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雫 SHIZUKU

カビの臭いがする。

それに交じって肉の腐る臭いがして吐き気がした。

自分がどっちを向いているのか分からない。上下の別は変わらないが常に波長の長い揺れを感じ、重力の向きが(とき)を追うごとに微妙に変わっていく。まるで荒波に繰り出す大型船に乗っているような気分だった。

乗り物酔いにも似た気分の悪さに目を開ける。

何かが叫び動物の吠える声が頭痛を伴って頭蓋骨に響いた。

リュックを背負った大きな男と自分と同じくらいの体格をした女がいるのが見える。

青白い大きな狗が自分をさらった狒狒に喰らい付いていた。

上空には光り輝く大きな鳥のようなものが旋回している。

リュックの男が弟であることに気が付いた。

『そうか・・・翔も捕まったのか』化け物に襲われた時、母が助けられた姿を薄れゆく感覚の中で見る事が出来た。

『良かった』と思う反面『一人で死ぬのかな』と思った。

弟の姿が本物であれば一人で死ぬわけじゃないなと安心して、もう一度弟が実在するのかを見る。


今では遠い記憶の中にいる父親の背中のように見える。

いつの間にか自分よりも背が高くなっていた。

小さなころから泣き虫で近所の子達に(いじ)められては泣いて帰って来て、話しを聞いて慰めていた。

心が優し過ぎて虐めてきた子に反撃せずただただ虐めを受け、相手が飽きるまで虐められていた。

そのくせ、他の誰かが困っていたり虐めを受けていると助けに入らずにはいられない。

その性格は父が亡くなってから一層顕著(けんちょ)になっていった。

違ったのは虐めを受けても泣かなくなった事であり、その代わりに自分が泣き虫になっていった。

慰める役割は何時の間にか自分から弟に代わる。最後に弟の泣き顔を見たのは父の葬儀の時だったように思う。


・・・十年前・・・弟の七歳の誕生日。


朝から嫌な予感があり、弟が学校を休んで父と出かけると聞いた時に駄々を()ねれば行かないと思って、自分も行きたいと言ったが出掛けられてしまった。

その時が父との最後の会話であり、父の姿を見た最後の日となった。

通夜と葬儀は夏休み前の平日に母の実家の寺で行われた為、学校の関係者は少数のみだけが来てくれたが、父の会社関係者と親戚、仕事関係の人達が本堂に入れない程来て知らない大人達が押し寄せていた。外国人も多かったのを覚えている。

式の間、母の隣に座り弟がぐずると親戚の一人で初めて見た綺麗なお姉さんが自分と弟を抱締めてくれていた。抱締められるといい香りがして不思議な程心が落ち着き、眠たくなってしまい、目覚めた頃には全てが終わっていた。


父は仕事でしばしば家を空けて不在には慣れていたが、主を失った家は異様に広く、夏なのに寒く感じた。

葬儀の後、少しの間学校を休んでいたが一学期の終業式までの数日間、学校の生徒達の態度の変化を感じていた。

『親が無計画な登山で熊に襲われた家の子』

そう揶揄(やゆ)する生徒も少なからずいて、同級生で親しかった子達も夏休みに遊びに誘ってくれる友達は一人もなかった。

最初は父の事件を気遣って遠慮しているからと思い、夏休みの間は伯父の家で生活していたため気にはならなかったが、二学期に登校したその日から自分に対する態度が以前と明らかに違う事を思い知らされた。


地元横浜に本社があり、東京の会社以上の規模を持つ世界的企業であるY.PACに勤め、大きな家を持つ父に対しての妬みのようなものを持つ親は多くいて、そうした家の子達から『大企業で酷使され、精神を病んだ結果息子を連れて無理心中を図った。家族自体にも問題がある。』と根も葉もない噂が夏休み中に広がっていた事が分かった。

