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朧 OBORO

岩屋を出て、狒狒が群がる戦線に向かう。

楓が戻るのを察知した狒狒がじりじりと後退し、分散して行く。

史隆達も疲弊しているため追い込む戦いはせずに迎え撃とうとしていたが、狒狒が前に出て来なかったため、体力だけを削られる状況に追い込まれていた。

「はい。お疲れ様。」

楓は史隆の後ろから声を掛け、霽月の前で、未だに眠っている翔の耳の裏を撫でた。

「王子様。起きなさい。目覚めのキスがいい?」


声を掛けられた翔は目を開ける。

感覚が戻ると身体中の痛みも蘇る。顔を(しか)め上体を起こす。

自分を取り囲むように三人の男達の背中が見えた。

「叔父さん。哲さん・・・」

最後に声を掛けようとした男に見覚えはあったが名前が浮かばない。

目線を先に延ばすと狒狒が唸り声をあげ、興奮している。その先は暗がりになって良く見えない。

「史君。選手交代かな。ベンチで休憩してていいわよ。」

楓が言うが三人共下がらずに三方を抑えている。

狒狒も無理に攻め込まず膠着状態が続いていたが、一番後ろにいた鬼が低く唸ると瑠弩と嵯臥が前に出て来た。

嵯臥達が前に出たことで後ろの猿哮と鬼の姿が見えた。

その姿を見て翔の身体が熱くなる。

立ち上がり周囲の狒狒の位置を捕らえる。

今度はある程度の理屈を自分なりに考えてみる。理解出来てはいないが『熱』を加える操作は感覚で分かる。

それを利用して位置を捕らえた狒狒の周囲にあるほんの一握の空気に熱を加え超高温の気体を造る。更に熱を加えると空気中の分子は解離して原子になった。また更に熱を加える。解離した原子核を回る電子が離れて、電子と正イオンに分かれた。その電離させた気体を発散させないように閉じ込める。その閉じ込めた極めて小さな粒を感覚で捕らえた狒狒達に一斉に放出した。

狒狒に触れる瞬間に粒の中の気体を開放する。

粒に閉じ込められた荷電粒子を含んだ気体『高温度プラズマ』は1億度を超えると可視光が一度消える。原子核が超高速で衝突し合い融合し狒狒を焼き尽くした。

暗闇に強い閃光が迸り山全体が明るくなる。

翔の目は『鬼』に向く。同じように空気中の分子に手を加えようとした刹那。

「翔君。今はそれまでよ。」

楓が言い、背伸びをして手を伸ばし、翔の背後から首筋を触った。

「制御出来たのは奇跡ね。それ以上やるとこの山、丸ごと消し飛ぶわ。」

楓に触れられた途端に鬼を見た時の興奮は抑えられ、周りを取り囲む音が翔の耳に飛び込んで来た。振り返って楓を見る。

「楓さん・・・俺・・・今、多分小規模核融合出来ました。頭の中に分子構造が浮かんで・・・プラズマ発生の原理通りでした。だけど重水素と三重水素は大気中には、ほぼ無い筈なんだけど、何を融合出来たんだろう・・・そうか、リチウムを見つけられれば精製して・・・もっと高温で密度を増やすには・・・時間を・・・」

「はいはい。私は難しい事分からないけど、理屈で術使うのは多分君だけよ。無意識とは思うけど狒狒達を幽世に閉じ込めてたのは凄いわ。それやらなかったら今頃皆焼け死んでたところよ。今はとにかく落ち着こう。ここまでやるとは思ってもいなかった。冷や冷やしたわ。」

翔の高温度プラズマにより融合した核のエネルギーにより狒狒達は全滅した。

残るのは猿哮達大狒狒の三頭と『鬼』だけである。



「今の・・・翔がやったのか?」

哲也が呟く。

小さな時から翔を見て来て、鍛えられていた訳でもないのに基礎体力は優れていたが、心が優し過ぎて術者には向いていないと思っていた。

目の前の出来事は想像を絶している。これが翔の『覚醒』なのかとも思えた。

「油断するな!」

史隆が叫ぶ。

前に出た嵯臥が哲也を弾き飛ばした。咄嗟に腕で防御したが着地出来ずに背中から落下して動かなくなってしまった。

「哲也!」

史隆が駆け寄りながら山人刀を嵯臥に振るう。

嵯臥は右手に持っていた黒い大鉈を振り斬撃を跳ね返すと、逆に斬撃を史隆に打ち込んだ。史隆は山人刀を両手で持ち、打ち込まれた斬撃を受ける。空へ流すが体制が崩れたところを迫って来ていた嵯臥の左手が史隆を薙いだ。

