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第三章:女神様が微笑んだ

-1-


「紅茶で良かったかな?」


「あ…はい…お構いなく…」


時刻はちょうど20時を回ったところ。


玄関にある柱時計がそれを知らせていた。


「あの…今日は翔さんと琴ちゃんは?」

「ああ…二人とも二階にいるよ。

二人にも何か用かい?」


「あ…いえ…そういうんじゃ…僕は翼さんにどうしてもお話したいことがあって」



そう言いながらなんとなく

フードの紐を手で弄ばしてみた。


僕のその様子を確認したように羽鳥翼は微笑むと

台所の奥へと消えていった。

お茶を淹れに行ったのだろう。


あれから一度家に帰り着替えて夕食を済ませてから

羽鳥家へとやってきたのだ。


親はこんな時間に出かけるなんて心配だし相手にも失礼よ?と散々

文句を言っていたが何とかやり過ごせてやって来た。


そこへ羽鳥さんがピカピカに磨かれたシルバーのトレイに乗せられた

これまた装飾の美しいティーカップとティーセットを持ってやって来た。


それらをテーブルの上へ並べていく。


「それからこれ、昼間二人で焼いたらしいんだ。よかったら食べて?」


二人とは翔さんと琴ちゃんの事だろう。

かわいらしいアイシングクッキーが小皿に乗せられている。


星や月、うさぎや犬の形をしたクッキーに顔やらレースやら小花やら

かわいらしいアイシングが施されていて

食べるのがもったいないくらいだ。


「さぁ、どうぞ」


淹れたての紅茶のカップを僕に進めたのでいただきますと一瞥して

カップに口を付けた。


ふわりと香る上品な紅茶の香りは相変わらず。


「おいしいですね」


「お口に合ったようで何より。さてと。

で?話って何かな?」


「あ…はい…

今日、射川や入間先輩から聞いた話なんですけど…

二人…と七瀬先輩、天妙寺先輩も昨日の夜夢幻空間に行って

とても危ない目に合ったって。

それが…僕は会ったことないので顔は知らないんですけど

桜倉先輩っていう人が原因なんだって…言ってました。

羽鳥さん、そのことはご存知でしたか?」


「いや」


羽鳥翼は即答して

紅茶のカップに口を付けた。


なんだろう、羽鳥さんが下を向いたから

光の関係でメガネが白く反射して

羽鳥さんの顔がとても冷たく見えたのは、気のせいだろうか?


だが、紅茶を飲んで顔を上げた後の羽鳥さんの表情はとても穏やかなものだった。


「桜倉君の事は部活が一緒だったから知ってるけど

一体何があったのかな?とても危ない目って?

星集めで?」


「あ…いえ…それが…僕が直接見たわけじゃないので

聞いた話からでしかお話しできないんですけど

桜倉先輩と山羊座守護神が射川たちを攻撃して

七瀬先輩と天妙寺先輩が怪我をしたって…

桜倉先輩の話だと

羽鳥さんのやることに同意できなくて

逆に星を壊して永眠させるのが目的だって言ってました、

って射川が話してました…」


「ふーん、永眠ねぇ…桜倉君も物騒な言葉使うね。

で?

射川君から僕に話せって?」


「あ…、い、いえ!!…あの…

僕の勝手な判断です。

射川たちからじゃ直接羽鳥先輩に言い辛いかなって思って。

あの…なんとなく板挟み状態っていうか…

でも僕は夢の中には行ってないから

僕からだったら

羽鳥さんに話しやすいかな?って思って…」


「そう。」


「あの…羽鳥さんと桜倉先輩は仲悪いんですか?」

思い切って単刀直入に話しを切り出してみた。


すると羽鳥さんはこれまた穏やかに笑みを浮かべて見せた。


「そんなぁ…まさかそんなことないよ。

この前だって一緒に高校でのOB会に出て演奏してきたところだよ。

その時は特に何も今回の事は言ってなかったけどなぁ…。

どうしちゃったんだろうね?

