表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
56/77

猖獗 SHOUKETSU

戦況は劣勢になり始めていた。

琴乃と一志の二人が大量に討ち取る確率が下がって来たからだった。

常に分散し的を絞らせないように移動しながら攻撃力が劣る山住衆や両家従者に狙いを絞り始め、犠牲者が出始めるようになった。

「もう、切りがない。こいつら増えてない?」

琴乃が言い、切れ味の落ちた祓糸(ふつし)を取り替える。

一志は『式』を撒いて祓い始めていた。

「普通の猿よりは知能指数高いみたいですね。流石は猿神と呼ばれる類の物です。数的に不利ですね。死人はまだ出てないみたいですが・・・まあ楓さんのおかげでゾンビの様に復活してくれてますけど。」

岩屋を見ると楓が怪我人を治療している。治療を受けた者は戦線に復帰していった。

物怪(もののけ)を褒めてる場合じゃないでしょ。こいつら低級の雑魚よ。本物の猿神じゃないわ。ただ、数だけ多い。何かの時間稼ぎみたいに感じるけど。」

一志も同じことを考えていた。

分類としての猿神であり、種の中でも低俗である事は直ぐに分かったが数だけは異常に多かった。

分散する相手に、お互いの背中を守り回転しながら猿神を始末していく。琴乃が東側の藪を正面にした時の事だった。

森の中に青緑色の花火が見えた。

「史さん達が来たみたいね。なんか揉めてるみたいだけど。」

話している最中、左足に痛みを覚えた。見ると太腿の外側に切れ跡がある。

一志がカバーに入り猿神の脳天を叩き割る。

何処から出したのか右手に鉄扇を持っていた。

「大丈夫ですか?武器持ちが混じって来ましたよ。こいつらがプリメーラかも。」

「ぷりめ・・・馬鹿言ってるんじゃないの!なんで物怪が武器もってるのよ。」

琴乃が言って腕を振る。

武器持ち達が(かわ)すと、今度は指先に変化を付ける。祓糸の軌道が変わって物怪達の首を落として行った。

「武器持ちもいるでしょ。鬼の(たぐい)は大体持ってますよ。名持ちの狸なんかも刀術使うんじゃなかったですかね。」

鉄扇を開き舞いながら次々と切り倒していく。

興奮した猿の吠え声が大きくなり、人間の悲鳴が聞こえた。

東側の陣営が崩れ怪我人が出る。

救護に向かった人間も襲われ始めた。

玄司と希代司が援護に回るが倒れた従者達に猿神が群がって行く。

頭を掴み引き回される女の従者が悲鳴を上げた瞬間。

空気を裂く乾いた音がして群がっていた猿神が一瞬で消滅した。

「お待たせ!」

山人刀を真横に振るった哲也がいた。

「岩屋へ!」

史隆が叫び、聡史と涼子を囲んで六人の山住衆が楓の元に走る。

次いで倒れた人達を担ぎ次々に岩屋へ向かった。

「あら、聡史君涼子ちゃん。お帰り~」

楓が声を掛けて来た。

史隆も走って来る。

怪我人は四人。いずれも重症なのは見て取れた。

神崎勢が止血して楓の前に連れて行く。

「あらあら、大変ね。」と言い、それぞれの傷に手をかざして行く。

「傷は男の勲章でしょ~」言うと男の従者達の血は止まる。

「はい。君達はドクターストップ。寝てなさい。」

言われた男たちは寝息を立ててその場で眠ってしまった。

「あなたの傷は消してあげる。涼子ちゃん!」

呼ばれた涼子は、はさみを渡され、女性の従者の傷周りの服を切り、患部が見えるようにする。往診鞄から出した医療綿で血を拭い涼子に傷口を抑えさせると小瓶を手に取り傷口に振掛けた。傷口から白い煙が上がると傷が塞がる。楓が左手で傷跡を撫でると鰹節のような粕がボロボロと落ち、綺麗な白い肌が見えた。