史隆は崩れた体制のまま膝を落とすと薙いで来た嵯臥の左手に山人刀を振り切る。

嵯峨の左手首の半分を切り裂くがそのまま体当たりを受け哲也と反対方向へ吹き飛ばされた。


一志が援護に向おうとするところへ瑠弩が割り込む。

ニタアと(いや)らしい笑い顔をして一志に殴りかかって来た。

一志は舞う様に避けると『破邪の法』の効果範囲を狭め打ち込んだ。

瑠弩は口を大きく開け咆哮をあげると一志の術は掻き消える。

同時に飛び込んで来た瑠弩に一志は吹き飛ばされる。

一連の攻撃で前線の三人は倒れ動かなくなってしまった。


「仕事増やさないでよね。」

楓は言って、一志の下へ歩き出し、「邪魔よ。」と言って瑠弩を左手で払った。

「ヒィ」と(うめ)いて瑠弩は見えない壁に弾かれる。

「生きてるわね。」と言い一志の胸元に右手を当てると呼吸が戻り咳をし始めたのを確認して希代司達を呼び一志を岩屋へ運ばせた。

続いて史隆と哲也のところへ歩き出そうと向きを変えた瞬間。

嵯臥が斬撃を楓に振るった。

楓はまるで暖簾(のれん)(くぐ)る様な仕草で斬撃を払い「馬鹿なの?」と言って手で払う。

嵯臥は大鉈を振るって耐えたが史隆に切られた左手首がぐらついて力負けする。

楓が近付くと後方へ跳び下がった。

「・・・生きてます・・・大丈夫です。」

史隆は言って立ち上がる。

生存確認が出来たのでそのまま哲也に向かうと、哲也も起き上がり始めていた。

二人が起き上がったのを見て楓は猿哮を見詰める。

隣にいる鬼は唸り、自分よりも大きな猿哮を叩くが動かないのを見ると前に出て来た。

「やっとやる気になった?千四百年もコソコソと・・・あなた達の一族って本当に裏でネチネチやるの好きね。そういうの今ではストーカーとか言われるのよ~」

岩屋に目を向け、史隆と哲也の救援を指示すると神崎の家の者が二人を連れて行った。

残ったのは楓と翔、霽月に対し、大狒狒三頭と『(むくろ)』と呼ばれる一族の鬼である。

「翔君。奴は君のお父さんの隆一君の仇でもあり、お爺さんとお婆さん。隆則(たかのり)君と史代(ふみよ)さんの仇でもあるのよ。」

言われた翔は「えっ?」と呟き楓を見る。

「君の能力は生まれた時、既に一部覚醒していたの。あまりにも力が強くて影響があり過ぎるから私が封印していたのよ。今見せた力も君の本来持っている力の一部よ。その力を察知したあいつらが君を狙ったの。その最初の戦いで隆則君達は命を落とした。それで隆一君は君を守るために総本家を継がず、君を単独で育てる事にしたの。出来れば封印したまま人生を送れる事を願って。もう気が付いたと思うけど、君と雫ちゃんにも遠い時空(とき)の彼方からの強い絆がある。そういった因果が今、全ての終結に向おうとしていると私は思うわ。」

「じゃあ。母さんも最初から知っていて?」

翔は辻褄が合わないと思い、楓に聞く。

「弥生さんは君が生まれた時、直接影響を受けて五日間昏睡状態だった。私が君の封印をしてから目覚めたから隆一君が説明していなかったら知らないと思う。隆則君達の事は事故死としていて隆一君亡き後は史君も知らないから・・・これからも君だけの秘密よ。」

