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第七章:不機嫌な朝

-1-


今日は晴れ…。でも寒い…。


射川竹人は若葉色のコートのポケットに手を突っ込むと中に入っている

きんちゃく型のカイロをつかんだ。

ふかふかしていて温かい。


学校に着くまでに指温めておかなくちゃ…

こんなに寒くちゃバイオリン弾けないよ…


肩にかかったバイオリンケースのベルトを持ち直した。


「よぉ、射川!おはよう!」

肩をたたかれて振り向く


「入間!おはよう!」


「昨日は夢…行ったの?」

「あ…うん…ごめん。立ち入り禁止とか言ったの僕の方なのに…」


「いや…それでどうだった?」

「それが…」

秋桜ちゃんが…と言いかけたところで

昇降口のところに見慣れた人物を見つけ

思わず足がピタリと止まる。


僕が急に止まったので

後ろを歩いていた入間が僕の背中に頭を軽くぶつけた。


昇降口の入口に秋桜ちゃんが立っていた。

しかしその反対側には男子生徒。

見覚えのある…


「これ…この前のハンカチの代わりに」


そういって山崎司は小さなラッピングされた箱を

秋桜に差し出した。


「別にいいのに…」


「親が選んで買ったんだよ。もらっといて?

女物のハンカチなんて俺つかえねーし」


「…そう…じゃあ…」

そういって秋桜は山崎司からそれをそっと受け取った


「あ!…それから昨日の夜は…なんていうか…

ごめん…わざとじゃなかったんだ…ただ…

その…悪かった…」


「いいわよ、もう。気にしてないから」


驚いた。


僕の前ではめったに喋らず表情も人形のように硬かった秋桜ちゃんが

自然にすらすらと言葉をしゃべっている。

表情も柔らかく自然で…


思わずこぶしを作ってそれをぎゅっと強く、強く握った。


「あ…」


秋桜ちゃんが最初に僕と入間の存在に気づきこちらを振りむいたので

つられて山崎司もこちらに向き直る


「おはよう」


短いなんともいえない沈黙の後それを破ったのは

入間だった。


「仲よさそうだね?」

入間はそう言った後僕の肩に手を置いて見せた。


「悪くはないよ…な?」

そういって山崎司は秋桜の方を見た


「山崎司君。小学校が同じだったの」

秋桜だ。


それもとてもなめらかな口調と自然な笑顔を作って。


まるで山崎司にすっかり心を許して安心しているかのようだ…。


と、このもやついた空気を打ち破るかのように

予鈴のチャイムが鳴り響いた。



「おっと!

射川、急ごうぜ?」


「あ…う…ん」


入間は3年生の下駄箱に向かったので

僕は1年の下駄箱へ一人入っていった。


革靴から上履きに履き替え廊下に出たところで

山崎司と鉢合わせになる。


すると相手はにやりを意地の悪い笑みを浮かべて見せた。


「射川…先輩、って呼んでもいいですか?」


「え?…先輩?」


「だって本当は入間先輩と同じ学年だったのに

2年失踪して1年からやり直し、なんでしょ?」


「…知ってたの…」


「なんでも知ってますよ。天妙寺の事が好きだってことも。」


「え?」


思わず呼吸が止まりそうになる。


こいつは一体何を言っているのだろうか?


思わず相手の茶色いガラス玉のようにキラキラ光る瞳を

まっすぐに睨んで見せた。


「ま、結局は早い物勝ちなんですけどね?」


「…早い者勝ち?どういう意味?」


「あ、知りませんでした?

あいつのファーストキスの相手、俺なんで!」


-2-


「おいおい…ちょっと待てってば!!」


その言葉にハッとして竹人はバイオリンを弾く手を止めた。


「射川、突っ走りすぎ。それにさっきからずぅ~っとフォルテで弾いてるぞ?

ここはメゾピアノだって言っただろ?」


入間だ。


言いながら譜面台を弓で差した。


「…何かあった?」


「……別に…何も…」

そう返しながらも言葉の中には隠し切れない怒りが沸いていた。


「じゃあもう一回。Dから」

二人して呼吸を合わせる。


せーの!


……ああ…なんだろう…なんだかイライラする。

ダメだ…


集中しなくちゃ…


集中…


集中…!!


