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脱出計画

  巳葺小屋 17時30分


史隆から一志の報告内容を聞いた楓は琴乃にも伝えるよう言い電話を切った。

楓は涼子達を呼び、全員を座らせて現状を語る。


『登山口の捜索本部が襲撃され、雫が連れ去られたが、現在は山住衆に護衛された事で狒狒による再度の襲撃は考え辛い。』

『九鬼の一門が森に入り狒狒の本体を炙り出して巳葺小屋へ追い込み、北から龍崎一門が山住衆を率いて真っ直ぐ進み、まもなく到着する。』

『史隆も大隊を連れて進行中である。』


言い終わると翔と聡史、宗麟を見た。

「和尚さんや翔君、聡史君は今直ぐにでも雫ちゃんを救出に動きたいってことは痛いほど分かるけど、居場所の特定と本当の勢力の把握無しに闇雲に動く事は、更なる被害を産み不利になると思うのね。ただね、深山君の部下の浅井君からの情報から一つ安心出来る情報を伝えると、翔君。この巳葺小屋で生まれた精霊の数を覚えている?」

楓は穏やかに翔を見て聞く。

「三柱と聞いています。」

翔が寛美から聞いた古文書の内容について答えた。

「そう。その精霊達は神崎の一族。正確には光雲の子孫の誰かを守護しているとも伝えたわよね。そのうちの一柱の守護精霊が、狒狒が作った幽世に入って雫さんを追っている事が浅井君の目撃談から分かったの。だから私は大丈夫と言ったのよ。」

楓の語り口調は更にゆっくりと話している。

翔も落ち着き始めて聡史の目を配ってから聞く。

「その精霊は狒狒に対抗出来る力を持っているという事ですか?」

楓はゆっくりと頷き翔を見て言う。

「狒狒では相手にならない程の力を持っているの。ただ、皆が目撃した群れの中でも特に大きな個体が三頭いたでしょ。奴らは別格の力を持っているし、知能も非常に高い。雫ちゃんを人質に、何らかの罠を張っている可能性は高いの。雫ちゃんを狙った理由が女性だったからなのかは分からないけど、何かを仕掛けてくる事は考えられる。九鬼の皆はある意味では一番危険な役目を負ってくれているの。一志君は子供の頃から鍛えられた現代陰陽師のエリートよ。私は彼を信じて待ちたいと思っているの。」

言い終わると楓は腕時計を見る。18時を過ぎていた。今度は皆を見て話し出しす。

「そこでね。想定していなかったのは私のミスなんだけど、この時間まで狩り込めていないのでもう直ぐ日没になって、あと1時間半で逢魔が時を迎える。暗くなると人間の方が不利になるから君達は確率的に安全な捜索本部に戻るべきと考えるんだけど、涼子ちゃんはどう思う?」

涼子は回答の前に一つの疑問を呟く。

「楓さん。狒狒の目的は何だと思いますか?私が監理官になって三年。楓さんにはいろいろと教わりましたけど、物怪には知性はあるけれど理性は無いと実感していました。人質を取る行為は知性から来るものとも、有利性を得るために合理性を基に行うとも取れてしまいます。そして、最初の犯行。この巳葺小屋での殺人は何を狙っての犯行か判断出来ていません。短絡的な殺人なのか、この小屋を狙って誰か又は全員を殺害したかったのか、何故この小屋なのか。楓さんの考えを教えてください。」

楓は妖艶な微笑みを涼子に見せてただ一言「知らないわ。」とだけ言った。

涼子は自分の質問は『人』による犯行動機を考慮してのものだった事に気付く。

物怪の行動原理に動機が含まれない事象は多くあり、それが自分の職務経験でもあった。

物怪は基本的に『ただやりたいからやった』というのが普通であった。今回のように狡猾に。組織的に人を殺め、人間に対抗する相手は経験がない。最初の犯行、脊山を殺したのは偶発的なものだったとしても経験上の理屈は通る。その味をしめて残った人間を殺しに来た。あるいは喰らいに・・・楓の発言を受け入れる以外の選択肢が浮かばず、時間の制約を考えると決断した。

「楓さんの言う通りですね。暗闇は我々に不利な状態になります。暗視ゴーグルがあったとしても視野が狭まると皆を守り切れるとは思えませんし、初戦で実装した武器の効果は薄かった。実際に我々には対抗手段が無いに等しい。岩屋の砦も既に一度破られていますから安全とも言えませんし、我々が新たな人質になる事も、あるいはもっと酷い結果も・・・判断するのは今しかありません。幸い、本部との連絡が回復して怪我人は出たものの機能は修復され県警からの応援や山住の人達が護衛に入ったようですからここにいるよりは安全になりそうです。ですが、戻るには道案内がいません。宗麟さんと私達がたどって来た道では途中で夜を迎えてしまいます。楓さんが来た道で帰るしか方法が無いかと。」

