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出立の朝

「朧 OBORO」 の加筆修正版となります

夏の陽射しが朝霧(あさぎり)をかき分け皮膚に突き刺さる。


横浜市のJR根岸線『青嵐学院大学(せいらんがくいんだいがく)駅』から始発の電車に揺られ、秦野市にある小田急小田原線『渋沢(しぶさわ)駅』に到着した時には、足早に反対側のホームに来る新宿方面行きの電車へ駆け込んで行く通勤の大人達とすれ違った。

腕時計は6時43分を指している。

駅の改札を抜けて北口の階段を降りると既に高くなった陽を浴びた白い霧がレースのカーテン越しの様に淡く輝き、広いバスロータリーを浮き上がらせている。

思っていた以上に大きな駅だった。

バスロータリーに向って左右に降りる事が出来る階段の内側、駅舎の出口直ぐ左には男女別のトイレがあり、その隣に交番があるが『巡回中』札が掛かっていた。交番の先にはファストフード店とドーナツ屋がありバイクを含めた駐輪場が見える。

バスロータリーの出口にはまだシャッターが閉まっている不動産屋と喫茶店がある。

右を見るとコンビニエンスストアが一軒あり『準備中』の札が掛けられた中華料理屋が隣にある。中華料理屋の先には塀があり民家が軒を連ねていた。

塀の前は駅前から続く黄土色のインターロッキングが敷き詰められた広い歩道になっていて塀際には花壇がある。ひまわりとインパチェンスの色鮮やかな花が広がり、花壇の手前と奥に柳が一本ずつ植えられていて手前の木の近くにはバス停と夜間を照らす街路灯がある。

陽に反射した霧が舞い柳の枝が風にそよいでいた。


(やり)()(だけ)登山口行』


目的のバスはロータリーの右側一番奥、街路灯のある柳の木の前に止まっている。

車内には既に数人の人影が見えるが事前に調べた運行表ではまだ時間がある(はず)だ。


駅前では唯一開いているコンビニエンスストアに入り、飲み物と携帯食を補充してからバスに乗り込む。

後部乗車口のステップを登り券売機で二人分の券を買う。終点までは520円。通常運行のバスとは違い登山口行きの車両は旧式のシステムのようだった。

券を持ちバス後部、進行方向左側三人掛けの椅子に二人で座る。

お互いに座る位置を定めると隙間に背負って来たリュックを置いた。

外から見えた人影は運転席側の四番目の席に黒いスーツ姿の男性と一席開けてステッキを持ち登山帽を被った老人、自分達の反対側の三人掛けの席にいる、お揃いのショッキングピンクのキャップを被り談笑している女性二人のハイカーだった。

停車中のためエアコンは作動しておらず皆自分の席の窓を開けている。


「窓、開けてくれよ」

黒いシカゴ・ブルズのキャップを浅く被り早くも寝ようとしながら聡史(さとし)が言った。

(しょう)は無言で窓を開ける。車内に侵入した風は湿気を含み生暖かい。

蒸した風を受け、顔を(しか)めてからパタゴニアのインダストリアルグリーンのキャップを被り直すと、翔は言い返しす。

「かえって暑くないか。」

翔の言葉にリアクション一つせず、腕を組んで大きな欠伸(あくび)をした聡史を横目で見ると再び窓の先を見る。

光量を増した朝陽が霧を照らし七色に反射して揺らめいている。

一瞬の事だったが、視界の隅に青白い光が走って行くのを見た気がした。

霧が薄まり始め窓外の輪郭が浮き上がると、大きな作動音とともに尻に振動が走る。

送風口からかび臭い空気が吐き出され、次第に冷気に変わっていった。

「おーし、生き返る。」

姿勢を変えずに腕組みのままの姿だが聡史は満足そうだ。

運行案内で停車予定のバス停と乗り換え説明のアナウンスが流れドアが閉まった。

国道に入り『(やどりき)入口』で乗り換えると大井町方面に行ける事は調査済みだが、今回の目的地は終点にある。

冷気が安定するのを確認すると翔は窓を閉めた。

霧が晴れて花壇の花が色鮮やかに陽に反射して咲き誇っている。

隣の聡史は既に熟睡していた。これから目的地までは約40分らしい。

『出発します。』

運転手が言い、バスはゆっくりとロータリーを回ると国道の入り口へ滑り出して行く。


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