1-27『親父のダンジョン第一階層EX』
親父のダンジョン入り口前、つまりキッチンの床下収納だった筈の空間に俺と由芽、そしてリーザは移動してきている。
「お兄ちゃん、剣道の防具なんて引っ張りだしてたの?」
「ああ、ちょっとでも防御力欲しかったからな」
「ふーん?」
俺は普段、ダンジョン突入時に身に付けている装備関係はこの場所に保管している。
まあ、保管していると言っても無造作に床に置いてあるだけだけど。
自宅二階の自室に保管するにしてもな、付けっぱなしだと床下収納の出入り口は非常に狭いので、身軽な方が良いし。
「ふむ、兄様?武器までここに放置しておるのかえ?」
「そうだけど」
首を傾げつつ、リーザが俺のメインウェポンであるバールのようなものを指先指して問い掛けて来たのでそうだとだけ答える。
なんだろうか、特になにか問題あるとは思えないが。
「地上での能力制限が効いているならばともかく、兄様は制限無しなのじゃろ? ならば《アイテムボックス》へと常備して非常時に供えるべきではないかのぅ?」
「…………」
「…………」
なるほど、一理ある。というか、基本的に《アイテムボックス》を十全にあつかえるならいちいち保管場所とか用意する意味はないよね。
「リーザの言うとおりだな、備えは大事だよなー」
「……いや、そのでっかいバールを常に持ち歩くような備えとか現代社会じゃいらないから!」
「まあまあ」
もちろん由芽のツッコミも正しいぞ。普通に生活してたらこんなものを握る機会なんてあまりないからな。土木作業員の人ならともかく。
「まあ、あれだ、もしかしたら由芽が石の間に挟まれたりしちゃうかもしれないじゃないか、そういう時にこのバールのようなものが《アイテムボックス》に常備してされていればテコの原理で救出を……」
「普通に生活してて石に挟まれる可能性はほぼ無いと思うけど」
「そりゃそうだ」
まあ、ちょっとした冗談で言ってるだけだし、当たり前だよね。
「それよりだ、俺はともかく由芽、お前はその格好で良いのか?」
「わたし? ダメかな?」
由芽の格好は簡単に言えば学校のジャージである。動きやすいだろうけど、防御力という点に置いては皆無と言っても良いだろう。
「……もう少しこう、防御力ありそうな服装とか……」
「……そんなこと言われても、わたし、武道系の部活にも入ってなかったし、普段着で体動かしやすそうなのってあんまりないし」
「うーん……そりゃそうだろうけど……」
「ダンジョン潜るって決めてからプロテクターとか、防具っぽいの買おうかって探してはみたけど、ちょっと中学生の財力では手が出せなくて……」
だろうな、未成年にとっては数千円だろうと痛い出費だし、キチンとした防護プロテクターとか、大人だって揃えるのはデカイ出費の筈だし。
親父にねだれれば一番よかったんだが、それは親父が由芽のダンジョン行きを反対している以上、無理筋な訳で。
「なるほど、必然的に学校のジャージぐらいしか用意出来ない状況って事か」
「そういう事。一応、これとかこれも持って来たけどね」
溜め息を吐きつつ由芽が手に持った物を揺らす。
「……包丁と鍋の蓋……」
「あっ、呆れた顔してる、一応ゲームとかでも武器と盾扱いされたりするじゃん!」
「そうだろうけどさ……まさか本気で持ち出す奴が居るとは……」
包丁はともかく、鍋の蓋を盾にしようとする発想は流石に小学生までだろー、ははっ。
そう思いつつも、とりあえず由芽は持つ二つの武装(笑)を《鑑定》してみる。もし、持ってるだけ無駄な装備ならば置いていかせるべきだしな。
《出刃包丁》攻撃力+38
・高名なドワーフの工匠が、委ねられた未知の技術と自らが培った業を駆使して打ち上げた一品。錆びず、欠けず、永久とも言える期間、劣化する事が無い。ミスリル、アダマンタイト複合材製。
《鍋の蓋》防御力+35
・高名なドワーフの工匠が技術の粋を結集させて作った盾の成れの果て。
破損からの修復ではなく、鍋の蓋を無くしたから代用品として要らなくなっていた盾を改修した、らしい。
小型で軽量化された造形であるものの、耐熱、対冷の効果を備え、一部阻害魔法への耐性も付与されている。
ミスリル、アダマンタイト複合材製。
「……ぶふぉ!?」
「汚い!? なにいきなり吹き出してるの!?」
なんでこんな高性能な包丁と鍋の蓋が存在するんですかねぇ。
なに、キッチンにずっとあったの? あったんだろうね、ものすごく見覚えあるし、普通に料理にずっと使ってたよ、うん。
うん、どうりで研いでもないのに切れ味良い包丁だなーって思ってたよ。何切ってもスパスパ切れてたもんね、うん。
とりあえず、そんな高性能料理道具だった事を由芽にも伝えておく。納得行かないが、武具としては俺が身に付けている装備よりも上等だったな訳だし。
「あー、なんとなく頑丈だなーって思ってたけど、お店で売ってる普通のやつじゃなくて、お父さん由来の道具だったわけだ」
「そうだな、この様子じゃ、家の中のもんのほとんどが非常識な可能性もあるな」
「……そうだね」
「住んでると案外わかんないもんだな」
「そうだね」
バールのようなものを入手する前に一応武器になりそうなもの、探したんだけどなー、そういえば《鑑定》まではしてなかったなー。
