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邂逅~エンカウント~

「いいいやだああああああああああああ!!!!」


石作りの壁に、僕の声が反響する。


薄暗く、複雑に入り組んだこの廃墟ダンジョンは、入った者を迷わせるように、右に左に交差していた。


元の住人は不便じゃなかったのか、激しく疑問に思う。


ぜぇ……はぁ……と息を切らしながら、勘を頼りにひた走る。

目印や方向感覚など、疾うに失った。


後ろからの追手が来ないことを確認すると、足を止め呼吸を整える。


カビと何かが腐ったような酸っぱい臭いに、えずきそうになる。


僕は深呼吸をやめた……



「扉が2つ……どっちだろう…………」


廊下は突き当たり、左右に分かれている。

どちらの先にも、木で作られた扉があり、奥の部屋に何が待ち構えているのかは分からない。


だが、こういう時のお約束……左右同じような扉がある時は決まって――


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こういう時、勘で選ぶと大抵外すのが、僕の悪い癖だ……

癖……とはちょっと違うか?

特技?


ようは、勘で選ばなければ良いのだ。

両手杖を握りしめ、左右の扉を観察する。


……違いが見つけられない。


血の跡も、不気味なレリーフも見当たらない。


結論。考えても仕方ない。

嫌な予感は、頭を振って掻き消すと、向かって右側の扉をへゆっくりと向かう。


手の平にじっとりと汗が滲む。


背中の方で『うぅう………』とか『おぉぉ……』とかいう、風鳴りに似た亡者アンデッド達の声が聞こえてくる。

狼の遠吠えも聞こえて来た。


追い付かれてきた。

ここで立ち止まっている時間は無い。


今にも爆発しそうな心臓を落ち着けようと、大きく深呼吸をして、僕はドアノブに手を伸ばした。






僕は、とある冒険者組合に所属している、しがない冒険者だ。


名前はユウト レベルは34

この世界でレベル34は、高くもなく、低くも……ごめん嘘だ。

駆け出しをようやく抜けだした程度のレベルだ。


わりと高レベルの冒険者達が集まる組合に、知り合いのツテで入れてもらった僕は、言ってしまえばお荷物だった。


レベルが低く、装備も弱い。

何か目を引く能力スキルがあるわけでもない。


組合で依頼クエストを受けても、レベルの低い僕は、留守番していることも多かった。


もちろん、僕もレベリングはしている。


ただ、僕は治癒術師なのだ。

攻撃力は皆無に等しく、力いっぱいMOBモンスターを殴っても自分の手を痛めるくらいだ。


普通、治癒術師はパーティーを組んで依頼クエストを受けるのだが、見知らぬ人とパーティーを組むことに抵抗があるし、ボス戦なんて、治癒術師のミスで全滅することもある。


正直、僕のせいで全滅なんてしたら、もう生きていけない。


結局、僕は独り(ソロ)の治癒術師という非常に珍しいポジションに収まった。




「はぁ……やめれば良かった……職業ジョブ選択間違えたかなぁ……」


とはいえ、戦士ファイターのように武器を持ってごりごり戦えるかと言われたら無理だし、魔術師ソーサラーもソロは難しいし……




そんな人見知りな治癒術師が、独りでレベリングをしようと思ったら、やれることは2つしかない。


1つは、自分より超低レベルのMOBをひたすら殴って倒す。

格好いいとかそう言うのは気にしない。

これは、安全だ。


偶発的遭遇ランダムエンカウントで強敵が沸いたり、群れに遭遇して袋叩きにされたりはするけれど……うん、比較的安全だ。



支援職バッファー程ではないが、簡単な強化魔法バフも使えるし、危なくなってきたら、当たり前だけど回復魔法も使える。



欠点は、自分より低レベルなMOBは、手に入る経験値も微々たるもので、かなり多くのMOBを倒す必要があることだ。

総じて時間がかかる。

それはもう、途方もなくかかる……




(こつこつやれば、いつかはレベルが上がるし……僕はそれで良かったんだけどなぁ……)


事情が変わってしまったのは、つい数日前の事。


何の前触れもなく、団長からお呼びがかかってしまった。


豪華な装飾品で彩られた団長専用の執務室で告げられたのは、


レベリングを頑張らなければ除籍するぞということだった。


まぁ、そうだよね。

人数が増えれば組合の維持費も増える。

登録できる冒険者の枠にも限りがある。


団長の決断は仕方の無いものだ。

僕は、そう考えてレベリングの方法を変えた。


身の丈にあった組合に所属すれば良い?