僕もね、紫苑君と一緒で夢幻空間には入れないから

正直よくわからないよ」


「そ…そうですよね…」


思わずため息をついてしまったので

それをごまかすように

お皿にあるアイシングクッキーを一つとって

おいしそうですね!と言ってぱくりと口の中に放り投げて見せた。


「夢の中行ってみたい?」

「え?…あ…はい…それは…もちろんです。

射川たちの身に危険が迫っているみたいだし

僕じゃ何もできないかもしれないけど

でも

少しでも何かの役に立てたらって…思うのは事実です。

でも、ダメなんですよね?」


そういって上目遣いで羽鳥さんを見た。


「そうだね。以前にも話したけれど

蠍が何をしでかすか想像できないから。

この前も射川君の弟さんを手にかけたんでしょ?蠍が」


「…あ…、はい…」


なんとなくその話をされると

胸が苦しくなる。


決して本意ではないことを

僕の体を使って

蠍が行ったことなのだから僕としてはとても心が辛い。


と…ほんの微かだが一瞬胸が痛んだような気がした。


ほんの微か…だが…。


ほんの…



ほんの…


かす…か



「羽鳥さん、夢幻空間に入るにはどうすればいいんですか?

入りませんけど念のため」


「それは言えないね。」


「指輪を右手の小指でなでるんでしたっけ?」


「ふふ…君も下手だね。

久しぶり…でもあまり来ないでほしいなぁ…

紫苑君の体に負荷をかけるから。」


「気づきましたか…で?

お前は誰だ?」


「そんなこと聞きに来たの?以前紫苑君に話したの聞いてなかったの?

僕はアンドロメダ銀河だって言っただろ?」


「そうじゃない。銀河系守護神がこんなちっぽけな星にいるなんて

あまりに不自然、それに隣の銀河を守護しないでなんでこんなところでぶらぶらしてる。

自分の銀河系がどうなってもいいのか?」


「ハハ…。これはこれは、僕の心配をしてくれているのかい?

意外と蠍は優しんだね?」


「笑ってごまかすな。言え。」


「いやだと言ったら。」


「紫苑を殺す。」


「ご自由に。」


「二人してなんて物騒な会話をしているのですか。」


あきれたように両手を広げ

リビングの入り口に翔がいつの間にか立っていた。


「蠍もそのぐらいにしてあげてくれますかね?このままだと紫苑君の心臓が

破裂してしまいますよ。」


「構わない」


「そうはいきませんよ。とりあえずこの茶番を終わらせましょうか?

翼様、時計を…」


「はいはい」

そういって翼はズボンのポケットから懐中時計を取り出して見せた。


パチンと音を立てて蓋が開き

中から現れたのは…文字盤に数字の代わりに星座の模様があしらわれ

蓋の裏には北半球の星座が描かれていて

くるくると回すことができ小さな星座盤としても使える

装飾を施すものだった。


「なんだ、それは」


「君、しらないの?

これはね?」


-2-


「…ん…あ、れ?」

「やぁ、紫苑君、気が付いたかい?」


目を開けると羽鳥さんの笑顔が目の前にあったのでちょっとびっくりした。


「あれ…僕…どうしたんだっけ?」


羽鳥さんとお茶をしていて…

それからどうしたんだっけ?



気が付くとソファに寝かされていた。

柔らかな小花柄の毛布が体にかけれらている。


「久しぶりに蠍が現れてね、でも大丈夫。

少し会話したら気が済んだみたいで帰ってくれたみたいだから」


「え?…蠍…」


思わず驚く。


と、ボーン…ボーンと低い音が廊下の奥から響いた。


「あ!今何時ですか?!」

「21時だよ。送っていこうか?」


「あ、大丈夫です…でももう帰らないと…

遅くまでいろいろとご迷惑おかけしてすみませんでした!!」


「いやいやいいんだよ。またいつでも遊びに来てくれて構わないから。」

「はい…すみませんでした!!」


慌てて深々とお辞儀をしてたくさん謝ってから

羽鳥家を後にした。


外の空気はとても冷たい。


秋の終わりと冬の訪れを感じた。



-3-


「お兄ちゃん!!

一人抜け駆けとかしないでね?」


「は?」


宿題をしていると

明人が突然部屋に入って来たかと思うと

僕の腕に無理やり抱き着いてきた。


「僕を置いて夢の世界行ったりしないでよ?

