1-28『グリムガルデ・F・フェリテシア』
第一階層に出現した見慣れない扉、リーザの言う所の《転移門》とやらを潜った先は、なんと言うか、丁寧な装飾が施された城のような場所だった。
正確に述べるなら西洋的な城の内部、その謁見の間という所だろうか? 実際に西洋の城の内部を観たことが無いので、それっぽい場所としか言えないのだが。
「……んー、こんな無駄に荘厳ですごい内装なのに天井高いしフロアも広いとか、現実の建物では無理だと思うよ、ほら柱とか無いし」
「そうなの? どっかの世界遺産とかで似たようなの無いの?」
「無いと思うよ……ないよね?」
「わかんないんじゃないか」
「うるさいなぁ……そんなのいちいち調べたりしないんだからしょうがないじゃん!」
「えと、二人共それは良いからはよう進まんのかのう?」
周囲を警戒もとい物色しながら由芽と駄弁っていたら背後のリーザにツッコミを入れられた。
一応ダンジョンだし、初見の場所を観察ぐらいするじゃん? しないかね?
「一応、補足しておくとじゃ、ここは迷宮の第百階層の、管理者区画なのじゃ」
「「ふーん」」
「もっと驚くかと思ったらふーんってハモられたのじゃ」
「いやだって、親父がダンジョンマスターな時点でその内何かあれば来るかもって思ってたし」
「むしろ来るの遅いぐらいかもね、隠れて何してるか知らないケド」
「兄様、由芽姉様が刺々しいのじゃ」
「よせ、そこに触れるなリーザ、由芽だってお年頃なんだ察してやるんだ」
この年頃の娘はね、父親嫌いだしたら止まらないって話だしね、仕方ないね。
仮にこの由芽の親父に対する刺すような視線、対象が俺だったら泣いちゃう。兄で良かった、俺。
「で、肝心の親父は何処に居るんだ。玉座はあるけど誰も座って無いし」
「こっちなのじゃ、ここはあくまでも公的な催しの時に使用する場所で、普段はこんなだだっ広いだけの寒々しい所、誰も居ないのじゃ」
「身も蓋もない事言ったな……まあ良いけど」
そういえば、リーザの話だと第百階層には母親が居るんだって話だったか。
ならこの空間の事は良く知ってて当然かね。
リーザの案内で謁見の間らしきフロアから、玉座が鎮座する壇上へと登る。
そこから右手側を見ると、幕布に隠されるように扉があり、そこからリーザの言う所の居住スペースへと向かえるらしい。
なんか学校の体育館を彷彿とさせる構造である。まあ、正面から見えない場所なんてこんなもんなのかね。
「ここなのじゃ、ここが第百階層の守護者、妾の母様のプライベートルームなのじゃ、父様もここに居ると思うのじゃ」
「……プライベートルームに直通なのか、玉座の隣が」
「遠いと移動がめんどいと申しておったのう……」
それで良いのか階層守護者。いや、良いのか親父のダンジョンだもんね、多少はね? 多少じゃない気がするけど。
「まあ良いか、とりあえず親父が居たら隙を見て殴るから、由芽は親父の油断を誘ってくれ。手段は任せる」
「分かった。頑張ってねお兄ちゃん」
「おうよ」
「そこは止めるべきではないかのっ!?」
「なにを言ってんだ、息子としては父親の不貞には拳で語る以外は必要無いだろ」
「ケンカ推奨する訳じゃないけど、お父さんは一発ぐらい殴られるべき」
「そういう訳だし、リーザは手出し無用だからな、それじゃ開くぞ」
リーザは親父擁護派らしいし、止められる前に釘を刺しておく。
それでも何か言いたげだったのだがこれ以上俺達だけで話をしていても仕方ないし、俺が率先して扉を開く事にする。
ケンカ云々と言っても、実際に殴り合いにはならない筈で、あれこれ言っているが親父はああ見えてかなりの実力者だと今は理解してる。
まあ、つまりケジメで殴らせろと親父に言うだけの話で、そんな難しい話では無い。
親父が拒否すればそれこそ家庭崩壊の危機である。それは無いと願いたい。
そして、そんなある種の緊張感と共に開いた扉の先には、リーザの言うように親父が居た。
「こやつめっ! だから、はやくはなすのじゃっていっつもいっつもいっつもい~~っっつも言ってたのにっ!! いつまでもはなさないからこまることになるのじゃ!! おろかものめっ!!」
「むぐぅ、むごぉ!?」
