1-3『親父のダンジョン第一階層その1』
防災扉にしか見えない門開き、親父の先導で潜り抜けると、そこは洞窟のような場所だった。
ダンジョンと言われてイメージする通りの場所と言えば良いだろうか、壁や天井はほのかに光り、暗闇で視界が効かないという事は無かった。
「…………なんつーか、それっぽい」
スタート地点は通路となっていて幅三メートル、高さも三メートル程のアーチ状になっていて、少し先で通路が右側へ直角に折れているらしく、歩いて進まなくては奥がどうなっているのかは把握出来なかった。
「第一層は基本的チュートリアル目的の階層だから、そこまで気負わんでも大丈夫だぞ」
先に歩けと促すようにしながら親父は言う。まあ、一応実の息子を何の準備も無く連れて来た訳だし、そこまで危険も無いのかもしれないが……一応聞いておくか。
「……ちなみに、どのくらい危険?」
「そうだな……真面目に取り組めば第一層で死ぬような目には遭わんだろ、油断すれば怪我ぐらいはもちろんするが」
「危なねぇなおい、その言い方だと奥に進めば余裕で死ぬって聞こえるんだが」
そんな所に人を招くの止めて貰いたい。
「大丈夫、死んでも復活するから。 中層以降は死んで当然な難易度に設定してるし、復活させんとお父さん大量殺人犯になっちゃうし」
「ありきたりな設定だけどとんでもな機能だな、どうやって復活させるんだよ……」
「それはあれだ、不思議な魔法で元通りって事で」
「それで納得出来ると思うのか親父」
「…………じゃあ言うが、後悔するなよ? 事前に遺伝子情報をデータとして入手しといて錬金術と神聖魔法と現代科学を説明難しい感じに複合させて肉体のコピーに精神と魂を移植──」
「ちょ、やっぱやめてっ、ちょっと聞きたくない単語ばっかりだから聞かせないで!!」
「だから言ったんだ、詳しく聞かん方が精神衛生上安全だぞ、一般的にも極秘扱いの情報だし」
詳しく聞いて理解すると自己認識がアレな感じで病んじゃうシステムだこれ。
聞かなきゃ良かった。
「ちなみに殺したままの方がリソースとして当然多いから、まあ、不埒な目的で侵入する輩は復活防止処置を施す事になるかな、協定無視するどこぞの組織の密偵とか……ふふっ」
さっきから親父がいちいち黒い。
「リソースって?」
「ダンジョン経営に必要なエネルギーと言った所だが、そっちはお前にはあまり関係無いし後で必要になったら説明しよう、今はチュートリアルに専念しようか?」
「お、おう……」
むっちゃ気になる。なるんだが、聞くと藪蛇で心の安寧によろしくないかも知れないし、落ち着いてしっかり状況を飲み込めてから聞こう。
そんな会話をしつつ、俺は慎重な足取りで通路を進む。間違っても死ぬような目に遭う訳にはいかない。
ホントは死んでて実は自分は良く出来たコピーなんじゃないだろうかと心配したり自分は三人目だと思うからとかそんな事言う未来は嫌だ。
「まだ暫くは危険はないぞ? 曲がり角から少し進むと部屋がある。そこの真ん中に宝箱があるからそれを開けなさい」
あまりにも慎重に進んでいた俺に焦れたのか、先にあるものを苦笑いしながら説明しだした親父。
いきなりの展開だった為か必要以上にビビっているのは自覚しているけどさ、慎重になるのも仕方ないでしょ。
親父の言うとおり曲がり角を越えて進んだ先には少し広い空間があった。だいたいコンビニの店内ぐらいの広さだろうか、そんな場所の中心に宝箱らしきものは確かに設置されていた。
「ちなみに、この金属製の赤い宝箱はレア物が入っている可能性が高い箱だな、ここでは中身も含めて固定で設置されているが、普通は滅多にお目にかかる事は無い」
「ふーん? 宝箱にレアリティ有りな設定なのね? ミミックは?」
「赤箱の7割はミミック系のモンスターだぞ、今は違うが奥へ行くほど宝箱には注意すると良い」
更に詳しく聞くと、ダンジョンにある物品はモンスターを倒した際のドロップ、宝箱からの入手、床に直置きされている等がメインの入手方法らしい。あとは壁を採掘したりも出来るとかなんとか。
宝箱は中身のレア度によって木箱<鉄箱<赤箱<金箱と四種類あり、木箱はミミックもトラップも存在しないが中身もショボい、鉄箱は普通のレア度で罠率低い、赤箱は高確率で罠だがかなり珍しい物を入手可能、金箱は百パーセントの確率で伝説級の物を入手出来るし罠率皆無らしいが、滅多に出現させないらしい。
