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第五章:スノードームとお菓子

-1-


「おいしい!秋桜ちゃんってお料理上手なのね?」


「本当!?嬉しい!!」


記憶がこぼれる。


「このクッキーもおいしいね!

昨日のもおいしかったけどこれはこれで美味しいよ!」



「夢ちゃんが喜んでくれるなら私、また頑張って作るよ!!」



記憶がこぼれる。


零れる、

こぼれる、


こ、ぼ、れ、る…



-2-

「そうでしたか…それはお辛い思いをされてこられたのですね。

ですが、もう安心ですよ。」

「ではよろしくお願いします」


そういって父は深々と頭を下げた。


「秋桜さん、最初はいろいろと戸惑う事もあるかもしれませんが

少しずつ慣れていきますから安心してくださいね。

わたくしたちがお手伝いいたしますからわからない事や困ったことがあったら

なんでもおっしゃってください。

これも主イエスキリストのお導きですわ。」


そういってシスターは優しく微笑んで見せた。



私は2年の冬、都内の女子校に転校させられた。



いじめを知った親、特に父が激怒し

学校と苛めた人たちに謝罪を訴えたが

その願いはかなわなく

もうここはいっそのこと、と

私の転校を考えていたころ

ちょうど都内のこの時塔じとう女学院初等部の転入募集の話を聞き

即面接を申し込んだのだ。


面接、それから試験にも見事合格し

晴れて明日から

新しいこの学び舎に通う事になったのだ。


といってもこの学校はミッション系。


父は敬虔なカトリック信者であるが

母は所謂無宗教者であって

母から父に宗教観念を押し付けるなと私を育ててきた。


だから毎週日曜日ミサに出かける父について行ったことは

一度だけしかない。

それもかなり幼少の頃だからほとんど記憶にないが…。


一体どんな学校生活が待っているのだろう…


女子だけの学校…

もちろん教師の中には男性もいるが…

生徒はみな女子。



もうあのような暴力的ないじめを受けることはないだろう、と信じたい。


けれど、女子は女子でいろいろと陰湿なのではと母が口にしたことを

私は聞き逃さなかった。


母はやはり私がミッション系の学校に通う事を最後まで反対していたが

面接と試験が受かったこともあり

結局折れる事となった。


河崎の自宅に着くころにはすでに空は夕焼けの橙色に染まっていた


手袋をしていても寒くて

父の手を握る力を少しだけ強めた。


「ただいま」

鍵を開け

二人して玄関に入ると

二階から

かすかに声が聞こえてきた


「はーい、おかえりー」


母だ。


まだ仕事中なのだろう。



母はファンタジー小説を書いている。

挿絵も自分で、だ。


恥ずかしいから、と直接読ませてもらったことはないが

図書室や書店に普通に並んでいるのを知っているので

読んでみると、面白い。


色々なシリーズを手掛けているが

私は花の妖精ファンタジーシリーズが特にお気に入りだ。

なぜなら自分と同じ名前の秋桜が出てくるお話があるからだ。


「駅前でメンチカツ買ってきたから食べよう」


そういって父はビニール袋の手提げをがさがさと鳴らして見せた。


母は仕事が忙しいのを口実にあまり食事を作ってくれない。


忙しいのはわかるが…私は

母の味をあまり知らない。


父がよく買うこのお総菜屋さんのコロッケやメンチカツがどちらかというと

私にはなじみ深かった


スーツから部屋着に着替えてきた父と食卓を囲んだ。


遅れて母が二階から降りてくる。



「ごめんごめん!今すごくいいところだったの!でももう大丈夫!!」


「ほら、菜穂なほさんの好きなメンチカツ買ってきたよ。

まだ温かいよ。さ、食べよう」


「いただきまーす」

「いただきます」

「いただきます」



三人手を合わせた。


そして食事が始まる。


「今日学校行ってきたんでしょ?どうだった?」


「うん、通学路の確認のためだけと思って

一応校舎の目の前まで行ったらたまたまシスターがいらして

お話を少しね。」


「そう。ま、いいんじゃないの?」


そういいながら母はご飯を箸でカチャカチャ音をたてながらかき込むと

味噌汁で胃袋に流し込んだ


「じゃ、後宜しく!!もうちょっとで脱稿するから!!