学校でほかの人たちとどんな話したの?」


「ちょっと待ってったら、明人、落ち着いて話そう。

言ってることバラバラだよ。」


「だってだってぇ!!

お兄ちゃんが学校行ってる間、僕すごくすごく心配だったんだからね?!」


「わかってるよ…だから余計に落ち着いてほしいんだ…いいかい?」


「でもでもぉ!!僕もみんなに協力したいよぉ!!

僕だけのけ者にしないでよ?」


「しないってば。

それよりほら、宿題やったの?」


「あー!ほらぁ!!そうやって話を逸らすぅー!!」

「え?ちが…そんなつもりじゃないって」


「じゃあもっと話そうよ!夢幻空間のお・は・は・し!!」


「って言ってももう八時過ぎてるよ?

明人、そろそろ明日の支度して寝ないと…また体に障るよ?」


「いいの!

どうせお勉強、お兄ちゃんが教えてくれるから

学校なんて行かなくったっていいの!!」


「またまたそんなことを!

とにかく明人は無茶しすぎ!

自分の事わかってるの?

無理してまた命にでも関わるようなことがあったらお兄ちゃん、本当泣いちゃうよ?」


「え?本当?!

僕のために泣いてくれるの?!」


「あーのーねー!

まるでアキが死んじゃうみたいな話になってるじゃないか!

とにかく!!

宿題してお風呂入って歯磨いて

お薬飲んで寝る!わかった?」


「い・や・だ!!

まだちゃんとお兄ちゃんとお話してないもん!」


「ほらほら、二人してまた喧嘩してるの?

いい加減にしなさい?

それとアキ、お風呂沸いたわよ?入っちゃいなさい?」


「えー?!だってお兄ちゃんが…」


と今まできつく抱いていた僕の腕からするりと明人の力が抜け…


これは!!


「アキっ!!」


床に倒れそうになるところをとっさに片手で掬い抱いた。


「明人!!」

お母さんも慌ててこちらにやってくる。


「また例の発作、かなぁ?」

「みたいね…竹人、ちょっとベッド借りるわよ?」


そういって明人を抱きかかえようとしたが

力が足りない様だったので

僕が大丈夫だよ、と母を制して

明人をお姫様抱っこすると

自分のベッドに明人を横たわらせた。


母がすかさず明人に掛布団をかけてあげる。


「困っちゃうわねぇ…。

こうして私たちがいるところで発作が起きるならまだいいけど

街中とかでいきなり倒れて頭を打ったり車にひかれたりしたら大変だわ…」


そう言いながら母は口に手を当てて見せた。


「うん…たしかにそうだね…でも精密検査とかやっても結果出なかったんでしょ?」

「そうなのよ…

とりあえず明人が起きるまで寝かせておいてね。

すぐ目が覚めると思うから…」

「うん」

僕の返事を確認すると母はじゃあ、と言って部屋を出ていった。


ふぅ…


確かに困ったものだ。

イネ=ノも明人の発作の事を知っているが

そういえば何もしてくれなかった。

いや…できなかった?


はぁ…


夢の事よりも

正直大切な弟に何かあったら…


そっちのほうが怖い…


アキ…


そういって目を閉じた弟の額をそっと手でなでてあげた。


-4-


真っ白な世界。


いや…


これは…



霧…。



濃霧に覆われた世界。


僕は躊躇うことなくゆっくりと、

前へ前へと歩を進めてゆく。


肩には大蛇フィディ。


「…やぁ…待っていたよ。リィーン…。」


「スコーピオン…

君なんだね?」


ためらうことなく僕の口から言葉が発せられる。


「やっと会えたね」

「やっと会えたね」



-5-


「う…ん…」


「あ!アキ!!気が付いた?」



ゆっくりと目を開けると

目の前には兄の顔がドアップであった。


「おにぃ…ちゃん…?」


ゆっくりと両手を伸ばすと

兄の体にキュッと抱き着いて見せた。


「お兄ちゃん…だよね?」


「うん…アキ、寝ぼけてる?大丈夫?」


「大丈夫だよ…でも…

僕…やっぱり必要みたいだよ」


「え?」


ゆっくりと両手を兄の体からはなすと

上半身を起こして見せた。


兄がそれをさりげなくサポートしてくれる。


ありがとうと礼を言った後、小さくため息をついて見せた。


「アキ?どうしたの?」


「スコーピオンと会ってきた」

「え?」

兄の眉間にしわが寄る。


「今、夢の中でね、会ってきたの。」


「何を…言ってるの?アキ…」


「僕さぁ…何度もこうやって倒れた時…いつも

すっごい霧の中にいるんだ…

でね?

