第二章:お人形さんのお話し。
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「あ!羽鳥さん!!見つけた!!」
呼ばれて驚いたが慌てることなくゆっくりと名前を呼ばれたほうに振り向いた。
「紫苑君…やぁ、どうしたの?こんなところまできて。学校はもう終わったの?」
「はい。あの!!今お時間あります?」
「え?いや…もうすぐ授業が始まるところなんだけど…何か急ぎのようでも?」
すると紫苑は少し困った顔をしてうつむいてしまった。
ここは大学のキャンパス内。
学園内の喫茶店で軽くお茶をしながらレポートをまとめ
理系棟へ向かおうとしたところで紫苑君に呼び止められたのだ。
「あの…大学って何時までですか?
なるべく早くお話したくて…
ご迷惑じゃなかったら僕、その時間まで待ってますけど…」
「そう…」
言ってズボンのポケットから懐中時計を出して時刻を見た
「じゃあ…本当に遅くなっちゃうけど大丈夫?」
「はい。いつまでも待ってます!」
「そう…じゃあ20時でどう?」
するとさすがに紫苑君は茶色の瞳をくるくるさせ考えているようだった。
「難しいならメールとかでもいいけど?」
「いえ!…大丈夫です。一度家に帰りますけど
20時にここで待ち合わせでいいですか?」
「いや…君、家が近いんだから僕の家に来ればいい。
どうだい?」
「あ…でも夜遅いしご迷惑じゃ…」
「そんなことないよ。おっと!そろそろ授業が始まる。
じゃあ20時に僕の家に直接来てくれる?悪いね?」
そういって返事を待たずに大股で理系棟のほうまで歩き出した。
話し…大体検討は付く。
さて、どうしようかね?
-2-
「とりあえずみんな話わかってくれたようで良かったんじゃない?
なぁ、射川?」
「うん。とにかく夢幻空間への出入りはしばらく禁止!
これで一応応急処置にはなったかな?
あとは羽鳥先輩と桜倉先輩の事をどうするか、だよね…。」
そう言いながら松脂を弓の毛にたっぷりこすりつけてる。
「一体二人の間に何があったんだろう…」
独り言のように口の中で小さくそう呟いて見せた。
-3-
「天妙寺!!」
放課後、廊下で
呼び止められゆっくりと振りむいた。
そこに立っていたのは
真っ白い満天星の制服を着た男子生徒…。
竹人君?と一瞬間違えそうになるが
次の瞬間にはっとする。
「…山崎…君?」
「まさかお前がこの学校にいるとはな…
昨日の夢…ちゃんと記憶にあるんだろ?」
「…………」
何も話したくない。
そのまま黙って前に向き直り
帰ろうとしたところだった。
だっ!と突然の気配と
腕をつかまれ驚いて再び後ろを振り向く。
「待てよ!!」
「……」
言葉を発することができない。
怖い…
怖い……
「あの…悪かった…
謝るよ…あの時の事…」
「……」
言葉を発することができない。
怖い…
怖い……
少し息苦しくなっていくのがわかった。
相手の顔を見るのも怖くうつむく。
幸い長い髪がさらりと垂れ下がり視界を閉ざしてくれた。
しかし相手は言葉を続ける。
「それから…夢…
本当、俺らと一緒に…仲間になってくれないか?
昨日はあんな怖い思いさせて本当に申し訳なかった…けど
羽鳥翼の言うことなんか聞くからこうなっちゃったんだよ。
頼むからさぁ…
おい、こっち向けよ、天妙寺!」
さらに握られた腕に力が加えられ思わず相手のほうを向いてしまった
一瞬竹人君と見間違えそうな容姿だが
竹人君ではない。
この人は…山崎司…。
昨日私を夢の中で襲った横瀬桜倉の隣にいた…
怖い…
誰か…
誰か…助けて!!
ぎゅっと目を閉じて
握られた腕を引っ張り抵抗してみたが
力が思うように入らず、また相手の力が強くて
逃れることができない。
「あら…何してるの?天妙寺さん…」
聞き覚えのある声がして
思わず顔を上げて見せる。
「…七瀬さん…」
「どうしたの?」
私の曇った表情に気づいてくれたのだろうか?
七瀬さんは少し驚きながらもこちらへと駆け寄ってやって来た。
その様子に気づき山崎司はやっとのことで私の腕を放してくれた。
「どなた?天妙寺さんのクラスメイトさん?」
そう言いながら七瀬さんは山崎司の事を軽くにらんで見せた。
その返事の代わりに私はかぶりをぶんぶんと振って見せる。
クラスは知らない。学年は一緒なんだろうけれど…。
「あなた、今天妙寺さんに何してたの?乱暴してたのなら私、許さないわよ?」
驚いた…
あんなに私に冷たい態度をとっていた七瀬さんが
今は味方になってくれている?