「ばかアラタっ!! おんしなんてこうしてやるのじゃ!!」
「む~っ!! む~っ!?」
扉を開いた先は、六畳一間のちゃぶ台と桐タンスが設置された和室と一畳あるかないかぐらいの古めかしい台所。
なんというか、昭和っぽい雰囲気が漂う築ン十年な安アパートっぽい所だった。玄関狭いしビーズらしき玉で作られた暖簾とかドラマとかでしか見たことねえぞ。
そんな場所で、我らが親父様が銀髪ゴスロリな女の子に馬乗りにされてポカポカと叩かれていた。
「むっ? きたのかの?」
「むぐっ、し、伸……由芽むごぉ!?」
「わしがまずはなすのじゃ!! だまってるのじゃ!!」
俺達に気付いた親父と、そして銀髪ロリ。親父が何か言いたげな視線を向けて来ているが、うん、ここは由芽に判断してもらおう。
「由芽、判決を」
「ギルティ」
無表情で抑揚無い口調で、由芽はそれだけを言った。ですよねー。
「うむっ、あえてうれしいのじゃシンとユメっ! わしはグリムガルd……」
「ハイハイちょっとこっち来ようねー、お嬢ちゃんこんなハゲのオッサンと一緒に居たらダメだよー? イタズラされちゃうからねー? 加齢臭もうつるよー?」
「お、おいシン……!?」
「むう? そのじゃな、たしかにアラタはさいきんハゲちゃびんなのじゃ、でもくさくはないのじゃ」
俺が変態親父から引き剥がす為に手招きするが、きょとんとした表情で首を傾げるだけで親父の腹の上から退こうとしない。
つーかマジでふざけんなこのロリコン親父。めちゃくちゃかわいいぞこの銀髪ロリ。
目鼻立ちが通ったまるで人形のような顔立ちに色素の薄い肌。それと真っ赤なルビーのような瞳は幼い顔立ちに妙な色気を持たせていて、見詰めていると何かどぎまぎしてしまう。
「あっ、母様、兄様をそのまま見詰めたらダメなのじゃ!! 兄様はまだ力量が備わっておらぬから魅了にばっちりやられてるのじゃ!!」
後ろから何か言う声が聴こえたが、これはリーザだろうか。まあいいか、とにかく、この銀髪ロリ、持って帰っちゃダメだろうか。
俺が責任もって育てるから。ハゲた親父よりは歳の近い俺の方が仲良しになれる自信があるし、良いよね? なんなら将来的にはお嫁さn……。
「お兄ちゃん、正気に戻る」
「いででででっ!?」
突然頬っぺたにちぎれるような痛みが走ったと思ったら由芽に全力でつねられていた。何しやがるいきなり。
「……えーと、リーザちゃんの、お母さん……で良いんですか? そうは見えませんけど」
「へ?」
リーザの母親? 何処に居るんだそんなの。
「うむ。いかにもわしがそこにおるわがむすめ、リーザスローデのはは、グリムガルデ・F・フェリテシアなのじゃ!! みためがおさないのはしかたないのじゃ、わしが真祖・吸血鬼となったのが数えでじゅうにさいのときじゃったからの、おさないままでとしをとれぬのじゃ」
「………………」
「…………数え年で十二才……の姿の人を母親に、ねぇ……?」
「…………いや、まあ、うん、その、だな?」
いかん、何をどう言えば良いんだこれ。リーザの母親が合法ロリで娘のリーザよりも幼い姿なのに驚愕するべきなのか、それともそんな合法ロリとよろしくやってやがりやがった親父に驚愕すべきなのか。
「…………」
「まて、由芽、腰だめに包丁構えて前進しようとするな、ハウスっ!」
「でもお兄ちゃん、わたし、流石に許容出来ない……」
それとも、色彩が死んだ瞳で包丁構える由芽の姿に驚愕すべきかのか。思ったよりも冷静な俺の心境に驚愕すべきなのか……。
「と、とりあえず話を聞こうか、な? な?」
「うん……わかった」
さて、かなり混沌としてしまったがとりあえず親父とは面と向かって話す場面に移行したのだ。
由芽が思い詰めてブスッといかないように注意しつつ、色々と洗いざらい吐いて貰うとしよう。
「おちついたかの? それじゃはなしあいなのじゃ!! リーザ、おちゃのじゅんびなのじゃ、コーヒーぎゅうにゅうもれいぞうこからだすのじゃ」
「畏まりましたのじゃ母様……えーと……」
「…………」
あと、リーザとグリムガルデ……さん? ちゃん? が、本当に母娘なのか確認しなくてはいけない。この銀髪ロリが子持ちとか、信じられんわ、確かに良く見ると似てるが。