全ての因縁が目の前にいる鬼の仕業だったらしい。

その原因が自分であると告げられた。

「さっきの使ってもいいですか?奴を亜空間に閉じ込めてからやればいいんですよね。」

楓は少し驚いて翔を見る。

「幽世の使い方分かったの?」

「はい。空間の(ひずみ)、次元の隙間みたいなものを覆えばいいんですよね。これは感覚でしか理解出来ていません。でもその空間のお陰で磁場を発生させることなくプラズマを安定させていました。もっと高温でぶつけられます。あ・・・磁場を発生させれば・・・」

楓は考えてから翔に告げる。

「はいはい。君の物理実験はほどほどにね。もっとも奴を捕らえる事が出来たらね。流石は光雲の子だわ。父様と同じくらいの才能ね・・・それじゃ、やってみなさい。試合会場は整えたわ。あと、君には最強の守護精霊がいる事も忘れないようにね。左肩。疼いてるでしょ。無理だと思ったらちゃんと呼んであげるのよ。一応ね、最初は君が名前呼ばないと出れなくしちゃったからさ。ね、出たがってるでしょ。」

楓は言い、霽月と数歩下がる。

鬼は出て来た。自らの左手を右手の出刃包丁で切り取る。飛び散った左手が着地すると七本ある指が離れ一本ずつが『猖獗』に変わる。

指が離れた掌からもう一体の猖獗が這い出てきた。

猖獗は蟷螂の形をしてガサガサと鬼の前に陣を形成していく。

三家術者でも倒しきれなかった猖獗が再び現れた。

翔は彼らの戦いを見ていない。

地についている四本の脚が独立して動き不規則に這い回りながら翔を包囲して行く。



翔に格闘技の心得は無い。

スポーツは得意だったが、今までやって来たのは中学からのバスケットボールが中心で、普通の学生生活をしていた。

静岡の本家でも哲也が遊んでくれる時はキャッチボールや果樹園を使っての鬼ごっこの延長程度のものだった。哲也は五歳年上だったので動きは素早く樹木を使っての身体の転回は見事なものであったが、翔はその動きにも付いて行けていた。

