1-2『親父のダンジョン入口前』
「正確には独立して企業した事になるかな、これ名刺な」
「お、おお……」
突然の脱サラ宣言。ダンジョンマスターという仕事……仕事なのか? まあとにかくよくわからない業種へと親父は飛び込んだらしい。
渡された名刺を確認してみる。
「……有限会社メイズ、代表取締役、藤村新太…………本社所在地の住所がうちなんだが」
「正確には核のある最下層、その最奥だけどねぇ」
「…………で、なにする会社?」
「そりゃ、もちろんダンジョン経営」
「それは現代社会から見ていち企業、業種として認められる類いの存在なのか……?」
いや、だって、ダンジョンだぜ?
そりゃ、昨今のサブカル関連の情報から想像するに、きっと企業として金銭を稼げる何かは存在するんだろうよ、財宝とか財宝とか、あと財宝とか。財宝しか思い付かねえ。
でも、実際あったのかは知らないけど、一度根こそぎ掻っ払ったら金銭的な価値ってダンジョンに存在するのか。
……まあ、あるからわざわざ長年勤めた会社を辞めてまで行動を起こした……んだよね? ノリと勢いだけの可能性も否定仕切れねぇぞ、この親父だと。
「そんな不安そうな顔しなくてもちゃんとプランはあるぞ、色々と小難しい上に複雑だから大雑把に言うが、コネとツテを最大限度活用して根回しは終わってる。提携企業とか小売店とか政府とか国連とか」
「大雑把にスケールでかい所口に出したな!? 国連てなに!?」
「人材となる冒険者集めと未知の新エネルギー、新素材関連の権利関連でちょっと……お偉いさんってのはどんなところも欲の皮が突っ張ってて大変だよねぇ、ははっ」
「ははっ、って軽く笑える親父が怖い」
どうしよう、ものすごく気になるけど詳しく聞きたくない。
「ま、表向きの経営についてはもう話し合いも済んで、あとは実働するまでの細かい調整だけだから気にしなくて良い…………ある程度餌さえ蒔いていれば表面上は友好的な関係で居られるしな、伸に迷惑は掛からんよ、たぶん、きっと」
「そこは断言してくれねぇ?」
「明確な滅びを確信させられて尚、お前や由芽にちょっかいを出すような愚者では特権階級になど居られんよ、下から見てどんなに愚かで無能に思えても、それなりに知恵はある。……たぶん、きっと」
「だから断言はしようぜ親父」
あと、明確な滅びってなんすか。日々ストレスや責任と戦う煤けた感じのサラリーマンだった俺の父親は何処へ消えた。
「ま、とにかく、経営についてはお前はまったく気にしなくて良いぞ、分類すると自営業だが、跡取りが必要になる仕事じゃないし」
「異世界ならともかく現実でダンマスやれとか言われても困るし跡を継げって言われたら断ってるけどな……」
一応、俺だってゲームはやるし漫画やアニメも見る、たまにWeb小説なんかも暇なら見る。
なのでダンジョンマスターというものがどんな存在なのかというのは一応知っている。……ダンジョン弄って侵入者撃退するのがメインの仕事だったはず。
これまで見た創作物を踏まえて偏見を述べると、日本人がダンマスになると高確率で攻略不可能なレベルの要塞となりハーレムが形成される。
親父もハーレム形成するのだろうか、それがようじょ保育園とかだったら俺はこの人をお父さんって呼べるだろうか。
もし作ってしまっていたら監視の意味で保育士のお兄さんにならなくてはいけない、保育士免許取らなくちゃ。
ちなみに俺はロリコンでは無い。断じて違う。
「さて、細かい事は追々説明するとして」
結構重要な部分だと思うのだが、親父は大雑把過ぎる説明以上の事は今語るつもりは無いらしい。
まあ、細かく説明されても現状で理解出来るとは自分でも思わないし、良いだろう。おさらいとして簡単に要点をまとめると。