「簡単に伝説級のアイテム渡す訳無いだろ、苦労を重ね交わせて苦痛に限界越えて挑んだ先にもしかしたら入手出来るぐらいの難易度じゃないと悔しいじゃないか、元は俺が苦労して集めた所有物なんだし」
「……そう」
ちなみにアイテム関係は伝説級の物以外はランダム生成らしい。つまり金箱は親父が任意に設置しない限り発生率はゼロである。
「お前にはたまに見つけさせてやるから安心しろ、それなりに苦労した後のご褒美的な感じで」
身内贔屓なんだろうけど、どうせなら今すぐ貰えませんかね。強くてニューゲーム並みにヌルゲーと化すチート武装とか。
「そんなの渡したらお前にダンジョン潜らせる意味が無くなるだろ……それは良いから宝箱を開けてみなさい、ダンジョン探索者には必ず渡す事になるものが入ってる」
「へいへい」
促されたので宝箱を開けてみる。ちなみに宝箱の大きさはプラスチック製の衣装ケースぐらいの大きさである。小学生ぐらいの子なら手足を畳んですっぽり収まるぐらいと言えば分かるだろうか。
「……なんだこれ、水晶玉とあと……腕輪……?」
中に入っていたのは水晶玉のような物と銀色のシンプルな腕輪。さて、腕輪ははめるのだろうがこの水晶玉はなんだろうか。
「宝箱の蓋に説明が書かれているだろう? まあ説明するなら、宝玉の方が“初心者専用スキルオーブ”、腕輪は“冒険者の証”だ」
「スキルオーブに冒険者の証ねぇ……どれどれ」
言われた通り宝箱の蓋の裏に説明書きがあったので読んでみる。そこにはスキルオーブの扱い方と得られるスキル。それと、冒険者の証という腕輪の意味が記されていた。
「…………、……なるほど、ダンジョンに潜っているとレベルが上がって身体能力が上昇する、スキルや魔法なんかも扱えるようになるし、それこそ超人のような存在になる訳ね」
「冒険者の証はそれに対する抑制装置だ。冒険者としての認識証としての機能もあるが、メインの機能は増大した能力の制限装置としての機能になる。当然だが現代社会においてそんな危険な連中を野放しにする訳にはいかないから、ダンジョンの外では能力を制限する必要がある」
「なるほど」
例えば、最新式の戦車とタイタン張れるようなレベルにまで成長した冒険者が現れたとする。
そいつが品行方正で人畜無害な奴ならまあ、暴れたりしないんだろうが、そんな奴ばかりでは無いだろう。
中には酷い横暴な態度で一般人に乱暴したり破壊活動したりする奴も出てくるだろうし、単純に全身危険物な奴が普通の人間と共存するのは相当問題がある。
超人達が全員大人しくしていようと、何かしらきっかけがあればその力を行使されるという状況のままでは絶対に不和が起こる。たぶん、迫害されるんじゃないだろうか。
「軍人をレベリングして戦争利用なんてされてもつまらんしな、その辺は徹底的に対処させて貰う」
「こんなちゃちい腕輪じゃ、外されるんじゃねーの?」
材料はなんの金属なのかは分からないが、幅二センチ程度と切断はそこまで難しそうじゃ無い。それに腕に嵌めるという装着方法な訳だし、最悪腕を切断すれば外せてしまえるんじゃないだろうか。
「心配無い、とりあえず着けてみなさい」
俺個人としては一般人としての普通の生活を維持するのに否は無いので、言われたように冒険者の証を腕に嵌める。
どうせ嵌めないと先へ進めない仕組みにでもなっているのだろうし、特に問題無かろう。
「……あれ?」
嵌めた瞬間、スーっと空気に溶けるように冒険者の証は消えてしまった。どうなってるんだこれ。
「その冒険者の証という腕輪はな、特殊な加工を施した魔導銀で製作した物で、一度装着すると装備者を呪う」
「呪いのアイテムなのかよ!」
装着しちゃったじゃんか、どうすんの。
「まあ聞け、呪いの効果は先程述べた通り、能力制限……“ダンジョン外での魔力不通”だ。これはレベル上昇による身体能力の上昇には魔力が密接に関わっているからこそ可能な方法となる。そして呪いを付与した瞬間に役目を終えた腕輪は消滅する仕組みになっている」
「魔力不通?」
「人間の肉体には魔力を通す経路が存在するのだが、それをダンジョンの外では完全に閉ざしてしまう呪いだ。地球上に住む生物は基本的に魔力を一切必要としない生態故の荒業だな」
「ふーん……よくわからんが、凄い技術な訳?」
「ダンジョンを対象外にするのに少々技量は必要だが…………魔力不通の状態異常というのはまあ、ただの即死魔法の応用だから別に難しくはないかなぁ?」
あれ、また不穏な単語が聞こえたよ? つまり即死の呪いを掛けましたって事じゃね?
