巨大メカ出撃! さらば、サイコブラック<後編>
……?
散々妙な事を口走ったかと思うと、画面の中の白井は一目散に逃げて行った。
あまり強く引っ張るので、起爆スイッチの配線が何本か取れた。これで元の木阿弥。
「ほらね。やっぱり、わたしの言った通りでしょ」
彼を保護しようとする警官をするりと抜け、どんどん小さくなっていく白井に、ホワイトは言う。
「あなたの気持ちは、いつだって作り物。
自分が生きる為に“人間らしさ”を定義して、その義務感で動くだけ。
ただ、生きる為だけの、獣の本能。
それは、わたしやレッドが抱くような、幸福の幻ですらない。
“想い”の無い、あなたの負けですよ。師匠」
訳知り顔での勝利宣言。
彼女は、白井の中で起きた事を何一つ知らない。
知るつもりも無い。
どうせもうすぐ“終わる”人生。
白井に初めて一矢報いた喜びを抱いて、締めくくる事にした。
「じゃあ、行きましょうか。レッド」
まだ、最後の仕上げが残っている。
「ああ……行こう」
生身の人間と戦った刺激がかえって水を浴びせたのか、レッドの口振りにも正気の色が戻りつつあった。
だが。
彼の正気とは、もはや、最大公約数的な“正気”とは全く形を変えてしまっている。
冷静にパトカーや建物をなぎ倒しながら、秘密メカは走る。
閑静な住宅街の、真新しいアスファルトをキャタピラで蹂躙する。
重苦しい駆動音と、路面の踏み砕かれるような音が、周辺住民を恐怖のどん底に突き落とす。
逃げ遅れた住人達は家を閉め切り、震えあがっている事だろう。
だが、そんな哀れな一般人どもの事など、八台のカメラの眼中にない。
遠巻きにパトカーが追ってくる中、ショベルドーザーはようやくそこに辿りついた。
街を一望できる高台に一軒、小さな店舗があった。
ガラス張りの広間が見える。
中には人もネコも居ない。
レッドは、ショベルを高らかに振り上げると、
“こはく”の頭から、それを叩きつけた。
なまじ強化されたガラスは一思いに飛び散らず、真っ白になって潰れひしゃげた。
そこを皮切りに、莫大な質量をもつ鉄のボディが“こはく”を踏みつけはじめた。
ネコ達が憩いの場としていたタワーが、砂糖菓子のような脆さで折れる。
ソファが潰れる。
吊りベッドや、箱型のおもちゃも、何もかもが、無意味な無機物の欠片が堆積したものへと貶められていく。
ひとしきり、“こはく”の資金を生み出す悪しき秘密基地を破壊しつくしたドーザーが、旋回した。
これまでとは違う方向に、ショベルを振り下ろす。
那美や明日実が来客に笑顔を振りまいていた、受け付けが、
時に、彩夏自身が迷える子らを母のように迎え入れてくれたフロントが、
瞬く間にコンクリートと木屑と鉄の残骸に成り果てた。
そのまま“整地”を続ける。
今、踏みつぶしたのは。
位置的には事務室だろうか。
彩夏がスタッフ達と数えきれないほどの話をし、また、白井と語り合った作戦会議の場。
その思い出と共に、大質量のボディとキャタピラが踏みにじる。
「天にまします我らの父よ。
願わくばは御名を崇めさせたまえ。
御国を来たらせたまえ。
御心の天になるが如く、地にもなさせたまえ。
我らの日用の糧を、今日も与えたまえ。
我らに罪を犯す者を、我らが赦すごとく、
我らの罪を赦したまえ。
我らを試みに遭わせず、悪より救い出したまえ。
国と力と栄えとは、限り無く汝のものなればなり。
アーメン」
神父のような厳かさで、レッドは仕上げに入る。
かつて“こはく”だった無機物の集合体は、今や綺麗な瓦礫の山と化している。
おもちゃ一つ、記念写真一つ、希望を残さないように。
秘密メカのキャタピラは、自らが作り出した残骸の山を踏み均す。
もっとだ。
もっと、徹底的に、欠片の思い出も残らないように――。
そこで、ドーザーに異変。
アームが急に錆びついたように軋むと、そのまま動かなくなった。
いつの間にか、旋回も出来ない。
キャタピラも沈黙。