霧の中に見つけたんだ。

スコーピオンを。

今日…少しだけ話した…というか

挨拶してきたよ…」


「アキ…」


兄はさらに困った表情を作って見せた。


「違うんだよ!!お兄ちゃん、信じて!?

僕ね…僕…!!

スコーピオンの事を守ってるの!!」


「は?」


「僕、僕

蠍からスコーピオンを守ってるの!!

お願い!!信じて…ね?」


すると兄は腕を組んで少し考えるしぐさを取って見せた。


「とりあえず少し落ち着いて…

一体何があったの?」


大きくため息をついた後兄はようやく観念したように言って見せた。


その言葉に僕はとても大きな安心感を覚える。


「よかった…


あのね…


夢…見るでしょ?


僕、いつも倒れた時

夢を見るんだけど

そこにはスコーピオンが閉じ込められているんだよ。

僕今日やっとそれに気づいたんだから」


「うーん…ごめん…アキ…もうちょっとゆっくり、

お兄ちゃんにわかりやすく話してくれないかな?」


「あ、だからね!だからね!!

ええと…えと…」


「アキ…とりあえずいったんお風呂入ってクールダウンしてきたら?

ゆっくりと考えをまとめておいでよ。

お兄ちゃんちゃんと話し聞いてあげるから。

ね?」


「あ…ぅ…ん…でもぉ…」


「ね?」


そう言いながらやさしく僕の頭をくしゃくしゃとなでる兄の少し無理やりな笑顔が

心苦しく、仕方がなく僕は小さく頷いてから

兄の部屋を出たのだった。



-5-


「え?明人君が?」


次の日の朝練終了後、僕は弟が話した内容を入間に話して見せた。


「待って…つまり整理するとこういうこと?


明人君はたびたび意識を失う症状があって

気絶している間夢を見る。

その夢の中で

スコーピオン…つまり紫苑君の意識と出会うことができた、

ってこと?」


「うん、明人はそう言ってる」


「じゃあ…紫苑君も同じ夢を見てるってこと?」


「なんだよね…話が合っていれば…だからこの後

本人とも会うことだしちょっと聞いてみようかなと思って…」


「そうだね…でもなんで明人君と紫苑君が…

寄りによって…一番合わせちゃいけない二人が…」


入間はそう言いながら渋い表情を作って見せた。


「また…明人君が傷つくことになるのか…」

ぼそりと呟く…。



「入間…一体何が起ころうとしているんだろうね…

僕も良く分からなくなってきたよ…


夢幻空間の事もそうだけど

それに関わらせたくないって思っていた明人までもが

こうやって絡んできて…


誰が、何のために、どうしてこんなことを…

考えれば考えるほど謎は深まるばかりだよ…」



「射川、やっぱり夢幻空間行かないか?」


「え?」


「もうどうせだったらとことん絡みまくって

謎を解き進めていくくらいの勢い、必要なのかもしれないぜ?」


「そ…う…かなぁ…う…ん…」

そう言いながら目をくるくると回転させながら悩んで見せる。


と、チャイム。


「おっと!じゃあ…射川!紫苑君に話し聞いておいて?また

部活…いや…昼休みにでもまた満天星ホールで話そうぜ?じゃな!」


そういって入間は足早に自分の教室へと消えていった。


ふむ…

とことん謎を解き進めていくくらいの勢い、か…。


入間って本当いつも僕を引っ張ってくれるよな…

僕が動かなすぎるのかな…


さて…

自分の教室へと戻ってくると

僕が呼び止めるよりも先に

紫苑君が背後から僕の背中をポン!と叩いて挨拶してきた。


「射川、おはよう」

「ああ、紫苑君。おはよう…あの…」

「あのさ!!

