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左眼に浮かび上がる白い光

「そんな事が起こっていたのですね。成程。兄が悪魔祓いの話を始めた時はどんなに凄い事が起こっていたのかと心配しましたが、心の状態が今と同じであれば私も見てみたかったです。とにかく、こうして翔が目を覚ませて苦しまずにいてくれている。本当に秋月先生ありがとうございます。」

「楓でいいですよ。」

上半身を捻って首を傾げながら弥生に向いて優しく微笑んだ。

「和尚さんもね。」

まだ納得がいかない表情の宗麟にも、顔を覗き込んで言う。

新井や深山も見たが「君たちは言っても聞かないしね~」と言って史隆を見る。

史隆は新井達を一瞥し、少し考えてから義理の兄妹に向いて話す。

「義姉さん。英さん。兄の隆一の事は残念ですが、翔が無事で何よりでした。兄も自分も楓さん程ではないものの、ある種の(かん)がいいんです。それで警察や役所から頼まれて協力をする事がありました。テレビでたまにやるでしょう?超能力捜査官みたいな。あそこまで大げさではないけれど行方不明者の捜索とか、ひき逃げ捜査とかのヒントを出す程度の事は依頼を受けます。神崎の家系は代々そういう勘の良い人間が多いのです。多分、翔も雫もその血を受け継いでいます。兄の隆一がどうして翔を連れて山に向かったのかは、こちらの新井さんにも調査出来ませんでした。遭難した間の出来事も謎です。翔が何か覚えているといいんですが・・・まずはあの子の回復を待ちましょう。」

「ああ、そういった協力をしていたという事ですか。あの人何も言ってくれなくって。」

弥生は納得したようであるが、宗麟はまだ何か言いたげである。


「その左目で何か見えました?」


唐突に楓が言った。

宗麟は立ち上がり楓を凝視したまま動けなくなった。言葉を出そうとして口を開けたが顎が震えて声にならない。見かねた弥生が兄の左手を握り椅子に引き戻した。

「あ、あなたは一体な、何者なんだ。な、ぜ、左目と・・・」

やっと出た言葉だった。

「内緒でした?」涼しげな笑顔を宗麟に投げかける。

その瞬間。真っ白になった頭の中がリセットされて、宗麟は観念したように笑い出した。

「いや、失礼。私はまだまだ修行が足りない。全て御見通しでしたか。しかし、私に見えたのは白い(もや)のような(おぼろ)げに輪郭のない光りでした。それが大きくなったと思ったら先生が翔の額に触れた瞬間に消えてなくなったように見えただけです。」

合掌して楓を拝む。

二人だけが理解出来る会話だった。史隆が口を開く。

「何の事ですか?英さんの左目って・・・楓さん。」全員が楓を見た。

「和尚さん。話していいの?私が。」ゆっくりと諭すように言う。

スッキリした笑顔で宗麟が話し始めた。

「いやいや。参りました。この事は、今では父しか知らないのですが。私の左目は何も見えないのですよ。左目だけではただ暗黒が広がっている。見えるのはある種のもののみなのです。視力検査などは上手くごまかしてきました。不思議と両目を開けていると視野は狭くならず、実生活には全く損傷はありませんから。その見えない筈の左目が先程言った光景を私に見せたという訳です。それで翔は何かに憑かれていると思ったという事です。」

宗麟の言葉に弥生も驚いていた。

「見えないって、いつから?私も聞いたことないわよ。多分お母さんも。」

「そうだね。」と言って宗麟はそれ以上の話はしなかった。



宗麟も納得したことで場は納まる。そこで史隆が今後について話し始めた。

「残った者の務めとして、兄の葬儀をまず考えたいのですが、法要は黎明寺でお願いしたいのです。宗連の伯父さんにお願い出来ますか?」

「それは勿論大丈夫ですが、神崎総本家には菩提寺があるのではないですか?」

宗麟が応える。


神崎総本家は静岡県伊東市にあり家業として柑橘系の果樹園と小さな茶畑を管理運営しており、総本家にほど近い『(りゅう)昌寺(しょうじ)』を代々の菩提寺としていた。

「龍昌寺と黎明寺は同じ宗派ですし現住職の(しょう)(げん)さんにもご承諾頂きました。日程が決まればこちらまで来てくれる手筈になっていますからよろしくお願いします。弥生さんもよろしいですね。葬儀社は深山君にお願いしましょう。」