操作モニタが、エラーメッセージを表示している。
「無理をさせ過ぎたらしい。この店一軒くらいなら充分に保つかと思ったが」
レッドが、操作する手を止めた。
秘密メカは死んだのだ。
「このエラー文から考えられる不具合と言えば……。そうか」
レッドは、一人ぶつぶつと呟いてから、
「奴らの投げた火炎瓶か、テルミット爆弾らしきアレが原因かもしれない。今更、祟るとはな」
本当に、誰にとっても今更である。
「お疲れ様、レッド。もう、これだけやれば充分でしょう」
これまで操作の邪魔にならないようにと身体を離していたホワイトが、ゆっくりと彼に体重を預ける。
「あとはどの道、結社の――天国からのお迎えを二人で待つだけですしね」
「ぁぁ……」
ホワイトの言葉に、レッドの声が震える。
「ああ……!」
ホワイトを絶対に離すまいと、レッドは彼女をより強く抱き返した。
そして、外から何やら重機の音がする。
浮遊感。
クレーンで吊られたようだ。
そのまま、誰かに運ばれていく。
秘密メカの外壁が、少しずつ削られて行くのがわかる。
切断バーナーで、少しずつ、このコックピットを発掘しようとしているのだろう。
「うん。色々あったけど、わたしの人生、それなりに楽しかったですよ」
誰へともなく、呟く。
蒼穹の空が、ほのかに琥珀色を帯びてきた頃。
ようやく“そこ”にたどり着いた白井は、力なく崩れ落ちた。
跪くように――または、うずくまるように――白井は“こはく”の亡骸を見た。
なるほど、こんな低いアングルからでは、店の中に人やネコが居るかなんてわからないだろう。
昨夜、サマーディ・システムの予知機能で見た光景とは、これの事だった。
皮肉なものだ。
だとすれば、システムは、この白井真吾が一日でこんな情けない奴になる事までも見透かしていたと言うのか。
重機も警官隊も、手品のように消え去ってくれているのがせめてもの救いか。
無様に這いつくばるこの姿を、奴らに見せずに済む。
全く、ヒーロー結社さまさまだ。
しかし本当に――。
ヒーロー結社は何をしたかったのだろうか。
恐らく、松長汐里とは二度と会う事も無い。
元よりそのつもりだが、仮に白井が彼女との再会を望んだとしても――。
一方で、あれだけの大立ち回りを演じた白井には何の追跡も無いようだ。
まあ。
理解したくもないし、出来るようになればきっと、人間おしまいになる。
自動車が、坂を上がってくる音がした。
それは、“こはく”の駐車場であった空間に停まる。
中から誰かが降りてきた。
白井は、彼女を見向きもしない。
「ここに来れば、貴方に会えると思いました」
彩夏は、いつも通りの、事実のみの羅列を口にした。
「他の皆は」
掠れた声で、白井が問う。
「当然、避難して貰いました。スタッフもネコ達も、皆無事です」
まあ、急に“家”から引き離されたネコ達の狂乱ぶりたるや、見ていて可哀想だったが。
きっと今も、いつ捨てられるんだろうと怯えているに違いない。
八匹の心の傷は、その半生、癒える事は無いだろう。
「直子さん、那美ちゃん、友香さん、明日実ちゃん。
彼女達にこんな“こはく”を見せるのは可哀想だから、自宅待機して貰ってます」
可哀想だから。
何となく彩夏は、自分の言葉に曖昧な表現が増えたような気がした。
一度、サマーディ・システムに剥き出しの心をさらされた事で、世の中を見る目が少しだけ変わった気がしている。
白井が横目で見ると、彩夏は、無残に変わり果てた自分の店を真っ直ぐに見ている。
いつもと変わらない、あの冷静ないずまいで。
「……アンタは、どうなんだ」
どこか、拗ねたような元ヒーローの声。
彩夏は、その長い、黒絹のような髪を軽く払った。
「私に、何か言う事は無いですか」
そして、逆質問。
淡々とした口調ではあるが、白井は、そこに有無を言わせない力を感じた。
やっぱり。
怒ってる、よな。
「……、…………ごめんなさい」
と言うほかない。
何に対して、謝るの?