静かに聞いていた忍が口を開く。

「私が覚えています。同じ道でよければですけど。」

楓は忍を見て「忍ちゃん。大丈夫?」と心配した。

忍も父親の深山が重傷者として搬送されている。

能力の心配は不要だが、まだ十八歳の高校生であり、その心を気遣った。

「大丈夫です。道は覚えています。師匠の教えをきちんと守っていますよ。」

楓の心配を払拭する弟子の強い返事だった。

憂いをもった瞳で忍に微笑む。

二人の表情を見ていた聡史が嬉しそうに眺め、翔に肘打ちを受けていた。

「涼子ちゃん。いい?」

楓は涼子の意思を再確認した。

「楓さんはお一人で残られるんですか?誰か護衛に残しましょうか。」

「ふふふ・・・私を守れる『人間』ってこの世にいるのかしらね・・・」

頬杖をついて見詰める目を見て、涼子の背筋に冷たいものが流れた。


避難実行に先立って、楓が護衛を付ける当てがあると言い出した。

「ちょっと待ってね。」

楓がスマホを出す。スピーカーにして『一志くん』を押す。直ぐに繋がった。

『楓さん。御無沙汰してます。一志です。今、森に入りました。もう追っていますよ。』

「一君。ありがとう。流石ね。あのね、ここにいる人達を本部に避難させたいんだけど、どう思う?暗くなる前に動きたいなって考えているんだけど。」

『…そうですね。今ならうちの人間が入りましたから人数割いて迎えに行かせましょうか?途中で合流するのが合理的です。今なら奴らも警戒していると思いますし、とんでもない追跡者が追っていますから避難する人間を襲う余裕もないと思いますよ。それにうちの人間も加われば本部の護衛も厚くなりますから安心ですし。どのルートで向かえばいいですか?』

「牟田ちゃんが教えてくれた道で来たからそれを帰るのが最短だと思うけど。分かる?」

『分かります。六人向かわせます。そちらで連絡出来る人を紹介してもらえますか?こちらは藤次(とうじ)をリーダーにします。あ、こちらからショートメール入れますね。時間的にギリギリです。直ぐに動けますか?』

「一応、護身用の武器持たせるけど直ぐに発たせるからお願いね。こっちの責任者は涼子ちゃんよ。一君は知ってるよね。じゃ、私はここで待つからよろしくね。」

『はい。恐らく琴乃さんの方が一足早く着くと思います。お二人いればこっちからの追い込みで殲滅(せんめつ)出来そうですね。それではまた。』

通話が終わった。避難を急ぐことになる。楓のスマホにショートメールが入りコピーして佐々木へLINEを入れた。「九鬼藤次」一志の弟の番号が表示される。

楓に言われ涼子が電話を入れると繋がった。

互いの番号を登録して、念のため全員に共有させた。

「これで万が一があっても藤次君に連絡出来るね。彼らに会うまでは自分で身を守る必要があるからそれぞれこれ持ってね。」

涼子が連絡をしている間に、翔と聡史を連れて小屋に入り武器を持って来たのだった。

「もう分かったと思うけど、物怪に通常の銃は効き目無いの。これは涼子ちゃん達の銃弾や忍ちゃんの矢、和尚さんの棍先の(はがね)と同じで鉄にちょっとしたお(まじな)いが施された物よ。お巡りさん達は剣道やっているよね。長物は古道では取り回し辛いからこれね。」

言って小太刀を二振り手渡す。涼子には大きなサバイバルナイフを、須藤と風丘にはククリナイフを渡した。翔と聡史にも小刀を渡すが「あくまでも護身用よ。皆に守ってもらいなさいね。」と念を入れた。

「和尚さんや忍ちゃんは訓練してるから効果は高いけど、お巡りさん達は気を乗せることが出来ないと思うから相手を切っても安心しないでね。それじゃ、危険度が薄まったとはいえまだ油断は出来ないから藤次君と合流するまでは慎重にね。先頭は忍ちゃんになるからこれを弓に取り付けて。」

弓の先に薄い金物があり止め金具を外すとスリットが現れた。そこに薄く長い刃を差し込み、留め金を入れる。両刃の薙刀のようになった。

「それじゃ、時間ないからすぐに出て。涼子ちゃん。皆をお願いね。」

「はい。楓さんもご無事で・・・って必要なさそうですけどね。本部で待ってますから早く片付けて帰って来て下さいね。」

隊列は案内の忍が先頭に付き、後ろを須藤、涼子と続き聡史と翔を挟んで所轄二人、宗麟、最後尾に風丘が付いた。銃弾の残りを確認して須藤と風丘はライフルを持って歩く。

空はまだ明るく、森の奥で鳥の囀りが聞こえていた。


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