それは、その通りなんだけど……


新しいギルド探しなんて僕には無理だし……


と言うわけで、除籍されないために、必死にレベル上げに来たのだ。




ソロりの治癒術師に出来るもうひとつのレベリング方法


それは、同レベル帯のアンデッド狩りだ。


生命力が高く、総じて強敵の部類に入るアンデッド族は、回復魔法でダメージを与えることができる。

それを利用して、同レベル帯の亡者アンデッド達をひたすら狩りまくるのだ。


……狩りまくるはなんか語弊があるかな?

ひたすら、成仏させていくのだ。


うん、こっちの方が良いかな。



パーティー推奨の亡者アンデッド達は、経験値も多く、それを独り(ソロ)で倒すわけだから、レベルもすくすく上がろうというものだ。


実際、僕もいつもの数倍のスピードで経験値が増え、1日でレベルも1つ上がった。


(でも嫌なんだよなぁ、アンデッドは汚いし、怖いし……)


人気の無い、薄暗く入り組んだ廃墟を探索していた僕は、何十体目かのゾンビに回復魔法ヒールをかけて成仏させた後、そろそろ帰路に着こうかと、後ろを振り返った。




獣臭い……


いつの間に沸いたのか、狼型のMOB3体が足音を殺し、僕を取り囲むようにゆっくりと近づいて来ていた。


(ゾンビ犬!? 違う、『魔犬ブラック・ハウンド』だ。 ……そんな、こんな所に出るなんて聞いたなかった)


魔犬ブラック・ハウンドは、アンデッドではなく魔族の一種だ。

回復魔法はダメージにならない。


同レベル帯の狩り場では、こう言うこともある。


大型犬ほどもある体躯を沈め、爛々と光る赤い目を光らせながら、涎を垂らしている姿は間違いなく悪魔の眷属だ。


僕は、一目散に逃げ出した。

勝ち目なんてない。

食い殺されるに決まってる。


僕の後ろから、『ガウガウ』という叫び声と獣臭が追ってくる。


「いいいやだああああああああああああ!!!!」




かくして僕は、見知らぬダンジョンの奥深く。

理不尽な二択の扉の前に迷い込んでいたのだ。


僕は、直感で選んだ右側の扉を、恐怖で目を瞑りそうになるのを必死に堪えながら、ゆっくりと押し開いていく。


どうか何も居ませんように……



信じられないことに、僕の願いは叶った。


中には、質素なベッド、乱雑に散らかったテーブル、大型のキャビネットがあるだけの、こじんまりとした部屋だった。


廃墟となる前に、誰かが使っていた部屋だろうか?


入ってきた扉には簡易ながら鍵もついている。


MOBの気配が無いことに安堵した僕は、扉についていた鍵をかけ、ふぅ……と安堵のため息を吐いた。


「よかった……助かった……」


ちょっとフラグっぽかったかな……

焦って辺りを見渡すが、僕の不用意なフラグに何かが反応した様子はない。


どうやら本当に安全地帯セーフハウスのようだ。


道中、ゾンビ達に治癒魔法ヒールを連発してきたから、もう魔力(MP)が空っぽだ。


撃てて治癒魔法ヒールがあと1回……。

魔力回復薬ポーションも使い果たしてしまった。

高いのに……


金銭的には完全に赤字だ。



「はぁ……」


僕は、簡素なベッドに腰を下ろす。

ベッドがギイッと軋んだ音をたてた。


このまま寝てしまおうか……


起きているより、魔力の自然回復が早い。


いや、こんな所でなんて、死んでも寝られない……というか、寝たらきっと死んでしまう。


僕は所在なく、室内に目を向ける。


おや……?


この部屋の主は、机の上を物置と勘違いしていたらしい。


乱雑に積まれた本の間に道具の隙間に、ガラスの小瓶を見かけた。

フラスコというんだろうか。

底の方が丸くなった小瓶は、キラキラとした紫色の液体で満たされていた。


回復薬ポーション……?