彼を見下ろす怜悧な瞳が、そう無言のうちに問うている。
――“こはく”を護れなかった。
と言うのが愚かしい事は、流石の彼も嫌と言う程学習させられていた。
だから、もう、
「……、彩夏さんを、泣かした」
しぶしぶ、そう言うしかない。
その言葉を聞いた彩夏は。
くすり、と。
涼やかな笑みを、桜色の唇に帯びた。
どうも。
サマーディ・システムごしの口論から、ここまで。
白井の物言いが、子供っぽくなっているのを、彩夏だけが気付いていた。
そして。
いじけた子供のように座る彼を、彩夏は包み込むようにして抱いた。
彩夏は、自分には大きめのそれを抱える事で、胸の空洞が埋まる感覚を覚えた。
白井は、剥き出しとなって外に曝されていたその背中を、柔らかな殻が護ってくれるような感覚を覚えた。
「わたしこそ、ごめんなさい。
わたしがあんなことしたせいで――あなたを、信じぬかなかったせいで。
あなた、こんなボロボロになるまで……」
ボロボロに?
何を言ってるんだろう。
虚ろな面差しで、白井は考えた。
確かに天才SWAT・ピーターの身のこなしを“盗作”した疲労は、凄まじい。
けれど、見ろ。
肌にはかすり傷一つ、打ち身一つ負ってないじゃないか。
服だって、ちょっと鉄粉とか土埃をかぶっただけで、ほつれ一つない。
あれだけ爆弾を投下しても、誰一人、物理的には傷付けていない。
つまり、経歴にも傷はついていない。
全てにおいて無傷だ。
無血だ。
無血のヒーロー・サイコブラックだ。
一体この人は、誰に対して、何を言って――。
……。
…………。
思索は無駄だと、彼も彼女も、嫌と言うほど思い知らされてきた。
だから。
白井は何も言わず、彩夏に包み込まれるまま。
夏の風に吹かれた梢が、涼やかな音を伝えてきた。
――確かに。
元がゼロであるなら、それに何を掛け算しようとしても、ゼロでしか無いだろう。
ならば、足し算しかない。
それが例え〇・〇一ずつの加算であったとしても。
彼を見つめ、彼に与えようとし続ける人が居る限り。
いつか〇は、一〇〇へと近づいていく。
月日は流れ。
一度更地になったこはくだが、再び復興に踏み出していた。
まだ、基礎を造っている最中だ。
ちょうど、彩夏が休憩に入った作業員たちに軽食の差し入れをしていたところだ。
“こはく”のスタッフ達、ついでに白井真吾と南郷愛次も、肩を並べてその様子を眺めている。
スタッフ達はしばらくの間、失業する事となるが……四人ともが“こはく”の再開まで、待ってくれるそうだ。
あの改造重機暴走事件は、当然、大々的に報道された。
世間の“こはく”に対する目は、同情的なものばかりだった。
当然だろう。
一人の雑誌記者の逆恨みを買い、天下の週刊サンクトゥスであらぬ記事を書き殴られた挙げ句、ショベルドーザーで店を廃墟にされたのだ。
松長汐里が、その最後に撒き散らしたセンセーショナルな事件は、これまでの南郷組から受けた分も道連れにして“こはく”の風評被害を全て吹き飛ばしてしまった。
彩夏の手腕で常連客の大半は残ったとは言え、やはり一度落ちた信用を持ち直すのは、彼女一人では不可能だった。
結果的にとは言え、汐里は“こはく”の真の再生に一役買ってしまったようだ。
有志による再興支援の活動も起きているほどで、南郷組の協力もある。
思いの外、彼女が背負う負担は軽くなりそうだ。
絶景と、凝った手料理、人懐っこいネコ達。
親切で優しいスタッフ達。
その再開を待ちわびて、彩夏の携帯にはひっきりなしに問い合わせが来ていた。
幸福なのか、忙殺されてるのか、何が何だかわからないままに、彩夏は通話に出ざるを得ない。
「はい、お電話ありがとうございます。ネコカフェ“こはく”です。
はい、営業再開は半年後を予定しております。
えっと……ブログ等で、随時報告して行きたいと思います。
あっはい、ありがとうございます。
ご来店を心よりお待ちしております」
ヒーロー結社は。
もはや、誰の意思かも判然としないその“概念”は。
今回、二人のヒーロー資格者に大きな期待を向けていた。
サイコブラックこと、白井真吾。
サイコオニキスこと、蓮池彩夏。
白井真吾は、サマーディ・システムの要だった。