・親父がダンジョンマスターとして活動する為の事前準備はほぼ完了していて、あとは実働を待つのみ。話し方から察するに企業としてはまず間違い無く利益が上がる。しかも全世界巻き込むレベルの莫大な利益。
・ダンジョン経営に俺の出番は無い。
・親父が暗躍したので身の回りに危険は無い。たぶん、きっと。
・親父がハーレム野郎にならないように注意が必要。可能ならおこぼれをやっぱりなんでも無い。
「ちなみにここ以外にも出入り口は複数用意するからダンジョン攻略目的の人間がうちに殺到するとかは無いぞ、ここは家族専用の入口だな」
「そ、そうなの……」
自宅が知らない人だらけで混雑とか嫌だしね、そりゃそうだよね。
「それじゃ伸、色々と突然で困惑してるみたいだが早速ダンジョンへ潜ろうか、お父さんのダンジョン、正式名称“アラタの迷宮”へ」
自分の名前が正式名称なのかよ。
◇◆◇
床下収納から下へと続く階段を親父と共に降りる。
ちなみに由芽はいつの間にか居なかった。事前に知っていたらしいし俺への事情説明に付き合うつもりは無いらしい。薄情な妹である。
階段はだいたい五メートル程の長さとそこまで深い訳ではなかった。
蛍光灯らしき照明によって地下とは言っても暗い訳でもなく、石作り……いや、これコンクリートだな……ともかく、降りた先は普通の地下室っぽかった。
「ここは“門”を設置しただけの地下室だからな、正確にはまだダンジョンじゃない」
「ダンジョンとは何が違うんだ……」
「お父さんが自前の魔法でサクッと掘ったのがこの地下室。ダンジョンは半分自律してるからわざわざ自分で掘る必要は無いし、コンクリで補強や照明の設置もいちいち必要無いからなぁ」
「そう……」
さも当然の如くお父さんは魔法使いです発言戴きました。というか、このフロアだけは本当に日曜大工気分で造ったのかよ。
降ってきた階段を中心として、だいたい十メートル四方ぐらいの地下室に俺は居る。
部屋の隅に野菜が転がっている以外には荷物は何も無く、コンクリート打ちっぱなしの地下駐車場っぽい印象がある広い部屋だった。
自宅の基礎を支える為か支柱が数本伸びてはいるが、構造的に強度は問題無いのかこれは。
それから、病院なんかで見た事があるような金属製の防災扉がある。
「親父、あの扉は?」
「あれが門。上に表示あるだろ」
「避難経路の蛍光表示……じゃねえ、避難経路じゃなくて迷宮入口って書いてある……」
緑色した棒人間が駆け込むイメージ絵の誰でも知っているあの誘導標識だった。ただし字が違う。間際らしい。
「お父さんが自分でパソコンで作ったんだぞ、どうだ」
そんなドヤ顔で言われても。たぶんあれなら俺でも作れるぞ、デザイン流用だし。
「……まあいいや、それで、今からこの先に行けって?」
「そういう事だな」
「ちなみに絶対?」
「強制じゃあないが……出来ればお前に頼みたいな、ゲーム的に言うならデバッグ作業の人員って所か、他の人間より先行して潜る奴が必要でな」
「…………なんで俺なんだ」
簡単に言えば先行攻略して不具合や問題が無いか調べてくれって事だろう。
つまり、冒険者第一号になれと親父は言ってる。
「お前は俺とレナ……母さんの子供だからな、才能ある筈だし適任なんだ」
「才能とか言われても」
ダンジョン攻略の才能って何が必要なんだ。俺、知能と身体能力はパッとしない感じだぞ、低くもないけど高くもない。
「その辺りも説明しながら進もう、先にこれを渡しとく」
そう言って親父はいつの間にか持っていた物を手渡して来た。
「なにこれ」
「檜の棒、初期装備と言えばこれだろ」
「もっとマシな武器くれない?」
「上層部なんてこれで十分だ、ゲームだってそうだろう?」
せめて刃物を貰えませんかね、というか、やっぱり戦闘あるのかよ。
そんな感じでげんなりしつつ、俺は親父につれられて初のダンジョン攻略へと向かったのだった。