僕は謎の薬液を手に取る。

もちろん、未鑑定の物を飲むつもりはない。

毒だったら目も当てられない。


魔力回復薬(MPポーション)とかだったら良いんだけど……


僕は道具袋から、小さな虫眼鏡を取り出すと、謎の液体を覗き込んだ。


えっと何々……


「知力向上の水薬……LV50? なんだMPポーションじゃ無かっ……レベル50!?!?」



説明ばかりで恐縮だが、もうちょっとお付き合い頂きたい。


この世界で、基礎能力の上がるアイテムは、極めて貴重だ。

理由は簡単、非常に強力だからだ。


体力、筋力、魔力、知力

それぞれの数値がちょっと上がるだけて、レベルが1つも2つも上位の冒険者と同等の能力になってしまう。


バランスブレイカーもいいところだ。


特に水薬は、効果時間のある丸薬と違い、永続……死ぬまで効果が切れない。


上位の冒険者ほど、数多くの水薬を使い、ステータスを底上げしている。

その分、死なないように細心の注意を払っているらしい。


さらに、その貴重な水薬は、掛け合わせることで効果量が飛躍的に上がっていく。

レベル1同士を掛け合わせればレベル2に……

レベル2同士を掛け合わせればレベル3に……と言った具合である。


調合が成功する確率は『錬金術師』または『薬師』のレベルによって上下するが、レベルが上がるほど失敗の確率は上がっていくし、どんなにアイテムで補正しても、レベル5以上は成功率99%が最大だ。


こう言う場合の1%がいかに高確率か、ご存じの方も多いのではないだろうか。


レベル10にもなれば、オークションで信じられない値段がつくらしい。


それに対して、この水薬はレベル50

レベル49の水薬同士を掛け合わせたということになる。


いやいや……

勇敢チャレンジャーを通り越して狂気の沙汰(ギャンブラー)だ。


僕は、薄ら寒いものを感じながら、魅了られたように目を話すことができない。


知力向上の水薬……知力とは、回復量、被回復量を左右するステータス。


治癒術師として、これ以上必要なステータスは無いだろう。

売ってしまっても良い。

一生かけても手に入らないような大金の何倍もの額になるのは間違いなく、それで最高級の装備を買っても良い。


突如として訪れた幸運に、僕は完全に失念してしまった。


良いことばかりが続くわけないと……


一見安全に見える部屋ほど、危険な場所はない……


背にしていたキャビネットが勢い良く開き、中から何者かが飛び出して来た!


「うわっ!?」


慌てて振り向いたが、時既に遅し。

覆い被さられる形で押し倒される。


『アァアアアアアアーーー!!』


喉の奥から、この世の怨嗟を詰め込んだような雄叫びをあげ、白濁した眼球がこちらを捉えている。


ゾンビだ


比較的小柄な、女性……女の子のゾンビ


なんとか空いている左手でゾンビの頸を押さえ、噛みつかれないようにする。


『アアァアッ! アアアアアアアアアア』


ゾンビは絶叫を響かせながら迫ってくる。

ぎりぎりとゾンビの顔が迫ってくる。


女の子の顔がこんなに近くにあるのに、全然ドキドキしない!


いや、ドキドキはするけど、嫌なドキドキしかしない!


「つよっ!? っていうか、なんでこんなに力強いの!?」


マッチョのゾンビならともかく、小柄な女の子ゾンビなのに、信じられない力だ。


これが、筋力最弱職の悲しいところだ


まずいっ、噛みつかれるっ!


必死だった僕は、がむしゃらに右手をゾンビ娘の頭に叩きつける。


貴重な中身の入ったガラス瓶を持っていることを忘れたまま……


あっ……と思ったときには、もう遅い。


ガシャンと言う破砕音と、キラキラ輝く紫色の液体をぶちまけながら、ゾンビ娘は一撃で昏倒し、僕の上に覆い被さってきた。


両者に致命的一撃クリティカルヒット……


「…………………………」


僕は、ゾンビ娘の下からもそもそと這い出すと、ベッドに立て掛けてあった杖を掴む。


倒れたゾンビ娘は、ピクリとも動かないが、伏せているゾンビに油断してはいけない。

これもお約束だ。


が……それよりも。


僕は、右手に残された飲み口だけになったガラス瓶を見つめる。


人は、本当に辛いとため息すら出ないらしい。


僕は、砕けたガラス瓶を床に放り捨て……ようとして、そっとベッドに置く。


ぴくりっと、床に伏せたゾンビの体が微かに動いた。


やっぱり生きてた!

……いや、ゾンビに生きていたはおかしいか?


とにかく僕は、杖をゾンビに向ける。


直ぐに治癒魔法ヒールの詠唱を始め……



ゾンビの女の子は、むくりと上体を起こすと血糊のついた手をしげしげと眺める。


「……ん?」


ゾンビらしくないその様子に、僕は思わず詠唱を中断してしまった。


ゾンビの女の子は、髪の毛をもしゃもしゃと掻いている。


隙だらけだが、何と言うか……いや、なんでもない。



ゾンビの女の子が、くるっとこちらを振り向いた。


僕は、一歩後ずさる。


先程まで白濁していた眼球には、淡い緑色の瞳が輝いている。


ゾンビの女の子は、ふわぁと呑気にあくびをすると、何度か口をパクパクさせた。



『……きミは……だレ?』


「…………え?」


今度は、僕が口をパクパクさせる番だった。


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