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       アンチヒーロー<後編>

 ――ね? ヒーローの反対の言葉って、しってる?

 ――んー。悪いやつ?

 ――ブッブー。不正解。

 ――じゃあ、なんだって言うの。

 ――それはね……。




「僕は」

 抑揚の無い声で、サイコブラックが呟く。

 恐らく次の一行が、判決文となる。

「僕は帰らせてもらう」

 すげなく言うと、サイコブラックは踵を返して背を向けた。

護るべき店に(・・・・・・)

 サイコシルバーがその言葉の真意を理解するよりも先に、サイコブラックは手元で何か、金属を鳴らした。

「いけない、皆さん彼を逃がさないで!」

 早口に命じた時にはもう遅い。

 サイコブラックは、水筒のような物を投げ捨てていた。

 ――爆弾か! 馬鹿な!?

 筒の先端には、限界まで膨張した風船が、現在進行形で空気を送り込まれている。

 ――しまった違う、謀られ――

 破裂。

 鼓膜を引き裂くような激音。

 エスコート社ESシミュレーター・スタングレネード。

 ガスエアガン用の低圧ガスで風船を自動的に破裂させ、その破裂音を一三〇デシベルに拡大して撒き散らす、合法的な音響爆弾だ。

 (※一三〇デシベル=ジェットエンジンの爆音に相当=人間の聴覚が無傷で済む限界値)

 だが、サイコシルバーにとっては子供だましだ。

 一瞬怯んだ程度の事で、逃がしは――。

「なっ!? しまっ――」

 ミスを悔やむ声は、黒のヒーローではなく、銀色のヒーローから上がった。

 もうひとつ、サイコブラックの足元には、ブラックコーヒーのアルミボトルが転がっていた。

 サイコブラックの爆弾は、二段構えだったのだ。

 サイコシルバーがそれを拾おうとした時にはもう、床全体が、手遅れなまでに煙で満たされていた。

 これこそが、サイコブラック謹製“世界を慈悲にて満たせし蠱毒皿(こどくざら)”である。

 早い話が、アルミボトルに爆竹と砕いたピンポン玉を詰めた、手製の煙幕爆弾(スモークグレネード)と言う事だ。

 ピンを抜いてから視界を防ぐだけの煙が出るまでに数秒かかるのが、この煙玉の欠点である。

 だから、先にスタングレネードで隙を作り、本命のスモークグレネードが充満する時間を稼いだ。

 そのスタングレネードにしても、風船が膨張しきるまでに時間が必要だった。

 だから会話のどさくさに、スタングレネードのピンを抜いて、風船が膨れ上がった状態からの開戦を狙った。

 スモークグレネードの煙は、もはや天井にまで達している。

 煙感知器がけたたましく鳴動し始めた。

 煙に紛れたサイコブラックは、速やかに彩夏の細身をさらうと、姫君のように抱き抱える。

 そして、最前に自分のぶち破った窓から飛び降りた。

 隣の生命保険会社の屋上に着地。

 三階分の落差があったが、ヒーローの足には痺れすら無い。

 間髪入れずに手すりへ跳び乗ると、そこから更なる跳躍。

 腕の中の彩夏を潰してしまわないよう細心の注意を払い、それでいて迅速にビジネスホテルのベランダに着地。

 一秒も留まらず、次の足場へ跳び移る。

 その繰り返し。


 サイコシルバーは、すかさず窓際に踏み込んで、夜の虚空を見下ろす。

 豆粒程度の大きさまで遠ざかったサイコブラックが見えた。

 同じスペックのヒーローでも、あちらは成人一人を抱えている。

 追い付こうと思えば追い付けた。

 が。

「外に出られた時点で負け、ですね」

 捕り物のために、一般人や車両を巻き込むわけにはいかない。

 騒ぎを聞き付けて、すでに野次馬や警官が集まりつつある。

 南郷としてこの場をおさめねば、ヒーロー結社に“連れて行かれる”危険が高い。

 南郷組の力をもってしても結社の裁きを免れる事は出来ないし、父である組長も、自業自得の行いに対しては擁護しまい。

 今回は、追跡を諦めるほか無いようだ。


 彩夏を抱えたサイコブラックは、悠然と夜景を飛び回る。

 風が、鉄砲水のように重く吹き付けてくる。

 その大気を突き破る勢いで、闇色のヒーローは飛翔を繰り返す。

 しばし、呆然と抱えられるままになっていた彩夏だが、心底不思議そうにサイコブラックの顎を見上げた。

「どうして? サイコシルバーが言った事は事実なのに」

 ヒーローに救われると言う、恋い焦がれた状況からの多幸感からか?

 ただ単に、夜風の冷たさからか?

 その頬に朱が射した様は、初恋を覚えた少女に見えなくもない。

「給餌機について相談があったから、あなたが捕まると都合が悪かった」

 それに。

 この女性と話している時。

 その淡々とした、お互いに同情の欠片も無い、血の通わないやり取り。

 そこにサイコブラックは“安らぎ”と言う、内部変数が増すのを感じるのだ。

 それは、初めて同類を見つけた喜びなのかも知れなかった。

 今まで常に胸中を満たしていた“孤独度”と言うパラメーターが減っている辺り、恐らくその推測が正しいようだ。

 ――彼女が僕を誘き出した?

