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魔王は姫をさら……わなかった!「まぜるな危険」

私が魔王が姫をさらう話を書いたらこうなった。

「ああ……なんて麗しいお方なのでしょう。わたくし、この方にさらわれるのね……素敵」


 現魔王の写し絵を見た瞬間に、レシア第一王女は恋を夢見る乙女モードに突入した。妄想という形で壮大な物語がポコポコ脳内に湧き出し、王女のやる気を押し上げていく。

 お花畑思考全開の妄想が一区切りついた所で、王女はスッと立ち上がった。


「最高の香りを纏い、お待ちするわ! さあ、用意をして!」


 そして侍女が持って来た箱の中から、二つの香水瓶を手に取る。


「これとこれにするわ」


 それが間違いの道への第一歩だったとは、その時誰も思いもしなかったという。


 ◇◇◇◇◇◇


 魔人族の国イーユからアッチーダ王国に抗議声明文が届いた。その内容はアッチーダ王国の王太子がイーユ国領の鉱山で盗掘を行ったというものだ。証拠映像もバッチリあり、言い逃れは出来ない。


『ヒカリに最高の宝石を贈るのだっ! 余自らが掘り出しっ、この手で研磨しっ、最高の品を作り上げるのだーっ!』


 自らツルハシを振るう王太子の姿とセリフ内容は、突っ込み所満載である。

 アッチーダ王国側としては「ウチの王太子(バカ)がすみません……」と謝るしかない。

 なお「ヒカリ」とは、異世界から迷い込んだ少女の名前だ。大層な美少女で、王太子を始め多数の男共が夢中らしい。


 さて、通常なら謝罪と賠償で済むのだが、イーユ国には独自のしきたりがあった。通称魔王イベントである。


 現在では親しき隣人であるものの、かつて人族と魔人族は戦っていた。その当時、魔人族の王は他国の要人の身内(主に未成年で女子率が高い)をさらって人質にするという行為を度々実行していたらしい。

 永い戦いの末に結ばれた和平条約の中に『イーユ国の国王は魔王を名乗り、他国に抗議する時は姫をさらう』という奇妙な項目が入っているのを見た魔人族側は、二度見三度見したという。

 出しっぺの人族側は「やはり魔王には姫をさらってもらいたい。ただし平和的に」とか言って、王に年頃の娘がいなかった場合等、細かいマニュアルを作ったそうな。こうしてあのイーユ国独自のしきたりが生まれたのだった。

 何だかんだで人々はあっさり受け入れ、これまでに実行されたイベント内容はどれも好評。今やすっかり世界規模の娯楽として定着している。

 さらわれた姫はVIP待遇で勇者役の婚約者を待ち、その勇者様も道中でまったり観光旅行。勇者と魔王の対決も振りだけ。勇者はお飾り(オマケ)で、話し合いは他の者が担う形となる。

 今回も大筋ではこんな風になるのだろうと人々は思い描いていた。


「魔王様に指定したルートはこれです」

「ではカメラはここと……」


 茶番劇の中継準備は着々と進む。


「レシア第一王女はかなりの美少女だから、あの魔王様の美貌に負けないだろう」

「きっと絵になるでしょうね。楽しみです」


 ◇◇◇◇◇◇


 レシア第一王女──長いので以下「姫」と表記する──には婚約者がいる。その婚約者であるソッチヨ王国の王子が勇者となり、勇者の剣を持って魔王の居城に乗り込む予定だ。

 そんなシナリオの説明を侍女から聞かされて、婚約者の存在を思い出した姫は……。


「でも魔王様に見初められたら……きゃーっ! わたくしの為に争わないでっ!」


 お花畑思考に燃料が注がれただけだった。

 姫様ってば婚約者の存在を忘れてましたね、ちょっと酷くない? と侍女たちは思ったが、姫の婚約者は何というか普通の容姿で能力も平凡で……。色々と魔王の方に軍配が上がる気がしたので、まぁ仕方ないかと思い直し、姫の妄想に水を差す事は控えたのだった。