知らせてくれた子も以前は友達の一人と思っていたが、次第に自分を遠ざけるようになっていった。

担任の先生でさえ自分を守ることはせず、近所の人達までが挨拶もしてくれない状態になって行った。

母も異変を感じ学校に掛け合ってくれたが、むしろ悪化する一方で、家の周りにも学校にも居場所は無くなっていた。

弟は小さな頃から不思議なほど友達も少なく幼稚園から虐められっ子で、小学校に入ってからも変わらず、本人もそれを気にしていなかったようだったが、自分は友達も多く社交的な方だと思っていたので周りの急激な態度の変化は絶望的になった。


昔から他人の考えている事が良い事も嫌な事も聞こえ、次に起こる事が分かる能力のようなものがあり、自分では皆もそれが普通の事だと思っていたが、嫌な思いは幾度もしていた。

父がそれを見抜き、抑える方法を教えて貰ってからは他の子達と同じように生活出来ていたが、この時は制御出来ず、自分を(さげす)み遠避けようとする相手の本心が見えて心に傷を負い続けていた。

学校に行くのが怖くなり、朝起きると恐怖のあまり嘔吐したり貧血を起こして階段を踏み外した事が何度もあった。

事態の悪化を見て母は祖父や伯父と話をして家を売り、丹沢の黎明寺へ一時引っ越す事になった。

引っ越した後も暫くの間はうつ状態が続き、一日中何もない目の前の空間をただ見ているだけの生活をしていた。

中学生だった英幸や同い年の俊之が学校の出来事や勉強の進み具合を教えてくれたりしたが何も聞こえず何も話せない日々が続いた。



夜に上陸した台風が過ぎ去った朝。

祖父が本堂に行こうと誘ってくれて抵抗することなく手を引かれ本堂の須弥壇のある内陣で物語を話してくれた。

最初はただ聞いていただけだったが次第に宗教の考え方に興味を覚え始めた。

祖父は昔話の様にお釈迦様の話しや経典についての教え、いろいろな神様や日本の高僧の物語を教えてくれた。

何度か同じように本堂に行って話を聞いた。

そうしているうちに、祖父との会話が出来るようになった。

祖父のお陰もあり、寺に来て一月後(ひとつきご)には俊之と同じ学校に弟と一緒に通える様になるが心の奥に潜む恐怖心は拭えないでいた。

新しい学校の同級生達は俊之の従妹という事もあり皆優しく接してくれた。

母の実家でもある寺の檀家や温泉宿の人達も親切にしてくれて河原でのバーベキューに誘ってくれたり、学校の友達と温泉に入ったりもした。

寺の境内で行われた秋の縁日も楽しく過ごす事は出来た。

自分でも少しずつ表情が蘇ってきていることを日々感じるようになる。


そうして過ごしていると、黎明寺で父の葬儀を仕切ってくれていたスーツ姿の男性が頻繁に出入りするようになった。

朝、寺に来て母と出掛けて夕方帰って来る日が何日かあり、山の紅葉が落ち着いて晩秋の風が吹く頃になると、母から横浜に戻ると言われた。

最初は横浜に戻ることに抵抗があったが、母が看護師として横浜の青嵐学院大学附属病院に勤務する事になり、病院の近くに家が用意出来ていると言われて、前向きに考えるようにした。

父がいなくなった時、母が憔悴(しょうすい)しきっていたのを見てきた。

弟が入院している病院で、伯母に支えられてやっと歩けていた姿を今でも覚えている。母の元気が戻ったのは父が遺体として見付かり、それと引き換えの様に弟の意識が戻り、一緒に寺に戻って来てからだった。


思えばその時まで、恐怖心に負けて登校拒否をした自分の事で再び母が苦しい思いをしているのを考えられないところまで追い詰められていたのだった。


やっと他人の心の動きを感じ、制御する事が出来てきた。

『自分が母に迷惑をかけていた』と思い、今度は『自分が母を、弟を支えて生きて行こう』と心に決めた。

母や祖父母に横浜に戻る事を手伝うと告げ、弟の面倒は自分が見るから安心して働いて欲しいと言った。

聞いていた母や祖父母は抱きしめて泣いてくれた。伯父夫婦も笑顔で応援してくれた。


それからは弟と共に青嵐学院大学付属小学校に編入するための教科書が渡され、家庭教師が寺にやって来た。

もともと勉強は得意だった事もあり弟と共に編入試験は合格した。


お正月には地元の人達が寺へ初詣にやって来て信じられない程のお年玉を受け取った。三が日が終わり、横浜に戻る日には、二学期の半分しかいなかった学校の友達や先生、近所の人達が大勢やって来て引っ越しの手伝いをしてくれて境内で炊き出しをして楽しく食事をしてから送り出された。

