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GOOD JOB

「お待たせ致しました。」

固定用のベルトを四本持って新井が帰ってきた。

病室に戻り新井がベッドにあるアンカーに引掛けながら翔を傷つけないように一本、一本丁寧にベルトを固定していく。念のため楓と史隆は近付かないでいた。

椅子に座ったままの深山を見ると、右手が膨れ上がり炎症を起こしている。額からは滝のように汗が滴っていた。楓が近付き深山の右手を左手で取り、右手の指先でトントンと優しく叩く。暫くすると風船がしぼむように腫れが引いた。そして額の汗も消える。「痛む?」

聞かれた時、深山に痛みは感じられなくなっていた。

目を丸くして見ている宗麟に近付き「痛いの痛いの~飛んで行け~」と自分の顔の前で指を回しながらからかっていた。

「楓さんが本気出して来たら、私達は廃業するわね。」

抗生剤と注射器を用意してきた水江が言う。本音であり、憧れでもあった。

楓は水江に向き直し、真剣な面持ちで壁の掛け時計を指差す。

午後三時二十分を指していた。

「ねえ。忍ちゃんはどうしているの?」

土曜日の為小学生の通常授業は午前中に終了する。

忍は単身世帯の一人っ子であり特に優秀であった事もあり午後の選抜授業を受けていたが、終業時刻を過ぎて帰宅の時間であった。

「え?ああ、そろそろここに帰って来ます。深山さんに主治医の指名をされたとき、一緒に申請書を用意してくれましたから事務局に申し込んで職員寮を開けて貰いました。お迎えのバスが大学病院の寮に来る頃です。」


青嵐学院大学附属病院。

大学とは道を挟んで北側にある。附属の高等学校は大学の南区画の海側に隣接していたが、小中学校は住宅街にあり少し離れていた。附属校を含めた大学と病院の職員はその業務に応じて育児に支障が無いよう、優先的に大学病院の構内にある職員寮を使用する事が出来る仕組みがある。

施設側も急な申請に備え常に数室の空き部屋があった。

広いレクリエーションルームもあり、低学年生は寮母や職員、年上の子供達が帰宅出来ない親に代わって生活の面倒を見てくれる。

送迎のバスが定期的に運行され、申請に基き附属校以外の生徒も決められたバス停を利用して乗車可能であり、集団的な監視のもと安全に登下校が出来た。

また、幼児用の託児所もあり、専門の保育士のほか社会福祉学科の生徒が実習を兼ねて世話をしてくれた。今回、深山からの指名で翔の主治医を担当するよう小児科の課長から言い渡された時、同時に事務局への申請書を深山から受け取っていた。シングルマザーの水江には願ってもないシステムであり、多くの医師、看護師が利用していた。


「そう。深山君グッジョブ。」

右手の親指を上げ深山にポーズした。

「翔君が済んだら忍ちゃんに会いに行ってもいい?」

水江に言う。楓の中では翔の治療は既に終了しているかのような物言いである。

宗麟以外の人間は平然と聞いていた。

「ええ是非!忍も喜びます。」

場に会わない大声を出し、心の底から喜んだ。

「固定出来ました。」

新井が言い、深山の右手を掴みあげ傷の状況を確認した。

「大丈夫です。」と言う深山に「当然だな。」と新井が微笑む。


再戦の準備が整った。先程の布陣で翔を囲む。

楓が一つ深呼吸をした。

小柄な楓が両の手を上に大きく揚げ翔の上で弧を描く。

緑白色の光の粒が霧のように広がりベッドに降り注ぐのを深山にもはっきりと見る事が出来た。他の人たちも同様のようである。

はらはらと舞い、翔の身体に吸い込まれて行く。

光に触れた瞬間、翔の目が開いたが先ほどのように暴れたりはしない。(まぶた)を開け天井を虚ろに見つめている。瞬きはしていない。

楓が翔の反応を確認すると、目線を移し新井と史隆に固定ベルトを外すよう指示を出した。二人は頷くと一本ずつ丁寧に取り外して行き、全てが取り外された。

楓は右手を翔の額に置いてから手首を回して頭頂部の百会(ひゃくえ)に移り中指で軽く突いた後、手を戻し額から鼻先へと体の正中線に沿ってゆっくりと降りて行く。下腹部の丹田(たんでん)に達したところで止まり、少しの間留まり、また百会に向かって上がって行く。まるでスキャンしているようである。

往復し終わると翔の瞼を閉ざし、両目を左手で覆った。

「よし。(うつぶ)せにして。」

楓の指示で史隆が翔を俯せに寝かす。

楓が枕を首の下に差し込み、入院服の(しわ)を伸ばす。『ほい』と言って両肩を軽く叩く。

今度は下半身の(よう)()から次髎(じりょう)命門(めいもん)へと確かめるように手をかざして行く。(かく)()と呼ばれる辺りに来ると手を止めて膈愈を中心にして両肩に向かって数字の八の字を描くように動かした。最初は右手のみ、次第に左手も加えていった。

「ダメよ。大人しくして。まだ無理・・・」独り言を(つぶや)く。

何重目かの八の字を終えると両手で肩甲骨を叩いた。

「よ~し。よ~し。良い子ね。」

左の肩甲骨に右手を添え、ぐるぐると二回摩り、終えると両手を膈兪に戻して止めた。

「はい。お仕舞い。」

胸の前で手を一つ叩き、史隆にひっくり返すジェスチャーをした。


史隆が翔を仰向けにし、楓が枕を元の位置に戻した。

翔の顔を真上から見て、楓が両手でこめかみの辺りを触り、耳の後ろに薬指を差し込んでそのまま首もとまで撫でるように動かす。翔の瞼が開き、「ううん」と声が漏れる。

翔の反応を確認して水江に交代するよう促した。

瞳孔の収縮を確認して「翔君。聞こえる?」と翔の耳元で言う。

翔は瞬きをして口を大きく開けた。入院服の襟を開き聴診器をあてる。次いで脈拍を確認してから血圧を測定した。翔はまだ朦朧(もうろう)としているが水江の声に瞬きと首を振って反応している。意識は戻った。

史隆に頭を起こしてもらい、新井が持ってきた水差しを手に取る。少しずつ口に注ぐと翔は起き上がり水差しを両手で持つと自分で飲み始めた。

「正常です。この後脳波測定などの検査は致しますが、問題ないと思います。」

水江が宗麟に告げた。「ですよね。」と楓にも尋ね、「うん。」と答えが返って来る。

楓がソファーに寝ていた弥生の所まで歩いて行き、翔と同じように首元に右手をそえると弥生は目を覚ました。

虚ろな目をしているところに「おはよう~翔君が目を覚ましましたよ。」楓に言われると慌てて身を起こしてベッドの翔に走り寄る。

「翔!翔!聞こえるの?分る?」

弥生が叫ぶ。

「お母さん?」

声を聞き、弥生は抱きかかえて泣いた。

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