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猿哮 ENKOU

月明かりの藪を三十三名の救護隊は歩く。

昼に熱せられた地面から蒸した空気が上がり土の臭いが漂う。

道は狭く一列になり進んでいた。

突如山の稜線がはっきり分かるほどの閃光が走った。

光っているのは今向かっている巳葺小屋周辺だと山住衆が口々に言っている。

立ち止まり光が収束するのを見届け再び歩き出した。

歩き続けていると再び山の周囲が明るくなる。

前よりも大きな範囲で昼間のように明るくなり、強力な光りが山を覆った。

「楓さんが大暴れしてるんじゃないか?史さん達巻き添え喰らわなければいいけどな。」

龍崎實明が言って(ふところ)から扇子を出し(あお)ぎ始めた。

「あんな閃光出すことも出来るのか?まるで陽が登ったみたいだったぞ。振動とかないから幽世に閉じ込めてるのかな。それなら楓さんにしか出来ない。まさか相手がやっている事ってないよな。」

九鬼直志が応える。

二人の会話を深山と藤次は興味深く聞いている。

「なあ、直さん・・・」

龍崎實明が扇子で顔を扇ぎながら小声で言う。

「ああ、藪の結界があるのにここまで漏れ出してるとなると相当な奴が相手だな。」

二人には一歩進む度に増してくる瘴気を感じ取る事が出来ている。

「山住達にも影響しているな。一般人もいるからペース落としているとはいえ皆足取りが重くなっている事に気付いているかどうか・・・」

「實さん、皆に気付かれると動揺されるからこの話はよそう。流石に牟田さんは気付いてる。まあ楓さんがいるから何とかなるだろう。」

二人の統領が心配した通り弥生達には歩くのが精一杯になっていた。しかし、道のせいで、声を出せなくなっていると思っていた。

登りがきつくなり更に藪が深くなると牟田が振り返って言う。

「もう直ぐ着きます。」

振り返った牟田の背に一本の大きな光の柱が天に伸びて行く。それと同時に雷鳴が轟くと次の瞬間、地面が激しく揺れる。

一行は落雷に身を屈め周囲を見回していたが、次が来ない事を確信出来ると牟田が周囲に目を配ってから藪に向き「では入ります」と言って最後の藪に手を掛けた。

「直さん。一志君か?凄いな。本物の雷轟みたいだったぞ。」

實明が聞く。

「まさか。あれが一志の術なら今すぐ統領を引退するさ。楓さんだろ。周りの人達死んでなければいいけどな。あんなの漫画とかの世界の術だよ。」

直志が応えた瞬間。二人の表情が変わる。地の底から唸りを上げてくる悪鬼の気配と、形容し難い何か途轍もない大きな存在を感じた。

「牟田さん待て!まだ入るな!」

龍崎實明が叫ぶ。その瞬間、藪の向こうで何かが白く光ると月へ向かって光が登って行った。その時になって初めて宙に浮く大きな人型の物怪がいる事に気が付いた。

直志も同様に気付いている。救護隊の一同も閃光の行く先を見て気付いた。

皆が認識した瞬間、物怪の頭が落ち光は月にまで達すると分散して月が霞む。

朧げに浮かぶ月の中に白く輝く大きな狗の姿が現れた。

狗は月を蹴る様な姿を見せたと思うと再び白い閃光となって急降下して行く。

何かが地面に激突した音が鳴り、地響きと振動がしてまた白い光が降下してくる物怪の胴体を討ち胴体を蹴り落とす。

『翔君!』

楓の声がした。『翔』の名を聞き弥生が反射的に藪を抜ける。

弥生を追って一同も次々と進入して行った。

藪を抜けると眼を開けられない程の青白い強力な光りに覆われる。

次の瞬間にはスモークのようなものが覆い、光は少しずつ弱くなりやがて消えた。

天空では雲が月を覆い、暗黒の森が広がると、静寂が辺りを支配した。

一同は目が(くら)み暗さに対応出来ていない。

徐々に目が慣れると岩屋の松明が燈され周囲の輪郭が浮き上がって来る。

その先に巨大な狒狒が三頭と、大きな狗が二頭対峙し、翔を介抱している楓の姿を見ることが出来た。


「佐々木さん!」

深山が岩屋に涼子を見つけて声を掛ける。

「深山さん?その恰好・・・大丈夫ですか・・・救護応援に来てくれたんですね。至急輸血をお願いします。」

涼子の声に裕子が動き出す。

血液製剤を持っていた浅井も走り、雫の姿が確認出来た弥生も岩屋へ向かった。

「何だよ。死にそうな程血が足りないのは琴乃の事だったのか・・・」

實明が言い、岩屋へ向かう。

裕子は岩屋に近付くと倒れている忍を見るが、女性の従者が介抱し『大丈夫です』と言ったので涼子のところへ急いだ。

医療用具の入ったバックを広げ輸血前のチェックを全て済まし声を掛ける。

「名前を言えますか?」

「・・・龍崎・・・琴乃です・・・」

