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監理官 佐々木涼子

槍穂岳登山口 特別捜索本部 7時21分。


警察の動きを嗅ぎ付けた地元マスコミの記者と脚立に乗ったカメラマンが規制線を張られた槍穂岳登山口のバスロータリー入口に虫の様に湧いている。

特別捜索本部のテントから出て来た指揮官らしき制服の警察官がバスロータリー内の障害物が無いかを見渡し、規制線をバス通りの分岐まで下げるように部下達に指示をしている時だった。バスロータリー上空にけたたましい羽音を立たせ『神奈川県警』のマークを付けたヘリコプターが下降して来た。


長身の女性一名と先に降りた女性よりも更に背の高い、機材を持った二人の男性警察官が下りるとヘリは上昇し、東の空に消えて行った。

県営の無料駐車場は出損ねた2台の車を人力で端に移動して、仮設テントの特別捜索本部が設営されている。

先頭の女性警察官が出迎えの年配警察官の前に歩き敬礼をしてから言う。

「監理の佐々木です。」

野外活動用の神奈川県警と刺繍の入った制服に、短く整えた黒髪を県警のエンブレムが入ったキャップで覆い、黒いセミロングのブーツを履いた女性は、二十代後半くらいにしか見えず、173センチメートルの長身で登山用ザックを左肩に引っ掛けていた。

先に敬礼された年配の警官は一瞬戸惑ったが敬礼をして挨拶をする。

「所轄の村井と申します。当捜索本部長を任されています。どうぞこちらへ。」

言うと仮設テントの本部に向かう。

トイレの外部コンセントから配線を引き電力を供給された仮設テント内は外から見えずモニターとパソコンが数台あった。

状況をお互いに確認し、佐々木が『巳葺小屋』へ行ける人間の選定を依頼する。

「既に県の公園緑地管理課から出張所勤務の人間を紹介されて、その案内人一名と先行隊の捜査官2名が向かっています。」村井は告げた。

「武器類の所持は?」佐々木が訊ねる。

「通常の拳銃です。」村井が答えた。

佐々木はヘリに同乗していた男性の警察官を呼びケースを開けさせて2丁のライフルを組み立てさせた。二人とも180センチメートルは越えている。

村井が驚いていると佐々木は説明を始める。

「要救助者と直接アクセス出来ました。通報時の証言通り大型の獣による被害のようです。先行の救助班からの現場確認はこれからになると思いますが、念のため重火器の使用を許可します。他に現場まで案内出来る者はいませんか?」

地図とGPS座標をチェックしながら佐々木が聞く。

「巳葺山は登山コースではなく、特定禁猟区扱いをされている区域なので猟友会の人間でも『聞いたことはある』程度しか分からないんです。県庁の職員は本日土曜日という事もあり今向かって頂いている方以外で道を知る人間はいないとの事です。北西ルートで途中から北上して峠道に入りどこかの辻を西に向ってから獣道に入ると言っていました。三十二年前と十年前の大崩で出来た断層帯があって迂回しなければ辿り着かないようです。先行隊の佐藤とは連絡取れますのでこちらでお待ちください。もうすぐ本隊が編成出来て8名で向かいます。その中には登山経験者が多数含まれますのでGPSの座標で向えると考えています。」

村井の報告を聞いている途中、テントの外で声がする。

「捜索対象者の関係者と言う男性が来ています。どうしますか?」

所轄の警察官が顔を出して報告するが村井が言い放つ。

「関係者?誰だ。今打ち合わせ中だ。待たせとけ。」

村井が叫んでいる間に佐々木が無言で立ち上がり外に出る。

黒いワゴン車が崖側の路肩に停車していて、中年の男性が警官と話していた。

規制線は分岐まで広げていたがバスロータリーの前に残っていた記者とカメラマンが数名で取り囲んでいる。

佐々木が別の警官にマスコミの連中を追い払うよう指示して近付いた。

「関係者と言うのは、そちらの方?」

佐々木が言うのに反応して男性が歩を進めて挨拶する。

「西丹沢の黎明寺で住職をしている弓削英俊(ゆげひでとし)と申します。神崎翔の伯父です。」

登山服を着込んだ170センチメートルくらいの体の締まった中年の男性だった。

「監理官の佐々木です。こちらにお越しください。」

言われた弓削は警官に車のキーを渡し、帽子とザックを持って佐々木に従った。

テントに入ると地図の置かれたテーブルに向かう。

「宗麟住職ですね。深山さんから伺っています。先任の刈谷からもご活躍は伺っています。私とは初めてですね。翔君とは直接話しました。翔君と仲村聡史君は二人とも無事です。今、三名の先行隊が救助に向かっていますが、現場の巳葺小屋までの道を知る者が不在の為、後援の本隊編成が難航しています。これから私達だけでも救助に行きます。」