同じように顔の周りも撫でると傷跡は無くなった。

「はい終わり。あなたも寝てなさいな。」

言われた従者は横になり涼子がザックから広いシートを出し上から被せてあげた。

怪我人の治療を見ていた史隆を見上げ、楓が悪戯心むき出しの笑顔をする。

「史君・・・うけるわ・・・クク。本当に走って来たの?明々後日(しあさって)には立てないくらい筋肉痛になるわよ・・・もう五十前なんだから大人しくしてなさいよ~箱根駅伝にでも出るつもり?あなた用に(はり)打ってあげるからそこで横になりなさい。」

史隆はこの場で行われている死闘を前にしてもいつもの調子で飄々(ひょうひょう)としている楓を見て、自分が思っていた事が確信に変わって行くのを感じていた。

「ですから、まだまだ若い者には負けてないんですって。楓さん。翔や雫の場所は分かってるんですよね。お弟子さんも。」

楓は立ち上がり史隆を見上げて妖艶に微笑む。

「あいつらも馬鹿ね~所詮は猿だわ。欲張り過ぎなのよ。三人も集めて今頃手に負えなくなっているわよ。まあ、忍ちゃんがいるし、せいちゃんも・・・ねえ、それよりも史君。死人が出ないようにしてよね。引率責任よ。まだ他のが出てくるから油断しちゃダメよ。」

「他の?まだ他に狒狒の傘下になっている輩がいるんですか?」

史隆が言い、戦線を見る。

神崎勢が加わったことで情勢は盛り返しつつあった。

一志、琴乃に加えて哲也が入ったことで接近戦への対応が増す。



突如、小屋の裏から猿の悲鳴が聞こえ、一斉に猿達が木の上に逃げ出した。

不思議に思い、皆が棒立ちになった瞬間、史隆が叫ぶ。

「陣形を整えろ!何か来るぞ!」

小屋の正面に哲也が、その左を一志、右に琴乃が三角の陣を作り、この隙に怪我人を岩屋の楓に連れて行く。

玄司と希代司に楓達の護衛を頼み史隆も前線に向って行った。

腐臭が流れて来たかと思うと紫色の炎に包まれてガサガサと這いまわるものが八体現れる。先頭の物怪が猿の頭を前に投げ入れ、その頭を踏みつけて哲也の前に来る。

1メートルほどのラグビーボールのような腹からは四本の脚があり、それぞれに鉤爪が付いている。そこから逆三角形の甲羅を背負った身体があり、両側に鎌状の腕が付いていた。

肩の上に(たてがみ)を持った一つ目の山羊に似た細長い顔を持ち、深く横に切れて肉食獣のような牙が並んだ口があった。その口からは紫色の毒々しい息を噴いている。腹だけが明るい茶色でそれ以外はコールタールのような照りのある黒い身体をしている。全体的には巨大なカマキリのような物怪であり、息と同じ色の炎を(まと)っていた。