こんど、改めて調べなくちゃ。
「ところで、兄様、由芽姉さま」
「ん?」
「なに、リーザちゃん?」
「由芽姉さまが来るという事は、まずは第一階層に行くのかの? それとも兄様の攻略を今回は優先するかの?」
「あー、そうか、第一階層でチュートリアルと基本スキル覚えなきゃいけないのか」
俺が第五階層まで進んでいるからといって、一緒に行動しようとしてる由芽がいきなり第五階層へ向かって良いかと言われると、否だ。
第二階層以降はともかく、第一階層だけは必ず通っておかなくてはいけない。
理由としては基本スキルの取得なんだが、無しで進んでしまう訳にも行かない。
それともうひとつ、〈冒険者の腕輪〉を入手して、装着しておかなくてはいけない。
正直、俺が親父に説明された理由からすると気分が良いものではないのだが、それでもダンジョン内部での死亡から復活可能になる為には必須とも言っていた訳だし、着けない訳には行かないだろう。
「そうだな、俺は後回しでも……というか、第一階層の宝箱までならそんなに時間もかからないし、そっちを済ませてから第五階層に行こうか」
「うむ、了解なのじゃ、兄様がついておれば多少階層を飛ばしてもなんとかなるじゃろうし、それで良いと思うけどのじゃ」
第二階層から第四階層までのモンスターなんて強さにそこまで差がある訳じゃ無いしな。
「お兄ちゃん、そんなに余裕なの? 一応襲ってくるモンスターなんでしょ?」
「モンスター戦では怪我したことないぐらいには余裕。素人がこれなんだから難易度は低いよ、ヌルゲーって奴だ」
「ふーん?」
「ちなみに第六階層からはもうちょっと大変になるはずなのじゃ」
「あー、そうなの?」
「そうなのじゃ、武装したゴブリンとか出てくるからの」
「……へー」
ゴブリンねえ、由芽連れてって平気かしら、貞操帯っていくらするのかな。
「…………」
「なんだよ」
「いや、すっごいバカな事考えてる顔してるから」
無言で睨まれて、いわれもない罵倒をされる理由があるのだろうか。理不尽だと思うんだ。
そんな風に駄弁りつつ、ダンジョンの入り口を抜けて内部へと進入する。
第一階層は基本的に例の練習用スケルトンが一体ポップするだけなので、特に警戒の必要とかは無い。
俺も多少だらけて進んでいるし、リーザも危険が無いのを知っているのだろう、特に気を配る事も無くおしゃべりに夢中である。のじゃのじゃやかましい。
由芽だけは初ダンジョンだけあって、若干緊張した顔つきをしていたが同行者二人が緊急感なんてまるで持っていない事を察して、そこまて極端に警戒する素振りは無い。
ん、俺の時とはえらい違いだな、まあ俺は親父にビビらされながら進んでたしな、仕方ないね!
「ところでリーザ」
「むぅ?」
「第五階層のお前が待ってた場所、あそこはなんな訳? やっぱりボス部屋?」
一応この後むかう訳だし、事前に聞いておこう。ボスが存在するなら対処方法とか教え貰えると嬉しい。
「半分正解じゃの、妾がまっておった【導きの試練】はボスとは戦うのじゃ」
「へー、やっぱりボス部屋か……半分って言うのは?」
「それはナイショなのじゃ! なに、悪い事ではないのじゃ!」
「……気になるな、まあすぐに分かるか》
とりあえずボスが本当に居るとだけ分かっただけでも良いか。
今は由芽のチュートリアルに集中してあげよう。
「……って、あれ?」
「……む?」
「どうしたのお兄ちゃん?」
「いや……」
由芽が立ち止まった俺とリーザをいぶかしんで声をかける。由芽だけは初めて来たから違和感に気付かなかったのだろう。
「第一階層にこんな仰々しい扉、あったか?」
「これは……」
見覚えのない両開きの扉。いつもの親父の残念センスな扉ではなく、重々しい雰囲気がするファンタジー的な金属製の扉が目の前に起立している。
「お兄ちゃん、入らないの?」
「ちょっと待て、なあリーザ、これはどういう事か分かるか?」
「…………兄様、その、これは……この扉は……」
うろたえるような視線をさまよわせながら、リーザはたどたどしくも言う。どうやら知っているらしい。
「転移門。それも、父様や母上様方しか扱わぬ原型の物なのじゃ」
転移門。それの意味は分かる、そして、扱う人間が限られた存在だけ、というのも。
それから、目の前の《転移門》がゆっくりと開いて、開ききった先から声が聞こえてきた。
「──三人とも、中へ入りなさい」
……うん、親父の声だな、ずいぶんと仰々しいけど、なんの招いだろうか。
「……いきなりだけど、聞きたい事も言いたい事も山ほどあるしな、由芽、行くか」
「……えーと、なんかよくわかんないけど、お父さんが居るなら行こっか」
とりあえず、俺と由芽は親父には言いたい事が大量にあるので呼ばれたからには行くのに文句は無い。
妙な登場の仕方だとかは気にしない。あの親父からすれはいつもの事なのだ。
堂々と扉へと進んで行く俺と由芽、その後ろから少し青ざめた表情のリーザが続く。
「リーザ、心配すんな、勝手に俺達へ会いに来たのを怒られそうって思ってるならちゃんと味方になって擁護してやるから、悪いのはお前じゃない、そう突っぱねとけ」
「……兄様」
さて、不意討ちでもなんでも良いから、親父をぶん殴る算段でもしつつ、親父と対面と行こうか。