返事が返って来たので弥生が準備していた血液製剤の点滴を腕に刺す。

点滴の間涼子は琴乃に話し続ける。

様子を見ていた實明が後ろから声を掛けた。

「先生。大丈夫です。この娘は普段から血の気が多すぎて困ってたんですよ。これくらい血が抜けて丁度いいです。」

娘の姿を見て安堵の表情を見せてから笑って言っていた。

「馬鹿親・・・皆は・・・皆は無事なの?奴は・・・」

琴乃は父親の姿を見て声を絞り出した。

「皆は無事だ・・・多分な。たまには自分の心配でもしとけ。後は俺達と楓さんで片付ける・・・先生。娘の事、よろしくお願いします。」

言って實明は直志へ向かう。

『・・・とは言え』狒狒と狗を横目に見て、思案しながら歩いた。


直志は息子の一志を見ていた。

「まだまだ修行が足りないな・・・まあ・・・あれが相手じゃ俺も無理かもな。いい勉強になったろ?藤次も何とか生きてるし、また皆で修行だな。」

「父さん・・・対物怪用の強力な術ってなんだろう。僕達が対応しきれなかった相手を神崎翔君はあっさり全滅させたんだ。楓さん以外にあんな事が出来る術者がいたなんて・・・」

一志は弱くなった力を込めて拳を握る。

従者達も『天才』の名を欲しいままにして、普段涼し気な美青年に苦悩の感情がある事を初めて知った瞬間だった。

「今のが神崎家の、翔君の術か・・・流石は秋月光雲(あきつきのこううん)直系の、本来統領となる筈だった男の、その息子の力か・・・計り知れないな・・・ま、あれはノーカンだ。無理無理。俺達は人間としての最高峰を目指そう。人にはそれぞれ役割がある。神様級の役割は人間には無理だ。」

「そういう事だよ。一志君。ありがとう。おかげで娘は生きているよ。」

實明は話を聞いて一志に伝える。

「いえ。助けて貰ったのは僕の方です。琴乃さんは皆の事を思って戦ってくれました。」

一志は實明に感謝を述べる。


九鬼と龍崎、二人の統領は神崎史隆親子の下に歩く。

「史さん。生きてるかい?哲也君も。」

實明が声を掛ける。二人が起き上がろうとしたのを見ての発言だった。

「ああ、實明さん。直志さんも。来てくださったんですね。ありがとうございます。今のところは死なない程度に生きてますよ。」

史隆が言い、哲也も起き上がって会釈した。

「さて、どうしたもんかな。あの狗は味方ですか?・・・あれはどうあがいても無理な相手ですからね・・・逃げる事すら絶望するしかない。」

直志が言う。

「ええ。あれが秋月光雲が名付けた精霊のうちの二柱です。」

史隆が言い、両家の統領はホッと胸を撫で下ろした。

「良かった。いつものように楓さんの『お友達』ならいいなとは思っていたんだけど、それなら私ら、もう用無しですな。」

實明が本音を告白した。


物怪達を見ていた一同が同時に一点を凝視した。

誰もが気付かないうちに狗の前に人が立っている。

暗がりに雲が流れ月の光が照らした先にいる人間の姿を浮かび上がらせた。


神崎雫の姿が現れる。


「終わりにしようね。寂しかったんだよね。山に帰ろう。私も一緒に行くよ。今まで一人にしてごめんね。」

雫は猿哮だけを見て言葉を続ける。

「あなたは優しい子。哀しい想いをさせてごめんね。心が真っ直ぐだったから騙されただけだよ。誰も怒っていないよ。」

雫が一歩歩み寄った瞬間。瑠弩が雫に襲い掛かった。

咆哮を上げ猿哮が瑠弩を薙ぎ払う。打ちのめされた瑠弩は起き上がると猿哮に咆えるが睨まれると黙って後ろに下がった。

猿猴は雫の前に来て、腰を屈めて顔を覗き込みそのまま黙ってしまった。

嵯臥が唸り大鉈を振るい興奮を抑えられなくなる。瑠弩も咆えていた。


『黙れ』


この場にいる全ての者に言葉が届く。思念となって大狗が伝えている事は理解出来た。


『霽月。お前はどっちだ?』


翔に朧と呼ばれた白い狗が言葉を放出した。


『嵯臥』


霽月が言葉を伝える。その瞬間、瑠弩は怯えの表情を露わにして猿哮の陰に隠れようと体重を傾けた。

そのままの姿勢で瑠弩の頭は()げ、青白い炎を上げ煙になって消えた。


『・・・イッ・・・イッキウチ・・・ダナ』


ニタリと笑い嵯臥が思念をぶつける。一度霽月と戦い、互角だと思っている様子だった。


『生き残ってから言え。人の(ことわり)で我等と語るな。』


瑠弩を瞬殺した朧が応えると、嵯臥は咆哮を上げ霽月に向かって行った。

霽月は本来の姿になる。

向かって行った嵯峨は驚愕の表情を露わにする。

月が見えなくなるほどの巨体。その左前脚が嵯臥に降り注ぐ。一蹴りで嵯臥は絶命した。止めに霽月の顎が嵯臥の頭を嚙み砕く。そのまま霽月の口の中で炎を上げ煙になり消滅していった。



