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「行きます。」

神奈川県立松田総合病院 8月5日土曜日23時47分。


「藤次君。本当に大丈夫かい?」

消灯され、最終の検診と看護師の見回りが終わり、妻の裕子が母親の和子と息子の裕一を小田原の実家に送り届けるのを確認した深山は隣の九鬼藤次と病室を抜け出し、暗い廊下にいた。

「深山さんこそ。ふらついてますよ。やっぱり寝ていた方が良くないですか?僕が見て来ます。後で何があったかお伝えしますよ。」

声を(ひそ)め、痛む身体を屈めながらエレベーターホールに向かっていた。

明るいエレベーターホールに入ると腰を伸ばし『下降』のボタンを押す。

ドアが開くと『1F』を押し溜息をつく。

再びドアが開くと暗いエントランスホールに出る。誰もいないのを確認すると、非常口を確認して再び身を屈めて歩き、周りをキョロキョロ見てからドアノブに手を伸ばした。

「何をコソコソしているの?」

後ろから声がした。

更に身を屈め目を泳がせながら声の方向へゆっくり首を回す。

腕を組み仁王立ちしている裕子の姿があった。

「あっ・・・あ~裕子さんもう帰って来たんだね。お疲れ様です~病院って慣れないから藤次君と外の空気でも吸いに行こうって思ってね・・・ねえ。」

深山の額からは怪我や気温によるものとは異なる汗が出て来た。

藤次に同意を求める。

藤次は物怪に対するものとは異質の危機を感じ距離を取り気配を消す。

「ふ~ん。で、その恰好は?入院服はどうしたの?」

二人共運ばれる前の服はボロボロに破れていたので、藤次の従者が用意したジャージを着ていた。

「う~ん。あれだ、あの~汗かいたから着替えて・・・外の空気吸うにもあんまり変な格好できないじゃない・・・」

姿勢を変えず深山の弁解を聞いていた裕子が何かを言おうとした時だった。

救急搬送用の受け入れ口に明かりが点き、同時にエントランスホールの照明も点く。

看護師が現場応急用器具を用意し始めた。

医局から深山達の担当医、正田が裕子を見付けて走って来る。

「深山先生。申し訳ありませんが救急医療の現場へ向かって頂けませんか。何故か現場からの指名なんです。県警の佐々木さんってご存じですか?」

深山夫妻が顔を見合う。

「何があったんですか?現場の状況は?」

深山が叫び、正田へ向かって歩く。

「詳しくは分かりませんが、現地で女性一名の重傷者が出て輸血が必要との事です。忍さんという方は楓さんが保護したから大丈夫だと伝えるようにとも言付かりました。」

『忍は楓さんが保護した・・・』

言葉を聞いて二人は力が抜けてへたり込んでしまう。

「血液運搬車両は直接槍穂岳登山口の捜索本部に向っています。そこからは山道を行くので現場で受け取った後は救護班として山に入る事になります。ご協力お願い出来ますか?」

医師が言い終わらないうちに立ち上がり二人そろって声を出す。


「行きます。」



槍穂岳登山口特別 捜索本部。8月6日日曜日0時02分。


日付が変わったばかりの深夜。

代表電話が鳴り響く。交代で仮眠をとって-いた村井が慌てて受話器を掴んだ。

「はい。捜索本部村井です。」

仲村や弥生も起きて近寄る。

テントの中に動きがある事を感じ外にいた宗麟と浅井も中に入って来た。

通話を終えた村井は大きく息を吐き振り向く。

「事態が動きました。負傷者一名。至急輸血が必要との事です。B型の血液を巳葺小屋に届けるために応援の班を作成します。輸血用血液製剤と救護班は佐々木監理官が手配済みとの事です。仲村さん。神崎さん。聡史君と翔君、雫さんは見付かりました。深山忍さんを含めて全員小屋にいて、秋月楓先生が保護しているそうです。」

村井は佐々木からの指示を皆に伝えた。

『楓さんが保護している・・・』

一同は安心して力が抜けた。

「では、救護班がここに到着したら巳葺小屋へ血液を届ける必要があるんですね。」

宗麟が聞き「負傷者一名という事は、他は皆無事という事でしょうか?」と続ける。

「詳細は聞けておりません。相手とは膠着状態ではあるようです。山住の方達に案内を頼み救護班を護衛しながら小屋に至急届けるよう指示されました。」

「私も行きます。私は看護師です。」

弥生が言うと、宗麟は勿論、仲村や浅井も行くと言う。

村井は一般人に向かわせる訳にはいかないと言いながら、既に一般人に守られている状況を考え、牟田達に相談してみようと言った。

神崎一門が加わった事により、現場の統率は大磯の神崎彰幸(かんざきあきゆき)が行っていた。

彰幸は、牟田から楓が応援を読んだら皆を導いて来るように言われていた事。

そして応援を呼んだという事は狒狒の討伐が保証されたと判断出来る。

楓がいるのに輸血が必要な者がいるという事はかなりの重症であり、応急処置の後ここまで搬送する事になる為ある程度の人数は必要となる事。

小屋の狒狒が討伐されれば本部の護衛はそれ程重要ではなくなる事を踏まえ、護衛を半数割いて現場に向かえば大丈夫という判断になり、本部護衛と巳葺小屋応援の班に分ける人選をした。

史隆から本部護衛を任された為、彰幸と神奈川勢の半分は残り、負傷した牟田弟は三人衆と残り兄の牟田と神崎、九鬼一門に山住達を入れた十七名を護衛に弥生と宗麟、仲村と浅井そして村井と風丘に、山岳救助班の佐藤と片岡の二人も志願したため同行する事となり血液製剤と医師の到着を待っていた。


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