「父さん。何あれ?」

哲也が聞き、一志や琴乃も振り返った。

「いや。分からん。初めて見た。祟り神の一種か?あまり近付くな。毒気にやられるぞ。」

言って、楓を見る。

珍しく楓が驚いた顔をしていた。


「へえ~あのお猿。こんなのを召喚出来る様になったのね。『猖獗(しょうけつ)』よ。史君の言う通り瘴気を吐いてるから吸い込んじゃダメよ。山住達は下がりなさい。」

楓が言い終わらないうちに八体の猖獗は散開して前に進む。目的は楓のようだった。

「眼中ないってか?少し遊んでけよ!」

哲也が山人刀を振る。斬撃が宙を切って先の木を割った。

命中する筈だった猖獗はあり得ない動きで哲也に向って来る。

切っ先を変え薙ぐと鎌で受けられ、四本ある足が別々の動きをして予測不能な攻撃をしてきた。

刀を掴んだまま空いた鎌が哲也を狙う。

身を屈めると前足の鉤爪が襲ってきた。

山人刀を放し、左手でもう一本の短刀を抜き、そのまま前足を払うと二本の前足は関節から下が落ち、紫色の液体を撒き散らし、触れた土から煙が上がった。

バク転して回避したところに奪われた山人刀が投げつけられる。

「サンキュー。これ、結構高いんだ。」

飛んできた刀を右手で受け取り『気』を込めて二本脚でバランスを崩している猖獗に打ち込んだ。鎌で防御するが、ガードした腕と共に猖獗の頭が裂ける。

甲羅の胸には一本の亀裂を開けた。

「なんだよあの甲羅。硬いなー。」

哲也の戦いを見ていた琴乃が祓糸を持ち替える。

金色の蚕の繭のような糸玉に変えていた。

「まさかこっちの糸使う必要があると思わなかったわ。ちょっと本気出すわよ!」

琴乃が両手を振り、右に動いた猖獗に狙いを付ける。

四本ある足の一本。右前足だけが飛ぶ。敵意を琴乃に向け三本の足でランダムに軌道を変えて攻めて来た。

「だからさ。本気出すって言ったよね。」

猖獗の動きが止まる。金色に煌めく糸が全ての足を切断し、腹を裂いた。紫色の瘴気を吐きながら呻く首が肩から離れて地面に落ちる。胸の甲羅だけが無傷で地面に転がった。

琴乃は(いぶか)しみながら腕を振り猖獗の体液を払って回収する。

左に回った二体が一志を襲っていた。

『式』を放つと同時に無数の羽根を投げ上げる。鉄扇を開き舞上げると二体の猖獗に多角的攻撃を仕掛けた。

『式』が腹に貼り付くと『(ばく)』と唱える。人型の紙は炎を上げ爆発する。

張り裂けた傷口から紫色の液体がこぼれると地面から白い煙が上がった。

なおも動き続ける猖獗に舞い上がった羽根が降り注ぐ。

胴体の甲羅に向った羽根は全てはじき返されてしまうが、頭から顔面に多数の羽根が突き刺さりそれぞれが白い炎を上げると猖獗は唸り声をあげて動かなくなった。

初戦で四体の猖獗を葬り、残り四体を追う。

前線の三人が岩屋に向いた時。史隆が叫ぶ。

「まだだ!油断するな!」

言って山人刀を数字の八の字に振るう。

二体の猖獗が首と胴体、腹にバラバラになった。

「流石!」一志が言うのを「前を向け!」史隆が叫ぶ。

一志が振り返ると倒したはずの猖獗の胴体から六本の長い脚が生え、その先には長い爪が一本ずつある。両肩からは関節が三つある腕が出て来てその先には鎌ではなく大きな(はさみ)があった。

