぐらかされて終わりになりそうだしな。」

史隆は言って溜息をついた。

神崎親子の会話に楓から治療を受けた九鬼一志と藤次が加わる。

「史隆さん。それで、楓さんの、人の生き死にに関心ないとはどういう事なんですか?」

「うん。一志君・・・必ず死ぬ運命である人間が、本当に死ぬのはどんな時、どんな状態を言うと思う・・・俺は、その人間が存在していたという事を、今現在生きている全ての人から忘れ去られた時だと考えている。人は生きている間の行いで、死んだ後も人々の記憶に残る事が出来る。その人は生き続けて行けるんだ。その・・・なんというか、思念のような概念で物事を見ると、人の生き死に自体には特別な事は無いんじゃないかな。楓さんは俺の祖父母の更に前の世代から今の姿のままらしい。それ自体に異常性を見出さず、普通に接触している俺達もなかなかな存在だが、そんな楓さんからすれば、人一人の人生はただ通り過ぎて行く景色の一つかもしれない。それでも楓さんに出会えた人達は次の世代にも語り継がれている。それは人間に対してだけではなく物怪や精霊、俺達が神と呼ぶ存在も同様に・・・楓さんの中では平等に扱われている。楓さんはただ、そういう人々を含めた全ての命・・・記憶の糸を紡いでいるだけなんじゃないかな。」

史隆の話しに楓の治療を受けた人達も続々と集まる。

首のコルセットを外しながら深山もやって来た。

「あのさ~また何か難しい事話してるの?翔君といい、神崎の人達って物事を深読みし過ぎよ・・・翔君はちょっとピントがずれてるけどね~そもそも私は昨日の早朝、深山君から『今すぐ迎えに行きます』って言われて半ば誘拐されて来た様なものよ。か弱い女の子が拉致されたんだから知り合いに助けを求めるのは当たり前の事じゃないの?」

『・・・か弱い・・・』誰もが心に浮かび、それ以上を封印し沈黙した。

「まあ、一つだけ言っとくわ。私は、人も物怪も同じ『生命(いのち)』を持って現世(うつしよ)に現れた存在だと思っているの。私にとってはどちらも尊い生命よ。人は人のルールで裁かれる。物怪には人のルールは当てはめられないでしょ。通常は物怪の方が単体での力は上回るしね。でもね、どちらが『正義』なのかは本当のところ分からないでしょ。どちらの立場で見るかによって善悪って変わっちゃうのよ。人間は自分の正義を振りかざす為に理屈付けようとするけれど、理由があれば正しいとは限らないでしょ。だから私は、それを何とな~く交通整理してるって感じ・・・今度から婦警さんのコスプレしようかな~」

「是非!今度ご用意します!」

聡史が口を挟む。

九鬼兄弟と哲也も心の中で同意していた。

『・・・・・・』雫と忍が両手を腰にあて無言で軽蔑の目を向けている。

「涼子さんがいるから本物手に入るんじゃないの?」

翔が何も考えず口を開く。

『・・・お前は・・・』哲也達は目を伏せ気配を消した。

「だよな~涼子さ~ん!」

「馬鹿なの?二人とも。」

涼子が冷たくあしらう。

琴乃の輸血を裕子達に任せて楓の下に歩いて来ていた。

「楓さん。須藤の犠牲は予想出来なかったんですか?翔君が狙われていた事を知っていて私達を捜索本部に向かわせたんじゃないですか?」

楓は涼子の目を見て応える。

「須藤君が亡くなるとは思ってもいなかった。最後の狒狒『猿哮』は自ら欲して人を殺めた事は無いの。あの時、翔君を追うとしたら猿哮だけだとは思っていた。翔君とは直接話したかったんだと思う。ただ、あの子は狒狒になって以来人の言語を上手く話せなくなっていたし、思考も物怪としてのものに変わってしまっていたから人に対する理性がうすらいでしまっていた。最後になって分かった事だけど・・・本当はね・・・『骸』。あの鬼から翔君を隠して守ろうとしていたのよ。方法は間違っていたし、私達から見れば乱暴な手段だったかも知れないけれど・・・雫ちゃんをさらったのも同じ理由。猿哮は嵯臥に弥生さんも連れてくるように命令していた。危機が及ばないようにって。あの子は心の優しい物怪だった・・・そういう子もいるの。嵯臥は物怪としての力を得たかっただけ。あの子も好んで人を殺したことは無い。稔君は下っ端の瑠弩が殺した。県庁の人も同じね。ただ、普通の賢い猿だったあの子達が物怪になる過程で、山で亡くなった人の魂を(すす)ってしまった。そうなってしまった物怪は人を殺さずともその死霊や他の物怪を喰らう様になってしまうの。その結果は見た通りよ。猿哮が直接翔君を襲わなくても、史君が本部に合流すれば対応出来ると思っていたし、霽月が神社周辺で守っていたのも分かっていたから、一般の人達の安全は確保出来ると思っていたのよ。まあ、結果は逆に狒狒達を興奮させてしまったけど・・・いずれにしても彼が亡くなったのは私のせいよ。私が同行するべきだったわ。」

事実として、戦力に差があったにもかかわらず、死者は三名のみだった。

楓が目を伏せる。

「いいえ。僕に力がなかったせいです。」

藤次が間に入った。

「正直。狒狒相手だと思って調子に乗っていました。今までも何体か相手にしたことはあって自信もあったんです。あれほどの物怪がいる事を知りませんでした。佐々木さん。申し訳ありません。」

藤次の謝罪を聞いて涼子は(うつむ)いて首を振る。

「誰かのせいにしたいんじゃないんです。すみません。彼が不憫(ふびん)で・・・目の前にいながら何も出来なかった。須藤の件が故意ではなく事故であったとしても・・・楓さん。能力のない私達はどうすれば人を守れるんですか?」

涼子は楓を見詰める。

「それは分からないわ。涼子ちゃん。悪意を持って無差別に人を殺す人間から不特定多数の罪のない人を守る方法はある?私達はどうしても事後の対応しか出来ない。もし、目の前に通り魔が現れたとして、凶器を持った犯人に素手で対抗するにも限界があるでしょ・・・同じ事なのよ。」

涼子は楓を見詰めそのまま何も言わなかった。

松明が弾ける火の音だけが暗黒の森に木霊する。


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