大学生になった今でも寺に帰ると地元に残っている友達や近所の人達が歓迎してくれる。

その度に『ああ、自分の故郷(ふるさと)はここなんだな。』といつも思っている。



横浜に戻る。

同じ家かと思っていたが、前に住んでいた家の隣町、青嵐学院大学から近い住宅街にある中古の一軒家だった。

後で聞いた話しだが住宅購入資金の大半はY.PACからの援助だったらしい。

以前の家の半分ほどの2階建て住宅には玄関前に駐車場があり、母が乗るための軽自動車が停められていた。

引っ越しのトラックから荷物を下ろすと、母と一緒に荷をほどき、寺を出る時に持たせてもらった弁当を皆で食べてから風呂に入り、布団を三枚敷いて家族三人で眠った。


学校に登校する初日。

まだ陽が登らないうちに目が覚めた。

大丈夫な筈だった心が折れて行く音が聞こえる。

前の日に用意していた時には感じなかった恐怖心が顔を出してきた。

静かにトイレに行くと嘔吐した。鏡を見て『大丈夫。大丈夫。』と唱える。

朝は食事が喉を通らなかった。

母にはにこやかに「緊張してるの」と言って心配させないように演戯した。

登校予定の時間になると、寺に来ていたスーツ姿の男性が迎えに来た。

三人で用意された車に乗せてもらい小学校へ向かう。

自動車で行くほどの距離ではない事が直ぐに分かった。

車を降り、職員室へ通される。

母は弟の担任と話し、自分の対応はスーツの男性がしてくれた。

丹沢の学校には従兄の俊之がいつも一緒にいてくれた。今は誰もいない。

恐怖で手が震えるのを、手を強く握ってごまかした。

母は気が付いていたが優しく微笑んで送り出される。

担任の先生に付いて行き教室のドアをくぐった・・・


当日の記憶はそこまでしか無い。

気が付くと朝の男性が弟と一緒に自宅まで送ってくれていた。

家に着くと、まだ温かい弁当を二つ渡されて「明日からは頑張って登校してね。」と言われ「はい。」とだけ応えた。

弟に玄関を開けてもらい弁当を持って中に入ると膝を落として泣き出してしまった。

弟が弁当の袋を持って中に入り、暖房をつけてポットのスイッチを入れてから迎えに来てくれた。

「ごはんたべよう。」

右手を弟の両手が掴み、靴を脱がしてくれる。

「うん。」と言って部屋に上がった。

『私が頑張らないと。』心を奮い立たせて居間に入る。

部屋は暖かくポットから湯気が上がっていた。


夜遅くなって母が帰って来た。

「ご飯食べた?」と聞かれ、「おじさんがお弁当くれたよ。」と弟が言う。

「シフト表貰ったから、明日からはご飯作れる日とお弁当の日をきちんと用意するからね。」と優しく言っていた。

母は自分を見て全て分かっているようだったが、優しく微笑んで「お風呂入ろう」と言って皆で入っていつものように寝る。

母は自分の布団に入って来て優しく抱締めてくれた。



次の日の朝だった。

登校する時間になって玄関のベルが鳴る。

一緒に出勤しようとしていた母がドアを開けると三人の少女がいた。

「おはようございます。雫ちゃんを迎えに来ました。」

ハキハキした通る声で一番背の高い娘が言っている。

母は「あら。おはようございます。迎えに来てくれたの?ちょっと待ってね。」と言って自分と弟を呼んだ。

見覚えがあるようで誰か分からなかった。

「雫ちゃんおはよう。一緒に行こう。」

自分を見ると、そういって言って勝手に玄関に入り手を取って引っ張る。

靴を履かされて一緒に玄関を出ると、その子は母に向き直った。

「同じクラスの森澤麗香(もりさわれいか)です。こっちは私の妹の美鈴(みすず)。翔君の隣のクラスです。あの子は水橋寛美(みずはしひろみ)。これから毎日来ますからよろしくお願いします。」