突然でごめん!

射川の弟さん…明人君の事なんだけど!」


「え?」


「ちょっと話したいことがあって…」


「あ…じゃあ、とりあえず席座ろうか」


「うん」


そういって二人して席に戻ると

椅子に腰を下ろして見せた。


「で…話って?」

恐る恐る慎重に聞く。


「あ…それがね…僕昨日…あの…勝手なことしちゃってごめん、

実は羽鳥さんのところに行ったんだ」


「ええ?!」


思わず声を上げると

周りにいた生徒たちから注目を浴びる。


慌てて

小声で、どうして?と聞き返す。


「射川や他の人たちだと夢幻空間…だっけ?に直接かかわってるから

そうじゃない僕が話したほうが話しやすいかと思って…

まずかったかなぁ…?」


「そりゃ…

で、どんな話をしたの?」


「単刀直入にズバリと聞いたよ。桜倉先輩と仲が悪いんですかって?」


「な!!君、本当に単刀直入だね!!で?先輩はなんて?」


「それがね、違うって否定されちゃったんだ。

少し前にOB会にも一緒に出席したけどその時も和やかな雰囲気だったっていうんだ」

「…え…そうなの…

意外だね…だって夢の中の桜倉先輩、羽鳥先輩に対して

ものすごく敵意むき出しだったんだけど…どうしてなんだろう?」


「なんだか…話がかみ合わないね…」

「本当だね…

ところでさっき明人がどうとかって…」

「あ、その話も!!

あのね、

実は昨日羽鳥さんの家に行ったとき…

蠍が現れたんだ」


紫苑君は“蠍”の単語だけ声を潜めて発音した。


「え?」


「って羽鳥先輩が言ってた。

でね問題はその蠍が現れている間の僕の意識なんだけど

夢を見ているような感覚だったんだ。


その話の説明をしたいんだけど…」


とそこで本鈴のチャイムが校内に鳴り響いた。


「あ…タイムアウト…

じゃあ…朝のホームルームの後にまた」

「うん」

頷いて僕はかばんからまだ教材を取り出していない事に気が付き

朝の支度へと取り掛かった。


-6-


「夢の中はものすごく深い霧が立ち込めていて

数メートル先も見えない状態。


そこに僕は立っているんだけど

着ている衣装がキク=カが来ていたあのからし色の式服、っていうのかな?

で、

そこにリィーンがやって来たかと思えば

これまたリィーンの衣装を着た明人君だったんだ。」


ホームルーム終了後、再び紫苑君は僕の席のほうに向きなおって

話し出した。


明人の話とリンクしてる…。

紫苑君の話のほうが落ち着いて話しているから何倍も分かりやすいけど。


「ねぇ…、明人君がその発作を起こしたのって何時ぐらい?夜でしょ?」

「あ、うん…確か夜の8時過ぎごろだったかな」

「あ!!やっぱり!!

僕ちょうど8時に羽鳥さんの家について

お茶をいただいてその後すぐに蠍が現れたから…

時間的にも合ってるね!」


「…つまり?

蠍が現れるイコール紫苑君が夢を見ると

明人が倒れてそこに吸い込まれるような?そんな感じ?」


「うん。そうかも」


読めてきた。


紫苑君が眠ると明人も連動して例の発作を起こし強制的に

紫苑君の夢の中に行ってしまうんだ…。


じゃあ…

発作は…ただの病気じゃなくて…

必然的な夢のせい???


「夢の中で二人は何をしていたの?」


「あ、それがね、昨日やっと自己紹介っていうか

お互いがお互いの存在を理解できたみたいな感じで終わってるんだ。

だから…何かをするとしたら次に見る夢からなんだと思う。」


「そう…

でも一つ謎が解けてよかったよ。」


「何?謎って」

ひょっこりと日向君が顔を出す。


「あ、あのね!…あ…う…ううん…なんでもない」

「なんだよ、今何か言いかけただろ?

言えよ!」

そういって紫苑のほほを軽くつねって見せた。


「いたー!!!

日向のらんぼうもの!!