地獄で仏に会ったようとはまさのこの事と言えようか…。
「七瀬愛理さん…でしょ…昨日夢で会ったの覚えてない?」
「え?」
七瀬さんは目をぎょろりと見開いて
山崎司をまっすぐ見つめて見せた。
「あなた一体…」
「俺は山崎司。2年E組で山羊座守護神…って言ったらわかる?」
「ええー!!!!」
突然七瀬さんは耳が割れんばかりの悲鳴のような声を上げて見せた
私も山崎君も同時に驚く。
「ちょ!!あなた!!よくも昨日は私と天妙寺さんにあんな怖い思いをさせてくれたわね!?
天妙寺さん!!行きましょ!!こんなやつの言いなりになっちゃだめよ?!」
そう言って今度は七瀬さんが私の腕をつかんで引っ張った。
力具合は山崎君と大差ないのに驚いた…。
山崎君が何か言いだそうとしていたが
それをも振り払いとっととその場を二人後のしたのだった。
-4-
「ふぅー!
危なかったわね!天妙寺さん?」
そう言いながら自販機のボタンを押すと
ガシャン!と音を立てて出てきた冷たい紅茶のペットボトルを私に差し出してきた。
ここは生徒ホール。
数台の自販機とたくさんのテーブルがあってゆっくり休むことができる場所だ。
「でも…」
「いいからおごらせて?あなたの事、私いろいろと誤解してたみたい
そのお詫びってことで受け取って頂戴?」
誤解ってなんだろう?
よくわからなかったがとりあえず差し出されたペットボトルをそっと受け取った。
「それにしても夢幻空間、恐ろしいところだったわね!!
あの双子座と言いさっきの山羊座といいろくな奴がいないわ!!」
そう言いながら自分ももう一つのペットボトルを開けるとそれをぐびぐびと飲んだ。
飲みながら横目で私をちらりと見ると、飲むのをやめて
次の瞬間勢いよくしゃべりだした。
「本当、あなたってなにもしゃべらないのね!
もうちょっと…私のように…とは言わないけれど
自分の事もっと話したほうがいいわよ?
でないとこれから先本当損するわよ?!
さっきだってごらんなさいよ。
危うく山羊座に言いくるめられるところだったんじゃないの?!
あなたってしっかりしてるようで本当危なっかしいのよね!
そんなんだからお人形さんみたいっていわれるのよ?!」
…お人形さん?
そこではっとしたように七瀬さんを口に手を当てて私から目を逸らした。
「ごめんなさい、ちょっと言い過ぎたわ…」
そう言って七瀬さんは再びこちらに目をやった。
「あなた本当に何も知らないのね。
ほかのクラスの女子たちに言われてるのよ?
あなたが全然喋らないから
お人形さんみたいって。
あ、私は別にあなたの事そんな風には呼んだりしないけど…
でも、ねぇ…?」
七瀬さんに気づかれないように
小さく唇を噛んで見せた。
一体七瀬さんは味方なのだろうかそれとも違うのだろうか?
「でも、ま。夢幻空間では私をかばってくれて怪我までさせちゃって
悪かったわね…
傷…どう?
私?私もほら…」
そう言って七瀬さんは左手の袖をめくって見せた。
そこには赤茶色の切り傷のようなあざができていたのだ。
驚いて私は息をのんだ。
「あら…あなたは何ともないの?そんなことないでしょ?」
そう言って七瀬さんは私の背中を軽くさすって見せた。
「…っ!!」
「あ、ほらぁ!やっぱり…!!そうなのね。
夢で怪我すると現実でも反映されるみたい…って双子座が言ってたわよ?」
背中は鏡でも使わない限り自分では見れないし
気づかなかったけど
そうか…
私も…怪我…してたんだ…。
「ちょっと来てくれる?」
今度は腕ではなく手をつかまれて
ぐいぐいと
どこかわからないどこかへと七瀬さんに連れていかれるのであった。
-5-
「あらやだ!!ほらぁ!!やだ!!天妙寺さん、背中のあざひどいわよ!?