母も最初は面食らっていたが満面の笑みで「こちらからもよろしくお願いします。」と言って送り出してくれた。


それから彼女達は本当に毎日迎えに来て、学校が終わると家まで送り届けてくれた。

冷たい雨の日も、大雪が降った日も必ず三人揃って出迎えてくれて、授業が終わると皆で一緒に帰って来た。

麗香と寛美は小学校に入ってからの親友であり、寛美は常に学内トップの才女で、自分からはあまりしゃべらないが、いつも優しく静かに微笑んでいて、近くにいてくれるだけで心が落ち着いた。

麗香も寛美程ではないものの成績は良く、どんな時にも公平に仲間を守っていくリーダー的な存在だった。

何よりも二人は小学生ながらテレビや映画に出てくる女優やモデルのような整った顔と綺麗なスタイルをしていて何故自分と一緒にいるのか不思議に思っていた。

二人に支えられていた事で、学校にも慣れてくると次第に心が軽くなり、自然に笑える自分がいる事に気付く。

同時に学校には麗香達以外にも自分を受け入れてくれている仲間がいる事が分かり、自分の居場所がある事を感じるようになった。

友達が増えても麗香と寛美は自分にとって完全に別格な存在となって行き、今では掛け替えのない親友となっている。


三学期が終わるころ、年度末試験が終わりそれぞれの家にも遊びに行く機会が来た。

寛美の家は比較的近く青嵐学院大学の近くだったが、森澤姉妹の家は一駅隣である事を知ったのは春休みに入ってからの事だった。


後に、麗香にその当時の事を話した事があったが麗香は「あんた、最初の日。挨拶してから一言も話さないで幽霊みたいだったのよ。悪いとは思っていたけど学校の皆は(シズ)の家庭の事情、転校の理由を知っていたの。私達は(シズ)の事情を知った以上、絶対に孤独にさせないって皆で決めたのよ。だから寛美(ロミ)と送り迎えだけでもやって行こうって話し合ったの。私にとってはただの朝練よ。朝練。」と、さらっと言っていたが、「そのお陰で今がある。感謝している。」と伝えた。

麗香はただ「ふ~ん。そうなの?」とだけ言って笑っていた。

その笑顔はとても美しく、祖父が話していた吉祥天の姿を映し出していた。



・・・まだ死ねない。麗香や寛美に何も恩返し出来ていない。学校の皆にも、丹沢の人達にも。祖父にはとうとう何もお返し出来なかったが、親戚達にも支えられたままだ。どうやったら恩を返せるのか分からない。分からないからこそ恩を返せるその時まで自分の命は残さなければならない。自分の義務としてそう思った。

そして心の奥から本音が湧き上がって来る。

『麗香に。寛美に。また会いたい。』



自分を中心に空気が澄んで行く。

この空間の全ての配置が手に取る様に分かった。

人間は三人。

自分と弟の翔、あと一人は知らない女の子・・・寛美に似た空気感の子がいる。

精霊が一柱。

途轍(とてつ)もなく大きな力のある神様のような存在が二柱いる。

どこか懐かしさを感じる二柱の神の名が心に浮かび上がって来た。

自分が呼んでも良い方の名が分かる。

化け物は、警察官に酷い事をした大きな猿達が六十四頭。

山の様に大きな猿が三頭。

一番大きな猿にも何故か懐かしさを感じる。この猿だけは他と違い、もの悲しさを漂わせている。

個々の思念が伝わって来た。


翔は今までに感じたこともないほどに怒っている。いや、『憎しみ』を感じる。

『この子にも人並みの感情があったんだ・・・』

翔は、一緒に育ってきて泣き虫だった頃も相手を憎んだり怒ったりする事はなく、泣いている理由を聞いても、相手が人を虐めなければならない衝動を抑える事が出来ない心に哀れを感じて、どうしてあげたら良いのか分からなくて哀しくなったと言っているような子供だった。泣かなくなってからもその性格は何も変わらずにいる。

