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SPY

「長かったね。付いて来れたかい?」

長い話をしてきた深山は翔の顔色を窺った。

翔は黙って聞いていた。また新たな事実が上書きされている。伯父が話してくれた内容には無い伯父が知っている事実がある事が分かった。そして母は全てを知ったうえで自分を育ててくれていた事を知った。

「また、新しい事が見えてきて正直パニックです。伯父とこの件で話した時には言ってくれなかったのは何でだろうって・・・」

うん、うん。と聞いていた深山が応える。

「大人になるとね、つまらない約束や立場があって言いたい事も言えない時が多々あるんだよ。ごまかして言うと嘘になるかも知れないでしょ。だからあえて言わなかったのだと思うな。僕達の仕事の内容や、翔君の治療の中身については僕の立場の人間が話さないと内密にする約束が果たせないからなんだ。宗麟さんは律儀にそれを守ってくださったという事だね。大人って面倒臭いものなのさ。」

冷めきったコーヒーを口にしてから、翔が切り出す。

「その、父の師という秋月楓先生に会う必要があるという事ですよね。」

「その通り。先生も君達の事を見守ってきた一人なんだ。僕みたいに顔は出さなかったと思うけど、僕や史隆さんから情報を提供していたから、その都度対応を指示して貰っていたのさ。」

深山もコーヒーを口にしてから、お代わりを頼もうと受話器を外したが、終業時間を過ぎていることに気付き元に戻した。

「それにしても、父は具体的にどんな協力をしていたのでしょうか。今の話しの通りなら山の神を救いに僕と山に入って鬼と戦ったという事になりますよね。何故自分を連れて槍穂岳に向ったのかは結局分謎のままですし、まだ他人事の様にしか受け入れられませんけど。それに、その最強の精霊とか・・・まるで漫画や映画の話ですよね。勘がいいとか、霊感とかは何となく身に覚えあります。特に姉は、本人は認めませんが確実に霊感を持っています。それに、その秋月先生って何者ですか。魔女とか・・・」言い出して頭を掻いた。

深山は笑い出し、翔に謝ってから話を続けた。

「ごめん、ごめん。魔女か。そうだね、会ってみれば分かるよ。確かに人間離れしている。僕も未だに理解出来ない。でも、彼女がこちら側にいてくれて本当に良かったと心の底から思っている。秋月先生に救われた命は数知れない。僕もその一人さ。」

言って右手を見せる。人差し指から薬指までの、三本の指が第一関節の辺りでケロイドのように皮膚が歪んでいた。

「すみません。」

翔は席から立ち上がり、深山に頭を下げた。

頭を下げられた深山は逆に恐縮して翔に座るよう促した。

「そんなつもりじゃ無かったんだ。気にしないで下さい。ただね、大人が何十人もかけて少年一人を助けるために努力した事実は認めて欲しいな。話を元に戻そう。今まで話した内容で、君が秋月先生に会わなければならない理由は理解出来たかな。それとも常識が覆されて妄想の話に聞こえたかい。」

頭を斜めに下げて翔を見上げるように深山は聞いた。

不思議と、話の内容は受け入れる事が出来た。確かに常識では考えられない事を聞いた。しかし、実際に二人の大人から食い違いのない話を受けている。

「自分に、山に入らないように忠告したことの解除を伺う為でしょうか。」

深山は姿勢を直して翔を真正面から見据えていた。

「そうだね。君が山、まして槍穂岳に登るのであれば彼女の判断を仰がなければならない。そして、『山の神』殺しの濡れ衣が晴れているか。これは秋月先生以外には分からないからね。それに君の記憶が戻らない事も。あとは入山前のボディチェックをしてもらうといい。宗麟さんが見た光についてもね。何より君が生まれる前から神崎家の人々は先生と必ず接点を持っていたという事実がある。君は現時点で神崎総本家統領の史隆さんに代わって統領になる資格を持っているんだ。古い()(きた)りだけど長男であった隆一さんの長男だからね。そういう事も含めて君は秋月先生に面会をしてから『山』に入る必要がある。」

深山はそう言ってから翔にカードを手渡した。

「東洋医心研究所。この住所に行けば会えるのでしょうか?」

翔が聞く。

「終業式までの間は午前授業だろうから午後なら会いに行けるよね。いつ行く?」

深山はスマートフォンを取り出しカレンダーをチェックしながら尋ねる。

「いつでも、明日にでも会いたいです。」

翔は今直ぐにも会いたい衝動にかられた。

「明日は、今からではアポ取れないから明後日、土曜日の午後、診療が終わる三時頃はどうかな?僕から先生に連絡しておくから直接行くといいよ。君の学校からも遠くはないからさ。」

「ありがとうございます。土曜日十五時に伺わせていただきます。」

深山は携帯からLINEを入れ既読表示が出るのを待ったが、なかなか点かず改めて翔に向き直して「大丈夫。」と付け加えた。

「深山さん。それで、今まで聞いてきた事が事実として・・・すみません。疑っている訳ではないのですが、実感がなくて。その話の中で、父には最強の守護精霊がいたのにその鬼に負けたのですよね。そんな鬼がいて、大丈夫なものなのでしょうか?」

翔にとって、魑魅魍魎や鬼などという言葉は歴史のこぼれ話や古文の御伽草子(おとぎぞうし)くらいでしか聞いたことがない。オカルト的であり、普通の人に信じられる話ではないが、あえて肯定した場合の疑問をぶつけた。

「そうだね。僕も同じ質問を秋月先生にしたことがあるよ。」

深山はニヤリと笑みを見せた。

「何と(おっしゃ)っていたのですか。」

「『私が最強と言っているのよ。相手が無事とは一言も言ってないわ。』だって。それも先生に聞いてみるといいよ。」

カップを片付けながら深山が続ける。

「ああ、そうだ、仲村聡史君も連れて行くといいよ。君を誘った友達だよね。」

一瞬、『ギョッ』としたがこの人は自分の事は全て知っているのだなと素直に受け止めた。

「はい。何でも知っているんですね。」清々しい笑顔だった。

「ふふふ。スパイを潜ませているからね。」

深山が不敵に言い、本当に嬉しそうに笑った。


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