 ◇◇◇◇◇◇


「マジか……」

「マジです……」

「んもぉ、あいつ廃嫡しちゃおっかな」


 ゴロンッと床に転がったのはこのアッチーダ王国の国王だ。


「あー、あー、どうしましょうねぇ」


 続いて宰相もゴロンと床に転がった。

 国のトップ二人がゴロンゴロンと転がり回る。どうしてこんな事態になっているのか? 姫の婚約者に渡す勇者の剣を出しておかなきゃ、が始まりだった。

 担当者の報告によると勇者の剣は宝物庫から消えており、第二王子が売り払った後だったらしい。

 イベントアイテムが無い! 一大事である。

 問い詰めてみたら犯行の動機は王太子と同じで(ヒカリ)に貢ぐ金欲しさだった。

 こいつもか! と頭を抱え、現在に至る。


「あー、もー、ちょっとこの国大丈夫ー?」

「貴方が言いますかー。自分も同意見ですがー」


 二人は仲良くゴロンゴロン転がり続ける。ゴロンゴロゴロゴロリンコ。

 いつまでも続くかと思われたがしかし、ピタッと宰相が動きを止めた。


「陛下、閃きましたぞ」


 それを聞いた国王も動きを止める。くるんっと宰相の方を向くと、彼は困っている風な悪い顔という奇妙な表情をしていた。


 ◇◇◇◇◇◇


 ついにイベント当日となった。指定された道順で、魔王は王宮内を進んで行く。そしていよいよ姫の部屋の前まで来た。


「姫よ! さらいに来たぞ!」


 バンッと勢いよく音を立てて扉を開いたその瞬間、魔王は赤いようなピンク色なような何かが室内からモワッと出てくるのを確かに見た。


「魔王様っ、わたくし(写し絵で)一目見た時から貴方様を」

「くっさっ!!」


 歓喜に身を震わせどさくさに紛れて愛の告白をする姫に対し、魔王は絶世の美男と称賛されるその美しい顔をおもいっきり歪めて言い放った。


「くっっっっっさっ!!」

「え……」


 バタンッ!!

 呆然とする姫を前に、無情にも扉は閉じられる。その派手な音は、姫の告白へのお返事と見て取れなくもなかった。


「くっさ! くっさい! あんなのに近づけるか!」


 魔王は姫をさらわずに逃げ出した。




「そんな……最高の香りを浴びて身を清め、ドレスにも染み込ませ、完璧な仕上がりだったはずよ! どうしてっ!? どうしてなのっ……!!」


 姫はよろけ、悲劇のヒロイン気取りで床に座り込んだ。しかし傷心に浸りつつも冷静に原因を考える。何が悪かったのか、何かを見落としていたのでは……と。


「もしや、この部屋が臭うと言うの……?」


 姫は自身が臭いとは認めなかった。侍女たちも姫と同様に随分前から鼻がおバカになっているので、どうしてかしらと不思議そうに顔を見合わせている。

 やがて姫と侍女たちは「魔王様の好みを外した」という、真実からおもいっきり目を背けた結論を出したのだった。


 ◇◇◇◇◇◇


 実はアッチーダ王国では半年ほど前から香水が流行していた。


「この香り素敵でしょ」 シュッ

「あら、こっちも素敵よ」 シュッ


 そんな調子でシュッシュッと香り自慢をする女性を中心に、香水ブームはヒートアップしていった。小さな瓶では足りないという要望を受けて、容器は巨大化。浴槽にドバドバ、体にシュッ、服にもシュッ。明らかにやり過ぎである。