「お姉ちゃんにも分からないよ。」

そう言って抱き締めて一緒に泣いた事は何度もあった。

『憎んでいる』翔の感情に焦点を絞って覗き込む。

父がいなくなった時の情景が心に飛び込んできた。

『・・・そんな事があったのか・・・』

父の死についてぼんやりとだが見えた。父の死には、目の前の大きな猿三頭が関係していた事を知る。

同時に『家族を置いて勝手に怪我して帰って来る自分勝手な父親』と思っていた自分を恥じた。

英俊の伯父さんが言っていたように父は人のために命を削って生きていたという事実を垣間見る事が出来た。

『必ず生きて帰って、お父さんにも、「ありがとう。」と言おう』

もう一つの生きる理由を見つけた。


翔に抱かれている女の子にも入って行く。

意識は朦朧としているが何か昔の夢を見ていた。

『忍ちゃんって言うのね・・・』

記憶の波が押し寄せて来る。胸が熱くなり涙が止めどなく(あふ)れて来た。

どことなく自分や翔に似た境遇と知り、彼女自身の心の美しさを感じる。

澄んだ空に桜の香を乗せて心地よくそよぐ春風のような華やかで温かい心だと思った。

『・・・寛美と同じ香りがする・・・』

翔に対する好意を持った感情と、楓との繋がりも見えた。

『楓さんに、この子のお母さんに必ず送り届ける』心に刻む。


一番大きな猿の心に入り込もうとした時、自分に対して『拒絶』する衝撃が伝わる。

胸に(えぐ)り込むような衝撃が走り、声が漏れた。

その瞬間、ほんの一瞬だったが大猿の記憶が見えた。

淡い朱色の狩衣(かりぎぬ)(まと)い、涼し気な表情で父や翔にも似た男の人が、山の民や村人達と一緒に神社の境内で宴に興じている情景だった。宴には山の精霊や陽気な物怪の姿も交じっていた。

境内の中央に舞台が築かれ、麻の衣装を着た自分が村の人達とお囃子(はやし)に合わせて踊っている。

皆楽しそうに酒を酌み交わし、粗末だが温かい食べ物を分け合っていた。

狩衣の男の隣に普通の猿よりも一回りくらい大きな猿が小さな烏帽子(えぼし)と、同じ色の狩衣を纏って静かに座っている。

その猿は穏やかな表情で人間と同じものを食べて、狩衣の男から酒を貰って飲んでいた。

宴が終わり男が立つと、精霊や物怪達と一緒に山を降りて行った。

大猿は人の言葉を理解し、狩衣の男を慕っている事が伝わる。

見えたのはそれだけだった。

それ以外は、ただ自身に対する後悔と懺悔(ざんげ)の叫び、哀しく辛い感情が押し寄せて来て壁を築いてしまった。

『・・・猿哮(えんこう)・・・』何故か名前が分かった。

『・・・終わらせて欲しいの?・・・』

どうしてなのか分からないが涙が(あふ)れて来た。


霽月(せいげつ)


自然に口から声が(こぼ)れた。

大きな猿に喰らい付いていた大狗(いぬ)が青白い光になって戻って来る。

猿に切られた左の背中が赤く、肉が見えていたが見る間に傷が塞がっていった。

翔が驚いて振り返る。

「ねーちゃん?」

翔を見て、また心に飛び込むものがあった。

巨大な白蛇が訴えている。

戻って来た大きな狗。霽月からも声がする。

猿哮を見て立ち上がった。


「もういいのよ。終わりにしようね・・・ごめんね・・・ありがとう。」


自分でも何を言っているのか分からない。潜在意識のもっと奥。遥かに遠い時空(とき)の彼方から自分の身体を使って出た言葉だと理解した。


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