そしたら何かおいしいものごちそうするわね!!」



そういって母はまた二階へと消えていった。


「売れっ子小説家も大変だなぁ…」


そういいながら父は

付け合わせのキャベツにソースをかけた


-3-


「今日から新しいお友達が増えます。

紹介します、天妙寺秋桜さん。

さ、ご挨拶して?」


突然話を振られ一瞬びっくりしたが

なんとか

呼吸を整えて

ちょっと目線を落としながら私は言った


「は…はじめまして、天妙寺秋桜です。河崎から来ました。どうぞよろしくお願いします」


ちらりと目を上げると

生徒たち一同の注目を得ていた

しかもみな女子…


なんだかいろいろな意味で緊張してしまう。


「では秋桜さん、席は窓際の一番後ろに用意しましたから

どうぞ席について?」


「は、はい…」


ちょこちょこと少し早い速度で歩くと

なんとか自席に辿り着き

椅子に座ることができてホッとした。


「では皆様、

主の祈りを唱えましょう。


秋桜さんは

机に置いてあるそのプリントを見ながらで結構です。

ご一緒に」


「?」


「天におられるわたしたちの父よ、

御名が聖とされますように。御国が来ますように。

みこころが天に行われる通り

地にも行われますように

私たちの日ごとの糧を今日もお与えください

わたしたちの罪をおゆるしください

わたしたちも人をゆるします

わたしたちを誘惑におちいらせず、

悪からお救い下さい


アーメン」



一同が一糸乱れずその長い文句を唱えている間

私はポカーンとしていた


教室のどこかにその文句が書かれた紙が貼られているわけでもなく

かといってみな何か私のようにプリントを見ながらではない。


完全に暗記しているんだ…


プリントを眺めるも

なんのことだかさっぱり…


流石に“アーメン”という言葉は知っているが…

それだけだ。


「では朝のホームルームを終わります」


先生が言って教室から出ていくと


「秋桜さん」


隣の女子生徒が話しかけてきた


「わたし、西森夢っていうの。よろしくね」


「あ…はい…よろしくお願いします。

西森さん、ですね?」


すると前に座っていた女子生徒数人が何故かくすくすと笑った。




「秋桜さん、こちらの学校では苗字ではなく名前で呼び合うのよ?

だから私の事は夢って呼んでね?」


なるほど


「はい、

ありがとう、夢さん」


すると夢さんはにこりと優しい笑顔を作って見せた


「夢さん、明日お誕生日でしょ?

おめでとう!ちょっと早いけど

これ」


そういってやってきた女子生徒が

かわいらしいラッピング用紙の小さな包みを渡した


「ありがとう!嬉しい!!中明けてもいい?」


「もちろん!」


カサカサと、でも丁寧に破ることなく

ラッピング用紙を展開していく


その中には小さな箱があって

それを開くと


中には


小さなスノードームが入っていた


「あら、かわいい!!」


夢さんは早速スノードームをひっくり返して

水晶体の中で雪を降らせて見せた


「ね、秋桜さん、素敵でしょ?」

夢さんが私に見えるように

スノードームを軽く差し出して見せた


「本当…綺麗ね…。

明日お誕生日なのね。おめでとう

よかったら私にも何かお祝いさせてくれてもいいかしら?」


ちょっと思い切った発言だったかなと

話した後になってドキドキしたけれど

夢さんは全然かまうことなく

また優しい笑みを作って見せた


「嬉しい。ぜひ!」


-4-


「ただいま。」


鍵を開け玄関のドアを開ける。


しかし玄関に母の靴はなかった。


母は取材と言っては首から一眼レフをぶら下げ

いつもふらりとどこかへ行ってしまう。


一週間帰ってこなかったこともあったが

そんなのざらな事だ。


携帯電話があるから

いつでも連絡は取れるといえば取れる。


だから何かあったら携帯で、とのことだが


特に緊急を要するようなこともないので

母が取材中に携帯に連絡することは殆どない。



父は弁護士の仕事をしていて

事務所は横浜にある。


帰宅時間はそんなに遅くない…といっても

日が暮れたころに帰ってくるので

早い、とは言い難いが。


なので私の面倒は

同じ住宅街に住む父方の親戚のおばさんが見てくれている。


さて、と。


着替えて宿題を済ませると

すでに時刻は6時を回ろうとしていた。


ああ…

やっぱり電車通学って大変ね。


時間がかかるわ。


近所の小学校だったらもっと早かったのだろうけれど

でも…

あんな思いをするのなら多少時間が遅くなっても

こちらの方が良い…


リビングの電気を消して

玄関で履きなれた運動靴を履き

外に出るとドアに鍵をかけた


よし。


そして私が向かったのは

おばさんの家


徒歩2分ほどと同じ住宅街にあって

母の代わりに夕食の面倒などを見てもらっている


「おばちゃん、ただいま」


そういって鍵のかかっていない玄関ドアを開け

中に入った。


「秋桜ちゃん、今日から東京の学校だったんでしょ?

お疲れ様。電車一人でちゃんと乗れた?」


「うん」


「そう。良かった良かった。

さぁ、今日はおでんよ。あったまっていきなさい。」

「はーい!」


-5-


「夢さん、おはよう。今日お誕生日よね。

これ、よかったら…」


そういって小さな紙袋を夢さんに手渡した


「ありがとう!!何かしら?」


すると私はここで少しだけ声を潜めて言った

「中、お菓子なの。ここで開いたらもしかしたら先生に怒られちゃうかもしれないから

開くのはお家で開いてくれる?」


「そう、わかったわ。嬉しい。ありがとう!秋桜さん!!」


また昨日と同じ優しい笑み。


なんだろう…


凄く、

凄く嬉しい。


「そうそう。

秋桜さんはお誕生日いつなの?」


「あ…私はもう終わっちゃって…10月なの。10月20日。」


「あら残念。じゃあ来年こそ私の方からもプレゼントさせてね」

「ありがとう。でもあまり気を使わないでね?」

そういって自分も

にこりと微笑んで見せた。


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