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守護者達

『東洋医心研究所』 8月5日土曜日 午前5時32分


東の海に太陽は姿を見せていた。レースのカーテン越しに朝陽が差し始めている。

外気温は既に27℃に達し、湿度は80%を超えている。

ベッドのサイドテーブルではスマホがコール音を上げていた。

左手でスマホをとり上げる。画面には『深山くん』と表示されていた。スライドして耳に当てようとすると男が大声で叫ぶ。『翔君が襲われました!』顔を(しか)めスマホを離して首を右に傾ける。左手のスマホはまだ何か叫んでいた。暫く画面を見て、おとなしくなってから再び耳に当てる。

「深山君。落ち着いた?翔君がどうしたって?」

楓はわざと、ゆっくり話した。

『あ。申し訳ありません。本日5時16分に神奈川県警の佐々木監理官から私に連絡がありまして、翔君と仲村聡史君が登山中、殺人事件に遭遇したと同行の聡史君から通報があったとの事です。佐々木さんが現場に向かうと言っていました。』

起き上がり窓辺へ歩き海に浮かんだ朝日を見る。右手で髪をかき上げ、そのまま腰に当てた。

「そう。涼子ちゃん、仕事が早いわね。で、深山君も動くの?現役引退したんでしょ。」

『あと20分でお迎えに参ります。助けてくれますよね。』

深山は力強く言った。

「はいはい。」と言って電話を切り、カレンダーを見る。『土曜日』を確認してクローゼットに行き長袖のシャツと厚手のカーゴパンツを出し洗面所へ向かう。

5時50分。着替えを済ましドアを閉めると廊下を歩き階段手前の部屋をノックした。

「所長。今日は休診するね。多分明日には帰れると思うけどよろしくね~」

部屋からは人の動く気配はないが「はい。お気を付けて。いってらっしゃーい。」と年老いた男性の声がした。

1階に降り、施術室の備品倉庫から必要な往診器具を鞄に入れ、『持ち出し品名簿』に書き込んでいると駐車場に大きなブレーキ音がして、乱暴に車のドアを閉める音が聞こえてきた。

職員用玄関に向かいハイカットのトレッキングシューズを出すとドアのガラス越しに二人の人影が見えた。靴を履き往診器具を入れたザックを持ってドアを開ける。

「時間通りね・・・ってあなたも付いてきちゃったの・・・深山君いいの?」

「言っても聞かないんです。楓さん。言ってやってください。」

深山が楓に懇願する。

楓は深山と一緒にいる女性を見上げて顔を凝視し「まあいいんじゃない。」と言ってドアを閉めると施錠した。

深山が運転席に乗る。

後部座席のドアを開け、楓を座らせるとドアを閉め、同行者は助手席に座った。

「シートベルトお願いします。急ぎます。」

言うと、深山の車は駐車場を出て坂を下って行く。

「ところで、現役君はどうしてるの?」

楓が深山に言う。

「先行で向かわせています。県庁の奴らの防波堤くらいにはなると思います。」

大声で応える。

「防波堤ねぇ。」

楓は窓から夏の青空を眺めていた。


「それで涼子ちゃんは何か掴んだって?」

「聡史君からの連絡の中に『大きな動物に襲われた』との証言があったらしいんです。場所は巳葺小屋です。佐々木監理官はヘリで向かうと言っていました。あと、直接翔君に連絡してもいいかって言われたんで、自分の独断ですが連絡して下さいと伝えました。」

「涼子ちゃんと話したのはどのくらい前?」

「最初は楓さんに連絡する直前です。その後、研究所に着く前まで話していました。それと、弥生さんと聡史君のお父さんにも一応連絡入れました。」

深山の話を聞き、ナビ画面の時計を見る。

「丁度今頃翔君と話している頃かな。」

言ってLINEに書き込んだ。

『翔君と連絡後、深山君へ電話入れて。私も同行中よ♡』



秦野警察署から神奈川県警本部へ連絡が入ったのは4時47分の事だった。

『殺人の通報あり』となり、一課の担当官が動く。

所轄担当と連絡を取るうちに『大型動物』『巳葺小屋』のキーワードが出たためマニュアルに(のっと)り、特殊事例対策本部監理官の佐々木へ緊急連絡をする事になった。

5時08分。佐々木に連絡が入り、その連絡により佐々木は現場への救助隊の進行状況の確認と所轄による特別捜索本部組織化を指示し、ヘリの使用準備を命令した上で深山に一報を入れる。

自宅から横浜の神奈川県警本部へ向かう道中。もう一度深山に連絡して神崎翔への接触を相談した。

5時32分に本部に入り通報の詳細な内容と現場の地形図を直属の部下達と見る。

直接降下出来る場所が無いため槍穂岳登山口のバスロータリーへ降下し、山道を歩く事になる事を判断し、必要な登山装備を整えているとヘリの準備が出来たと報告を受け部下と共に屋上へ向かう。

