1-5『親父のダンジョン第二階層その1』
「さて、ここが第一層の終点、第二層へ降りる階段だ」
チュートリアルである第一階層を、親父に解説されつつ踏破した俺は現在、下へと続く長い階段の前にいた。
「長いな、どのくらい降りるんだ?」
「第一層から第二層への階段はそれほど長くない、せいぜい五十メートルほど下に潜るだけだな」
「十分なげーよ」
垂直に五十メートル下と言えばけっこうな深さである。何階層あるのか知らないが恐ろしく深い場所まで続いているんじゃなかろうか。
「……ん? 親父、ここは?」
長い階段を半分ほど降りた所で折り返すように踊り場があり、そこには階段の他に扉があるのに気付いた。
「表示があるだろ、非常口だ」
「…………」
非常口。
確かに非常口の表示がある。ダンジョン入り口にあった改変表示ではなくちゃんと正規の避難経路標識である。ついでに扉のほうも金属製の学校や公共施設なんかで良く見かけるなんの変哲もない片開きのドアだった。
「……なあ親父、情緒が無いとは思わないか?」
「でも分かりやすいだろ? この扉を潜れば一瞬でダンジョン入り口まで戻れるから覚えておきなさい」
いや、確かに分かりやすいけどさぁ?
親父の説明によると、この非常口は相互通行可能であり、踏破した階層へは今後任意に指定可能らしい。
「ダンジョンの入り口を潜るとき何階層に行きたいっと念じながら潜入するとこの階層間の踊り場へ跳べるようになっている。未踏破の階層を念じても無意味でそのまま第一層へ出るから無駄足にならないようにな」
例えば、現時点で俺がショートカット出来るのは第一層だけで、踏破していない三層等へは直接行けないって事ね。
ちなみに非常口を使わず逆走して戻る事も勿論出来る。面倒だし恐らくやらないが。
「じゃ、チュートリアルも済んだしお父さんは家に戻って風呂でも入るかな…………お前はどうする?」
「なんだ、もう付き添いは終わり?」
「ここからは自分で調べたり考えて進みなさい、本来は第一層だって一人で潜る設定だしな」
まあ、あの難易度なら本来付き添いは要らないだろうね。ここから先の難易度は分からないが、ずっと付きっきりってのも情けないだろう。
「俺はもう少し、第二層を進めそうか調べてから戻るわ、その方が良いんだろ?」
「そうだな、頑張って進んでみなさい」
親父はひとつ微笑んで頷くと非常口を開いてその中へ消えた。
いや、文字通り消えたのよ、入った瞬間に……。
ワープってやつなんかね、自分が利用するときちょっと躊躇しそうだ。
◇◆◇
さて、そんな訳で単独で残り半分の降り、俺は第二階層へと踏み行った訳だが、第一階層と同様のベーシックな洞窟チックな造りで、特に気になる変更点などは今のところ存在しない。
通路の分岐もまだ存在しないのか、曲がりくねった一本道をそのまま進むしかなさそうである。まあ、隠し通路とかあっても現状見つける事も出来ないのだろうけど。
「……小部屋か」
数分の間慎重に歩いていくと、通路の少し先が開けているのを確認した。更に先がすぐに出口になっているのを見るに、大した広さの部屋では無さそうだ。
広い空間になっているのなら何かしら有るかもしれないし、ゆっくりと部屋の入口へと、壁際へ寄って近付く。通路の端まで到達してからそっと部屋を覗き込むと、だいたい十畳部屋ぐらいの広さの場所だった。
何もないかと見回してみれば、なんか居た。
「…………バッタ?」
部屋の隅にひっそりと、こちらに尻を向けている茶色くてでっかいバッタさんが居る。
大きさはだいたい五十センチぐらいだろうか、見た目は殿様バッタっぽいが、あんなにデカい殿様バッタは地球上に存在しない。
……まあ、とりあえず《鑑定》。
[ビッグローカスト LV.1 HP6/6 MP0/0]
・巨大飛蝗
種族 昆虫
・大型のバッタ。単独の場合は只の弱い昆虫系の魔物だが、集団発生すると動植物全てを喰らい尽くす大厄災となる。
やっぱりバッタだった。そして鑑定の解説がおっかない。
そりゃあのサイズのバッタの蝗害とか最悪だろうね、人間でもバリバリモグモグやられそうだ。
「とはいえ今回は一匹だけ、つまり雑魚」
HPも第一階層で壊したスケルトンより低いし、何とかなるだろう。
ただ、あのサイズの虫はさすがにビビる。バッタだしそこまで嫌悪感は無いけど出来れば近寄りたくは無い。
武器である檜の棒もけっこう短いのだ、長さで言えばあのバッタより短い。四十センチぐらいだし。これで叩きのめして倒すのには初心者である俺には難易度高い。
臆病者なわけじゃないんだからね、安全第一なだけなんだからっ。
「あ、そうだ、魔法使ってみるか……」
初心者用のスキルオーブを使用した時ちょうど良いのスキルが貰えたじゃないか。《火属性魔法》の魔法、《火球》だ。
魔法の発動方法は親父からちゃんと聞いてたりする。単体指定の攻撃魔法なら、攻撃したい対象へ手をかざして、魔法を使うと強く認識して魔法名を口で言うだけで良いとのこと。
一応、この方法はスキルとして修得した魔法を扱い為に極限まで簡略化した使用法で、あくまでも初心者用の魔法の使い方だそうだ。応用や発展は様々存在しており、派生スキルも発生するのでよく考えて使いこなせとの事だった。
まあ、魔法の発展については後でじっくり考えるとして、今はバッタ退治である。
「……念じる……念じる……、……」
じっとしたまま動かないバッタへ手をゆっくり気付かれないようにかざして意識を集中。
すると、身体の中の何かが手のひらに集まって、もにょもにょとくすぐったくなるのを感じる。これがMPを使う感触なのだろうか。
「────《火球》!」
なんとなく、脳内でティロリロリっと効果音を響かせつつ《火球》と言葉を放つ。すると手のひらに集まっていた妙な感覚が変化して発火、拳大の大きさの球になってバッタ目掛けて射出される!
「おおっ!」
まごうことなき魔法である。定番中の定番である小さな火の球だが、疑いようも無く魔法だった。
ヤバい、テンション上がる。
「…………おお……?」
が、しかし、俺が放った《火球》は標的であるバッタから大ハズレして壁にぶつかりポンッという情けない音を響かせてから霧散した。
……あれぇ? 外れたんですけど?
しかもバッタの奴に気付かれたし。モソモソと脚を動かして横目にこちらを確認してからみょーーーんっと跳ねて移動しやがった。
「く、くそ……!! 念じる念じる…………《火球》!!」
恐らくティロリロリっという脳内効果音が集中を乱したのだろう。何故か魔法は必中だと思っていたので外れた瞬間目を疑ってしまった。そうだよね、初めてだし最初から上手く使える訳ないよね。ちくしょう。
幸い、俺に気付いたバッタはこちらへ突撃してくるなんて事も無く、遠ざかるように跳んだだけなのでもう一度《火球》を、今度こそ真面目に集中して使う。
みょーーーん!
「…………《火球》!!」
みょーーーん!!
「ぐぬっ……!! くっそ、《火球》!!」
みょーーーん!!
俺の放った追加の《火球》は、ことごとく回避され奴は先へ進む通路の奥へと逃げた。
「………………」
この獲物を逃がしてしまったという敗北感、どうしてくれようか。
「……追うか」
良かろう、飛び道具が通用せんというのなら直接叩いて仕留めてくれよう。
俺は相棒を握り締め、獲物を求めて先へと進んだ。