「雫ちゃん。」

楓が静かに声を掛ける。雫は振り返り楓を見て話し出す。

「楓さん。この子を元に戻してあげて。楓さんなら出来るよね。」

雫の言葉に楓は静かに首を振る。

「物怪になってしまった者は元には戻れないの。騙されたとはいえ人を襲い、己の情念を抑えきれず永い、本当に永い年月(としつき)を経て狒狒になってしまった。(むくろ)に自身の力を取り戻す為に利用され、(つい)には『山の神』を喰らってしまった。我慢していてもいつかは人を、その魂を求めなければいられない物怪になってしまったから、この子の苦しみを終わらせる方法は一つだけになってしまったの。」

楓も猿哮を見詰める。

「昔馴染みがいなくなって行くのは私も寂しいわ。父様のところに行けるといいけど。」

楓の言葉を聞いて雫は立ちはだかる。

「猿哮。行きなさい。どこかでまた会いましょう。早く・・・」

雫が振り返り猿哮を見る。

猿哮の目から涙が零れたように見えた。


猿猴は大きな咆哮を上げ雫に向って駆け出した。


静寂(しじま)


楓が目を閉じて呟く。

一陣の風が吹き猿猴の胸に大きな穴が開く。

雫の目には風の中を駆け抜ける狗の姿が見えた。

猿哮は駆け出した惰性で前に倒れる。

雫が駆け寄ると大狒狒の姿は小さくなり猿の姿に戻って行った。

雫は膝を付き猿を抱き上げる。

「しずく・・・ありがとう・・・ごめん・・・かえで・・・ありが・・・」

猿哮と呼ばれた猿は雫の腕の中で優しい微笑みを残し青い灯をあげ静かに煙になって消えて行った。


朧と霽月は小さくなり楓と雫の傍にやって来た。

『珍しいな。泣いているのか?楓。』

朧が言い、楓の左右に並ぶ。楓は無言で二柱の狗の頭を撫でている。

雫が立ち上がり振り返って楓に抱き着いて泣き出した。

自分よりも大きな雫を抱きしめて頭を撫でる。狗たちも雫に頭を擦りつけていた。



一頻(ひとしき)り泣くと雫は翔を探す。楓が雫の手を取り翔を寝かした場所へ連れて行く。

「また寝てるの~翔。シャキッとしなさいよ。」

言われて翔は目を開け、寝返りを打って(うつぶ)せになり腕をついて起き上がるが、足に力が入らず胡坐をかいて座る。

「なんだよ。さっきの見てただろ。かなり大変だったんだぜ。こっちの事情関係なく、いろんな情報ガンガン人の頭の中に放り込んでさあ。ねーちゃんも、もう。何でもありだな。」

頭を振って目の焦点を合わせて行く。

楓が両手でこめかみに触れると暗がりに松明の炎が見え周囲の音もはっきり聞こえるようになってきた。

目の前に楓がいて微笑んでいる。

恥ずかしくなって空を見上げた。

真上にあった月は西の空に動いていた。

朧と霽月も近くにいる事に気付く。

寛美が語った古文書の物語を思い出した。

「楓さん。あれが父さんから引き継いだ最強の精霊なんですね。姉にも一柱憑いていたって事ですか・・・封印していた能力はこれからも使えてしまうんですか?なんか、雷まで落とせっちゃったんですけど・・・」

「う~ん。相変わらず質問してくるわね。翔君がモテる理由分かんないわ。聡史君は揶揄(からか)い甲斐があって面白いんだけどね~」

楓は何時もの悪戯っ子に戻っている。

「実際に聡史はモテます。俺はあんまり異性からは・・・」

『あのね~』雫と楓がハモる。

お互い顔を見合って笑い出した。

楓が改めて話し出す。

「まあいいわ。君の能力は面倒くさくて封印しないから自由に使えるわよ。覚醒しちゃったから私にも抑えきれないしね。でも科学実験感覚でこの国消滅させないようにしてよね。さっきも言ったように今覚醒したのは君の能力の一部よ。光雲と同じところまで覚醒出来れば五行全部の力が使えるようになる(はず)だけど、それを教えられる人が今の世にはいないから自力で見付けるしかないの。ただし、君の悪い癖出して実験しないでよね。翔君ってマッドサイエンティスト気質っていうか、ちょっと危険な感じするから。まあ、割と冷静だからほどほどにね。雫ちゃん。翔君が暴走しないように見張っててね。せいちゃんは君達の近くにはいつもいたのよ。気付かなかった?おぼりんは君の肩に仕舞っといて居心地良かったみたいで呼ばれるまで楽して待ってたのよ。さぼりんね~」

「おぼりん?」雫が聞く。

『その呼び方は止めろと言ったぞ。小娘。』朧が言う。

「呼びやすいのよ。おぼろんにする?大体ね~私の方が年上よ。十六年も。」

『・・・もう・・・いい。』

「それじゃ~後はお若い者同士で。お互いに会話出来るの分かったでしょ~」

楓は言うと岩屋へ向かって歩き出した。


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