いいもん!

絶対日向には教えないんだから!!」


「なぁ~にが!女みたいな言葉遣いしやがって!」

今度は

紫苑君の両方のほほをむぃ~っと引っ張って見せる。


「やーめーろよぉ~!!日向のばかー!!」


またはじまった…

思わず苦笑いしながら黙って二人のやり取りを見ていた。


二人の奥で野田君と目があったが

すぐに向こうから視線を逸らされた。


そういえば…野田君…


最近紫苑君と一緒にいるのを見ない。


まだ後ろめたさを感じているのだろうか?

野田君、まじめなところがあるから…


自分で自分が許せないのかもしれない…。


そう…野田君…


蠍座の世界ではスズ=タケという名前で

キク=カの側近でもあった。


そして…

リィーンを陥れ

僕やアキレスにも危害を加え…


とても恐ろしい人格を持っていて

それは蠍と大差ないのかもしれない…と思わせるほどだった。


野田君…。


「え?」


紫苑君がこちらを振り返る


「野田がどうしたって?」


「え?」

思わず驚く。

心の中で呟いたつもりだったのだが

口に出してしまっていたのだろうか?



「野田、今日日直だよ?何か用事?」

「え?あ…日直…そうか…そういうこと…」

だからこちらにやってこないで日誌書いてるんだ。


なんとなくちょっとだけほっとした気分になる。


「野田君とはその後変わらない?」

少し小声で野田君には聞こえないように紫苑君に聞いてみた。


「え?…ああ…うん…

まぁ…全くって言ったら嘘になるけど

なんとか昔見たいにやれてる…のかなぁ?」


「な訳ねーだろ。あんな事されて」

日向が言う。だが声のトーンはやはり少し抑え気味だった。


「日向までそんな風に言わないでよ…

僕と野田は和解したんだから…今でも大切な友達なの!

だから野田の事責めないでよ?」


「……」

「……」


僕と日向君は思わず二人で黙って紫苑君の茶色くキラキラ揺れた瞳を見つめていた。


「ねぇ…射川…

僕たち一体どうなっちゃうんだろうね?

話が進めば進むほどややこしくなっていくよ…

関わるなと言われても

関わらざるを得ない方向に話が進んでいくし…」


「そうだよね…僕もそれは思っていたよ…

明人…弟にはもう二度と今回の件にはかかわってほしくなかった…


なのに…」


思わずうつむいて見せる…


「お前ら二人共、なんだか暗いよなぁ~


もっと前向きになってみたらどうよ?

俺みたいにさ!」


そういって日向は

前髪を書き上げて格好つけるポーズをとって見せた。


「昼休み、入間と満天星ホールで話すんだけど…

二人共来る?」


「あ、行く行く~」

そう言いながら紫苑君は満面の笑みを作って見せた。



「あ、わりぃ、俺今日は部活でないと

前回少し遅れただけで先輩にいろいろと言われちゃったからさ」


日向だ。


「了解。

もしまた何かあればその時は協力してもらうかもしれないけど」


「おう!そうしてくれる?」


そういって日向君は大きな手のひらをひらひらさせて

僕らの席から離れていった。


-7-


昼休み、僕と紫苑君は一緒に満天星ホールへとやって来た。


「相変わらずこの部屋は…なんていうか独特の空気があるよね」

「本当だね」


目を細めてホール内を眺めている紫苑君の隣で

僕は頷いて見せた。


「ねぇ、射川ってピアノ上手だよね」


「うん?

いや…実はあまり…

バイオリンのほうに力入れてたから

ピアノは本当、嗜む程度…かな?」


「ねぇねぇ!また何か弾いて聞かせてよ」


「え?…うーん…そうだなぁ…どうしよう…あ!そうだ!」


思い立ってゆっくりとピアノ椅子に腰を下ろす。


カバーを上げ

えんじ色のフェルトをめくると

現れたのは白と黒の美しい88の鍵盤。


「じゃあ…」

そういってゆっくりと鍵盤の上に手を置いた。



水色の空が天井一杯に広がり

綿菓子のようなふわふわなくもが

ところどころに浮かんでる。


風が吹いた


若草色の枝はがさらさらと揺れて

太陽の白い光を受け止める


台地一面に広がる芝生を歩いていくと


何とも小さな小花を見つける。


これはなに?