 ――そんなの、知ってたさ。

 だが。

 ――それの何が悪い。

 サイコブラックがこの仕事を続けるのも利己的な理由なのだから、彼女が利己的な見返りを得るのは自然な事だ。

 サイコブラックは、既に、彩夏からそれ以上のものを沢山貰っている。

 サイコシルバーは、確かにサイコブラックと彩夏の真実を言い当てた。

 だが、暴かれた真実を、当人達がどう扱うかを完全に見誤った。

 むしろ定型外な人間の思考を秩序だって考えようとした事がナンセンスであったのだ。

 用をなさない正論ほど、寒い物はない。

「僕は正義の実行者・サイコブラック!

 その領分を果たせれば、後の事など知らん!」

 フハハハハ! と、惜しみない哄笑を上げて。

 ヒロインを胸に(いだ)きし正義の味方は、光輝の粒が散りばめられた夜景を、躍動的に舞う。

 彩夏が、寝顔のように安らかな面差しで、サイコブラックの胸に頬を預けた。

 だが、強靭な強化外骨格の上からでは、ヒーローがその微妙な動作に気付く事は無い。




 “こはく”に着いた。

 彩夏の身柄搬送は、ここが終着点だ。

 今回は収穫もなく敗走した格好だが、サイコブラックの中の“後悔”パラメーターに変動は無かった。

 彩夏もどこか、晴れやかな面持ちに見えた。

 先んじて(ヘルメットのスマホ連動機能を使って)連絡を入れておいたので、店の前ではスタッフ達が主の帰りを待ちわびていた。

 彩夏さんが帰ってきた!

 良かった、本当に。

 もう二度とあんな奴に付いていかないで!

 定型句じみた文章を、しかし、彩夏を取り囲む彼女らは本気で叫んでいる。

 もう二度と、どこへもやるまいと、店主をがっちり掴みながら。

 彩夏は、少し困ったように微笑みを返す。

 本当にごめんなさいと、これも代わり映えの無い――しかし、真心からの言葉で返して。

 何故なら、そんな月並な言葉しか、返しようがないからだ。

 ――スタッフ達は、知っているのだろうか。

 敬愛する店主が、成り行き上とはいえ、自分達の安全を二の次にして個人的な願望を叶えようとした事を。

 この様子だと、知っていて――もしくは勘付いた上で――それでも彩夏を慕い続けているのかもしれない。

 何故なら。

 彩夏は、今回の事でスタッフ達を巻き込んだ“デメリット”以上に、その過分な程の献身で彼女らに“メリット”をもたらせ続けてきたのだから。

 スタッフたちの幸福の値打ちは、黒字と言った所だろう。

 ――ならば尚更、僕やサイコシルバーのような外様(とざま)に口出しする権利は無い。

 お互いがお互いの脳の報酬系を、対等に刺激し合う関係。

 そのプロセスで何があろうと、お互いが側に居る事で、快楽物質のβエンドルフィンなりなんなり、あの辺の脳内麻薬を得られる。

 至って健全な人間関係の在り方ではないか。

「ネコ達は元気だった? 早く会いたいな」

「彩夏さんが急に来なくなったんじゃ、元気が無いに決まってるでしょ」

「しっぽを萎えさせて、潰れたみたいな格好になってて、見ていて可哀想でしたよ」

 ――サイコシルバーよ。お前はどこまでも正しい男だ。

 ――だが、彼女達のこの結束は、皮肉にもお前がきっかけで、より強固なものとなりそうだ。

 ――この光景を見た時、お前は何を感じる。

 ――残念ながら、僕は“感じる”という感じがどういうものかは知覚出来ないから、わからない。

 ――曲がりなりにも彼女に恋心を抱けたお前が、本当は少しだけ羨ましい。

 そうした“文字列”を、サイコブラックは何となく脳裏に入力してみた。

 出力するほどの価値は無い、ジャンクデータだ。

 それはただの、手慰み。

 正義の実行者・サイコブラックは、今日も独り、闇を往くのみ。

「今日は臨時休業って事で、うちでお食事会にしましょう。

 サイコブラック! 貴方も、当然一緒に来るのでしょう?」

 サイコブラックは、ヘルメットの下で口許を緩ませた。

 誰にも見えないので、無意味なパフォーマンスなのだが。

「変身したままじゃ、折角の彩夏さんの手料理も経口摂取出来ないよ」

「じゃあ、脱ぎなさい」

「ヒーローの矜持(きょうじ)を解さないヒロインだな。全く」

【次回予告】

 サイコブラックの活躍によって、“こはく”と南郷組の対立は、終わりを迎えようとしている。

 だが、それで済ますわけにはいかない男が、一人居る!

 何としても、サイコブラックを倒さねばならない男が。

 

 次回・データ006「決戦! 三河」


 ……。

 ――ヒーローの反対はね、ヒロイン。

 ――悪いやつなら、途中からでもヒーローに変われるでしょ?

 ――でも、ヒーローはヒロインには絶対になれない。 

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