「ま、気にするな。冥属性魔法の《死》に地球の生命体は完全耐性持っているって話だから、身を持って経験してるから大丈夫だいじょうぶ」
どっかに肉体の魔力経路を完全に閉ざされると死んじゃう奴らが存在するって事だろうか。どうやって調べたそんな事。
「まあ、ちょっと異世界でな……後で話すからそれは置いとけ」
めっちゃ気になる事を親父が言ってる。異世界てなにさ。
「冒険者の証については他にも付与されるものはあるんだが、ダンジョンへの通行許可とかな、とりあえず普通の冒険者として活動するのに支障がある類いのものは一切無いし、普段の生活において不具合が生じるなんて事も無い筈だから気にするな…………問題が発生したら速やかに報告してくれな? 突然全身に力が入らなくなったとか、激痛が身体を駆け巡るとか……」
「だから安全保障してから不安になる事を言わないでくれねぇ!?」
なんなの? 完全耐性持っているとか言いつつ持って無い可能性もやっぱりあるの? もう装着しちゃったのにやめて欲しいんだが。
「……ま、まあ大丈夫だろう、ミスは無いぞ? 本当だからな? お父さんの事信じて」
「じゃあ不安を煽るような言い方は止めてくれ……!!」
魔法だの呪いだの、未知の存在なんだし余計に不安なんだからせめて施術者はどっしり構えてた欲しいわ。
「まったく……それで、こっちは?」
「スキルオーブか、手に持って“使う”と念じてみなさい、それでスキルが複数獲得出来る」
「複数?」
「通常のスキルオーブはひとつにつき一種のみ獲得なんだが、チュートリアル上で必ず入手させるそのオーブには基本スキル三種、それとお前専用として魔法とユニークスキルが封入されてる」
「……俺専用って?」
「只の身内贔屓だ、ある程度は先行して他の冒険者より進んで貰いたいからな」
……なるほど、どうやら息子という事でそれなりに優遇してくれるらしい。
とはいえ、先程の会話からして極端なヌルゲーにもさせないつもりらしいので、ものすごいチート級のスキルとかは貰えないと思うが。
まあ、ちょっと人より有利になる程度だろう。
「えーと、使う……か…………っ!?」
スキルオーブを持って、言われた通り念じてみる。
するとスキルオーブが突然砕け散り、直後に何処からか、おそらく脳内に直接響いているらしい声が聞こえてきた。
──基礎スキル《ステータス表示》を獲得しました──
──基礎スキル《鑑定》を獲得しました──
──基礎スキル《アイテムボックス》を獲得しました──
──アビリティスキル《火属性魔法》を獲得しました──
──魔法《火球LV.1》を修得しました──
──アビリティスキル《神聖魔法》を獲得しました──
──魔法《小回復LV.1》を修得しました──
──ユニークスキル《EXP取得量増加》を獲得しました──
─ユニークスキル《スキルEXP取得量増加》を獲得しました──
「なっ、へっ?」
「システムメッセージが聞こえたか? 聞こえたらスキルの獲得に成功した筈だ」
「あ、ああ……」
確かに聞こえた。基礎スキル《ステータス表示》《鑑定》《アイテムボックス》の三種。
それからアビリティスキル《火属性魔法》《神聖魔法》。それに付随して魔法《火球》と《小回復》。
最後にユニークスキル《EXP獲得量増加》《スキルEXP獲得量増加》の二つ。
「基礎スキルはなるべく早く確認してみなさい、それがきちんと使えないとどうにもならないからな」
「あ、うん、えと……」
「なんだ、何か気になったのか?」
システムメッセージ……俗な言い方をすれば天の声とでも言うべきか。俺はとにかく気になって仕方なかった。
「なんで天の声が親父の声なの……」
「…………ああ、それか、ダメだったか?」
ダメというか、ちょっとキツイっす。
ダンジョン潜ってると事ある毎に覇気の感じられないおっさんボイスが聞こえる訳じゃん?
ないわ。
「……システムメッセージ、撤廃出来ねぇの? それか電子音声とか」
「……そんなにダメかな? 録音、頑張ってしたんだが」
やめて、マイクに向かってボソボソ喋る親父を想像しちゃっただろうが!!
「……一応、個人毎のカスタマイズ機能として由芽に録音して貰ったのもあるけど……こんな感じで」
──テストボイスだよっ! 気に入ったらカスタマイズ機能で音声を設定してね!!──
何このノリノリの猫なで声。なにしてんの妹よ。
「…………」
「ええと、伸……やっぱり由芽の方が良いか? あいつ、頼んだら妙にノリノリで万人に聞かせるにはちょっと恥ずかしいかなぁって」
「……ちなみに、無音設定には?」
「出来ない」
「………………じゃ、由芽ボイスがデフォルトにしとこう、抑揚の無いおっさん声をいちいち聞かされるよりはウケると思う」
まあ、ちょっとウザいが声自体はかわいい感じだし。
「……ウケ狙いとか別にいらないんだがなぁ」
「言い方を変えるぞ、親父ボイスだとクレームが来るぞ、やる気が著しく阻害される」
「……わかった、変更しておこう……そこまでか……」
「早急に電子音声の天の声を実装する事を提案する、由芽ボイスもちょっとな……」
なんというか、脳が痒くなる的な。ちょっと身内以外にはなるべく聞かせたくない。
俺は獲得したスキルの確認せず、身内の恥をどうにか出来ないか考えていた。