JUVENILE
金曜日。
「なあ、聡史。明日の午後暇?」
午前授業で、課題のレポートを提出してから聡史の机に来て翔は聞いた。
「あん?ちょい待て。あと二行書き足したい事がある。」
聡史は、普段はクラスを引っ張って明るく振る舞うが、努力家で翔程では無いが成績も上位であり、同級生だけではなく教師からの信頼も厚い。残りの二行を書き、提出ボックスに入れてから席に戻って来た。
「明日からの授業って補修組以外何やるんだ?時間割だと物理か、またレポートかな。」
期末試験で追試を言い渡された生徒は全体の6%程度。その試験の為の補修講座が明日の土曜日から日曜日を挟んで三日間行われる。合格者達には課題のレポートが課され、希望者は夏期講習の受付、苦手科目の学科相談の時間が与えられた。今年は二人とも夏期講習はパスする算段だった。
「物理の崎島先生は明日から大学院に戻って、その後Y.PACのチームで伊豆諸島の何処かの研究所に配属される予定らしいから、明日は俺ら自習って言われたぜ。」
横で話を聞いていた真崎慎也が言った。
「情報が早いな。誰情報よ。信用出来るのか?」
椅子の背もたれに寄り掛かりながら首だけ慎也に向けて聡史が聞く。
「顧問の小泉先生がわざわざ来て俺に言っていった。あと、二人とも来週から待ってるからってさ。三年も抜けるから即レギュ待遇だと。マジで来いよ。」
慎也がバスケ部の話をするが、聡史が遮るように応える。
「あ~夏休み目いっぱいに予定詰めたんだよな~残念!という訳で、翔!明日OK。それで、何するのよ?」
姿勢は同じまま今度は翔に向って首を捻り聡史が聞くのを、翔は身を屈めて真剣な表情で囁くように言う。
「ちょっと・・・初対面の女の人に会いに行くのを付き合って欲しい。」
『ああ?お前!美鈴がいるのに浮気いー?』
聡史と慎也が同時に叫んだ。
二人の声が教室中に響きわたり、皆の注目を浴びる。森澤美鈴は校内でもトップ3に入る美少女であり、幼馴染の翔と付き合っていると誰もが思っている。
皆、餌を撒かれた池の鯉のごとく、わいわいと集まって来る。
「翔!今のでお前は全男子生徒を敵に回したぞ!」
慎也が立ち上がって翔に指を指しながら言う。
「全女子生徒もよ。イケメンが何しても許されると思ったら大間違いよ。どこぞの芸能人のように没落しておしまい。」
翔の囁きを聞いていた慎也とは反対側の席の神谷由衣が机を叩きながら言う。
内容を察して集まった女子達は翔の話は分からないながらも取り敢えず神谷に合わせて同様の声をそれぞれ言い放った。
凍り付く視線と罵声を浴びて、翔が弁解をしようとするのを手で制し、聡史が立ち上がって皆に両手を振って話しだす。
「まあまあ。皆落ち着け。こいつにそんな甲斐性があると思うか。俺も驚いたが、やっと、翔も人並みの恋愛感情をだなあ、芽生え・・・」
聡史が話し続けるのを、両肩を抑えて座らせてから翔が話の訂正をした。
「違う違うよ。会ったことない鍼灸師の先生を紹介されたから、その女性の先生の所に一緒に行こうって言おうとしたんだよ。」
『・・・ああ・・・なんだよ。』湧きあがった教室は一瞬で潮が引くように散開していった。
「美鈴が彼女ってのは訂正しないんだな?」
慎也がニヤつきながら聞いた。
「やめとけって。翔は恋愛感情なんて発育してねーよ。大体、こいつ小学生の頃から周りの女子のグレードマックスだから並みの女子じゃ見向きもしないし必要ともしていない。神に選ばれし恵まれた環境に育ちやがって。どうせ美鈴に対しても『いつも一緒にいたから特別な感情なんてないよー』とかいうクッソつまんねーお利口さんなセリフ吐くのが関の山ってもんだ。」
掃いて捨てるように聡史は言い放った。
終業を告げるチャイムが鳴り、係の生徒がレポートの提出ボックスを職員室へ持って行った。同時に室内外の清掃が始まり所定の場所の清掃に散らばって行く。
聡史は翔と一緒に自習室の清掃担当となっていた。作業をしながら翔に聞く。
「さっきの話だけど、どんな人に会うんだよ。鍼灸師って、やっぱり左肩相当痛むのか?」
照明のLEDを取り外し一本ずつ雑巾で拭き取っていた翔が応える。
「いや、会った事は無いんだけど、今回の登山について意見を伺うよう、黎明寺の英俊伯父さんと昨日会った人から言われて、聡史も一緒に行くよう勧められたんだよ。左肩の件も診てもらうよう言われてはいる。お前も一緒に腰診てもらえよ。あと、十年前の話になるけど、お前の大好物の超絶美人の先生だそうだ。」
「十年前か・・・超絶美人の熟女ってジュブナイル心をくすぐるよな!今年はいい夏になりそうだ。それで、何時に何処に行くんだ?」
LEDを全て戻し脚立を降りてからポケットのカードを聡史に見せた。
『東洋医心研究所 主任鍼灸師 秋月 楓 横浜市綾南区陽光台1丁目32』
「陽光台?あんなところに病院なんてあったっけ?丘の上だよな。秋月楓さんっていうのか。美人の予感しかない。つっくづくお前って奴はよー。美女を選別収集する為の集積回路でも付いてるのか?もう一生付いて行く。」
明日の15時に行くと言うと。聡史が自習デスクの裏も拭きながら聞いた。
「ここからだと、歩いても行けるけど、どうやって行く?」
雑巾掛けが終わり二人で机の列を整えて清掃を終えた。掃除用具を持って廊下に出る。
「朗報がある。聞いて驚けよ。ねーちゃんが車出すってさ。」
聡史は硬直して聞き入り感情をため込んでいる。盛大にガッツポーズをしながら叫んだ。
「心の友よ!美熟女に会いに行くために美人女子大生の車に乗るのか!鼻血出そう。」
昨日、帰宅して深山との事を母親に話しているところにバイト帰りの雫が割り込んできて「私も行く。」と言い出した。
母も「その方がいいわね。」と言って雫の同行が決定した。
教室に戻り、終礼で担任から明日は自習になると告げられ、補修予定者以外は下校となった。
廊下に出ると美鈴が待っていた。そこに横から神谷が出て来て「さっきさあ~」と教室でのやり取りを茶化そうと話していた。内容を聞いていた美鈴は笑って応えていたが翔から「ごめん今日は大学側に用事があるんだ。」と言われると「うん。」と言って神谷と歩いて行ってしまった。
廊下でのやり取りを見ていた慎也が美鈴達を見送りながら翔に諭すように言う。
「彼女を泣かすなよな。翔ってもう少しデリカシー持った方が良いと思うぜ。まあ、お前と美鈴の仲だからどうって事無いだろうけどさ。それよりもお前達見学だけでもこれから来いよ。」
慎也には目もくれずに聡史が「はいはい」と言って軽くあしらったのだった。