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守りの砦

槍穂岳登山口に向かうバス通りの最終分岐点ではバス以外の侵入を禁止にしていた。

分岐には警官が二人いて一般車両を神社への坂道に誘導している。

片側一車線の道幅の狭い道路の路肩にマスコミの物らしい車両が停車していて警察の指示も聞かずに居座っているためバスをはじめとする大型車が行き来出来ずに渋滞してしまっていた。

事態が打開されないため鳥居前町に1台だけあるレッカー車が出動し強制撤去をし始めると蜘蛛の子を散らすように神社の有料駐車場へ移動し始める。

呆れた観光客がスマホで動画を撮り、どこの会社所属かをSNSで流し常識の無さを批難していた。

最後の1台が移動するとバスが動き出し、詰まっていた道路が動き出す。

浅井(あさい)正平(しょうへい)が分岐にやって来たのは8時40分を回っていた。

助手席側の窓を開け、分岐で誘導している警官に身分証を呈示して要件を伝えると登山口へ誘導される。行く先にバスロータリーが見え二番目の規制線が無料駐車場の手前に張られていた。その規制線の前に止めてある黒いワゴン車の真後ろに停車すると担当していた警官が走って来た。

エンジンを止めて車外に出る。警官を見てからドアを閉め身分証を見せて話す。

「横浜市役所の市民生活安全課の者です。佐々木監理官から自分の上司に連絡があって捜索本部に行くように指示されました。監理官はいらっしゃいますか。」

警官は向かいの駐車場にある特別捜索本部に先導し村井に報告した。

「横浜市役所がなんで出てくるんだ?まあ、監理官は先刻救助に向かったよ。」

村井に言われた浅井は礼を述べ上司に連絡しますと言って外に出る。

コール1回目で通話になった。同時にサイレンの音が耳に轟く。

「課長、何ですか?大丈夫ですか?」

「浅井君・・・まさか今着いたのか。どこにいる?」

深山が呆れた声で聞く。

「あ、はい。大渋滞でやっと捜索本部に着きました。佐々木監理官は既に山に入っちゃったらしいです・・・課長?・・・もしもし・・・」

通話は終わっていた。遠く崖の下からサイレンの音が聞こえて来る。

停めた車から崖に歩くと赤い光の点滅が坂を上って来るのが見えた。


捜索本部から出て来た警官が規制線の担当に指示をすると、二人の警官はロープをほどきカラーコーンをどける。

程なくして2台の白バイに先導された深山の車が浅井の目の前を通過し、バスロータリーに入って来た。

警官の誘導でバスロータリーの路肩に車を停車させると浅井は走り寄り、にこやかに話す。

「課長、早かったですね。白バイに先導させるなんて流石ですね。」

浅井を無視してバタバタとドアを閉めトランクを開けて各々のザックを手に取り特別捜索本部へ向う。

本部の中に入ると村井が電話を切るところだった。

深山達を見て立ち上がり近付いて来る。

「秋月先生って言うのは、あなたで?」

深山に向かって言う。

深山は横に動き後から入って来た楓を前に出す。

小柄でロングヘアーの美少女が村井を見上げて微笑んでいた。

村井は引きつり、深山を見る。

深山が頷くと愕然とした表情をしてから一呼吸すると、楓に向き直して姿勢を正し敬礼した。

「秦野署の村井です。たった今県警本部長より特務命令で秋月先生の指示に全面的に従うよう申し付かりました。以後ご指導よろしくお願い致します。」

村井は言うと中央テーブルに招き本部が所有している情報を全て報告した。

楓達は捜索本部と、佐々木からの情報を共有し先行隊から入ったばかりの内容を整理して、佐々木に連絡を入れた。

『佐々木です。現在、巳葺山の麓付近に入りました。宗麟住職の話しではあと30分程で着く予定です。先程先行隊の佐藤巡査部長と通話出来ました。二人は無事で保護しています。』

「了解よ。涼子ちゃんは出来るだけ早く翔君の所に向かってちょうだい。私も各所の配置と準備出来次第追いかけるから。あと、変わった霧が出たら小屋の南西にある岩屋を背にして身を守ってね。あ、そうだ。大きな蛇が出ても絶対に攻撃しちゃダメよ。」