佐々木が言い、座るよう合図した。

宗麟は立ったまま佐々木に「私が案内します。」と申し出る。

「場所が分かるんですか?」

宗麟に顔を向け村井が口を挟む。

「神崎隆一と翔の事件は御承知ですか?十年前の事件以降、何度も二人の発見現場に入っています。山住の人達と交流しましたから巳葺小屋にも行った事はあります。」

宗麟は、村井には目もくれず佐々木に訴えた。

「準備にどれくらいかかりますか?GPS座標は分かっていますから直ぐにでも私達だけで入山しようと思っていたところです。」

佐々木は応え、宗麟を見る。

「今すぐ行けます。」宗麟が答えた。



巳葺小屋 8時


陽が高くなり気温が上がってきたのでアウターを脱ぎリュックに入れる。

開けたリュックには渋沢駅で仕入れた携帯食が入っていた。

手に取り近くの切り株に腰かけて食べ始める。

最初、味はしなかったが水筒の水で押し込むと小麦の香が広がり残りを勢いよく食べると少し落ち着きを取り戻す事が出来た。

聡史を見る。やはり携帯食を口に運んでいた。お互いに目が合い微笑む。

「落ち着いたか?あれから何時間経ったんだろう。」

聡史が呟き、腕時計を見ると8時07分。再び翔を見て自問に答える。

「3時間半か。もう明るいから大丈夫だよな。そろそろ誰か来てくれないかな。」

光りが届かない山の奥で何かが吼えた。次いでバサバサと羽音がする。

瞬時に立ち上がり二人は身構えた。

「鳥の鳴き声だ。多分カラスだろうな。」

翔が言って森に向って歩き出し声の方を見る。

山は風もなく動くものは何もない。時が止まったような錯覚を覚えた。

遠く東側の森から小鳥の群れが飛び立つのを見て生きている事を実感出来ると聡史も歩いて来る。そのまま二人は無言で歩き出したがどうしても小屋には近付けなかった。


離れのトイレで用を足していると東の藪深くなっている斜面からガサガサと音がする。

慌てて物陰に隠れると藪が開き若草色の作業着を着た小太りの男がタオルで顔を拭きながら出てきて、紺色の服に『神奈川県警』の黄色い刺繍が入った細身の男性二人が続いた。

『警察だ』小さく囁いて翔は立ち上がり歩き出した。

「仲村聡史君?秦野警察署です。怪我はありませんか?」

警察官に声を掛けられ「自分が仲村です」と言って聡史も出て来た。

二人で警官の前まで歩き、へたり込んで座った。

警官は二人に名前を言うように告げ、二人はそれぞれ伝え、学生証を提示した。

「ありがとうございます。小屋の中で人が死んでいます。」

聡史が言って小屋を指差すと、警官の一人が小屋に入って行った。

聡史の前に来た警官が本部へ連絡を入れる。遮蔽物や通信距離の限界なのか、無線の調子が悪く雑音が入り会話にならないので携帯電話で特別捜索本部へ連絡をし直した。

「8時34分。要救助者発見しました。二人共無事です。現在、殺害現場と言われている小屋を捜査中です。」

本部から発見者の聴取を取るよう指示が出て、佐々木監理官が向かっているのでその場待機を指示された。

「改めて二人の所属と名前を言ってください。」

言われて二人は応える。

もう一人の警官と小屋に行き、戻って来た小太りの男が怒鳴り始めた。

「神崎翔?まさかあの時のガキか?お前、またこの山に来やがったのか。十年前にも面倒かけやがって。お前らのおかげで俺はこんなところで・・・」

騒ぐ県の職員を、聴取していた警官は制して離す。

小屋から出て来た警官は二人の前に来て、何が起こったのか聞いてきた。

二人は昨夜からの出来事を詳しく話そうとしたが、佐々木監理官から口止めされていると翔が言う。

聞いた警官は手のひらを見せるように言い、グローブも指示されたので手渡した。

「グローブは証拠物として押収させてもらうけど異存ないね。通報内容は聞いている。現状を見たけど、あれは獣の仕業ではない。動物にロープを結ぶ能力はないでしょ。君達の証言には現実性がない。はっきり言うけど君達を被疑者として確保します。逃走の意思はありますか?」

警官の発言には合理性がある。当たり前の話しであった。

二人は同意し、両手を差し出すが警官は手を振り笑顔で話す。

「逃走するならとっくに逃げているよね。仕事上の発言だよ。監理官が来るまでここで待機することに協力してくれればいいよ。」

聞いていた二人は目から大粒の涙をこぼし膝を付いて下を向いたまましばらく動けなかった。

引き離された県職員は小屋を見る。

「そもそも違法建築物の使用を認めて来た議会の奴らが馬鹿なんだよ。所有者不明なんだから、もっと早く強制撤去すればよかったんだ。ちゃんと調べればいろんな犯罪の証拠が出て来るんじゃないのかよ。干してある草だって怪しいもんだぜ。」

愚痴をこぼし、翔を睨んだ。

二人が落ち着いたのを見て警官が身分証を見せながら言う。

「秦野署の佐藤とこっちが片岡です。佐々木監理官からの口止めと言っていたけどどういう事?」

小屋を見に行った佐藤が聞いた。

「何故か、自分の携帯に連絡が来たんです。それで昨夜起こった事を全て話しました。そうしたら、その佐々木監理官がここに来るまで誰にも話さない様に言われました。」

言ってスマホの通話履歴を見せた。

「まあ、監理官の携帯番号は知らないから何とも言えないけど。確かに今回の事件についての監理官は佐々木と言う人だから君の言葉は信じるよ。」


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