これはなに?


きれいだね、

きれいだね


薄桃色の小花をそっと手でなでる


すると

どこからともなく


美しい水彩色の蝶々が飛んできて…



鍵盤の上から手を下ろすと

ぱちぱちと拍手が飛んだ


「すごーい!!射川やっぱりピアノ上手だね!」


「ありがとう、これ弟と一緒に作曲した曲なんだ

“水彩画の蝶々”っていうんだよ。」



「へぇ~、綺麗なタイトル。曲もきれいだけどね」




「お、やってるね?」


螺旋階段から顔を出したのは入間。



「あ、紫苑君も来てくれたんだね。ありがとう」


「あ…いえ」


なんとなく紫苑君は緊張しているみたいだった


と…入間に次いで階段を上がってきたのは…


「秋桜ちゃん?!」


思わず声を上げる。


僕の言葉が彼女の耳に入った瞬間

一瞬睨まれたような気がした。



気のせいだろうか?



「そう…天妙寺さんも話に参加してくれるって。

あ、七瀬さんには断れたけど…」


そういって入間は苦笑いして見せた。


「よし、じゃあ早速。時間もあまりないことだし」

入間が仕切ってくれるようだ。


ピアノの脇に皆が集まる。


僕と入間、紫苑君に秋桜ちゃん


「まず紫苑君と明人君の話…かな?

射川から話聞いたんだけど、

夢で二人が会った、って?

蠍が現れている間

紫苑君は夢の世界にいて

で、

そうなると

明人君が強制的に紫苑君の夢の中に引っ張られる形になる…

って感じでいいのかな?」


「…はい…その通りです…」


そこではっとする。


「ちょ…ちょっと待って!

明人はここ最近よく倒れていたんだけど

その回数だけ蠍が現れていたってこと?」


すると紫苑君は目をぎゅっとつぶって頷いて見せた。



封印したはずの蠍が…

この世界に出てきて…

一体何をしているのか?


恐ろしいことが起きているのでないだろうかと

不安が心の中でどんどん大きくなっていく。



「紫苑君…蠍の記憶ないの?」


「…うん…何をしてるのかわからない。

誰かと一緒の時もあれば僕一人の時もあるし…」


イネ=ノの日記にもあった

“紫苑君が蠍を取り込んだ”

という内容。


蠍…

そういえばこの前

明人の首を絞めたのも…蠍…だよね…?


紫苑君から目が離せない。

もしちょっとでも油断して

その隙に何かされたらと思うと…

僕自身もそうだか

他の星座関係者や…明人だって…


「紫苑君と明人君のつながりはなんとなく見えてきたような気がするね

さて…次は夢幻空間の話をしようか」


入間が仕切る。


「羽鳥先輩と桜倉先輩が対立している夢幻空間…


そこでは星を集めるか壊すかのどちらかを僕らに問いかけてくる二人…


一体僕らはどうしたらいいのだろうか?ってとこかな?

紫苑君はどう思う?」


するとなぜだか紫苑君は俯いて突然無言になってしまった。


「紫苑君?」


「…あの…僕は夢幻空間に入ったこともありませんし

そもそも入り方がわからないんです…

どうすれば入れますか?」


すると入間が目を見開いて見せた。


そして次の瞬間には苦い表情を作って見せる。


「ダメだよ…教えられない。

羽鳥先輩もそう言ったんでしょ?」


「でも…僕…みんなの役に立ちたくって…」


「困ったなぁ…なぁ?射川」


と突然話を僕に振る。


「う…ん…羽鳥先輩のストップがかかってるのならやめておいたほうがいいんじゃないかな?