ヘリポートまでの途中、廊下で神崎翔へ電話を掛けた。

翔から直接状況報告を聞き通話を切るとLINEが入っていることに気付く。

ヘリに乗り込みスマホにイヤフォンとマイクを付けると同時に体が浮く感覚があった。

パイロットと打ち合わせ、電話の通信許可を貰い深山へ連絡を入れる。



深山の車は横浜横須賀道路に入り東名高速道路を目指していた。

早朝にもかかわらず週末の為、運送トラックと一般車両が行き交い道路は混み始めている。

「深山君。急ぐんじゃなかったの~」

楓が後ろから声を掛ける。

「無茶言わないでください。緊急車両じゃないんですからこれが精一杯ですよ。一応まだ公務員なんですから・・・」

ナビ画面が変わり『佐々木監理官』と表示された。

助手席の女性が着信を押すと大きなブレード音がしてから女性の声がする。

『・・・音声の・・・調整をしてます。』と言い、少しずつクリアになっていく。

『聞こえますか。佐々木です。』

「聞こえるよ~涼子ちゃん。電話ありがとう。大丈夫なの?」

楓が前に乗り出して聞く。

『機長の許可貰いました。大丈夫です。楓さん、今どの辺りですか。こちらは真っ直ぐ飛ぶので1時間くらいで登山口に入る予定です。』

「深山です。横横入りましたから東名次第ですけど1時間遅れくらいで行けると思います。」

深山は応えるが速度は上がらない。

「涼子ちゃん。翔君とは話せたの?詳しく教えて。」

『はい。彼らは取り敢えず無事です。翔君の目撃内容では突然の嵐に遭って巳葺小屋に避難したところ、深夜に小屋の屋根から内部に侵入されて大きな猿のような動物三頭に襲撃されたそうです・・・化け物と表現していました。二人を守って小屋の人間が殺害されて、現在は小屋の中で逆さ吊りにされていると言っていました。』

話しを聞いていた楓は「狒狒(ひひ)が出たって事?」と呟いた。

『え?』と佐々木が言うが。

「うん。分かった。先に行って二人を守ってあげて。地元の警察が向かっているんでしょ。お願いね。」

楓が言い、佐々木が『了解しました。お待ちしております。』といって通話が終わった。


「史君には知らせたの?」

楓は深山に言うと「あ。」と答えが返って来たので『連絡先』を探す。

「あ、史君?翔君の事だけど・・・」

長い通話の後、史隆は『分かりました』と言って通話を終える。

週末の朝でもあり、混み合っていた道路は保土ヶ谷バイパスに入るジャンクションからいよいよ完全に渋滞が始まった。

深山はハンドルを指で弾きながら左右をキョロキョロする。

「まあ仕方ないわね」

楓が言うと、後方からサイレンの音がする。

「うわ。事故渋滞かな。」

深山は言い前後の車両同様、道路の中心を開けるためハンドルを左に切る。

サイレンの音が近付くと、2台の白バイだった。

深山達の乗った車に近付き左右を囲んだ。中を覗き後部座席を見て声を掛ける。

窓を開けると「秋月先生でしょうか。交通機動隊です。槍穂岳登山口まで先導致しますので付いて来てください。」と言い前後に付いて再度サイレンを鳴らす。

「誰の指示だろう。佐々木さんかな。」

深山が呟き前方の白バイに付いて行く為にアクセルを踏んだ。



「お母さん早く~何にも持って行かなくていいよ。私達は多分登山口までしか入れて貰えないって言われたんでしょ。二人は無事なんだから私達が着く頃にはきっと戻って来るよ。警察の救助隊が山に入ってくれるんでしょ。」

雫が運転席に片足を入れて玄関に叫んだ。

弥生は大きなバックを持ち玄関ドアに施錠をして歩き出す。

「朝早いんだから叫ばないで。何が必要か分からないから着替えとかタオル持って来ただけよ。話せたから少し安心したわ。兄さんに連絡したら先に行ってくれるって言ってたし。史さんも向かってくれるって。それにね・・・」


翔と会話が出来た後、弥生は黎明寺に電話を入れた。

宗麟は朝の務めを終え、境内の掃除をしているところを妻の妙子が子機を持って知らせに来た。受話器を受け取り、内容を聞くと「そうか。先に登山口に向かう。気を付けて来るんだぞ。」とだけ言って(たけ)(ぼうき)をしまった。


静岡の神崎総本家へ連絡した時には「楓さんから聞きました。楓さんの指示で、一族全員で動きます。今から用意して向かいますが、そちらの方が早く着くと思います。弥生さんは無理せず、安全なところで待っていて下さい。」と言われた。

『楓さんも動いてくれている』弥生は安堵(あんど)して電話を切った。


待ちきれずに雫がバックを引ったくり後部座席へ放り込む。

助手席に弥生を乗せ、運転席に飛び乗るとアクセルを踏み込んだ。

市街地を抜け横浜横須賀道路に入ると既に延びている渋滞に巻き込まれる。

「んもう!人が急いでいる時に限って。」

雫が声を荒げるが一向に進まない。

「しょうがないわよ。土曜日なんだから。私達が急いで行っても何も出来ないし、皆動いてくれている。翔とも話せたし。ゆっくり安全に行きましょ。何かあれば連絡来るわ。」

弥生は落ち着いて話す。

「なんでそんなに余裕なのよ!連絡来てからじゃどうしようもないじゃない!ああああああ、イライラする!」

普段の雫を知る者が見たら卒倒するような態度である。

「大丈夫よ。楓さんも向かってくれてるって。」

弥生の言葉に雫は急激に落ち着きを取り戻した。

「なあんだ。先に言ってよ。あー落ち着いた。安全運転で行きましょ。」

ブレーキランプが並ぶ河の流れに雫の右足はシンクロしていった。


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