しかし、その程度の運動だった。

楓が『試合会場』と言った。

八体の猖獗が攻めてくるのをディフェンスの応用で身体の動き方を変えて行く。

鬼は楓が前に出ないと察知して自身は動かず猖獗に任せている。

切れた左手が生えて来ていた。

嵯臥の腕も修復している。

猿哮は動かず瑠弩と嵯臥が鬼の横に並んでいる。

楓は霽月と並んで立ち、腕を組んで戦況を見ていた。

翔は感覚を研ぎ澄まし猖獗一体一体の動きを捕らえて行く。

猖獗は狒狒よりも素早いが覚醒した翔の感覚が捕らえる方が早く、次第に次の動きが読めるようになる。

微調整が完了した。翔は幽世の幕を締めて行く。

同時に空間の分子を選別して電離分解した気体に圧力を加え更に高密度の『プラズマ』を発生させていく。

八体全てを捕らえると『プラズマ』を開放していった。

幽世に閉じ込めた空間では超高速の原子核が衝突し合い核融合反応によって生じる超高温度の熱エネルギーが開放され太陽のような発光と共に猖獗は燃え尽きて消えた。

確実に上達している。

感覚のみで『地上の太陽』を生み出していた。

楓の言う通り幽世の壁が不完全であれば、制御する核融合炉の無い膨大なエネルギーが暴走し巳葺山はおろか東丹沢全域を消滅させかねない。

しかし、強力な攻撃の代償は直ぐにやって来た。

足に力が入らなくなり目が(くら)み、胃の中の物がこみ上げてくる。

膝を付いた瞬間。

鬼が動くのを感じ、幽世の応用で障壁を造るが、鬼は翔が咄嗟に築いた障壁を出刃包丁で切り裂くと修復出来たばかりの左手で張り手を打ち込んで来た。

インパクトの瞬間。もう一枚の障壁を造るが鬼の張り手は翔がブロックした腕ごと吹き飛ばした。

吹き飛ばされる瞬間。両足に力を入れ、後方に跳んだのと障壁のお陰でダメージは軽減していたが着地は出来ず、背中から地面に強打してしまった。

呼吸が出来なくなり、意識が薄れるが、覚醒したままの感覚は鬼が追撃して来ている事を告げる。

自分の真上、天空に電界の層を作り幽世の扉を開くイメージをして、更に電位を広げる。

星が輝き月の光に照らされた快晴の夜空に雲は無い。虚空の空間に生じた電界は真下に電流が向き始めた。

鬼が迫るタイミングで下半身を跳ね上げ、幽世を閉じると電流が地面に到達し、通電して電流の柱が登って行き空気が激しく振動し爆発音を撒き散らす。

振動は地面に伝達され地響きとなって森を揺すり続ける。

筒状の幽世が無ければどれ程の被害を及ぼしたのか分からない。

計り知れないエネルギーの塊が降り注ぎ、『骸』と呼ばれた鬼を襲った。。

翔は上げた足を後方に落し、倒立してから起き上がるが、足に力が入らずそのまま膝を付いてしまった。

顔を上げると、感電した鬼が活動を止めているように見える。

右手で胸を叩き肺の動きを戻して呼吸を強制的に促した。

翔の動きが止まると嵯臥と瑠弩が詰め寄る。

もう一度障壁を造り二頭の大狒狒に叩きつけ熱を加える。

二頭はまともにぶつかり後退したが、間隙を縫って鬼が迫って来た。

避けようとして翔は自身に障壁をぶつけて左に跳ぶ。

着地先に株元だけが残った木があり、そのまま強打して倒れてしまう。

両膝を着き這いつくばる。喉から熱い液体が上がって来て吐き出した。

地面に赤い液体が広がる。

意識が薄らいで目が霞んで行く。

『我が名を呼べ』

体の中から唸り声と共に声がした。

翔は顔を上げると鬼が方向を変えて向って来ているのが見えた。


「・・・ぼ・・・ろ・・・」


鬼が止まる。嵯臥と瑠弩も翔を凝視している。

動かなかった猿哮も顔を上げ翔を見る。

何かを感じ鬼が上空へ飛び上がる。


(おぼろ)


翔の身体が白く光る。次の瞬間翔の左肩から鬼めがけて白い閃光が走る。

宙に浮いていた鬼は閃光を迎え撃とうと身構えたが、頭だけが落下し始めた。

白い閃光はそのまま天空に輝く月まで登って行く。

黒い空に白く輝く満ちた月に近付くと光が散り真っ白い大きな狗が現れた。

暗黒の夜空に真円を描く月を大きな白い狗が蹴ると、急降下する。重力による加速を利用して更に速度が上がると白い光の道となって落下して行く鬼の頭を捕らえ、左の前足で地面に叩きつける。

狗は着地した瞬間、ゆっくりと落ちてきている鬼の胴体に向って跳ね上がり、光の玉になって胸に大きな穴を空けた。鬼の身体を通り抜ける瞬間、狗は後ろ脚で蹴り胴体を先に叩きつけた頭の横に落とした。

「翔君!」

楓が叫ぶ。

翔は「ハッ。」と息を吐き。

幽世を造る。更に幽世を重ねた。最初の幽世との隙間に限界までの熱を溜め込む。超高温プラズマを造り幽世で閉じ込んだ。

行き場を失ったプラズマは圧縮され発光し始める。

限界まで圧縮させると最初の幽世を解いた。限界圧縮された一億五千万度を超える熱を発し太陽のごとく輝く超高温プラズマは原子核が超高速で衝突し合い核融合反応を起こして行く。

威力があり過ぎて翔が閉めていた幽世に(ひずみ)が生じ始めている。

楓が両手を前に出し翔の幽世にもう一つ、黒い障壁を被せると光が覆われ、少しずつ狭まって行く。

地上での衝撃を察したかのように雲が月を覆い隠して行った。

楓の障壁が閉じると、再び暗黒の森が広がり、岩屋の松明が燈り始める。


「ふ~久しぶりに本気出したわ。翔君。頑張り過ぎよ。」

楓が言い翔の下に歩く。

倒れている翔の背中に暫く手を添えていると、翔は息を吹き返した。

「・・・楓さん。あいつは?」

「消滅したわ。この国にやって来て千四百年。裏で手を引き時の政権を操り続けて来た一族のうちの一体。光雲に固執してここまでやって来て、光雲亡きあとも子孫にちょっかい出しては力を失ってやっと消えた。本当に粘着質のストーカーよね。」


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