もし仮に夢幻空間の中で蠍が暴れだしたりしたら

話がややこしくなっちゃうからね…。」


そう…蠍が暴れる…

またイネ=ノの世界での悪夢が始まる可能性だってあるんだ…。


それはもしかしたら紫苑君次第なのかもしれない。


「あ…れ…」

その異変に気付き僕はそっと紫苑君の肩に手をかけた。


「大丈夫?紫苑君、顔が真っ青…」

まるで…


まるで…


明人が体調を崩したときと同じような…



と思った次の瞬間に

がくッと体が揺れたと思うと

そのまま紫苑君は体制を崩して

床に倒れこんでしまったのだ。



「紫苑君?!」


慌てて抱き起そうとする。


「やっぱりな」

入間だ。


「え?」


「射川気づいてなかった?

今、蠍がいたんだぜ?」


「どういうこと?」


「紫苑君の意識を遮って蠍が現れたってこと。

夢幻空間への入り方を聞いてきたときピンと来たんだ。

蠍が夢幻空間に入ったらどうなると思う?」


「…どうなるの?」


「夢幻空間の中では星座の力が満ち溢れてる。

そんなところに蠍が行ったら

力が増大しとんでもないことになるってこと。

きっと僕らにも手が付けられなくなるかもしれないよ

羽鳥先輩にも言われたんだけど

射川には言ってなかったね。ごめん。

紫苑君には絶対に夢幻空間の入り方を教えないで?

あ、天妙寺さんもお願いね?」


そこでやっと秋桜ちゃんの存在に気づく。


すると秋桜ちゃんは無言無表情のままで静かに頷いて見せた。


「ちょっと紫苑君保健室に運んでくるから、二人でなんか話してて?」


じゃ!と言って僕の返事も待たずに

入間は紫苑君を軽々とお姫様抱っこすると

そのまま螺旋階段を下りて行ってしまった


取り残されたのは僕と秋桜ちゃんのたった二人…。


と…突然二人きりになってしまった!!

一体何を話せばいいんだろうか!?


冷たい空気の中に沈黙が織り交ざり

なんとも寒々しい気持ちになった。


とりあえず何かしゃべらないと…


「そ…そういえば…

桜倉先輩に攻撃されたんでしょ?

夢幻空間…大丈夫だった?」


すると秋桜ちゃんは珍しくかぶりを横に振って見せた。


「え?大丈夫!?」


「…背中にあざがあるみたい…」


そう言った後秋桜ちゃんは斜め下に視線を落とした。


「それ本当?」


すると秋桜ちゃんは顔を軽く上げて僕を小さく睨んで見せた。


そうだろう…きっととても怖い思いをしたに違いない

なのにそれを僕ときたら蒸し返してしまうなんて…


「…七瀬さんに確認してもらったの…間違いないわ…

それに七瀬さんも腕にあざが出来たみたい」


確かに秋桜ちゃんはそう言葉を発した。

今まで聞いた中で僕に向けられた言葉の中で最長文のセリフだ。


思わず感激していると秋桜ちゃんはさらに言葉を続けた。


「七瀬さんはもう夢の中には行かないって言ってる。

けど…私はまた行ってみようと思う…」


「え?!

どうして!?だってそんなあざが出来るほどの危険な目に合ったのに!!

また何かあったらじゃ…」


「私…誰かの役に立ったことって今までなかったの。

今回星集めの話を羽鳥さんにいただいて正直嬉しかった。

だから今夜も行くわ。」


秋桜ちゃんははっきりとそう言い切ったあと小さなため息をついて見せた。


本当に小さな小さな声で

意識的に耳を傾けていないと

よく聞き取れない、そんな秋桜ちゃんの声だったけど

しっかりと強い意思が込められた言葉だった。


「だ…だけど!!」


「止めないで」


と次の瞬間僕の体は一瞬電流が走ったのではないかと思うくらいの衝撃を受けた。

なぜって

秋桜ちゃんが

あの…いつも無表情だった秋桜ちゃんが

優しく微笑んだのだから。


それは午後の柔らかな白い光に包まれて

光が膨張し

まるで秋桜ちゃんが天使か女神のように見えてしまうほどだった。


大げさに言ってるんじゃない。

これは僕の中では紛れもない大きな現実だ。


すると秋桜ちゃんは軽く僕に一瞥して

そのまますたすたと螺旋階段の方へと歩いて行ってしまったのだ。


その間全く僕は微動だにすることができず足の底がリノリウムの床にぴったりとくっついて離れられなかった。


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