手足が生えそろうと甲羅が震えの大きさが倍以上になり、もとの頭がもげると甲羅の中からヌメヌメとしたスッポンのような首の長い頭が出て来た。

新しく生えた足が腹を蹴り、分離すると地面を這い、ガサガサと爪を立てる。

今度は巨大な黒い蟹の様相で、甲羅を地面と平行にして炎を上げている。

新しい頭が左右に動き一志を見つけ襲ってきた。

『式』を送るが背中の甲羅から上がる炎に『式』が近付くと黒く焦げてしまう。

『破邪の法』も猖獗が口を開き吼えると術が消えてしまった。

「一志君下がれ。」

史隆が言い一志の前に出る。

山人刀を両手で持ち、重心を下げ、丹田に気を溜めてから両腕を振る。

雷鳴にも似た乾いた衝撃音がして、攻めて来た猖獗の頭から甲羅が割れる。

自らの炎と共に、紫色に燃え上がると煙になって消えた。

一志が倒した筈のもう一体と、哲也と琴乃の相手だった二体がそれぞれ残った甲羅から脚を生やし、首を出してきた。

二体の猖獗が瘴気を吐き紫色の霧を発生させる。

哲也と史隆が山人刀を振るい風を起こす。

烈風が吹き、風の通った木々が枯れ、その木の上にいた猿神がバタバタと落ち、煙を上げ土塊(つちくれ)になって行った。


猖獗の吐く瘴気の毒性は十分に証明された。

史隆にバラバラにされていた二体も復活して、変形した蟹型の猖獗五体が一斉に瘴気を吐く。

一志が短冊状の紙を三枚出し、刀印を結び息を吹きかけ岩屋へ放つ。

荒南風(あらはえ)』と唱えると岩屋を中心に三方から強風が起こった。

風下になった木々と下草、藪が枯れ果てると同時に木の上の猿神達が消えて行く。

難を逃れた物怪は四散し森の奥へ消えて行く。

琴乃が両手を伸ばし、祓糸を風に漂わせている。

哲也と史隆の射程にいる蟹型の動きが止まった。金色の祓糸が脚の関節に絡まっている。琴乃が指先の動きに変化を与え瞬時に手を握ると糸が絡まっていた関節は切断された。

「史さん、哲っちゃん!」

琴乃が叫ぶと同時に二人は重心を下げ、丹田に溜めた気を込めた斬撃を放った。

爆音と共に二体の甲羅が割れ、炎と共に崩れ、土塊(つちくれ)となった。

原型の二体が史隆ら四人を大きく迂回して岩屋へ回り込んで行った。

「だから行かせないって!」

琴乃が言い、岩屋へ振り返った瞬間だった。

軸にしていた左足に激痛が走る。

蟹型の一体が速度を上げ琴乃の左足脹脛(ふくらはぎ)に爪を突き立てていた。

何時生えてきていたのか、(むち)のような細長くしなやかな尻尾の先に鋭利な爪があり、足を貫通して地面に突き刺さっている。直径2センチメートル程の尻尾の表面は細かい鱗で覆われ、爪は貫通すると傘状に開き抜けない構造になっていた。

猖獗は刺さったままの琴乃を自らの頭上に持ち上げると、横に開いた口から瘴気を放そうとした瞬間。首と胴体が離れ落ち毒液を撒き散らす。

琴乃が首を落としてもなお、力を緩めない尾を空中で切断し、祓糸を地面に叩きつけ、反動を利用して毒液が落ち白い煙が上がる地面を飛び越えた。

「琴乃さん!」

一志が叫び、駆け寄るところにもう一体が割って入る。

しなる尾が横に薙ぎ、一志が後退して回避するところに返す爪が目前で開く。

牙を持った口が蛇のように襲い掛かって来た。

一志は鉄扇を開いて盾にするが勢いに圧されて吹き飛ばされてしまう。

宙を舞う一志に猖獗の尾が迫る。

着地の瞬間に一志は左手で地面を叩き両足から立つと、重心を体の芯に戻し鉄扇を持ち直すと追って来た尾の先端を薙ぎ切った。

毒液を撒き散らす暴れた尾から下がるところに猖獗本体の大きな鋏が一志の首を狙って来る。

左の鋏を避け関節に狙いを付けて鉄扇で薙ぐところに猖獗の右の鋏が閉じたまま突いて来た。

一志が握っていた鉄扇が弾き飛ばされ、もう一度左の鋏が首を狙って開いた刹那。猖獗の左鋏が第一関節の所でぼとりと落ちた。

膝を屈め後ろに跳び下がりながら一志は空中に(まばゆ)く光る金色の糸を見た。


尚も下がり右手で刀印を結び『六根清浄(ろっこんしょうじょう)急急如律令(きゅうきゅうにょりつりょう)。』と唱える。

一つ息を吐き、左手で帝釈天印を結ぶと『神立(かんだち)』と唱えた。

空気が白く輝き轟音が(ほとばし)る。

虚無の空間から放たれた(いかずち)が猖獗の動きを止め体中から白い煙を上げて蒸発していった。

史隆は哲也に一志の援護を任せ、負傷した琴乃の救助に向かっていた。

琴乃に首と尾を切断された猖獗本体は活動を止めている。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