他人の意識を受け入れ可能な彼の特性が解明できれば、人類は、個人と言う枠を抜け出し、新たな種族形態になれたかも知れなかった。
個は全で、全は個となる。
全人類が自己と同一の存在となった時、人類は真の調和を得られる。
争う理由もなく、我欲のぶつかり合いも無い。
アイデンティティに縛られる事もなく、必要に応じて人格を書き換える事で、誰もが何でも出来る世界だ。
誰かが誰かを虐げる事も無く。
誰かが、“資質”というどうにもならない事の為に、負い目を感じる事も無い。
サマーディ・システムは、そんな理想郷の為に作り出されたのだ。
だが結局、白井にしか使えないのでは、意味がない。
そしてどうやら、白井のその資質を解明する事は、不可能なようだ。
サマーディ計画は、頓挫を余儀なくされた。
次に、蓮池彩夏。
既知の通り、人々を凡俗から脱しさせる、新たな秩序の担い手。
彼女のその能力が解明され、普及した時、全人類が互いに影響しあい、ヒーロー資格者となる。
人類全員が“異常”になった時、比較というものは意味を失う。
それは、差別の無い世界という、一つの結果にもなり得た。
彼女もまた、人類を新たなステージに引き上げるに相応しい人材であった。
いち個人を秩序の核とする分、サマーディ計画に比べて不安定ではあったが……彼女の下で人類が一つになれたなら、これも試す価値はあった。
そして、その類い稀なる二人が出会い、影響しあえば。
今、この場で言語化すら不可能な、更なる高位の概念に辿り着く事も可能だったろう。
だが、結果は惨憺たる有り様だった。
結局、蓮池彩夏は――数値的にはごくわずかだが――、白井真吾との接触を機に、凡俗へと堕ちた。
一見して人格に変化はあるまいが……ヒーロー資格者の生産すら可能なその特質は、大幅に損なわれてしまった。
よって、ヒーロー結社は、彼女の狂気レベルをAに下方修正した。
それに伴い、危険指定を解除。
これ以上、ヒーローの刺客を送り続けた所で意味はあるまい。
そう判断された。
この結果に至った、最大の要因。
それは、白井真吾と蓮池彩夏――お互いの異常性がお互いの異常性を打ち消し合うよう、見事に噛み合ってしまったからに他ならない。
白井真吾に肯定されなければ、蓮池彩夏は救われなかった。
蓮池彩夏に肯定されなければ、白井真吾は変質しなかった。
そして、稀少な属性を生まれ持つ奇跡の二人は、もろともに凡俗化したのだ。
結社からすれば、それは途方もなく不幸な奇跡だった。
宝くじの一等を二連続当てた直後、隕石がピンポイントで脳天に落ちてきたかのような。
この二人を失った損耗は、決して小さいものでは無い。
だが、それがたとえ天文学的確率のレアケースであっても、ひとたび起きてしまえば真実となる。
そして、元には戻せない。
ヒーロー結社を構成する“思考の群れ”は、いつか、こう考えた。
古今東西、人類は、その時代の凡人から駆け離れた人間によって飛躍を遂げてきた。
そうした英雄的人物は、その当時の人類からすれば異質な存在となる。
時には悪として、排除された者も居るだろう。
それが進化の芽である事にも気付かず。
だから、いつしか、誰かがその芽を管理しようと考えた。
その結果、出来上がった”概念の大河”がヒーロー結社。
そして、今回の一件という“流れ”だった。
もっとも。
所詮は、小さな島国の片隅の、更に矮小な一店舗のスケールでしかなかったと言うことか。
あるいは。
機械仕掛けの神。
生物……特に“人間”という存在などは、ご都合主義の最たるものだろう。
二本足で歩き出した結果、知性が発達した。
両手で道具を操り、それが機能的な道具やシステムを無数に生み出し……地上は無数の“機能的なご都合主義”に覆い尽くされた。
そこに“誰か”の意思が存在しないとは、到底思えない。
何より、当のヒーロー結社自体が“誰か達の意思を束ねた摂理”の一つなのだ。
だから、二〇〇〇年以上に渡って栄えた“凡俗”と言う概念は、世界で何よりも強固な摂理なのかも知れない。
いずれにせよ、白井真吾と蓮池彩夏が、結社の中枢と交わる事はもう二度と無い。
凡俗に堕ちた人間には、凡俗の生涯が身の丈相応と言うことだ。
ヒーローと言う概念は、これからも渉猟を続けるだけ。
意思無きままに。