 異世界から来た少女ヒカリが、神殿に引き込もっている最大の理由がこれだった。

 男に求愛される→香水臭い女性が抗議に来る→視界に入った程度の距離で臭いが届く→嫌ぁっ、それ以上近付かないでっ!→神殿は香水臭くないのでそこに避難→現在に至る。


「えっ、王女様ってば魔王様にさらわれなかったんですか? それで代わりに国王様が……!?」


 ヒカリは内心「姫ざまぁ」と呟きながら、国王がさらわれた事には素直に驚いた。


「何でも偶然廊下で鉢合わせたそうですよ」

「すっごいドタドタコメディですね」

「あはは、確かに」


 神官と和やかに会話をしながら、帰る手掛かりがイーユ国にあったりしないかなぁ……と考えるヒカリだった。


 ◇◇◇◇◇◇


 あまりの臭さに逃げ出したものの、目的を果たさずに帰るわけにもいかないじゃん! と廊下の角を曲がった所で魔王は気付いた。やがて走る速度は落ち、足が止まる。

 しかし姫臭い! でも目的が! いやでも臭いし!

 真面目さと感情(ダダ)の間で苦悩し頭を抱えて立ち尽くす。そんな時にアッチーダ国王が目の前に現れたのだ。


「ワシを何処かに連れてってー!」


 混乱の極みにあった魔王は、アッチーダ国王を抱え上げて(お姫様抱っこ)王城を後にしたのだった。


「勇者の剣を第二王子が売り払った!?」

「そうなの。だからワシが人質になる。発案はウチの宰相。今頃皆に説明しているはずだよ」

「はあ……。あの香水臭い姫には近づけなかったから、これで良かったのだ。……きっと」

「それとね、盗掘の原因になったヒカリちゃんを元の世界に戻す方法も探したいのよ。本人も望んでいるの」

「ああ、確かに文献が残っているぞ。実はそちらの王太子が盗掘したスタークリスタルが触媒として必要になる。しかも消耗品扱いだ。あの宝石の流通量を制限しているのはこういった事情なのだよ」

「なんて皮肉……」


 魔王とアッチーダ国王の話し合いは始終和やかだっという。


 ◇◇◇◇◇◇


『まさかこんな楽しい事になるなんて思いもしませんでしたね』

『本当です。さて、香水臭さが原因だった訳ですが、本来の正しい使用方法を専門家に聞いてきました。VTRどうぞ』


 民衆たちは今回のイベントに大いに笑い、そして満足していた。

 魔王視点では見られなかったであろう、姫と同レベルの臭さで国王に迫る王妃とか。魔王の姿を目にしたとたん獲物を見つけた肉食動物の顔になった王妃とか。お姫様抱っこされて魔王に連れ去られる夫の姿を呆然と見送る王妃とか。親指を立てて魔王&国王を見送る宰相の姿とか。そんな名場面集を見てはゲラゲラ笑ったという。


 香水臭くて魔王にさらわれなかった姫としてレシア第一王女は有名になり、死後も延々とそのネタでイジられ続けた。

 今回の事件を誇張した物語では、姫は母であるラフレ王妃と共に臭気(・・)の親玉として扱われ、魔王はアッチーダ国王を救出したヒーローとなり、聖女ヒカリが神官たちを率いて臭気を祓ってめでたしめでたしで締めくくられている。


 ついでにこんな話も残された。


 どんなに香水の香りで部屋を満たそうと、掃除をしない訳にはいかない。

 掃除の為に各部屋の窓が開け放たれたとたん、中の匂いは外に流れて行く。風に流された香りはどこかで合流し、その場で異なる香り同士が混ざり合って臭気スポットが出来上がる。

 その日に出来た臭気スポットには、仕事中の庭師がいた。あまりの臭さに庭師は悶絶し、顔を壮絶に歪めたまま気を失ったという。

 後日、回復した庭師は周囲にこうこぼした。


「まぜるな危険」


補足。ヒカリは王太子から贈られたスタークリスタルを使って元の世界に戻りました。その他の男たちから貢がれた物は全て神殿に寄付しています。

姫が脳ミソお花畑になったおかげで、彼女はまともな子になりました。もし両方共お花畑だったら……? 作品が完成しなかったに違いない。

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