『身を守る必要のある相手が来るという事ですね。蛇・・・分かりました絶対に攻撃しません。以上了解しました。お待ちしてます。』

佐々木は楓が話すことに疑問を抱いても無駄な事を知っていた。ただし、楓の忠告は絶対であることも熟知している。

通話を終えると指示の内容について村井が説明を求めた。

楓は深山を見上げ悪戯な微笑みを見せる。

「ん。現役君。出番よ~」

魅力的な笑みを投げかけながら浅井に告げた。



佐々木は通話の内容を部下の警官と宗麟に伝えた。

「いよいよ楓さんが到着しましたか。後は我々自身と先行隊の身を守れば何とかなりますな。しかし、大きな蛇とは・・・楓さんも相変わらずですな。」

宗麟が言い、前を向いて歩き出す。宗麟も佐々木同様、楓の言葉はその言い方によらず疑う余地はなく、忠告を聞かない者の末路を知っている。

林道を抜けると杉の木に囲まれた円形の広場があり右に簑沢峠へ抜ける登山道がある。左側は笹藪が茂り、崖になっていてごつごつした岩の先は深い谷になっていた。

登山道入り口の左端には小さな(ほこら)があり苔むした敷石にまだ新しい花、濃い紫色をした竜胆(りんどう)が置いてある。

宗麟は祠の左側、藪に向けて直進する。

暫くすると背の高い笹薮に囲まれた。宗麟は振り返り佐々木達に話し始める。

「先程の登山道を登り、途中にある祠を左に入ると獣道があるんです。役所の人達は巳葺小屋を目の敵にしていて、指導という名目で嫌がらせに行っていたらしいんですが、彼らはその道しか知りません。それだと2時間以上の遠回りになります。これからの道は藪漕ぎをしながら山住の人達しか知らない古道を通ります。ヤマビルに注意して進むことになりますから、出来るだけ肌の露出を押さえてください。この道であれば20分程度で小屋が見えてきます。」

言い終わると目の前の藪に向かう。

下を向くと、まだ新しい濡れた下草を踏み均した跡を見つけた。

「・・・それでも一日程度は経っているな。ここが侵入路ではないな。」

呟くと、藪を開き中に入って行く。藪は3メートル程で抜けた。

両側を背の高い藪が覆い、人が一人歩く事が出来るだけの道が目の前にあった。

宗麟を先頭に佐々木と二人の警官が続く。暫く歩くと道は三股に分かれ宗麟は右側の道を行く。今度は二股に分かれ、左の道を進む。目の前に古道に入る時と同じくらいの笹薮が見えて来た。宗麟は振り返り「到着しました。」と言う。

藪を開き3メートル程進むと林の中に『巳葺小屋』が見える。

宗麟が歩き出し、左を指差して佐々木に話しかける。

「あの岩屋が、楓さんが仰っていた守りの(とりで)でしょうな。」

巨大な白い岩肌の大岩を中心にして3メートル程の先が尖った岩が取り囲むようにして鎮座する。小屋を覗くように横穴が開いていて大人三人位は中に入れそうである。

岩屋の後ろには通って来たのと同じように背の高い笹薮があるが背面の藪はその他と違う種類の笹と竹が混在している。

小屋までは50メートル。人影が見えて声を掛けた。

「翔!大丈夫か。」

宗麟が翔を見つけて駆け寄った。


切り株に腰かけていた翔達は南側から声がして立ち上がった。

四人の人影を見て手を振る。

「伯父さん!来てくれたんですか。ありがとうございます。自分達は無事です。」

聡史も歩み寄り頭を下げる。

宗麟は二人の肩を叩き無事を確認した。

佐々木が佐藤達に近付き敬礼をする。

「監理の佐々木です。先行救助ご苦労様。そして二人の警護ありがとうございます。」

言われた佐藤と片岡は姿勢を正し敬礼したが佐々木の言葉に驚く。

上官から、まして本部の監理官から任務に感謝された記憶はなかった。

「お電話では失礼致しました。自分が佐藤です。こちらが片岡巡査です。」

佐々木は二人に引き続き一般人の警護を指示し、楓からの注意事項を説明した。

不思議そうな所轄に「私が指示したらその通りにして。」と言い、部下の警官達と小屋に入って行く。


小屋の戸を押して屋内に入る。

発電機の音がしていた。錆びた鉄の臭いが充満し鼻孔を刺激する。顔を(しか)め、上を向くと通報通りに人間であろう物がぶら下がっていた。

状況写真を撮り部下の一人に指示を出す。

「須藤君。上に上がってロープをほどいてくれる。私と風丘(かざおか)君で受け取るから。」

須藤と呼ばれた警官はライフルを佐々木に渡し梯子を登って行き、三階の梁上まで来ると風丘に合図した。風丘も梯子を登り脊山の足を持つ。須藤がロープをほどき肩に巻き付けて二階へ飛び降りると脊山は土間へゆっくりと降りて行った。佐々木が下で脊山を抱きかかえ静かに土間へ横たえる。二人とも降りて来て、かつて脊山と呼ばれた男性の亡骸を囲み合掌した。

仰向けに寝かせたと思っていたが、首が後方へ曲がり腰から下も首と同じ方向に向いていた体は、胴体だけが逆方向になっていた。

見開いた目を佐々木が静かに閉じさせ、部下二人が胴体を元の方向に戻した。

内部で砕けた脊髄が吊られた状態にされたため腰を繋ぐ部分が異様な長さになっている。

遺体を保存するためザックからシートとバックを出し、須藤が丁寧に包んでいく。

風丘と佐々木は梯子を登り侵入されたという屋根裏を調べる。

小屋組の棟木の下に換気口があるのが見えた。南側には竹格子があったが、北側の換気口は壊され、人一人通れるくらいの穴が開いている。

「これが侵入路か。」

佐々木が呟き写真と撮る。梁を伝いながら降りて行き、梯子を下りると須藤と合流して外に出た。

腕時計を見る。9時46分を指していた。

捜索本部に遺体確認の連絡を入れると村井が出て『秋月先生は現場へ向いました。』と言い、楓の指示内容を報告した。佐々木は聞き終えると「了解しました。引き続きよろしくお願いします。」と伝えて電話を切った。



