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幼き日の恩人

スリッパを返し、靴に履き替えていると聡史がやっと帰って来た。

深山(みやま)(しのぶ)先輩。三年四組。今期末テストで学年総合三位。二学期を待たずに大学進学資格獲得してるたった八名の内の一人だ。スゲーのはそれだけじゃない。去年の高校弓道全国大会個人戦優勝。中学の時も二年と三年で全国大会二連覇してたんだな。うちの学校あげてのスターだった。五年間もご一緒してたのに存じ上げなかったとは。あと、身長164センチメートル。体重、スリーサイズは・・・調査出来なかった。しか~し、どうやら彼氏はいない!あのルックスで。絶対性格もいいぜ。後輩の子達、いい事しか出てこなかった。面倒見も相当いいらしい。」

手に持った生徒手帳を見ながら聡史が胸を張って報告をした。

「今…仕入れて来たのか?」

翔が呆れて聞いた。

『面倒見がいいのは昔から知っている』言わずに胸に残した。

「おう!一年の女の子達から聞いてきた。ついでに皆と仲良くなったぜ!球技大会で俺等がけちょんけちょんにやっつけたクラスの子もいて俺の顔覚えてくれていたしな。俺も弓道やろうかな。」

聡史もスリッパを所定の位置に戻し靴を履きながら上機嫌で応えた。

翔が観覧席を出た後、観客席に残っていた後輩達から取材していたのだ。

「んで、翔よ。お前さんとはどういう間柄(あいだがら)なんだ?無関心な顔して付いて来たくせに超真剣に見ていたじゃねーか。あれは昔の女を見る目だった。美鈴には黙っとくからゲロっちまえよ。」

ニヤニヤしながら肩を組んできた。

「アホ。お前はオヤジか。小等部に転入して来た時に何かと面倒見てくれた事があったんだよ。学校の行事とかでも登山だけは家族から禁止されてて、学校に居残りとかしていたんだ。そういう時に不意に現れて話し相手になってくれたり、勉強を教えてくれた事があった。中学に上がってからはお前とつるんでたりして会う機会も少なく無くなってきて、それでも、学校に一人でいると・・・林間学校の間とかも俺一人学校にいただろ。そういう時に何故か現れて話し相手になってくれていたんだ。深山先輩が高等部入ってからはほとんど会わなくなっていた。小中と高校は離れているからな。俺から会いに行くのも何か恥ずかしい気もしていたし、会いに行く理由もなかったから・・・そんな感じで、さっき顔見るまですっかり忘れてたんだ。」


弓道場を出ると直射日光が眼に突き刺さる。(まぶた)を細めながら空を仰いだ。

「なに遠い目してんだよ。そういうのは三十年後にオッサンになってから青春時代を懐かしめよな。それになんだそれ。お前が小等部に転校して来たのって、一年の冬って言ってたよな。その時からお前の周りには雫さんや麗香さんに寛美さんがいて、美鈴に深山先輩までいたのか?ガキの分際でハーレム完成させてんじゃねーぞ。」

「雫は姉だ。それに麗香さん達はねーちゃんの親友で、たまたま俺の面倒を見てくれてただけだよ。美鈴は同い年で麗香さんの妹だからよく遊んでいて附属校だからずうっと一緒に育ってきたって訳だ。美鈴が俺を好く思ってくれている事は素直に嬉しい。深山先輩はさっき言った通り。転校して来た理由も父親が事故死して、その件で前の学校でいじめに遭って登校拒否になったからだし、俺は一年だったからまだましだったけど、ねーちゃんは四年生の時の事で、いじめも相当陰湿だったみたいでかなり心閉ざしてたから、寛美さんと麗香さんが寄り添っていてくれないと登校も出来なかったんだ。そんな感じで、皆には恩があるんだよ。勿論聡史お前にもな。お前と気が合うのも、もしかしたらそういう点で、同じ境遇にあるところなのかも知れない。」


聡史には母親がいない。

小学生の頃、重い病気を患って長い闘病生活の末、病院で息を引き取ったと翔には話していた。お互いに小さな頃の傷を持ち、互いにその事について詮索はしていなかった。転校の経緯を話したのも初めてだった。

「そうか、雫さんにはそんな過去があったのか。やはり俺がお守りしないといけないな。」

右手を胸に当て目を閉じて聡史は噛み締めるように言った。

「・・・いやいや。今のは俺のカミングアウト受けて、俺に感動するところだろう。」

翔は呆れて言う。

「感動してますよ。雫さんの気持ち痛いほど分かる。今すぐにでもお会いしていじめた奴らの名前聞いて仕返ししてやろうと決意した次第・・・」

「それはダメだ!俺もねーちゃんもこの学校に来て、お前や麗香さん達に会えた事に感謝している。人を(うら)んだりしていない!」

反射的に叫んでしまって聡史を見た。

「どうした。急に。」

聡史が心配そうに翔を見た。冷静になって翔が言う。

「あ・・・ごめん。いや、昨日いろいろ哲学的な話を聞いて、人が人を恨んだり(おとし)めたりするのは社会的にも好くない。みたいな感じでさ・・・ちょっと条件反射みたいになった。ほんと、申し訳ない。そういうのも含めて、明日、その秋月先生に会って聞きたい事があるんだ。」


『槍穂岳に登る。』ただそれだけの事の筈だった。

十年間。何か足りなかったものを掴める気がして、軽い気持ちで家族に相談してから、たった一週間。

最初は自分に対し『山に入れさせない』事に対する細やかな抵抗みたいな冒険心もあった。しかし、この十年間の生活は、自分が刻んできた少年時代とは別の世界で、守り育ててくれた多くの大人たちの葛藤(かっとう)と、献身的な努力の上に成り立っていた事を知った。

父が亡くなってからも『孤独』を感じたことは一度もなかったと思う。

それは、常に自分を守ってくれる人達がいたからだと知った。

この一週間で、知らされていなかった途方もない情報と、神話や宗教的な話を浴びせられ続けている。

今では、先週までの自分とは全く違う観点が生まれてきていることを実感していた。

そして、今日。自分にとっては原点と言ってもよい時期に出会っていたもう一人の恩人に再会していた。

「そうか。ちょっと俺も調子に乗り過ぎた。悪い。」

聡史が翔を察して謝る。

「それで、この後会いたい人って誰だよ。この前からやたら人に会っているよな。」


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