大丈夫?!湿布とか貼ったほうがいいんじゃない?」
ここは放課後の満天星ホール。
今、私はピアノ椅子に座らされ
無理やり制服の上着とタンクトップをめくられ
背中を彼女に見られている。
「保健室行きましょうか?それともここで待ってる?私湿布もらってこようか?」
その答えの代わりに私は軽く頭を振って見せた。
するとなぜか七瀬さんは不愉快そうに鼻を鳴らして見せた。
「あなた!本当にしゃべれないの?さっきから何一つ言葉発してないけど
何か言ったらどうなの?」
そういった次の瞬間、パチン!と音と感触を背中の真ん中に受けたかと思うと…
「キャ!」
思わず小さな悲鳴を漏らしていた。
胸が大きく揺れる。
ブラジャーのホックを外されたのだ。
慌てて胸を両手で抑えた。
「な…何するんですか…!」
「あら、やっと喋ったわね?
ふふふ…よしよし。
かわいいブラね。
ピンクのチェック、私も好きよ。」
「……」
「あらあら、怒らないでちょうだいよ?軽い冗談のつもりなんだから。
悪気なんてないわよ。
それにずっと喋らないで黙っていられると
なんだか怒ってるみたいに見えちゃうのよね?
少しは緊張解けたかしら?」
なんだろう…なんだか少し悔しくなって
私はめくりあげられていたタンクトップと制服を着直して見せた。
「で?湿布もらってくる?」
でも…
なんだかんだで私の事を心配してくれているんだ…。
少し七瀬さんの事…見直した…かな?
「いえ…」
小さく言葉を漏らすように吐き出した。
これが今の私には精一杯。
でも七瀬さんは満足そうに微笑んでいる。
私の言葉、そんなに聞きたいのだろうか?
なんだか不思議な人…。
「じゃあおうちで貼ってきなさいな。
さて、帰りましょ?遅くなっちゃうわよ?」
気が付くとホールに差し込む光が白からオレンジへと変わっていた。
腕時計の時刻を確認すると
16時を回るところだ。
ゆっくりと立ち上がる。
「で?北金倉に住んでるんでしょ?
どの辺?駅から近いの?」
隣を歩きながら七瀬さんが問う。
頷いて見せたのだが
七瀬さんは前を向きながら歩いているので
私の動きには気づいていない様だった。
仕方がないので
「…そうです」
とつぶやくように話す。
「天妙寺さんって話すの苦手でしょ?
私は逆にしゃべりすぎなのよね。
ごめんなさいね?」
そう言ってこちらを向きながら七瀬さんは言った。
「だからあなたの気持ちをいまいち理解できないっていうか…
なんていうのかなぁ…」
下駄箱で革靴に履き替えると
「北金倉ならこっちよね?」
そう言いながら七瀬さんは
正門とは逆の方向に続く道を指さして見せたので
私はそれに静かに頷いて見せた。
「たしか竹人君この道進んで失踪したのよね。
知ってる?」
「……」
「あの時は本当どうなることやらと思ったけど
戻ってきてくれた時は本当心の底から嬉しかったわ!
2年も待ち続けた甲斐はあったわね!
明人君も喜んでるみたいだし、
もうこれ以上変な事起きないでほしい…」
そこで七瀬さんは言葉を切った。
と同時に立ち止まる。
思わず七瀬さんにぶつかりそうになって自分も慌てて立ち止まったが
間に合わず軽く七瀬さんの背中に顔をぶつけてしまった。
「…ごめん…なさい」
ぶつかったことに対して詫びた。
「冗談じゃないわ!!」
「え?」
「本当!冗談じゃない!!
そう思わない?!
天妙寺さんだって巻き込まれたんだから
そう思うわよね?
でしょ?
でしょでしょ?!」
突然こちらに向き直って私の両手を手に取って七瀬さんは言った。
「もう竹人君や明人君、
私やあなただってこれ以上巻き込まれるわけにはいかないのよ?!
なのに…
逃げても逃げても不思議なことが起こり続けて…!!
一体どうしたらいいの?!私たち!!」
七瀬さんは少々ヒステリックに叫んだが
それが回りを歩いていた人たち全員を振り向かせていた。
「…あの…七瀬さん…少し…落ち着いて?」
「無理!」
即答すると
さらに握った手に力を加えて見せた。
「これ以上誰かが傷つくのを私は見てらんないわ!
どうにかしなくちゃ…」
どうにかって…
どうにかなるものなのだろうか?
私が黙っていると
七瀬さんは
ぷい!と前に向き直ると早足で歩きだしたので
私も慌てて追いかけた。
しかしその後七瀬さんが言葉を発することはなかった。
ただ北金倉駅に着いたときに
ちょうど電車が来ていたので
「じゃあ、また。あ、夢の中に入るのは今夜はよしましょ?」
そう言って慌てて電車の中へと走り去って言ったのだった。