槍穂岳登山口特別捜索本部 9時12分。


「だから、私一人で大丈夫よ。涼子ちゃん達もいるし、深山君はこれから押し寄せてくる役立たず達が、山の中に入られないようにする仕事があるでしょ。」


佐々木との連絡が終わると捜索本隊の八名が本部に到着したが、楓は一人で入山し、一般人やマスコミ達が迂闊(うかつ)に巳葺山を中心とする山へ入らないよう要所の警備を要望し、遺体の収容と鑑識の投入は佐々木からの指示が出るまで待機するよう村井に依頼し、その場でスマホを出すと指示があるまで槍穂岳登山口行の登山バスの運休または、直接神社への進路変更をして事態が改善するまでの間登山道の封鎖を命令していた。

村井は電話の相手に興味を持ったが、楓の指示に従い警備位置を八名に割り振り「誰一人進入させるな。」と激を飛ばした。

従えなかったのは深山達である。

「ダメです。楓さんをお一人で向かわすなんて承知しかねます。少なくとも私は同行します。」

深山が言うが、楓は現場周辺の巳葺山にこれ以上の人間が進入しないようにする事が必要と言い、人間の被害が出ないよう槍穂岳側と道志、権現山方面からの進入路を塞ぐことに人数を割くよう言い放った。

「史君達には裏側から古道に入らないよう固めて貰っている。今頃一族総出で山に入っていると思うからこっちからも入らないようにする必要があるのよ。既に入山している人達の安全確保と退避が今の君達がしなければならない最優先事項よ。ここに来るまでに私が指示していた内容は車の中で聞いていたから分かるよね。全容を把握しているのは深山君だけよ。君が唯一私の意思を理解している人なんだから自分の仕事をして。対応しなければならない人数増えると私の仕事も増えるでしょ。流石に死人は治せないからね。」

楓に諭されるが深山は納得しない。

浅井に指示して自分は同行すると言って聞かなかった。


「なんで翔君の事になると熱くなるのよ。もう現役引退したんだから大人しくしてなさい。あなたもよ。」

同行の女性にも言う。

「隆一さんに誓ったんです。翔君も雫さんも必ず守るって。」

深山が言うのを楓は見詰めて聞いていたが、背を向けて「ダメなものはダメ。」と言ってザックを背負い始める。

「言いつけを聞けない子は。動けなくするわよ。」

振り返って深山を見た。

肩を落とし、「分かりました。行政官としての仕事をします。」と言って楓を見送りに外に出る。

外に出ると浅井がザックを背負っていた。

「浅井君。君は現役かもしれないけど警察じゃないから武器持てないでしょ。今回は危険過ぎるから深山君の仕事振りを見て勉強しなさい。人にはそれぞれ役目があるのよ。」

言われた浅井は深山を見る。

深山は頷いて手招きした。

楓は背後に動きがあるのを感じて振り返る。

深山が連れて来た女性がザックを背負い硬い表情で立っていた。

深山が楓に言う。

「連れて行ってあげてください。弟子の成長を見守るのは師匠の役目ですよね。」

「全くもう。いいわ。行きましょう。」

楓は観念して前を向く。

「あ、楓さん。この子を必ず守ってくださいね。」

深山がニヤリと笑う。

「はいはい。」

二人は本部を出て鳥居前に歩く。

年配の男性二人が楓に近付いて来た。二人共同じ顔をしている。警備していた警官が規制するのを楓が止めると、二人は膝を付き頭を下げて楓に訴えた。

「楓様。我々もお連れ下さい。史隆様より事情はお伺い致しました。最短の道をご案内致します。」

「道は知っているわ。(かたき)は取ってあげるから待っていなさい。」

楓は真顔で応える。

「存じております。しかし、我々の道の方が早く着きます。それと、これをお持ちください。」

老人達は持っていた包みを開け、楓に見せる。赤漆に金箔を施し螺鈿細工(らでんざいく)が入った美しい弓と矢だった。弓には金箔で何かの文字が入っている。

「分かったわ。こんな物、良く持っていたわね・・・これはあなた向きね。」

楓は受け取り『弟子』に手渡した。

(みのる)は我々の中では若い方で、子供が二人、孫も生まれたばかりでした。隆一様を見つけたのも何かしらのご縁だったと言っていました。そして今回、翔様をお守り出来たのもご縁でしょう。我等の代で、もしかしたら最後の御奉公になるやもしれません。」

老人達は言うと立ち上がり西の登山道を目指した。


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