残した悪意
汚い路地裏の崩れかけた民家に、ある1人の男がいた。
男は指名手配犯である。強盗、殺人、放火、詐欺……彼はあらゆる犯罪に手を染めて生きてきた生粋の悪人だった。毎日誰かを脅したり、金や物を盗んだりして生きている。そんな生活に良心の呵責を感じたことはないが、繰り返しの毎日に少々飽きがきているのも確かだった。それに、そろそろ別の潜伏先を見つけなければ怪しまれる。
「そうだ、手紙を残そう」
隠れ家を変える前に、男は思い立って筆を取ることにした。
書くのはあらゆる犯罪に繋がることばかりである。爆弾の作り方、変装のやり方、人の殺し方。自分の知っている限りの知識を紙に書き込んで、男は満足そうに頷いた。これを見つけた人間が、人々に混乱をもたらすことを想像するだけで興奮した。
男はその手紙と、武器の材料を残して民家を去った。
その十数年後、とある大犯罪者が捕まって死刑になったというニュースが町を騒がせた。長年に渡って罪なき人々を苦しめた悪人が裁かれた事実に皆は喝采し、勝利を祝い、互いの無事を喜びあった。町の浮かれた空気は夜まで続いた。
一方その頃、汚い路地裏では幼い兄弟が凍えていた。
「お腹がすいたね」
「うん。それに、とても寒いよ」
やがて彼らは崩れかけた民家を見つけ、そこで一夜を明かすことにした。そこにはほとんど何も無かったが、奇妙な手紙と何かの金属類だけが残されていた。
「何だろう」
「何だろうね」
兄弟は手紙を開いてみた。
そこには世紀の大犯罪者が残した悪の極意が記されていたが、文字の読めない彼らにとっては何の意味もなかった。
「燃やしちゃおう」
「そうしよう」
兄弟は手紙を燃やし、しばしの暖をとった。金属類を鋳造屋に売り、得た金で食べ物を買った。
「暖かいね」
「おいしいね」
彼らは幸せそうに微笑んだ。
町からは花火の音が響いてきた。