弥生の同意を得て、史隆は深山に敬礼をする。

深山は『便利屋』扱いをされているが、満更でも無い様子で快諾した。

葬儀の日程等は深山が調整役を行うとして、事故の報告書関係の口合わせを確認し、新井が用意した『害獣による被害』とし、司法解剖の執刀も実在の佐渡博士ではなく架空の法医学者としてしまい、不必要な詮索を避ける事にした。問題は目覚めたばかりの翔の扱いに移った。水江の検査予定により一週間程度で異常の有無は判定出来るが、山中での出来事を聴取するのは、最短でも二日後の脳波測定以後に行う事となった。


今後の方針が固まったところで史隆が楓に翔の事を聞いた。

「楓さん。翔の件で何か掴めていたりしませんか。山中での記憶の一端とか、相手の正体みたいなものを・・・」

「そうね、翔君の記憶については、今は(ふた)されている感じかな。無理やり開けると七歳の子には耐えられない事なのかもしれない。相手は・・・記憶の中ね。多分、分かったとしても翔君自体まだ理解出来ないと思うわ。ただね、山の神を殺されてる・・・隆一君の残留思念からイメージがあったの。あとは・・・それだけかな。翔君の回復次第よ。」

今となっては、楓の話を疑う者はいなかった。

「山の神を殺されるって、どういう事ですか。」史隆が(たず)ねた。

「詳しくは分からないけど、その神を守ろうとして山に入って争いになったと思うのが自然ね。その為にどうして翔君を同行させたのかは分からないわ。もしかしたら翔君も聞いていないのかもしれない。」

宗麟と弥生、水江は理解していない。

「あの、全くついて行けていないのですが・・・」水江が聞く。

楓は一度だけ新井と深山に目線を動かし、表情を変えずに話し出す。

「今言った通り、隆一君が翔君を連れて雨の槍穂岳に向った理由は私にも分からない。私に相談しなかったのは彼自身で解決出来ると考えていたのか、私にも知られたくない内容だったのかもしれない。新井君が調べたように登山口から北西ルートに入って、1キロメートル先の藪で足取りが消えているのは例えば、何って言うかな・・・神隠しみたいな現象にあって別の次元に入ってしまったと言ったら納得する?皆あり得ないって言うけれど山には不思議な現象は沢山あるのよ。人間側から見ると不思議な出来事を故意に発生させる力を持った存在を神と考えると分かり易いかな。現代の科学で解明出来ている物理法則を超越する存在は意外とそこら中にあるの。裕子さんは忍ちゃんの時に体験しているし、和尚さんにも思い当たる節はあるでしょ。その力の強弱はあるものの不思議な能力を元々持っている神や精霊で特に山奥に住んでいる者を山の神と呼ぶとすれば分かるかな。多くは神道で祀られている神様だけど、その名を知られていない神様も多くいるのよ。」

話しを聞いていた宗麟がある事に気付いて口を開く。

「あの、先日新井さんが仰っていた隆一君の師というのは楓さんの事ですか?」

新井はゆっくりと頷き史隆を見る。

「翔君の治療を見て頂いたので秋月先生の実力は十分にご理解出来ていると思います。先日もお伝えした様に私は特殊な事例の対応を行う部署にいます。科学的な検証を経て、尚も解明出来ない事件や事故に対して誰にも解決出来ない様な場合にご協力をお願いするのが、亡くなられた隆一氏でありこちらの史隆氏でもあります。そしてお二人の師に当たるのが秋月先生です。」

宗麟と弥生は史隆に目線を移す。

「まあ、隠していた訳では無いんですけど。各都道府県には新井さんや深山君の様な業務を行っている人がいて、問題の解決に対して警察の科学特捜班や捜査協力している大学や企業があって自分達の様に勘がいい人もそこに協力を要請される事があるんですよ。テレビなんかに出て来る霊能者を名乗る人の多くは演出に従っているだけの人間が大半ですが、中には本物の能力を持つ人がいます。そのような・・・能力者と定義しましょうか。その能力者の中でも頂点と言っても良い存在が楓さんなんです。」

何故か自分が褒められた様な表情で聞いていた水江がもう一度聞く。

「楓さんが人の心理を読む能力があるのは理解していたんですけど、その不思議な現象というものの正体と言いますか、翔君のお父さんの死因に繋がる存在とはどういうものなんでしょうか?」

楓は澄ました顔で史隆達に目線を送る。

新井と深山が史隆を見ると、史隆は少し考えてから話し始める。

「スピリチュアルな話しになるので、今お話しした通り、自分達は不思議な事件に立ち会う事があるんです。その中で心理的な事象を御伽噺の様に捉えると納得し易いのかもしれないのですが・・・哲学的な考えと言うか、民俗学や心理学をごちゃ混ぜにした事ですから、話し半分で聞いて貰えるといいんですが・・・」

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