曲を弾き終えた後

軽く息を切らせながら弓を下ろした。


「だめだなぁ…なんか今日は調子出ない…

悪いけど朝練抜けるわ」


「え?射川?」


入間が戸惑いながら呼び止めるよりも早く

僕はバイオリンを片付けると

ケースを肩にひっかけ音楽室を後にした。


冷たい廊下を足早に歩いていく。


窓の外では12月の空が凍てついていた。

もうこんな季節。

冷たい、冷たい、冬。

なのに、心はまるで灼熱のような熱さを持っていた。

熱い。

穏やかな春のあたたかさでは足りない。

猛暑日…いや酷暑日のような熱さだ。



ああ…


イライラする。


「え?」


前を歩いていた小柄な少年がこちらを振り向いた。

観月紫苑だ。


「あ…射川…おはよ…ってどうしたの?なんかご機嫌斜め?」

「え?」

「だって今、イライラするって」


「え?!」

恥かしい。

口に出してしまっていたのか。


「紫苑君、今朝は早いね。委員会か何か?」

話題を変えようと努める。


「ううん。図書室に本を借りに。

新しい小説が今日入るって言ってたんだけど

お昼にまた来てくださいって言われちゃってその帰り道が今~」


「ああ…そう。」

「射川は部活終わったんだ?弦楽部だよね。

なんの曲弾いているの?」

「え?ああ…クリスマスソングだよ。

近々老人ホームへ慰問に行くからそれ用の曲を軽くね。」

「へぇ~。すごいね。慰問とかかっこいいね!

僕も何かそういう活動してみたほうがいいのかな。

興味はあるんだけどなかなかね。」


「そう」

言いながらやっと自分たちの教室へとたどり着く。


「あー、教室の中あったかーい!」

そういって紫苑君はコートを脱ぎながら自分の席へと進んだ。

僕もバイオリンを肩から外して

ロッカーの上に置くとコートを脱いだ。


「野田!おはよう!」

明るい声で紫苑はすでに席についていた親友に声をかけた。

すると野田は少し恐縮したような…おびえたような

静かな上目遣いで紫苑の顔を覗き見た。

「さっき図書室行ったんだけどまだあのシリーズの最新作学校に届いてなかったんだ。

お昼休みに行けばあるって!お昼が待ち遠しい!!」

屈託のない笑顔を作りながら紫苑は野田のそんな素振りを気にすることなく

言葉を投げ続けている。



いいなぁ…

紫苑君は明るい性格で…


それに比べて僕は駄目だ。


朝の一件があってから

ずっとイライラが止まらない。


そう…山崎司の事だ。


秋桜ちゃんのファーストキスを…山崎司が?

何を言っているのか正直わからない。


いやでも…小学校が同じだと言っていたし

秋桜ちゃんのあの滑らかな口調といい…


二人の仲はそれでなんとなくわかった、ような気がする。


すると僕は蚊帳の外…?


透明度のある優しい演奏をする

美しい少女、天妙寺秋桜。


彼女に思いを寄せているのは、僕の方だ。


が、


だからと言って

秋桜ちゃんは僕の気持ちを知らないし

僕の事を好きだとは一言も言っていないし聞いたこともない。


そもそもまともな会話を殆どした事がない。


悔しい。


悔しかった。


「どうした射川…」


その言葉にふと顔をあげると

驚いた表情を作った日向が目の前に立っていた。


「え?どうしたって、何が?」


「珍しくなんか深い考え事してるような顔してるから

なんか悩み事でもあんのかなって…

何?何?星関係の事とか?」


「え?あ…いや…別に…違うけどちょっとね…

大したことないから。

心配してくれてありがとう。」

「ふーん、なら別にいいんだけど…あ、紫苑どこいくんだよ?」

席を立って

教室の外に向かおうとしてた紫苑に日向が声をかけた


「トイレだよぉ~!いちいちなんでそんな事日向に報告しなくちゃいけなんだよ!

そんな義務ないでしょ?」


「はぁ~!?

相変わらずお前むかつく奴!!

一発殴らせろ!!」

そういって日向はこぶしを作って素振りをして見せた


「や~だよ!!」


軽やかな足取りで紫苑君は教室から出て行ったが

日向は紫苑君を追わずに黒板の方に向き直って

鞄からノートやら教科書を取り出してそれを机に入れた。


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